幻の戦闘機
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はじめに 

第二次大戦当時、「火の玉(Ball of Fire)」を連合国側の多数の航空機乗員が欧州と日本の両戦域で観測した。欧州では、これを「幻の戦闘機(Foo Fighter)」と呼んだ。戦後はこの空中の怪奇現象を「空飛ぶ円盤(Flying Saucer)」、そして1952年以降は用語の曖昧さを正して「UFO(Unidentified Foreign Objects)」と呼ぶようになった。 

最近その科学的解明が進み、早稲田大学大槻義彦名誉教授が「大気プラズマ説」を提唱されるようになった。物質には固体、液体、気体があり、これに続く第四の状態がプラズマである。プラズマは原子核と電子がバラバラになった状態で、通常まぶしい光や時として不気味な音を発する。これが空中で古典的運動力学では説明不能な不可解な動きをするUFOとして人の目に映るというのである。 

大気プラズマ説はこの現象の基本原理を説明したばかりか、電磁波を使って火の玉を創り出すという実証実験を行った(1992年)。これによって人魂(ひとだま)からオーロラまで広い自然界の発光現象だけでなく、特に1950年代にしばしば目撃された奇怪で不気味なUFOの正体を合理的に説明できるようになったと言える。 

以下に第二次世界大戦時、日本と欧州上空で観測された「火の玉」の報告を掲げることにする。


日本上空で目撃された火の玉

マリアナ列島から発進したB-29による日本列島爆撃は331回行われ、それぞれの結果が報告書にまとめられている。うち愛知爆撃分に火の玉に関する多数の記述がある。

1945年5月16日深夜、B-29が516機で名古屋南部市街地を空襲した。524機を投入した二日前の名古屋北部市街攻撃に続く二度目の大空襲であった。その結果をまとめた戦術任務報告書に「火の玉」の記述がある。その中で、火の玉が焼夷弾爆撃によって市民を大量殺戮したB-29を陸地の端まで追っかけて行ったというくだり(アンダーライン部)がある。ここで言う火の玉を人魂(ひとだま)と読み替えてみると、なんとなく空しい哀れみが感じられる。

1.ある乗員がバスケットボール大のオレンジボール3個が、25フイートほどの航跡を曳いて目標地域から発射されるのを見た。その焔は高度8,000フイートまで続き、そこで燃え尽きた。

2.高度16,000フイートで、火の玉が5-8時方向の低空をB-29に10分間追尾した。

3.帰途、乗員が火の玉を海岸から20マイル離れた外洋で目撃した。その火の玉はB-29を4-6時方向の低い高度を1,200から1,500ヤード後方を15分間追尾した。その機は計器速度を時速260マイルに増速して、火の玉を引き離すことができた。

4. 火の玉を名古屋西方で見た。それは高度15,000フイートで6時水平方向でB-29を追尾した。同空域・同時間に敵航空機はいなかった。このように火の玉に15分も追尾されたB-29はほかにない。

5.ある砲手が目標上空15,200フイートで、赤色の火の玉を約1マイル離れて6時水平方向に見た。それは、高度を上げながら少しずつ接近するように見えた。その輝きは明るくなるにつれ、赤色から白色に変化した。その火の玉は半マイル以内には接近せず、陸地の終端まで追尾して来た。最後は再び明るい赤色になって燃え尽きた。大きさは直径約3フイート程度だった。

6.ある航空機が火の玉と見られる未確認機に追尾された。この物体は3時48分に爆弾を投下した直後に現れた。この赤色または「焔の色」をした光は5時方向の位置に、B-29が退避行動をとるまで追随した。この物体はいったん後方に離れたが、再び追いついてきた。増速して振り払おうとしたが、明らかになんの努力もなしに同じ位置についてきた。次に、出力を下げると相手もまた減速した。B-29の約300ヤード後方に居続けた。その光度はB-29の着陸灯と同じ位だった。

7.火の玉がNagoshima (紀伊長島?)又は Awase(尾鷲?)から離陸した。それは曳光弾のように見え、すぐ航空機まで接近して来て5時低空位置で追随した。距離約1,000ヤード。計器速度で毎時225ノットでは近づき、250ノットでは離れる。ほぼバレーボール大で、後方に何かを噴出していた。翼や胴体は見えなかった。

