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第二章 二度目の高校生活
その8 「なんちゃって」
「司、分かってるわね? 昨日言ったとおりに話すのよ?」

「分かってるって。お母さんこそ式中は大人しくしてよ?」

「善処するわ」

 善処すると言って、した人を見たことがない。保護者は先に体育館へとのことだったので、昇降口の前でお母さんと別れた。茜のせいで俄然注目されるようになったボクは、少し俯きがちにそそくさと校舎に入った。広いエントランスホールの壁に張り出されたクラス割表を眺めて、ボクが一年二組だということを知る。向かって一番左側の列の下駄箱に靴を入れ、男の頃より六センチも小さくなった上履きに履き替える。蓮池では上級生になるに従って教室が下の階になる。だから一年の教室は最上階の四階だ。長い階段を上り、二組の教室へと入った。

 ボクが教室に入った途端に、談笑が小さくなったのは気のせいだろうか。窓際の列の一番後ろから二つ目の席に座る。

 お、この席は当たりだ。日差しがいい感じに入ってきて、ぽかぽかと暖かくて気持ちいい。これは授業中に気持ちよく眠れそうだ。……ん、あれ。みんなボクを見ている? 慌てて衣服が乱れているのかチェックするも、おかしなところはなし。もしやと髪に指をとおすと、桜の花びらが二つ、ひらりと机に落ちた。

 視線を集めていたのはこれか。安堵して再度周りを見回す。けれど、まだみんなはボクを見ていた。桜の花びらでもない。ということは、やはりこの髪と瞳のせいだろう。銀髪碧眼は、ボクが思っていた以上に人の目を引いてしまうようだ。そんなことを考えていると、

「よっ。はじめまして」

「ひゃっ」

 ふいに耳元で囁かれた。息が耳に当ってビクッと体を震わせてしまう。耳を押さえながら声のした方を見る。

「わ、悪い。なにか考え事をしているようだったからさ」

 一つ前の席に座る女の子が眉尻を下げ、申し訳なさそうに謝った。シャギーのかかった赤茶色のギザギザショートヘアに大きな目。今日が入学初日だというのに、ブラウスの第一ボタンを外し、リボンタイを緩めている。スカートも気持ちボクより短い。在校生のような雰囲気を醸し出している。きっと廊下ですれ違っていたら上級生だと思ったことだろう。でも身長は低い。ボクと同じくらいだ。

「こ、こちらこそ大げさにしてごめん。知らない人ばかりで緊張してて」

 苦笑しながら言う。余所行きの口調が意外と自然に出たことに内心驚く。

「ふーん。まっ、そういうことにしてやるよ」

 含みのある言い方をする人だ。小さな声で「弱点発見」なんて言ってるけど、なんのことだろう。

「知らない人ばかり、か。だったら……あたしは夕部立夏ゆうべりつか。そっちは?」

「え? えっと、ボクは吉名司」

「ボクねぇ……。なんかかわいいな。まっ、これから一年間よろしく。司」

「よ、よろしく」

 差し出された手を握る。

「はい。これであたしと司は友達、な?」

 夕部さん……いや、立夏が歯を見せて笑う。女になって初めての友達だ。

「特にテストの時はよろしくっ」

「テスト?」

「あたし頭悪いからさ。誰かに教わりながらじゃないとテスト勉強できないんだよ」

 恥ずかしそうに頭を掻きながら言う。立夏はそう言うが、蓮池高校は地域でも有名な進学校。そこに入学しているのだから、彼女もそれなりのはずだ。

「ボクも頭いいってわけじゃないから、期待には応えられないかも」

「大丈夫。間違いなくあたしよりはマシだから。ってことで、そんときはよろしくな」

 立夏がボクの肩を叩く。初対面だというのに、もう何年も前からの友達のように接してくる。

 友達か……。そういえば三年前も、通っていた中学からこの蓮池に進学したのはボクだけで、今のように周りは知らない人だらけだった。それで最初は心細い思いをしたけど、すぐに席が隣のヤツと仲良くなって、そんなこともなくなったんだよな。ソイツは去年突然に学校を休学して海外に留学してしまった。一年で戻ってくるとは言っていたけど、今頃どうしているのやら。

「どうしたんだ? 遠い目なんかして」

 呼ばれてはっと気付くと、立夏がボクを不思議そうに見つめていた。いつの間にか物思いに耽っていたらしい。

「ごめん。……昔の友達はどうしてるのかな、と」

「あー分かる分かる。あたしにもいつもべったりだった友達がいてさ、高校が別々になったから、あたしがいなくてもちゃんとやれてるんだろうか、友達作れてるんだろうかって心配だよ。……やれてるよな?」

「ボクに聞かれても」

 人を見た目で判断しない。人の心配をする立夏はいい人に違いない。

「あー、思い出したら気になってきた。あいつ自分から声かけてるよな……?」

「立夏は優しくていい人だね」

 眉間に皺を寄せて唸る立夏にそう言うと、彼女はピタリと動きを止めた。そして一瞬にして顔を赤くした。

「ち、ちょ、おま、真顔でよくそんな恥ずかしいこと言えるな!?」

「へ?」

「そんなメルヘンなナリで言われると、なんか浄化された気分になるんだよっ。はっ。そうか司はクリスチャンか!」

 十字架なんて体に毒です。吸血鬼的に。いや触ってもまったく大丈夫だけど。

 ところでメルヘンなナリってどういう意味?

