それはある日突然に


 

 
第5話


「ちゅっ……んむぅ…ちゅっ、はふっ……」
「ちゅっ…はぁ……カナ……んむっ……んっ!」
 静かな保健室に、二人の声が響く……。

 二人の喘ぎ声、息遣い、身体のこすれ、甘美な匂い。
「んっ…んんっ……ぷはっ!」
 
 今、二人は深く唇を重ね、互いに思い思いに身体を慰めあっている。
 ただし、隣のベッドで……。
 
_____第五話_____


 ユキは積極的に小野田さんを上から攻めている。
 小野田さんも最初は戸惑っていたが、今はユキと互いに火照った身体を慰めあっている。
 下着も役目をはたしておらず、大事なところはもう完全に隠せていない。
 俺のことは、存在すら気にしていないようだ。
「ああっ……、ユキ……そんなっ!」
「あはっ、カナここ弱いんだね」
「あっ……ユキっ……だめっ!」
 ユキが指先で小野田さんの型の良い胸をいじる。
 余程気持ち良いのか、身体をそらして、身体も小刻みに震えている。
 
 さっきも思っていたがユキ、完全に場慣れしている。
「カナ、ほら、こうすると気持ち良いでしょ♪」
「ふぁああっ……ユキっ……あんっ!」
「ふふっ、もっと気持ちよくなってね♪」
 クチュッ…チュクチュクッ!
 
 俺を尻目に、ユキの攻めはどんどんヒートアップしている。
 もう小野田さんは身を委ねるのが精一杯のようだ。
「ああっ……ユキ、ユキっ!」
 甘い声、目の前で行われている淫らな行為。
 
 女の子どうしの絡みがここまでとは思わなかった。
 
 生殺しが続く……。
 ユキは首を伸ばし、また小野田さんに唇を重ねる。 
「ちゅっ! んっ、あむ……んんんっ」
「あっ! んっ、むうううっ……んっ」
 
 二人で完全に盛り上がってる……。
「もっともっと気持ちよくしたげる」
「あっ!」

 こちらからよく見えないが、ユキは小野田さんの秘所を手で何かしている。
 その動きに合わせて身体が震える、そんなに気持ちいいのか。
「ああっ! やぁっ!」
 ズチュッ! ヂュクチュクッ…チュクッ……チュクッ!
「ああっ! ああっ、ふぁああ……くっ! はぁっ! ああっ、やああああっ!」
 あえぎながら大きく身体をくねらせている。
「ふふっ、もっともっと」
「ふぁっ、そんないじっ……ちゃぁあっ……も……ダメッ!」
 ダメと言うほぼ同時にユキは小野田さんの右の乳首を口でくわえた。
「チュムッ…ンンッ! れるっ、ちゅっ!」
「ふああっ! !」
 大きな声とともに身体を大きくそらした。
「あああああああああああああぁぁぁ!!!」
 絶叫とともに身体が大きくはねる。
 絶頂をむかえたのか、びくびくと身体を震わせながら、弧を描いていた身体は、そのままぐったりとベッドに落ちた。 

「っ!……はあっ……はあ、はあ」
 息を切らしている。
 余程気持ちよかったのか、どことなく顔は幸せそうだ。

「ねっカナ、けっこう気持ちよかったでしょ」
 そう、ユキが得意げに聞いている。

「そう、ね……、はあ……気持ち、良かったわ……」
「よかった♪。 ふぁあ、ごめん、なんか眠くなってきちゃった……」
 小野田さんを満足させるとユキも安心したような笑顔をみせ……て、ちょっと待て!

「ま、まった……。 俺はどうなる……」
「ああ、カズ、ごめんもう眠くなっちゃったから……また今度ね」
 そういうとユキは小野田さんの上でそのままぐっすり眠りだした。
 ってこら! 寝るな!