以下は第二次世界大戦中、第444爆撃群(第58爆撃団所属;テニアン島西飛行場駐留)が観測した火の玉の公式記録である: 

1.1944年11月10日(岡山西の沿岸)
昼間、高度25,000フイートでB-29から黒点が空中に爆発もせず静止しているかのごとく見えた。それは高射砲弾の炸裂痕より小さく、煙の雲のように見えた。(南東アジア、東方航空司令部、週刊情報総括第11号)


2.1945年4月3日(夜間、日本)
B-29編隊が二個のオレンジ球を見た。一個はIPで、もう一個は目標上空で地上から向ってきて、そのB-29の飛行経路に沿って移動した。(第21爆撃司令部任務報告書)

3.1945年4月3日18時13分(東京湾地域、半島先端を横切って飛行中)
方位115度、高度8,000フイートで
B-29が上昇中、光がB-29を追従し接近して来るのを見た。回避運動をしたが火の玉は追従してきた。レーダー上でも検出。太平洋沿岸の先約25から30マイルまで航空機を追ってきた。(第21爆撃司令部任務報告書) 

4.1945年4月3日18時14分(東京湾地域)
高度7,000フイートを方位120度で飛行中の
B-29が4時方向に火の玉が追従しているのを見た。雲中に三度入って回避運動を行ったが、振りほどくことはできなかった。その火の玉は燐光を放っていた。東京湾上をB-29に5分間付きまとったあと消滅した。(第21爆撃司令部任務報告書)

5.1945年5月15日(名古屋、夜間)
第444爆撃群の
B-29が「初めて火の玉を観測した」。(第444爆撃群史)

6.1945年5月23日(東京、夜間)
第444爆撃群の
B-29が「三個の火の玉を観測した」と報告。(第444爆撃群史)

7.1945年7月12/13日(日本、夜間)
B-29、敵機の飛行経路に平行してオレンジ色の光。それが航空機か否か判断できず。(第21爆撃団司令部、4都市爆撃報告)   

8.1945年7月16//17日(夜間、沼津付近)
B-29、第58爆撃団、任務番号271、高度10,000フイートで火の玉が航空機を追って来た。右に居たB-29の排煙に入って消えた。(第21爆撃軍団司令部、任務番号271−274)

9.1945年7月16/17日(沼津)
B-29、第58爆撃団、任務番号271、6時方向に赤燈光。この光は鋭く旋回して航空機の右側にやってきた。この時B-29乗員は地上から高射砲の砲撃を受けた。(第21爆撃軍団司令部、任務番号271−274)

幻の戦闘機のミステリー

THE AMERICAN LEGION MAGAZINE - December, 1945
The Foo Fighter Mystery
by Jo Chamberlin

http://www.project1947.com/articles/amlfoo.htm

はじめに

大戦の最後の数ヶ月の間、日本上空を飛行する乗員が「火の玉」と呼ばれるものを見た。それは時々近付き、尾翼の上に乗っかり、オレンジから赤色、白色、そして再び元へ戻るが、攻撃しようとあるいは自殺行為的に衝突しようと接近してくるわけでもない。

あるB-29は雲の中に退避し、再び出たとき、火の玉が等間隔を保ちながらついてきた。その距離500ヤード、直径3フイートで燐光を発するオレンジ色に輝いていた。航空爆弾や航空機が持つ翼や胴体のようなものは見えなかった。この火の玉はB-29に数マイル離れてついてきて、富士山上の夜明けの光の中で神秘的に消滅した。あるB-29の乗員は最高速で直進している時に火の玉がついてきたとき回避運動をすれば容易に見えなくすることができた、と語った;他のB-29の乗員はその逆の報告をしている。誰もこの問題を解決できない。

はるか南方では、B-24リベレーターがトラック環礁の11,000フイート上空で、二個の赤い光が急速に昇ってきてB-24に追従した。一時間後、一個の光は逆戻りした。もう一方は、ある時は後方、ある時は側方、ある時は前方約1,000フイートの間隔を保ちながら、高度15,000フイートに上昇して夜が明けるまで追従し続けた。そして、日本戦闘機が戦闘を見守るかのごとく太陽の中に留まり、降りてくることはなかった。飛行中、その光は赤からオレンジに変わり、次に白色からオレンジに戻った。大きさはバスケットボールくらいに見えた。翼や胴体は見えなかった。そのB-24は島のレーダー基地に、空中に敵の航空機がいるかどうか確認してくれるよう依頼したが、回答は「否」であった。

