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  色男 作者:
序章:脱色
1章:十人無色、一人有色
「特に異常はありませんね」
 医者に告げられた言葉が、理解できなかった。あの後、親に目がおかしいことを伝え、母親と脳外科にきている。最初、眼科に行ったが、この医者と同じことを言われた。『異常無し』。色を認識できないなんて、俺にとっては酷く異状だ。症状は全色盲。ただ、検査結果は正常。眼科医も不思議そうにしていた。「もしかしたら、目以外に原因があるかもしれません」と言われ、今は脳外科にいる。それでも、正常だなんて。検査方法が悪いんじゃないか。
「あのぅ、本当に異常なかったんですか?」
 母親も同じことを思ったんだろう。
「脳は正常でした。これといって見当たりません。なので…ええ、他の科を受診しては如何でしょうか?」
「他の科、とは?」
 母親は息子を心配しているというより、また違う病院に行かなければならないのか、と言いた気だ。こんなに分り易い症状が出ているのに、まともな診断もできないのか。レントゲン撮り続けて俺は疲れた。それで、脳外科医は気まずそうに続けた。
「例えば、精神科とか、ですね」
「精神科…?」
 俺も母親も声を揃えて聞き返した。もしかして、俺が言ってることが嘘だと思ってるのか?学校サボりたい小学生でもこんな嘘つかないだろう。俺は本当のことを言っているのに。ふざけんな。
「とものり、どこ行くの」
 戸惑う母親を無視して、病院を出る。もう付き合ってられない。目的も無く歩く。財布持ってないから、帰りは歩きだな。ここからだと、家まで大体2時間ぐらいだろう。駐車場を抜けて、帰路につく。モノクロの世界で苦労するのは、信号だ。普段無意識に判断してたことを気付かされる。柄まで見てしっかり確認しないと怖くて進めない。ストレスの積み重ねで、爆発しそうだ。出来るだけ人通りの少ない道を選びながら歩く。周りを見ていると、色が無いことを意識してしまうから、俯いて歩く。コンクリートは今でも同じ色で見えるからな。
 色を失って、色々考える。学校に行きたくない。行ける気分じゃない。元々つまらない人生がよりつまらなくなる。明日から何をしたら良いんだろう。ゲームもテレビもモノクロじゃ、な。漫画ならまだ大丈夫か。引きこもって、毎日漫画読んで、好きにして。俺は原因不明の病なんだ。それぐらいの自由は許されるだろう。明日から、どうやって生きようか。
 考え事をしていたが、目の端に見逃せないものが入り込んだ。色のついた人がいた。そいつだけは色が着いて見えた。急いで顔をあげると、“俺”が立っていた。鏡か?いや、人がいない道とは言え、こんな歩道のど真ん中に鏡は置かない。そもそも、今の俺の表情じゃない。色の着いた“俺”は、俺でもしたことがないような笑い方をしていた。自分で言うのも何だけど、苛立つ笑い方。
「やあ。ゆうき、とものり君?」
 “俺”が俺に話しかけてきた。何が何だか理解できなくて、何も言えない。

「ボクとゲームしろ」

 急に止まっていた思考回路が動き出した。目の前の“俺”が色を失った原因の奴で、そいつに怒りをぶつけなければならないと直感で感じた。
「このやろっ…!」
 “俺”に掴みかかる。怒りで手に力が入る。
「俺の“色”を返せ!」
 “俺”は表情を変えない。それが余計に苛立つ。
「おい、聞いてるのか」
 我儘言う子どもをなだめるように、俺の手を撫でてくる。気持ち悪い。首でも締めてやろうか。
「だから、ボクとゲームしろってば」
「さっきから何だ?俺に命令するな」
「色、返して欲しいだろ?」
 そこで俺は気付いた。俺には最初っから決定権なんてない。苛立ちを少しばかり抑えて、手を解く。
「うん。偉い、偉い」
 頭を撫でようとする手は払った。払われた手を見て、また笑う“俺”。
「怖い、怖い」
 焦らされているようだが、呆れて怒りも冷めてきた。逆に冷静になれて良い。それに、一生モノクロの人生だと思っていたが、治る可能性も出てきたのだ。
「で、ゲームって何?」
 大人しくなった俺を見て、喜んで、嬉しそうに教えてくれた。
「それは簡単。ボクから色を奪えば良い」
 “俺”が“俺”の着ていた服の青い部分を引っ張ると、その部分から青が消え、アメーバーみたいな形に鳥みたいな足と虫みたいな羽根が生えた生き物になった。
「色妖精」
 呆気にとられる俺が尋ねる前に“俺”が答えた。妖精って、可愛くないもんだな。
「いってらっしゃーい」
 “俺”が手を振ると、青の色妖精が虫みたいな羽根を羽ばたかせて飛び出した。
「あ、ちょっと、待って」
 “俺”にまだ聞きたいことはいっぱいあるのに。とりあえず、青色妖精を追いかけなければ。走りながら、見失わないように青色妖精を目で確認しつつ、“俺”の方を見る。距離が離れていく“俺”に向かって、聞きたいことの中でも聞きたいことを、相手に届くように叫ぶように聞いた。
「お前、何者?!」
 “俺”も俺に届くように、口元に手を添えて叫んだ。

「“色男”って呼んでー!」

 自称“色男”と俺の『色争奪ゲーム』が始まった。
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