 小野田さんもつられたのか突然大きなあくびをすると

「ああ、カズ。わたしも寝るね、なんか、睡魔が」
 そういって、そのまま眠りだした。

「ちょ! お願いだからまって!!!」
 俺の叫びのむなしく、二人ともあっというまに眠りだした。

 ……なんだ、この結末は!
 たしかにユキと淫らな行為はした。
 フェラやセックスは実際凄い気持ちよかったし、それなりに満足できた(そういえば中だししてしまったけど良かったのかな)。
 
 だがしかし、この幕切れは無いだろう……。
 小野田さんが来て、きっと小野田さんともいろいろやるだろうと思ったのに。
 終わってみるとこれか! 何もしてないじゃないか!

 二人共となりのベッドに全裸で眠っている。
 おいおい、ユキ寝るなよ……、おまえはまだ絶頂してなかっただろ、俺はどうなる……。
 小野田さんも寝ないでよ、折角だから俺と楽しもうよ!
 
 たしかに痛くも後味悪くもないけど……なんかまたしてやられた気分だ。
 どうしたらいいんだ、この状況。

【……であげる】

 !!?

 ………。

 ………。

 ……ん、あれ。

 バサッ。
 
 思わず起き上がり周囲を見るが、カーテンで囲われていて何も見えない。
 気がついたら眠っていた? 馬鹿な、どうなってるんだ。
 自分に目をやると、きちんと服を着ていて、飛び散っていた精液も見当たらない。
 まだ意識がもうろうとするなか、立ち上がり、カーテンをあけるが、ユキの服も、隣のベッドにいたはずの二人ももういない。
「あ、起きたね」
 すると、立花先生の声がした。
「またおはよー」
「カズ、おはよう」
 次いでユキと小野田さん、中央の大きなテーブルの横で三人は何事も無かったかのようにのんびり座っていた。
 服もきちんと着ている。

「どうする、みんな帰っちゃったけど、今日はもう帰るかい?」
「え、ええ、ええっと……」
 突然の普通な質問に戸惑った。
「えっと……なら、帰ります」
「うん、なら一応この紙書いて、終わったら帰って良いよ、テストは今度で良いってさ」
 そういうと先生は、一枚の質問用紙を手渡された。昨日も書いたな、これ。
「なら今日も一緒に帰らない?」
 横から小野田さんがたずねてきた。
「おお、帰ろう。帰ろう」
「ああ、べつにいいけど」
「じゃあ、さきいってるね、正門の前で待ってるから」
「わたしもさきいくよー」
 そういうと二人とも保健室を去っていった。

 俺はさっさと書き終えると、そのまま先生に手渡した。
「これでいいですか。 あとテスト、ほんとに明日で良いんですか?」
「ああ、問題ないよ。 それに二人なら大丈夫だろうってみんな言ってたから」
 妙に信頼されてるな、まあ今はテストより気になることがたくさんある。
 お言葉に甘えておこう。
「わかりました、それでは私はこれで失礼します。 ありがとうございました」
 そういって、保健室を後にした。
 
 保健室をでると、校舎の中にもまだ何人か生徒が残っているのが見えた。
 テストも明日で終わりだ、今日は一緒に勉強しよう、etc……、いろんな話をしている。
 空もまだ青い、時計を見るとまだ1時くらいだ。まだ話していくのかもしれない。
 結局、今日俺は保健室で眠ってHするためだけに来たのか。
 にしてもさっき、突然眠ってしまったような……、というか意識を失ったのかな。
 ひょっとして二人が眠ってしまったのもそれと関係が、ただの偶然じゃない?
 それとも何か別の原因が、それにあの一瞬、何か聞こえたような。
 なんにしろ、なんとなく物足りなさが残っている、なにかないかな……。
 
 そんなこと考えながら歩いていると、正門が見えてきた。
 その横で二人が待っていた。
「おまたせ」



 帰り道、なにげない雑談をしながら歩いていた。
 さっきのことを聞きたがったが、二人からそういうそぶりを感じないので、なんとなく切り出しづらいのだ。
 そうして少し歩いていると、ユキが突然耳元で囁いた。
「大丈夫、さっきのは私とカズしか覚えてないから」

