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世界の扉 「"水銀条約"の意味と課題」2013年10月04日 (金)
広瀬 公巳 解説委員
(水俣病)
水俣病の原因物質で、今も世界各地で健康被害や環境汚染が問題となっている水銀。
来週、熊本県で開かれる国際会議では、水銀の使用や貿易、排出を国際的に規制する条約が採択されることになっています。
しかし、規制の内容には、厳しい目も向けられています。
環境団体代表
「水俣のような悲劇が、世界中で起きることを防げない条約だと思っています」
(高度成長イメージ)
経済発展の影で人々の健康が蝕まれることがあってはならないという日本の教訓を世界と分かちあうことができるのか。
“水銀条約”の意味と課題を考えます。
「“水銀条約”の意味と課題」
野田)
けさの世界の扉は、水銀を規制する国際条約について広瀬解説委員とお伝えします。
この条約どういうものなのですか。
広瀬)
非常に大切な条約なんです。
人間が重金属の扱いを規制する初めての枠組みなんです。
水銀は錬金術を通して人間の科学や歴史、生活との付き合いが長いものですが世界がまとまって規制するということはありませんでした。
これまでに国連環境計画と各国政府との間で粘り強い交渉が続けられてきました。
(パンフ)
こちらご覧いただきたいのですが、来週、熊本県で開かれる国際会議、「水銀に関する水俣条約」の外交会議で条約が採択される予定です。
その後、50カ国以上が批准して90日後に発効することになっています。
野田)
条約の内容の具体的な内容はどうなっているのでしょうか。
広瀬)
こちらがその条約案なのですが水銀の扱いが細かく規定されています。
主なポイントを画面でご覧ください。
▼新規鉱山の開発の禁止
▼貿易の制限
▼大気への排出削減対策
▼金採掘での使用縮減
▼廃棄物の適切な管理・処分
つまり、水銀を使わない、使わせない、というものです。
日本の提案に沿って、水俣病の教訓が理念として盛り込まれることになっています。
野田)
水銀は現在、世界でどのくらい使われているのでしょうか。
広瀬)
水銀はもともと自然界に存在する有害な元素です。
放射性物質のように半減期もありませんのでなくなることはありません。
気化しやすく大量に吸い込むと障害をおこす危険が知られています。
水俣病の原因となった有機の化合物はより吸収されやすく毒性が強いものです。
現在は、石炭などの水銀を含む化石燃料の燃焼からでるもの。
それに発展途上国を中心に、金の精錬にも使われています。
インドでは、古くなった携帯電話を回収して野焼きにし、水銀を加えることで貴金属を回収する行為が問題となっています。
金と水銀を混ぜたあと水銀を蒸発させて金を抽出する方法です。
水銀は、あわせて年間におよそ2000トンが排出されているといわれています。
野田)世界各地の汚染はどんな状況なのでしょうか。
広瀬)こちらの地図をご覧いただきたいのですが、世界の各地で水銀汚染が問題になっています。
このうち、ブラジル、アマゾン川流域では、1970年代終わり頃から川底などで集めた砂金などの精練に使用され汚染が深刻化になりました。
中国やアフリカ、東南アジアの国々でも同じような問題が指摘されています。
先進国のカナダでも水銀の規制が行わたあとも魚を食べ続けた住民の水銀中毒が問題となっています。
無機水銀中毒とメチル化した水銀、有機水銀の健康被害の双方が問題となっています。
野田)
日本はどうなのでしょうか。
広瀬)日本は厳しい対策が取られています。
日本国内のさまざまな取り組みは国際的にも評価されています。
むしろ環境団体などが問題点として指摘しているのは、日本が、水銀を輸出していることです。
環境基準に厳しいEUなどは水銀の輸出を規制していますし、きちんと廃棄物としての水銀の保管場所を確保している国もあるのとは対照的です。
【化学物質問題市民研究会 安間武さん】
「輸出(相手)国が手続きをしていれば大丈夫というものになっている。そう意味ではやはり弱い条約だ。ある意味では、やりたくなければ、何も問題ありませんといえば、それで済んでしまうわけですね 非常に大きな抜け穴ですね。」
野田)さきほど、日本の教訓を世界に、というのが条約の精神だとのことでしたが、うまくいくのでしょうか。
広瀬)
水銀は今も電池ですとか、血圧計、体温計などに用いられています。
農薬に含まれるものはイラクで大きな問題になりました。
例外はありますが、条約が発効すると貿易は規制されることになります。
これについて対策が間に合わないとしている国もあります。
あまり規制の内容を厳しくしすぎると、ついてこれなくなる途上国もある、という温暖化対策の途上国問題と同じようなことがおきる恐れもあります。
また、歯の詰めものに使うアマルガムなど、すぐには貿易が全廃されないものが実際には別の用途に用いられることはないのか、国際的な監視を行うのは難しいという指摘もあります。
最初に申しあげましたように、今回条約という形で水銀の規制で国際的な合意を形成できるのは大きな意義のあることだと思いますが、ほんとうに日本の教訓は生かされていくのか、採択後、発効後も注意深く見ていかなければなりません。
野田)日本の役割はとても大切になってきますね。
広瀬)
神経の働きが重金属で侵されていく苦痛や不安は、当事者にしかわからない、外からでは見えにくいところがあります。
日本は条約の制定で大切な役割を果たしてきましたので、今後も豊富な知識と先進の技術で途上国支援にも取り組んでいくべきです。
日本には水銀による健康被害の恐ろしさについて、警告を発し続ける義務があります。
(野田)
けさは、“水銀条約”の意味と課題について、広瀬解説委員とともにお伝えしました。