不思議な事件であり、戦争が終る前からそして今日まで多くの原因究明がなされてきたが、どれも確かなものはない。重要なポイントは:将来何が起るか誰も知らないが、どのB-29もこの火の玉から害を受けていない。日本は空からの攻撃に対して出来る限り防御しようと絶望的な努力をしたが、成功しなかった。我がB-29達は日本の軍事目標を雨のように破壊しつくし、最後に原爆を投下した。

当然、在日米陸軍はこの秘密を解明しようと試みただろうが、欧州と同様、秘匿されたようだ。火の玉はミステリーであり続けている。それがこの世界の反対側の東ドイツ上空で初めて観測されて以来のことである。

最初の観測

それはこうして始まった。
1944
11月の夕刻10時のこと、エド シュルーター大尉はフランスのデイジョン(Dijon)から夜間飛行に飛び立った。第415夜間飛行大隊の通常任務であった。
彼はウインスコンシン州オシュコシ出身の背の高い有能な若いパイロットで、彼の危険な任務は夜空の中からドイツ機を見つけ、撃ち落とすことであった。彼はこの任務に数回つき、勲章をもらっている。最良の夜間航空機乗りとして、彼はすべての危機を乗り越えてきた。彼と共にレーダー手としてドナルド J.メイヤー大尉、観測員として第415大隊の情報士官であるフレッド リングワルド大尉が搭乗した。

このトリオはストラスブルグ(Strasbourg)北方のライン河の右岸または左岸上空を飛行しながら、捜索を開始した;この河は数世紀の間、魔女、小人、地の神の住処であり、故A.ヒットラーの劇的な感覚に強くアピールする超自然特性を持っていた。しかし、このヨーロッパ戦の段階では、ライン河はそのような不気味な戦場ではなく、ドイツ人が彼らの最後の強力な防御を構築していた。
その夜は僅かな雲があったが晴れで、下弦の月がかかり視程は良好であった。
ある点では、夜間戦闘機は視力のよくないチャンピオンボクサーのようなものだ。彼は敵に向っていくのに彼以外の感覚に頼らざるを得ない。米陸軍は地上レーダー施設を持ち、空中のすべての航空機を追尾し、夜間戦闘機にその所在を知らせる。その夜間戦闘機はそちらに向い、敵機を目視できるまで自分のレーダーを使って接近し、友軍機でないと分ったら撃ち落す。

または、ドイツ自身も彼らの航空機を我々がやっているのと同じ方法で運用して米軍機を撃ち落す。これは日本についても同じことだ。
シュルーター大尉は、燈火管制した蒸気機関車の白い蒸気や車の護衛の邪悪な積荷を見付けようと超低空を飛行した。しかし、彼は煙突、風船、敵のサーチライト及び高射砲部隊を避けねばならない。彼とリングワルドとは近くにある山脈に用心しなければならない。機内は夜間の目視を良くするため薄暗かった。
リングワルド大尉が「あそこの丘の光は何だろう」と言った。
「多分星だろう」とシュルーターが言った。彼はその光と特性は夜間には判断が難しいことを長い経験から知っていた。
「いや、私はそうは思わない」
「君はこの機体からの反射でないことを分っているのか?」
「私は確信している」

リングワルドはそこに丘などないことを知っていた。しかも、その「光」は、8個か10個が列になって輝いていた。オレンジ色の火の玉が空中を恐ろしい速度で移動していた。
シュルーターはそれを左翼から遠く離れたところにあるのを見た。敵機が彼等を追尾しているのか?彼は直ちに無線で連合軍レーダー基地に問い合わせた。
「貴方以外に誰も居ないよ」と報告があった。
「君はどうかしてるよ」
メイヤー大尉のレーダーにも敵機の姿はなかった。 
シュルーター大尉は自分が何に直面しているか分らず、多分あるドイツの新しい兵器ではないかと考えてその光に挑むために向っていった。その光は消滅し、遠くに再び現れた。5分後、平らになって空中を滑走し、そして消えた。 