 どきん。
 
 突然の発言に驚いたが、ユキの表情はいたって普通、いつもと変わらない笑顔だ。
「どうしたの? 二人共」
 突然の行動に不可解と思ったのか小野田さんが声をかけてくる。
 気にせずユキは続ける。
「さっきのは現実だよ、今体操着のハーフパンツ代わりに穿いてるし、下着は鞄の中、これくらいでいい? あとは今度二人のときね」
 そういうと俺から離れた。

 どういうことだ、ユキも何かの能力者なのか、何をいきなりいってるんだ。
 そういえば漏らしてたな……。ちゃんと着替えてたのか、というかどうやって小野田さんの記憶を操ったんだ、それにどうやって帳尻合わせたんだ。
「なになに? なにかあったの」
 いろいろ気になるが今は小野田さんもいるし今度と話すらしい、いまはそれに従おう。
 小野田さんが不思議そうに俺たちを見つめてくる。
「大丈夫、カナがいつもより綺麗だねって」
「まぁたくだらないこといってぇー」
「くだらなくないって、カズもそう思うでしょう?」
「え? あ、ああ」
 そういわれて小野田さんを見るが、先ほどのユキに攻められて乱れていた小野田さんが浮かび、ついつい顔が赤くなってしまう。
「ほら、紅くなったでしょ〜」
「え、えっと……カズ大丈夫?」
 横から二人の声が聞こえるが、小野田さんの顔をみるとなんとなく恥ずかしくなる。

「わたしは平気なの?」
 また耳元でユキがささやく。そういえばコイツとはHしたんだよな。
 それにあんなに上手だった。一体どういうことなんだ。
「お、わたしに照れてますね」
 そりゃそうだろ、というかなんでこいつは平然と笑えるんだ。

「あ、止まって」
 突然ユキが真剣な表情で俺たちを止めた。
 前を見ると、全身を灰色のコートで覆っている一人の男が立っていた。
 顔はコートのフードで見えないが、どことなく不思議な雰囲気を感じる。
「こんにちは」
 俺たちが止まると、声をかけてきた。
「あ、こんにちは」
「はい、こんにちはぁ」
「こんにちは」
 つられてみんな挨拶を返す。ユキは真剣な顔を崩さない、どうしたんだ。

【能力者ですね】

 !!?
 どこからか突然声がした。思わず周囲を見渡すが、特におかしなところは無いようだ。
「どうしたの? カズ」
 小野田さんが声をかけてくる、小野田さんには聞こえなかったのか。
「大丈夫、今の声は目の前の奴だから」
 またユキが耳打ちする、聞こえてたのか、というかなんなんだいったい。
「そちらのお兄さんを待っていました、少しお時間をいただきたいのですが」
【一緒に来てください、騒ぎを大きくしないためにもおとなしくしてください】
 
 どきん。
 心音が一瞬高く鼓動する、突然何を言い出すんだ。
「私と一緒にいらしてください」
「はい、わかりました」
 !!! 突然俺が勝手に喋った。
 な、なんだこれは、身体が勝手に歩き出した。
「カズ、どうしたの?」
「この人と用事があるんだ、また明日ね」
 違う、助けてくれ!!
「待って!」
 ユキが慌てて俺の腕を握り止めようとする。自体がわかっているのか。
 だが、身体は歩みをやめない。
 いくら抵抗したくてもどうにもできない。

「大丈夫、今回は話をするだけですから」
 そう、コートの男がユキを諭す、それ以上に目で何かを訴えているようだ。

 頭の中は完全にパニックに陥っていた。
 指先一つ言うこと聞かない、完全に身体だけ操られている。
(大丈夫、とって喰おうというわけじゃないから)
 そんなこと言われても落ち着けるわけが……。

