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魔法少女の日常
魔法少女になった
「誰か嘘だと言ってくれ」

 魔法少女を見て俺は、ただ立ちつくすしかなかった。
 鏡の前にいる魔法少女は、俺なのだから。

「はは……ははは」

 俺は衝撃のどん底に叩きつけてくれた手を見つめた。
 魔法少女になった元凶は手にしているスマホであり、さっきまでは幸福のアイテムだったのだ。

「え、当たった。おっしゃああぁっ」

 今から5分前、俺は玄関で宅配便を受け取った。
 一家4人が住む普通の一軒屋。宅配便の受け取りなんて面倒な役を押し付けられてぶつぶつ言ってたが、受け取ったダンボールに『ご当選おめでとうございます』を印字してあるのだから、一気にテンションが上がる。

「サインをお願いします」
「はいはいはい、もちろんですとも。ありがとうございます。くれぐれも安全運転でお気をつけてください」

 配達人に気遣いまでしてしまうほど、俺は幸せの光に包まれた。

「スマホが当たった。スマホが当たった」

 高2男がスキップしてしまうほど、この当選は嬉しいものだった。
 雑誌にあった懸賞。最新機種がタダで、しかも半年間どんなに使っても、アプリ代までタダにしてくれるという、とんでもない代物だった。
 当たるとわからなくても、俺はコンビニまでダッシュして、懐が許す限りのハガキを購入した。
 たった一枚しか出せなかったが、神様は俺の純粋な欲望に手を差し伸べてくれたのだ。



 部屋につきダンボールを開けて、最新機種を取り出す。

「はて、タダスマホとはいえ、いきなり使えるのか?」

 良くわからないが、電源をオン。
 数十秒の起動画面の後『御当選、おめでとうございます。さっそく基本設定を入力してください』というメッセージが出て、俺は慣れない指さばきで住所氏名を入力

「生年月日、好きな食べ物、好きな色、好きな動物……おいおいおい。大丈夫かこれ?」

 少々不安になってきたが、好きな動物までは入力したが、その先の『好きなアイドル、好きな』は無視してOKボタンを押した。

「何だ無視できるのか。よし、最終確認もOK。しつこいスマホだな、OKは1回でいいんだよ」

 2回目の最終確認を確定した途端。俺は光に包まれた。

「うわっ。何だこれは」

 光は数秒で消えた。消えたのだが……鏡の前に映ったのが、これだ。
 白を基本にしたピンク色のフリル付きのワンピースを着た美少女になっていたのだ。

「スマホ、これは一体どういうことだ」

 子供特有の高い声になって機械に言ったところで説明してくれるわけがないので、画面を見た。

『おめでとう、これで君も魔法少女だ』

 スマホは文字にして返答してくれた。

「お兄ちゃん、どうしたの?誰かいるの?」

 マズイ、妹がこのドアを開けたら……。どこかで小学生を連れ込んでかわいい服を着せ替えている、一線を越えてしまった変態兄と烙印をつけられてしまう。
 俺はスマホを持って窓を開け、屋根上に出る。

「ん?軽い」

 体重は軽くなっているとはいえ、ふわりとした、無重力のようなものを全身で感じ取った。
 ためしにジャンプしたら、アクションゲームのおっさんみたいに体は2階の屋根近くまで上がる。両手で屋根をつかみ腕の筋肉を意識して動かすと、屋根上に到達できた。

「さすが、魔法少女……って喜んでいる場合じゃない」
「誰かいるの?」

 妹の奴、部屋に入ってきたか……
 変態兄の称号を払拭できたが、問題はこれからである。
 俺は画面を見ようとしたのと同時にアラーム音がスマホから発生した。

「いかん」

 俺は屋根を飛び降りた。さっき浮力を感じたから何とかなるだろうという考えと、一刻でも早く家から離れないと変態になってしまうという恐れから。
 予想通り、足に激痛が伝わることなく地面に降りることができた。
 アラームを鳴らし続けるスマホを見ると、通話着信の知らせだった。

「はい、もしもし」

 俺は走りながら電話にでた。

「初めまして魔法少女さん。私が君のパートナーになるメニだから、よろしく。さっそくだけど」
「何がさっそくだけどだ。まずは説明してくれ、これは何なんだ?何で俺が魔法少女にならなければならないんだ」
「あれぇ、懸賞の応募ページで書いてたでしょ。『料金はかからないけれども、魔法少女になって正義してもらいます』って」
「はぁ、そんなの書いてなかった」
「書いてあります。右下に虫眼鏡レベルで」
「詐欺じゃねえか」

 俺は足を止めた。体が極端に重くなったから。

「魔法少女がそんな言葉使ってはいけないよ。体が重くなったでしょ。魔法少女の魔力はピュアな心のみ。逆に汚い言葉をつかったら魔力どころか動きもとれなくなるから」
「う……」
「まずはピュアになることね。深呼吸して」
「すーーはーー」

 通話相手が言ったとおり、重くなった体が普段どおりまで戻った。

「一通り説明したいんだけれども。急ぎの用があってね。みどり公園に行ってくれない?」
「みどり公園、ここを曲がった先だな」

 子供の頃から住んでいるので近所ぐらいナビなしで行ける。

「何だ、あれは」

 遊具が4、5種類ある中規模の公園に入ると見たことのない生物がいた。

「コボルトよ、ファンタジーでおなじみの」
「そうだけど、何でここに?」
「魔法少女が必要な世界だってことは、それぐらいの悪が発生していることになるからね」

 50センチにも満たない二本足で立つ、犬のような顔をして、ボロボロの布で最低限度に体をおおう生物たちには木の棒をにぎっている。

「きゅう、きゅー」

 5、6匹いるモンスターが取り囲んでいるのは一匹の犬だった。

「コボルトが犬を襲おうとしているのよ。晩ご飯にするつもりかしらね」
「な、な、何てけしからん」

 体の底から怒りという熱が溢れた。

「あれ?お怒り?何で初戦が犬救出なんだよって、怒ると思っていたのに」
「お前こそ、何、見下してんだよ。かわいい犬を救出するのが正義の味方ってもんだろ」
「……。ごめんなさい」
「ましてや町内1かわいい久田さんちのタロちゃんを襲うとは、許せんっ」

 俺はジャンプしてコボルトの輪に入った。

「コボルト達、この魔法少女が相手よ」

 いつのまにか魔法少女口調になっていたが、気にせず、俺は目を閉じた。
 後から考えれば、なぜ目を閉じたのか不思議だが、目を閉じた途端。体の芯から光のようなものが生まれ、開かれた口から言葉が生まれた。

「光の輪よ。浄化を」

 光が俺から生まれると輪になって広がっていく。
 さらに力の効力も知っていた。被害者のタロちゃんには無害で暗黒の地から来たモンスターを消滅することが。

「ふう」

 光に触れたコボルトたちの声を聞くことなく暗黒の地に帰った。

「おつかれさん。説明もなく、魔法を使うとは魔法少女のセンスありそうね。さて、戻るほうほうなんだけれども……もしもし?」
「まて、タロちゃん、脱走したのはわかっている。お家に帰ろう。待って」

 俺は通話を無視して逃げ出すタロちゃんを追っかけた。
 追いながらも、頭の奥で思っていた。『俺、何やっているだろう』と。


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