マウスで頑張った
母の葬儀が終わった。 葬儀の片付け等も全て終え、親戚らも帰り静まり返った実家で、僕は兄と二人きりで飲んでいた。兄と飲むのは何年振りになるだろうか。少なくとも、二人きりで飲むのは初めてだ。兄には家族があるが、今晩は義姉さんも僕らの思いを汲み、二人きりにしてくれた。 「最近、どうなんだ?」 兄の問いかけに、僕はただ一言、「何も変わりないよ」とだけ伝えた。兄もそれ以上の答えは求めていなかったのだろう、軽く頷くと、今度は自分の話を始めるのだった。 お互いぼそぼそと細切れな会話を繰り返しているだけの時間だったけれど、やはり僕は弟だった。それだけでも、兄弟としての会話をどこか心地良く感じていたように思う。 不思議と母の話は出なかった。母を失った悲しみを、僕も兄もまだ受け止められていないからなのだろうか。ただ、火葬場で骨になった母を見た以上、少なくとも現実としては受け止めざるを得なかったけれど。 ふと時計を見ると、既に深夜の二時を回っていた。この数日ですっかり疲れきっているはずなのに、不思議と眠気は訪れない。 「それにしても……しばらく見ない間に、お前も変わったな」 不意に兄がそんなことを口にした。虚をつかれたが、僕はとっさに、時間と経験を口実にすることにした。 「……まぁ、家を出てもう何年も経ってるからね。色々あったし」 言ってから、あながちそれも嘘ではない気がした。けれど、僕の答えに、兄は少しだけ怪訝な表情を見せた。 「どうしたの?」 訊いてみたけれど、兄自身にもその正体は分かっていないようだ。無言で首を横に振った。 ほどなく会話は失速し始め、やがて疲れに負けたのか、はたまた酒に負けたのか、兄は寝息を立て始めた。 話し相手を失った僕は、兄の身体にシーツを掛けると、今度は母の遺影に話の相手を求め……無言のまま問いかけ始めた。 親孝行したい時に親はなしと言うけれど……僕は、立派な息子だったでしょうか。 今となっては、それを確かめる術はありません。 ……あなたにとって一番の親不孝であろう事態を避けられたことを、喜ぶべきでしょうか。 それをあなたに誇るべきでしょうか。 それとも…… やはり僕も、あなたと共に兄たちに謝るべきなのでしょうか。 そんな勇気もない僕を、あなたは許してくれるでしょうか。 問いかけの後、僕は誰もいない寝場所を求め、そっと部屋を後にした。 ここはもう……死んでしまった僕の居場所ではないのだから。 ただもう体力気力的に二度とやるものか!!
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