「わかった、それじゃあカズ、また明日ね。ほら、行こう」
 何を思ったか、そういうとユキは小野田さんの手を引っ張り駅の方へ駆け出した。
「えっ、あっ、待って、じゃあカズ、またね」
 小野田さんも戸惑いながら、ユキに引っ張られ去っていった。
 結局、どんな抵抗も無駄のようだ、観念してついていこう。
 抵抗したくとも動かせないんだから。

 それから暫く歩いて、ひと気のない公園に連れ込まれた。
「そこのイスに座って、話をしよう」
 俺の身体は言われるとおり木製の丸イスに腰を下ろした。
「さてと、動けるようにするけど、大声はだすなよ、まず話を聞いてくれ、もし逃げても今みたいになるから、落ち着いたら2度頷いて、改めて説明する」

 どうしようもない、そう確信すると俺は深呼吸をしてから、2度頷いた。
「よし、まず自己紹介しよう、俺は『レイン』、君には『異能者管理組合』の捜査員の一人と言ったほうがいいかな、常人とは違った能力に目覚めた者を保護・管理するための組織だ、今日は君に忠告と協力を要請したくて来た」
 
 ……思わず唖然としてしまった、そんな組織初耳だぞ、俺に何の用だ。
「異能者だからに決まっているだろう、一般には知られていないだけで世界中の異能者を取り締まっている。君に忠告しにきた、条件次第で逮捕する」
 
 どきん。
 思考を読まれた、それに『逮捕』という言葉に緊張が走った、俺のしてきた行為を取り締まりに来たのだろうか。もっといろんなことしておけばよかった。
「言っただろう、今回は忠告だけだと。それに接触前や能力開眼してまだ間も無い頃の事故は『ある程度』大目に見る、もっともいろんなことをしていたら、状況次第でそれこそ取り締まっていたかもな」
 完全に読まれてる、変なこと考えても読まれてしまうのか……、なんか凄い緊張する。
「仕方ないんだよ、いつ能力を使われてどんなことをされるかわからないからな、話を続けるぞ、異能者はみんな常人とは違うモノを感じさせるんだ、君に気づいたのはそれが原因だ。とにかくある程度までならこれからもどんどん使って問題ない、これまで通り楽しんでくれて結構だ」

 ある程度ってどの程度だ、既に結構使ってしまったし……。
「そうだな、誰かを殺めたり、過度に壊したり、他者に危害を加えるようなことは駄目だ、だから異性に過激な性行為をしても問題ないから、遠慮なくやれ、ただし限度は覚えろよ」
 殺しなんてするわけが、過度に壊すって? 過度はだめで過激な性行為って? さっきのことかな、それとも……
「そうやって考えるからわかるんだよ、おまえくらいの年なら誰でもそっちに考えが行く」

 見透かされてる、思考を読まれるというのはこんなに嫌な気持ちになるのか。
「そうだな、あまり気味悪がられても困るし、テレパスは解こう、無くてもおまえくらいならまあなんとかなる」
 そういうと耳についてる何かを触った、ほんとうに解除したのだろう。

「もう大丈夫、何考えても大丈夫だぞ、かわりにきちんと話してくれよ。そうそう、限度というのはたまに異常な性癖の持ち主がいるからな、身体に風穴あけて楽しむとか、そういうのも取締り、被疑者の対象だな、あとは捜査員に一任されている」
「つまりえっと、レインさんが問題あると思ったら被疑者ですか」
「聞こえは悪いがそのとおりだ。だが安心しろ、きちんと見て判断してるつもりだ。それにきちんと報告が義務づけられている。あまり理不尽なことはできんよ、ほかに質問はあるか?」
「取締りの対象にされるとどうなるんでしょうか?」
「捜査員によって違うな、取締りの方法も捜査員に一任されている、殺してもいいが事後処理が面倒になるからほとんどないな、先ほどは逮捕と言ったが実際に捕まえてもメリットが無いからな、ほとんどは遊んでる」
「あ、あそぶってどんなことを?」
「言葉通りさ、みんな好き放題、たとえばそうだな、おまえを全裸にして世界中走らせるとか」
「結構です!」
「冗談だ、とにかく取締り対象になら何をしてもいいことになっている、怖いなら危険だと思う行為は避けるんだな」
 つまり抑止力か、取締り対象を好き勝手することで異能者へのけん制にしているんだな。