打ち続く出現

当惑した搭乗員は任務を続け、ドイツ防衛線の背後で7両の貨物車両を破壊した。デイジョン(Dijon)に帰着した時、彼らは他の用心深い兵士がするように、当分の間静かにしていることにした。もし戦争で起った特異な事柄をすべて話してしまえば、もう何もすることがない。更に、シュルーターとメイヤーはその任務を殆ど完遂しているのに、疑い深い空軍の軍医が「戦闘疲労」と診断して地上勤務に変えられるのを恐れた。

多分、彼らは「何かを見た」のだ。
しかし数日後、カリフオルニア州サンタ ロザ出身のパイロット、ヘンリー ギブリン大尉、マサチューセッツ州ウオーチェスター出身のレーダー手、ウオルター クレアリー大尉が高度1,000フイートを飛行中、1,000フイート上空に一個の巨大な赤い光が時速200マイルで動いているのを見た。初冬の夕方に見たので、彼らは食事時に嫌いなものを食べたからだ、と考えて積極的に報告しようとしなかった。

19441122-23日他の第415夜間戦闘機大隊のパイロットとレーダー手はハゲナー(Hageneau)付近を高度10,000フイートで飛行していた。「午前6時、我々は二個の光が地上から我々に向って上昇してくるのを見た。同じ高度に達すると、その高度に留まって我が機の尾翼の上に乗っかった。その光は大きなオレンジ色だった。二分間、機体の上に留まったあと、はがれて、完全に制御されながら追い払われて消えていった」

次の夜、二人が10,000フイートを飛行中、一個の赤い焔を見た。ニューカロライナ州出身のパイロット、デーヴイッド L.マクファーレス大尉とカリフオルニア州 ヘマ出身のレーダー手、ネッド ベーカー大尉は「一個の光り輝く物体が真っ直ぐ上昇してきて、突然裏返しになった飛行機の形に変わり、ダイブして消えた」。これは最初で唯一の制御された飛行物体の報告であった。

命  名

それまでに、この光の事件はそれを見た第415大隊の全員に伝わった。殆どの人は自分自身がそれを見るまで、見た人をからかった。不可解な状況と死の可能性に直面しつつ、第415大隊はその顕著な戦闘記録を伸ばしていった。著者がドイツで彼らと語り合ったとき、第415大隊の飛行機乗り達はごく普通の飛行士で、彼らの関心事は第一が戦闘、次はピンアップガール、ポーカー、ドーナッツ、そして葡萄から作られた食物であった。

415大隊は素晴らしい記録を持っていた。
全大隊はこの不思議な光、あるいは火の玉をユーモアの感覚で捉えた。彼らの報告は上層部で笑いをもって迎えられた:「君たちは確かに何かを見たのだろう。そして、深い眠りに陥っていたのではないかね?」ある日の昼食時、第415大隊のパイロットが、この光に名を付けようと提案した。漫画「スモーキー ストーバー」の読者の一人は、「Foo Fighter(幻の戦闘機)」という名を提案した。その漫画の中でしばしば、そして反駁できないように「幻のあるところ、火がある。」と書かれていたからである。

その名は広まった。
415大隊がその夜見たものは翌日昼間、ささやかれた。ノイシュタット(Neustadt)の西方で、P-47のパイロットは「金属のように仕上げられた金色のボールが空中を緩やかに動いていた。太陽が低かったので、太陽の光が反射していたのか内部から光が出ていたのかどちらとも言えない」と語った。他のP-47パイロットは言う:「燐光を発する直径3から5フイートの金色の球が高度2,000フイートを飛んでいた」

その間、幻の戦闘機に関する公式報告が群司令部に上って、認知された。陸軍の内部で認知されたということは、貴方がそれに同意しようがしまいが今や何か行動を起さざるを得なくなったということだ。事は広範にわたった。この現象に色々な説明がなされた。その中で満足できるものは何一つなく、殆どの人は第415にいらいらさせられた。

正体の調査

この幻の戦闘機は新型のフレア(閃光合図)ではないかと考えられた。第415大隊が言うには、フレアはダイブしたり、引きはがれたり、旋回したりはしない。それは連合国側のパイロットを脅かし、あるいは混乱させるためのものだろうか?でも、例えそうであっても彼らは成功しなかった。そして尚もその光は出現し続けた。

第8空軍爆撃機の乗員は巨大なクリスマスツリーの装飾に似た銀色の球を空中で見た。やつらは何者か?
この銀色の球は通常、浮遊し、飛行機を追ってくることはない。それは恐らくパイロットを困惑させ、我々のレーダー爆撃装置を妨害しようとするドイツ人の不首尾に終わった努力の中で試みられたある種の発想であったかもしれない。

