一体誰が輪廻転生などという概念を考えたのだろうか。
自分という存在が消えるという事が耐えられなかった誰かの作った御伽噺。
そう信じていた。自分がそうなるまでは。
昔の話をしよう。ずっとずっと昔の話だ。
特に裕福というわけでも貧乏というわけでもない家に生まれてから何不自由なく育てられた。
毎日学校に行って日が暮れるまで友達と遊ぶ。家に帰ればその日あったことを話しながら夕飯を食べる。
10歳の時、親に買い与えられたパズルブックにはまった。
それからというもの、暇を見つけては魔方陣、ナンプレ、イラロジ、クロスワード色々な物を解いてきたが中でも一番のお気に入りは暗号の解読だった。
理由? 暗号の2文字が持つそこはかとない誘惑に厨二心が引き寄せられたからだ。
何より、一見法則もないような数字や記号から隠された意味を探っていく行為が面白かった。
それからという物、中学・高校ともそういったパズル好きの集まる部活で青春を過ごした。
暗号選手権というコアなイベントに毎年出場し、二連覇を飾ったこともある。残念なことに3年目は惜しくも決勝で敗れてしまった。
だが決勝戦での相手と意気投合し、毎日ネットの通話チャットを使い昔実際に使われていた暗号の解読だの、新しく考案した暗号だのを思いつくまま夜明けまで語らったものだ。
暗号解読の道は険しい。ナンプレやイラロジと最も違う点は解き方に法則性がないところだ。
簡単なものではアルファベットを全て左右に幾つかずらしたり、キーワードや絵からヒントを得たりする。
中にはコアな知識を持ってないと理解できない物もあったりで雑学全般の知識を必要とするのだ。
その趣味が高じて知らないこと、初めて聞く言葉を調べるのも趣味になった。
ネットはいい。辞書で引いても味気ない答えしか返ってこない単語だって、Wikipedia先生にかかれば辞書なんかとは比べ物にならないほどの範囲と密度を持った情報が無料で見れる。
肥料を辞書で検索して得られる知識は植物や土壌を活性化させるくらいの物だろう。
だが、どうだこの素晴らしきWikipedia!
肥料の種類や要素、植物が必要とする元素やらその作り方に至るまで幅広い知識がずらずらと解説されている。
流石はその筋の専門家が趣味で書いた内容だ。
趣味はいい。学術書を紐解いてもわざと難しくしたような説明が続くだけで理解し辛い。
だが趣味で人に教えるともなれば知識はより深く、より理解しやすい説明に変わる。
だからこそこのWikipediaは愛され、日々膨大なとりとめもない趣味が追加されていくのだ。
……話が脱線したので戻すことにする。
結論から言おう。気付いたら新しい人生とやらを歩まされていた。
加えてここは現代社会どころか地球という惑星でもない。
地球の空には月が1つ。色は黄色とも白とも取れる色だったはずだ。
だがこうして空を見上げると月は3つ。しかもその内の2つはやけに大きく、おまけに色が青と赤と来た。
もう1つの小さな月は銀だ。これも地球で見たことはない。
だが、この際月の色が違かろうが、ここが地球でなかろうがひとまずはどうでもいい問題だ。
一番の問題は、どうして自分が転生したのかさっぱり分からない所にある。
……死んだ記憶がないのだ。
覚えている最後の光景はそろそろ太陽が昇りはじめる時間に今日もいい話ができたと満足しつつ布団に潜り込んだ記憶だ。
瞬く間にやってきた睡魔は眠ろうと思うまもなく夢の世界へ引き込んでいった……と思う。
そして気付いたらこの状況だ。
目の前の大きな楕円形の姿見に自分の姿を映す。小学生よりずっと小さな身長に少なくとも日本人ではない顔立ち。長い髪は紅茶にたっぷりのミルクを注いだような柔らかい色合いで肩先まで伸びている。
そっと、鏡に向けて手を伸ばす。当然のように鏡の中の少女も手を伸ばす。
(少女というより幼女か……)
数年遡れば場合によっては生まれていないのかもしれない。
始めは夢だと思った。最近流行の謎解きRPGが丁度こんな時代だったなぁ、夢にまで見るなんてもう少し控えた方がいいかと冷静に思ったのだ。
明晰夢というのをご存知だろうか。夢の中で夢と気付く現象の事を言う。
夢の中では通常、夢を見ていると認識することが出来ない。
起きている時に今は夢だろうかと四六時中考え、疑る人が居ないからだ。
もし常日頃からこの世界は夢なんじゃないだろうかと疑ってかかっているなら、それは病院に行った方がいい。心の病気だ。
けれど趣味が講じて目の前の現象や物体の構造や理論を考えたりする事が癖になってしまったせいで夢の中で夢と気付くことが多くなった。
目の前に大きな蜘蛛が出現して追いかけられる夢を見たことがある。
うわ、でかい、きもい。あれって蜘蛛か? あんな種類居たっけ。まてまて、そもそも大きすぎないか?
蜘蛛の足は然程太くないし、あの大きさなら100……いや、200kgはくだらない。それをあの細い足で支える?
無理に決まっている。地球の重力をなめるな。
こう結論を出した瞬間、蜘蛛は自重で潰れてしまった。
こんなものはでたらめだ。そうか、つまりこれは夢か。といった具合だ。
そして夢だと気付く事さえできれば目を覚ますのはそう難しいことではない。脳が深い睡眠に陥っていない状態でしか夢を見ることはできない。だからひたすら起きようと、目を無理やり開けようとすれば意外と簡単に夢から出られるのだ。
無論真っ先にそれを試した。流石に幼女になる趣味はなかったから。けれど目覚めるどころかどことなく違和感さえ感じた。
違和感の正体は気づいてしまえば簡単だ。……あまりにも感覚がリアルすぎるのだ。
夢の中で感じることのできる感覚はそれ程多くない。
その代表例が痛みだ。夢と気付いた状態でどんな傷を負ったとしても今まで1度だって痛みを感じたことはなかった。
それ以外にも空気の匂いや踏み締める絨毯の感触。外気の冷たさや景色の鮮明さ。
夢の中の世界であやふやになり、殆ど感じることのない感覚が全てリアルに感じられるのだ。
何かがおかしい。
漠然とした不安が襲ってくるのに何がおかしいのか冷静に分析している自分もいる。
左右を見渡せば抜け出した天蓋付きのベッドが目に入る。この頭痛の原因はそこから落ちたことによるのかもしれない。
どうするべきか。そうだな、まずすべき事といえば……。
「寝よう」
だって眠い。こんな状況で冷静な判断はできないし、明るさから考えても今は夜。そして何より眠って起きれば夢も覚めるだろうという打算的な考え。
眠いから寝たのに夢の中でまた眠くて眠いから寝て、そしてまたそこで夢を見るのだろうか。
まだ温もりの残っていた布団の中でとりとめもないことを考えていると、いつかの記憶と同じように一瞬でまどろみの中へと落ちていった。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。