「異能者って、そんなにいるんですか?」
「ああ、世界中に大勢な、組織の中だけでも500人はいるぞ」
「ごひゃっ!?」
「当然組織に入ってないものもいるから少なく見積もっても万はいるな」
 ……なんてこった、世界中にそんなにたくさんいたなんて。

「それって、大丈夫なんですか?」
「そのために我々がいる。今こうして行動できているのが証明と思って欲しい」
 ……なるほど。
 いろいろ考えそうだが、深く考えてはいけない気がしたので、別の話題に移った。

「えっと、先ほど話した協力って何のことですか」
「ああ、それはこのあたりは異能者が異常に多いようだ。それに限度を超えた者が結構いるようなんだ」
 まさか、そんな……、でもよく考えたらユキもなにかの能力を持っていそうだ。
 テストの一件もあるし、たまに違和感を感じることもある、納得できない話でもない。
 
 レインさんは話を続ける。
「異能者として目覚めると他者の能力に若干の抵抗ができるんだ、反抗できなくても場の違和感に気づいたりね、心当たりは無いか?だからそういうのを感じたら教えてほしい、情報によって報酬もだす、だが無理はするなよ、相手が異能者なら簡単に君も操られてしまうからね、そうなったら何がおこるかわからない、あくまで気づいたことで良いんだ」
「まあ、いいですよ、それくらいなら」
 俺の身にいつ害がもたらされるかわからない、それくらいなら寧ろ願ったりだ。
「それだけだ、ほかに質問は無いか」
「うーん、さっきのレインさんの能力、ですか?」
「ああ、相手を自在に操れるんだ、一応条件つきだけどな、話せるのはこのくらいだ」
 秘密ということかな、これ以上聞いても教えて貰えなさそうだ。

「にしても冷静だね、もうすっかり落ち着いて、大したものだよ」
 レインさんが俺に感心している、そんなに冷静かな。
「私からの質問は以上です、あとから何かありましたら随時、よろしいですか?」
「ああ、聞きたくなったら聞いてくれ、できるかぎり答えよう。さてこちらから質問だ。君の能力とこれまで何をしてきたかを教えてくれないか、話せる範囲でいい」
「ええっ、それは、ちょっと……」
「さっきも言っただろう、接触する前の行為ならある程度不問に問われるって、まあ捜査員の好み次第だが、今言っておけば事故として済まさせる場合もあるんだ、もし何かやましいことでもあったら教えてくれ」
 この人は捜査員、下手な嘘はつかないほうがよさそうだ、話せる範囲内で話しておこう。
「ええっと……、はい、まず能力を開眼したのは___」
 
 俺は突然能力に気づいたところから話した。色々実験したこと、その際叶わないときもあったこと、能力使用の度に自分に何か跳ね返ること、そうしていくうちに『事象を成立させる』能力だと気づいたこと。
「ん? ちょっと待て、実験したといったな、そのときの相手は覚えてるか?」

 突然話に割り込んできた。
「えっと、どういうことですか?」
「もし、そうだとしたら、最初に何も起きなかったと言ったがそれは誤りでこれからおきるんだ、つまり『対象となった存在は願いを叶えるために今も動いている』はずだ」
 え……、それが本当だとしたら……、つまり

「思い出してくれ、まだ間に合うかもしれない、もしかしたらこれから『線路に落ちて』『猫が空を飛ぶ』ことになるかもしれない、後者も下手すれば『猫が身投げ』なんてこともありえる」
 血の気がひいてきた。あの時の願いが今も継続中だなんて。
「えっと……、あの実は……、その」
 気が引けたが、お姉さんにオナニーをお願いしたが、何もおきなかったことも話した。
「よく話す気になったな。それくらいなら大丈夫だ、すでにそれは達成されてるかもしれないな、それにそれくらいならおきてもまだ問題にならない」
 “まだ”ね、とりあえず安心した。

