社説:天安門車炎上 テロ対策で解決しない
毎日新聞 2013年11月01日 02時30分
中国の首都北京の天安門前でウイグル人の乗った車が暴走し死傷者が多数出た。北京市公安局はイスラム過激派と関係のある「テロ襲撃」事件と断定し、共犯容疑で5人を拘束した。
「テロ」と断定したことは、この事件が怨恨(えんこん)などに基づく衝動的犯行ではなく、背後に政治的な目的を持つ組織が存在するということだ。今後、テロ対策を大義名分に新疆(しんきょう)ウイグル自治区を中心にウイグル人監視が強まるのではないか。
11月9日から中国共産党は北京で中央委員を集めた3中全会(中央委員会総会)を開く。習近平(しゅうきんぺい)国家主席、李克強(りこくきょう)首相を中心とする指導部が新たな政策を打ち出す重要な会議だ。その中で少数民族政策も取り上げられるだろう。
チベット人居住地域では信仰の自由を求める僧侶たちの焼身自殺が多発し、ウイグル人居住地域ではイスラム過激派と警備当局との武力衝突が起きている。これに対して、中国の指導部内には、力による治安維持を優先する「維穏(いおん)派」と、住民の権利を尊重し社会的融和を図る「維権派」の政策対立がある。昨年の党内抗争で薄熙来(はくきらい)元政治局委員を支援した維穏派の要人が力を落とした。また、新疆ウイグル自治区の現在の党委員会書記は「柔軟政策」を掲げている。
しかし北京で「テロ襲撃」が起きたとなると空気は変わる。維穏派がこの事件を利用して3中全会で巻き返しを図る可能性もある。
習主席の父親はチベット問題担当副首相として穏健な立場をとったことで知られる。習主席自身の政策はまだ明らかでないが、3中全会で少数民族の権利尊重を明言することに迷うべきではない。
外国人旅行者まで巻き込んだ暴走行為を是認することはできないが、だからといって少数民族に対する政治的弾圧強化は正当化できない。
しかも、今回の車炎上事件がテロだったのかどうか、在外のウイグル人組織「世界ウイグル会議」が疑問を呈している。
炎上した車の中で死亡したのは運転していた男(年齢不明)と30歳の妻、70歳の母だった。妻と老母もテロリストだろうか。車内のガソリン容器に点火して「自爆」したとされるが、それなら「襲撃」というより他人を巻き添えにした「一家心中」だ。
香港の人権団体によると、一家は家族を地元の警備当局に殺され、その抗議に北京に来たという情報もある。抗議が認められず絶望して暴走したとすれば、問題解決のかぎはテロ対策ではなく少数民族政策にある。3中全会を世界が見ている。それを中国指導部は自覚すべきだ。