それはジェット機だろうか?
確かにドイツはジェット機を保有していたが、どの距離からも排気炎を目視することができなかった。
それにパイロットが乗ってないか、乗ったある種の飛行爆弾だろうか?多分乗ってないだろう。ただ一つの例外を除いて誰もその翼や胴体を見た人はいない。

それは気象観測気球だろうか?
いや、第415大隊は気球の挙動を十分熟知していた。気球は殆ど垂直に上昇し、最後は破裂する。

その光や火の玉は第8空軍爆撃機の乗員が報告した赤、青、及びオレンジ色をした高射砲弾の炸裂だろうか?
415は、それは良いアイデアだが、彼らが見た幻の戦闘機と彼らが遭遇した高射砲との間に何の関連もない。また、夜の高射砲は通常、目視ではなくドイツのレーダーで操作されているという。

手短かに言うと、どんな説明もできなかった。
1944
1031日、AP記者のボブ ウイルソンは第415に行き、幻の戦闘機の話を聞いた。彼は最良の新聞記者の伝統に従って午前4時まで隊員たちに質問し、事実をすべて聞き取った。彼の話は検閲を受け194511日米国の新聞に掲載された。年間の残り物の通例の収集に間に合うように。

ニューヨークの科学者たちは、明らかに誰かの差し金によって、ドイツで乗員たちが見たものはセントエルモの火だとした。 その火はよく知られた電気現象で、暴風雨の時に教会の尖塔、船のマストや背の高い樹木の先端に現れる光か炎のことである。電気放電の性質として、セントエルモの火は正電荷の場合は赤みを帯び、負 電荷の場合は青みを帯びる。

415は怒った。彼らはセントエルモの火をよく知っていたのだ。彼らは大声で「彼らをこちらに寄こして我々と共に飛行させよ。それを彼らに見せてやる」 と言った。

更なる出現

1945年の1月の間中、第415は「幻の戦闘機」を見続け、その行いは益々神秘的になった。ある乗員は一個だけの場合とペアで移動中の光を見た。別の機会に、三セットの光(このときは赤および白色)が飛行機に追従してきて、飛行機を急に引起すと、その光は同じ方向に向けて追従してきた。それはあたかも不意を打たれたかのごとく、そして追従しようと気弱に上昇してきた。

パイロットは地上レーダーに問い合わせて、空中に居るのは彼の機だけあることを知った。
幻の戦闘機を見たときはいつもこうであった。
腹立たしいことだが、凶光が最後に出現した時に始めて真の手がかりをつかんだ。それは第415が任務を完遂させないようにしたが、たぶんベールを脱ぎ始めたようだ。最後に幻の戦闘機が現れた時、パイロットはできるだけ早くそれに向け回り込んだ。そこで光は消滅した。そのパイロットはプロペラが濡れたように感じたが、地上レーダーをチェックしてもそこに他の航空機は居なかった。

そのパイロットが不安と怒りの中で飛行を続けていくと、背後の遠方に数個の光を認めた。その夜は快晴で彼はある大きな雲に接近していた。雲の中に入ると二千フイート落下し、左に30度旋回した。数秒後雲から出て後ろを振り向いた。はたして、同じ相対位置の雲から出て来たのは幻の戦闘機だった。その先端をパイロットに向けるかのごとくにして、そして消滅してしまった。

これが幻の戦闘機がドイツで観測された最後であった。それが気まぐれのように見えようとも、もしその光が最後のジェスチュアを示したとすれば光のグループで「何か分る?」と空中に書いて永遠に消えてしまっただろう。
しかし、彼らはそうはしなかった。
この幻の戦闘機は連合軍がライン河の東地域を手に入れたとき、消滅した。そこにはドイツの多くの実験所があった。ヨーロッパ戦勝記念日以来、連合軍の情報士官たちはその施設の多くを手中に収めた。そこから価値ある開発情報が得られるであろうことを期待する。その中に幻の戦闘機のミステリーの解明も含まれるが、それは未だ公になっていない。それは今後も、多分永久に秘匿し続けられるであろう。