「それより空飛ぶ猫と線路に落ちる人だ、何か特徴を少しでもいいから教えてくれ」
 とは言われても、もうほとんど覚えていない、どんなだったかな……。

「そのときの状況くらいなら思い出せるか?少しでもいい」
「おぼろげ、ですが状況くらいならなんとか」
「よし、なら仲間に記憶を探る能力者がいるからそいつに探らせてくれ、あまり良い感じはしないだろうが緊急事態だ、我慢してくれ」
「あ、はい。いいですよ」
 人の命がかかってる、それくらいなら安いものだ。
「よしなるべく急ごう、こちらから走ったほうが早い」
 そう言うと駆け出すレインさんの後に続いた。

「何処へいくんですか」
「すぐそこだ、ほらもう見えたぞ」
 走り出して30秒もしないうちに住宅街の十字路、電柱の横に無表情で全身を黒に纏めた金髪の少女が立っていた。
「おお、いたいた、こっちだ」
 レインさんはその女の人の前でとまった。 俺もレインさんの横でとまる。
 美人だ、両手で黒い大きなカバンを持ち、白いリボンがついた黒い帽子、黒いワンピースでロングスカートと言えば合ってるかな?
 
 少女は誤りだろうな、背は俺のほうが少し大きいくらいで、ひざまである長い金髪、目はサングラスで見えないが整った顔をしている。スタイルも良さそうだ。
「この人?ですか」
 そういうとサングラスを外した。透きとおった瞳で右は蒼、左は翠……オッドアイ? 

「ああ、こいつは『ユリア』捜査員の一人だ」
「はじめまして」
「あ、はじめまして」
 無表情で挨拶をかわす、綺麗な声だな。
「説明は聞いています。早速ですけど私の能力であなたの記憶を調べます、そのときの状況を思い出してください」
「あ、はい」
 すこし緊張してしまうが、これも人助けだ。
「すぐ終わりますので緊張しないで。では、少し前にかがんでください」
「あ、はいこうですか」
 そうしていわれたとおりすると、カバンを下に置くと、横から両手で俺の顔を抑え顔を近づけてきて、額をこつんと合わせてきた。
「あ、あの近いですって」
「こうしないといけないの、辛いでしょうけど我慢して」
 辛くは無いけど……顔が目の前に、恥ずかしい。
「ではまず、男の人、そのときの状況を思い浮かべてください」
「は、はい」
 言われてそのときの状況を思い出した、たしか駅のフラットホームを歩いてたどこにでもいそうなサラリーマンだったな。
「はい、いいです、次に猫を思い出してください」
 猫は確か路上を普通に歩いてる小太りした猫だったな、首輪はつけていたが顔にも傷があったし、捨て猫だったのかな。
「はい、わかりました」
 そういって俺から離れた。
「もういいんですか?」
「はい、もうわかりました、今調べますので少し待ってください」
 そういうと目を瞑り額に右手をあて、熱を測るときのように抑えた。

「ユリアは今見た情報をもとに周囲にいないかを調べているんだ」
「そんなことできるんですか?」
「ああ、やり方は教えられないが、捜査員は全員一度みた相手を探ることは可能だ」
 ……改めて恐ろしい人たちだ。敵に回さないでよかった。

「いた、猫のほう……」
「何? 何処だ」
 そうレインさんが真剣な表情で聞くと思いもよらぬ回答が返ってきた。
「上、降ってくる」
「「なっ!!」」
 そういわれて慌てて空を見上げる俺達。
「あれだ!」
 そういうとレインさんは前方に全力で走りだした。
 あれってどれだ? 俺の目には一切見えない。と思っていた次の瞬間。
 ドシャッ!
「ぐえっ!」
 ドスン!
 何かが降ってきた鈍い音とレインさんの声がした。
「だ、だいじょうぶですか?」
 慌てて駆け寄ると、路上にうつぶせで倒れてるレインさんの背中の上で、例の猫が何事も無かったかのように踏ん反り返っていた。
「だいじょうぶだ、俺と猫両方にちょっと細工したんだよ、だから無事だ、いてて……」
 全然無事にみえないが、いや猫が降ってきて両方無事なのだから良かったというべきか。