 ◇◆◇◆

 立夏と話していると、いつの間にか時間が経っていたようで、気付けば担任の先生とやらがやってきてホームルームが始まった。担任は今日の予定を簡単に説明してから、体育館へ移動するようボク達に伝えた。

 体育館で行われた入学式は滞りなく進み、別段面白いこともなく終了した。ただ、絶えることなく聞こえたフラッシュ音とその光だけは異彩を放っていた。落ち着けお母さん。

 教室に戻ると、ホームルームが始まった。一学期はこの出席番号順の席のままだそうだ。あとはクラス委員をどうするかとか、今後のスケジュールについて一通りの説明を聞く。

 そうして最後に待っていたのは、ボクとしてはとてもとてもやりたくない、自己紹介タイムだった。こういう時によく思う。何を話せばいいのか、ウケは狙わなくていいのか、などということを。定番は出身中学と入部予定の部活といったところだろうが、名字が吉名であるボクはいつも最後の方。定番だけ言っても高確率で「他には?」と恐ろしい言葉が返ってくる。こういうときに出席番号一番っていいよな。……予防接種の時はご愁傷様だけど。

 そんなことを考えている間にも自己紹介は進んでいき、あっという間に隣の列までやってくる。何を言おう。二年に姉がいること? 無難すぎる。両親の話? 恥をさらしてどうする。ウニが好きは? ブルジョワだと思われたらどうしよう。

 前で椅子を引く音が聞こえた。もう立夏の番のようだ。

「夕部立夏です。桜ヶ丘中学校出身です。部活は――」

 桜ヶ丘か。少し山の方にある学校で、通学が面倒なことで知られている。ちょっと遠いところにあるから、立夏は電車通学だろうか。

「――です。これから一年間よろしくお願いします」

 立夏が席につく。次はボクの番だ。

「では次。吉名」

「は、はい」

 結局何も決まらずにボクに回ってきてしまった。まだ心の準備ができていないのに。戸惑いながらも席を立つ。ええっと。と、とりあえずは無難なところからいこう。

「よ、吉名司です。出身は県外の九重中学です。中学までは病気を患っていて、その治療のために親元を離れていたのですが、去年無事完治したので戻ってきました」

 もちろん全てでたらめだ。ボクの出身中学はここから少し離れた南中学。県外の学校なんて通ったこともない。でも、それをそのまま伝えると、ボクが努だということがバレてしまう可能性がある。

 そこで両親は、「吉名司は遠くの病院で療養していた」という嘘の情報を作り上げることにした。ただしこれはまんざら嘘と言い切れないもので、吉名司の学歴上は本当に九重中学を卒業したことになっている。そのためボク、吉名司は、おおやけには「幼少期から親元を離れ、親戚の家からかかりつけの医者のいる病院に通って治療を受けていた。中学在学中に完治したので、高校からは親元に戻ることにし、ここを受験した」ということになっている。ちなみに九重中学の卒業証も病気の診断書も、お母さんの親族に用意してもらったらしい。恐るべし吸血鬼一族。

「そ、それでボクにはあまり友達がいません。なので友達になってくれると嬉しいです」

 ぎこちない笑みを浮かべながら、目をあっちこっちへと向ける。みんながボクを見ていた。自己紹介しているのだから、そうなるのは納得できるのだけど……なんでこんなにもシーンとしているんだろう。なかには鼻を啜る人もいる。花粉症というわけではなさそうだ。鼻水でてなかったし。

 ……く、空気が重い。病気を患っていたなんて言ったせいか? さらには視線も痛い。体に穴が空きそうだ。うぅ……そ、そうだ。他に何か言うことは……? 部活はとくに決めてないし、得意教科だとかは微妙すぎる。無駄に変なことも言えないし……。あ、そうだ。

「あの、髪の色とか目の色がみなさんと違いますが、日本人なのでどうぞ気軽に話しかけてください」

 見た目だけで敬遠されては困る。こうして気さくな人だとアピールしておこう。他にも何か言うことは……ええと……よ、よし、これしかない。ドキドキする胸を押さえながら、ボクは意を決して口を開く。

「え、英語もドイツ語もフランス語もまったく喋れないので、外国の言葉で質問されても『ほわっと?』くらいしか言えません。英語苦手なんです。こんな見た目なのに英語が喋られないなんて~って、笑わないでくださいね?」

 今できる体を張った渾身の自虐ネタ。どうだ、これで少しは空気が…………か、変わらないだと……? やばっ、ちょっと自慢気な顔をしたかもしれないのに。ご、誤魔化そう。

「な、なんちゃって。あははは……。わ、笑ってくれて構いませんからね? さっきのは言葉の綾というか、押すなよ押すなよと言っておきながら実は押してほしいみたいな意味でして……。あの、英語が喋れないのは本当なので、日本語でぜひお願いします」

 しどろもどろに言葉を繋げて、最後はペコッと頭を下げる。顔が引きつる。恥ずかしい。大舞台でボケをかましてスベッた芸人の気分はこんな感じに違いない。

「……以上です」

 そそくさと席に座る。顔がかあっと熱くなってくるのを感じる。頬に手の平をあてると、ひんやりとして気持ちよかった。

 ……ん?

 未だ静寂に包まれたままの教室に違和感を覚え、そっと顔を上げる。もうボクの自己紹介は終わったのに、まだみんなはボクを見ていた。恥ずかしくてさらに俯くと、周囲から「おおぅ」と、どよめきが聞こえた。いいから早く次にいってくれっ。


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