415のメンバーたちは陸軍情報部が解答を見出してくれるだろうと期待している。もしドイツがその地域にどんな飛行体も持っていないことが分ったなら、彼らは「精神病学的解放に進まねばならないであろう」と言う。
今までも、幻の戦闘機のミステリーは未解決のままである。この光、あるいは火の玉、はもう一方の世界、日本の上空、でも現れたり消えたりしている。それが何者かと言うことについての貴方の推量は私のものと同じであり、誰も何も知らないのだ。

大気プラズマ説 

我が国では「火の玉」は人魂(ひとだま)とも呼ばれ、死人の霊がさまよっているとも、土葬した死人の燐が燃えているとも言われてきた。
火の玉の正体は人間の体に含まれる油の燐が土から染み出して 水に触れる事で火が付いたものだと言う。昔は土葬だったから、死体から出たリン(燐)が燃えたり、死体の腐敗で出るメタンガスが燃えたりした。 

この非科学的な言い伝えに初めて科学のメスを入れたのは、大槻義彦早稲田大学理工学部教授である:
火の玉は、ある種の電気現象(放電現象)による発光であり、それがわりと近くで起ったものを「火の玉」と言い、遠くにそうした発光物体を見ると
UFOと言う。火の玉については、ほぼ科学的に実証でき、いつでも実験で再現できる。それを1時間でも、2時間でも飛ばすことが出来る。UFOについても99%解明できた。

同教授は「大気プラズマ説」を唱える。プラズマとは、大気に強い電界が作用して大気中の原子や分子が原子核と電子とにバラバラに分かれた状態になることを言う。そこでいったん外部に出たマイナスの電気を帯びた電子が、プラスの電気を帯びた原子に戻ろうとする。この時、電子は光を放出し発光現象となる。

プラズマを作り出すのは雷だけでなく、高エネルギー電磁波を物体に浴びせると、原子から電子が飛び出してプラズマを作ることがある。家庭にある電子レンジでさえ、条件が揃えばプラズマを発生する。プラズマを10分以上持続させるには強いエネルギーが必要だが、天から降り注ぐ宇宙線が偶然に交差して供給してくれると考えられる。

プラズマは重力に左右されない性質を持つため、場合によっては非常に奇妙な動きをする。穴も開けずに物体を貫通したと言う報告もプラズマの透過性で説明できる。

UFOの特長 

大槻教授によれば、UFOの特長とその理由は次のごとくである: 

発光する
プラズマの発光現象である。

日中は金属物体に見える
プラズマ化した大気は大量の自由電子の塊を発生させる。この自由電子は可視光線を反射し、一見するとメタリックな反射物体として観測される。

急発進・急停止・鋭角ターンが可能
プラズマ発光体は大気の電界の強いところ(位相点)に発生する。位相点は質量を持った物体ではないため、いとも簡単に大加速度運動をすることができる。

瞬間的な移動・出現・消滅が可能
宇宙線が交差すれば突然出現するし、交差ポイントがずれれば消滅もする。また、プラズマの移動は位相なので、瞬間移動も可能。

通常、全体か縁辺部、または部分が回転
プラズマは高温になるほど回転速度が速まる。また、プラズマは静電気でダストの集積層を作り、金属よりも固い外装を作り出す。

変形・合体・分離を起こす
宇宙線が多数重なれば可能。

視覚とレーダーで同時補足できない場合もある
低温プラズマならば目には見えなくてもレーダーには補足される。

出現時刻や出現地点が偏向的で限定的
地域によってプラズマが発生しやすい条件に合致する場所もあるだろうし、火山噴火などで空気が汚染された場合はプラズマが発生しやすくなる。

地上に物理的痕跡を残す
ミステリーサークルは低温プラズマのもつ微妙な圧力によって形成される。

接近時、停電や電波障害、機械故障などを起こす
プラズマは脱励起現象によってあらゆる種類の電磁波を放出する。特に高周波帯の電磁波が強い。このため、プラズマの近傍では電磁(EM)効果が発生する。これがカメラやラジオ、車のエンジン、電子機器に障害を及ぼす。

接近時、生物に火傷や被爆などの影響を与える
プラズマは高熱だし電磁波を発しているので、場合によっては高周波被爆効果がある。

接近時、時間の遅延を引き起こす
まだ知られていないがプラズマは亜空間を作り出す。人間がプラズマ空間に入った場合、時間のズレが生じることもあるだろう。
 

球電光の正体:http://www.fitweb.or.jp/~entity/kaiki/kyudenkou.html

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