 少しして猫は何事も無かったかのように何処かへと走り去っていった。

「風船にしたら良かったのに」
 後ろからユリアさんの声がした。ゆっくりこちらに歩いてきているようだ。
「咄嗟だったんだよ、仕方ないだろ……、いててて……」
 そう言いながら背中をさすりながらゆっくりと起き上がった。

「まあ、急いで良かったな、なんとか間に合った」
 確かに間一髪に近い状況だった、少しでも遅かったら猫はぼろぼろかな。

「さてと、もう一人はどうだ?」
「いたけどまだ仕事中、それに解かないほうがいい」
「解くって?」
 突然の言葉に思わず質問してしまった。
「ああ、暗示の類なら解くこともできるんだ。それで、なんで駄目なんだ?」
「その人、もともとみんなにいじめられているみたい、遠からず自殺する」
「つまり線路に落ちなくても、何処かで自殺するから、寧ろ解かずに線路で網を張った方が良いということだな」
「そう、それか願いを重ねがけする、もしかしたら上手くいくかも」
「なるほどな、たしかにそっちのほうが良さそうだ」
 そういう話なのか、話の流れについていくのが精一杯だ。

 ふいにユリアさんがこちらをじっと見つめてきた。
「ところで、もしかして、この人の能力、因果操作?」
 因果操作ってなんだ?
「ああ、おそらくな」
 レインさんが返す、どういうことだ。
「もっと調べたい」
「どうするんだ」
 レインさんが聞くと、ユリアさんは黙ってこちらをじっと見ている、そして少し経って
「あなた、一人暮らし?」
「あ、両親はあと一週間帰ってこないです、妹が一人いて、今は二人です」
「お願い、あなたの家に泊まらせて、なんでもするから」

 なにを突然言い出すんだ、この人は……。
 そう思っていると横からレインさんが耳打ちしてきた。
「おまえの能力に興味を示してる、衣食住をともにしたいって意味だな、泊めてやってくれないか、元々今夜眠るところも決まってないし、そんなに迷惑かけないから」
「えっ……といいですけど、良いんですか?」
「大丈夫、生活用品も全部この中に入ってる」
 そういって鞄を軽く叩く。そういう問題じゃなくて……。
「妹は説得するから、安心して」
 なんとなく意味が違いそうだ、能力者だしな。
 不安もあるが、ここは従っておこう。
「わかりました、うちでよければ良いですよ」

 その後、レインさんはユリアさんと少し話して別れ、駅で電車を待った。
 学校が終わって結構たってるはずだが、まだまだ人はいる。
 みんなちらちら目線をユリアさんに向けている、注目されているようだ。
 まあ長い金髪にサングラスをつけて黒で固めたファッション、珍しいよな。
 ユリアさんはというと、ずっと無言でついてきたのだが、正直きまずい。 
 歩くたびにとても良い香りがするのだが、何を話したら良いのか、つい緊張してしまう。

「ところで、名前聞いてない」
 そういえば自己紹介してなかったな。
「あ、えっと榊和也(さかき かずや)です」
「それ、レイに話した?」
 レインさんのことかな、そういえばしてないな。
「いえ、してないです、ユリアさんでしたよね」
「ユリアでいい、敬語もやめて」
「えっと、じゃあユリア、よろしく」
「よろしく」
 軽く会釈するが表情は崩さない、なんかきまずい。

「今、どこまで信じてる?」
「どこまでって、いわれても……」
「もしかして、あまり説明されてない?」
 どうだろう、だいたい聞いたはずだが。
「あなたの周りの異能者や不可解な状況、あいつに説明した?」
「あ、それはしてないです、そのまえに俺の能力の話になって、それで急いで、その、ユリアと合流したんです」
「だから敬語やめて」
 そういわれても、まだ緊張する。
「えっと、その……」
「そう、ちょっと待って」
 そういうと、鞄のポケットの方から、大きさを無視して大きな本が出てきた。
 六法全書か? ポケットに入る大きさじゃないぞ。
「ここ、みて」
 そういってほんの中のある行を指差す。

【女性の場合、世界一の天才国宝・沢村ノリタカとの挨拶をするときは必ず自分の下着を差し出さなければならない、もし10秒以内に見せられない場合はいかなる理由があろうとも裸にならなければならない。その時、もしおっぱいを触られたら、必ず喜んで世界一の天才国宝・沢村ノリタカを抱っこしなくてはならない】

「___は?」

 思わず呆れた。なんだこれは。
「これに気づけること、あなたが能力者である証明、普通の人、不自然に思わない」
 こんな見分け方があるとは、というか【世界一の天才国宝】ってなんだ。
「特に害もないし、みんな呆れてるし、こういうときの説明に便利だから放置されてる」
 ……ある意味凄いな、天才国宝。

「えっと、あ、電車きたよ」
「わかった」

 そのまま車両の右端の扉から乗車して、正面のつり革につかまった。ユリアさんもそのまま左隣で立っている。両手は鞄を持ったままだ、大丈夫かな。
「えっと、ユリアも、その、能力者なんだよね」
「そう」
「さっきの意外にも、いろいろ使えるんですか?」
「敬語やめて、使える。見たい?」
「あ、すみま……ごめん、できれば」
「さっきのお礼。少しだけ見せてあげる」
「え、お礼?」
「そう、お礼。何が良い?」
 何が良いって言われても……。
「まだ、能力の扱いに慣れてない?」
「あ、はい。まだあんまり」
「なら、こういうの、どう?」
 そういうと俺の両目を手で抑えてきた、思わず目をつぶる。

「あの、でもさっきのは元々俺が原因ですし、そんなお礼なんて」
「あなたのおかげで未然に防げた。勝手に記憶探った。だからお礼」
「いえ、でもいいですよ、だいたい俺」
「敬語やめて」
「はいっ!」
 思わず返事してしまう、なんかこの人に主導権握られっ放しだ。

「はい、目をあけて」
 そういわれて、目をあけてみる。
「いったい、なにがぁあああ!?」
 思わず大声をあげてしまってみんなから睨まれるがそんなことよりユリアさんが少し赤らめた顔をして何も着てない。下と胸は鞄とそれを持つ両腕に隠れてみえないが、思わず見惚れてしまいそうな予想以上の美肌に綺麗なラインをすべて晒している。
 ふと周囲を見ると、誰も何も着てない、みんな全裸だ。

「どう、こういう経験」
 あるわけない……。というかどうやったんだ。
 ユリアさんの後ろの方の乗客にはお尻が見えているのだろうか、それとも俺だけ?
 なんか裸のユリアさんをみんなで視姦しているようだ。

「みんなも、その状態にしようか?」
 少し赤い顔でたずねてきた、というかマジか。

「はい」
 そういうと、ユリアを見ていた乗客がみな口をあけて呆然としだした。
 ユリアも無表情を崩すまいとしているが、羞恥心からか、少しずつ顔が紅潮してきた。
 やばい、なんかもの凄く可愛い。

「わっ!」
「きゃっ!」
「はあっ!?」

 みんなの奇声が車内に響いた、そして次第にざわつきはじめた、そうか俺と同じなんだからユリアだけじゃなくみんな裸に見えてるんだ、これはパニックになりそうだな。

「ほかにしたいことある? 少しくらいなら叶えても良い」
 マジか……、というかほんとに良いのか。

 ユリアは無表情な赤い顔で小さく頷くと、少しして顔を小さくかたむけてた。
「あなたは、何が良い?」

 
 


 

 

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