牛脂注入肉と景表法
最近、あるホテルが、いわゆる牛脂注入肉を使ったステーキを、「和風ステーキ膳」(念のためですが、「和牛ステーキ膳」ではありません。)と表示したことが、景表法違反ではないかが問題になっています。
私は、これは景表法には違反しないと考えます。
この論点については消費者庁のホームページにQ&Aがあって、少し長いですが、引用すると以下のとおりです。
「Q55
牛脂等注入加工肉(※2)を焼いた料理のことを「霜降りビーフステーキ」、「さし入りビーフステーキ」と表示してもよいでしょうか。
※2・・・牛脂や馬脂に、水、水あめ、コラーゲン、植物性たん白、PH調整剤、酸化防止剤、増粘多糖類等を混ぜ合わせたものを「インジェクション」という注射針が針山になったような機械により、牛肉や馬肉に注入し、人工的に霜降り状の肉質に変質させ、形状を整えたもの。「インジェクション加工肉」等ともいわれ、牛肉に牛脂等を注入した「牛脂注入加工肉」や馬肉に馬脂等を注入した「馬脂注入加工肉」等がある。
A. 「食肉関連事業者や食品の専門家は、牛脂等注入加工肉が「生鮮食品」の「肉類」には該当せず、「加工食品」の「食肉製品」に該当し、牛脂や馬脂に、水、水あめ、コラーゲン、植物性たん白、PH調整剤、酸化防止剤、増粘多糖類等を混ぜ合わせたものを「インジェクション」という注射針が針山になったような機械により、牛肉や馬肉に注入し、人工的に霜降り状の肉質に変質させ、形状を整えたものであり、「インジェクション加工肉」等ともいわれるものであるということを十分理解できているかもしれませんが、これを「霜降りビーフステーキ」、「さし入りビーフステーキ」と表示した場合、この表示に接した一般消費者は、当該料理のことを、一定の飼育方法により脂肪が細かく交雑した状態になった牛や馬の肉を焼いた料理であると認識します。
したがって、「加工食品」の「食肉製品」に該当する牛脂等注入加工肉のことを「霜降」、「霜降り肉」、「トロ肉」等と表現して、これを焼いた料理について、「霜降りビーフステーキ」、「さし入りビーフステーキ」と表示すると、景品表示法第4条第1項第1号(優良誤認)に該当し、景品表示法上問題となります。 」
このように、牛脂注入肉を、「霜降り」とか、「さし入り」と表示するのは、優良誤認にあたるのは当然でしょう。消費者庁も適切に説明するように、
「この表示に接した一般消費者は、当該料理のことを、一定の飼育方法により脂肪が細かく交雑した状態になった牛や馬の肉を焼いた料理であると認識」
するからです。
この場合、本物の霜降りと牛脂注入肉のどちらが美味しいかは、景表法上、問題ではありません。
消費者は、本物の霜降りであることに有難味を覚えるのですから、仮に牛脂注入肉の方が美味しくて、カロリー控えめで健康的であっても、やはり優良誤認表示でしょう。
しかし、今回のホテルの表示では、「霜降り」、「さし入り」という表示はなかったようです。
とすると、「ステーキ」という表示がいけなかったのか?ということになりますが、「ステーキ」というのは、
「厚めに切った肉や魚を焼いた料理。特にビーフステーキの略。テキ。『サーモン ---』」(『新明解国語辞典』)
ですから、牛脂注入肉を焼いた料理を「ステーキ」と呼んでいけないはずはありません。
さらに続けて消費者庁のQ&Aでは、
「Q56
牛脂注入加工肉を焼いた料理のことを「霜降りビーフステーキ」等と表示すると景品表示法上問題となることは分かりましたが、では、具体的にどのように表示すれば問題ないでしょうか。
A. 牛脂注入加工肉を焼いた料理について、「霜降り」等の表示を行うと、景品表示法上問題となるという考え方はQ55で示したとおりです。
牛脂注入加工肉を焼いた料理について、「霜降り」の表現は使わないものの、「ビーフステーキ」、「やわらかビーフステーキ」と表示した場合、この表示に接した一般消費者は、牛の肉を焼いた料理であると認識します。
牛脂注入加工肉は、牛の肉を加工したものであり、「加工食品」としての「食肉製品」に該当します。牛脂注入加工肉は、もともとは牛の一枚肉を使用したものですが、加工を施すと「生鮮食品」の「肉類」には該当しません。
したがって、牛脂注入加工肉のことを「ビーフステーキ」、「やわらかビーフステーキ」と表現する場合には、例えば、「牛脂注入加工肉使用」、「インジェクション加工肉を使用したものです。」というように、この料理の食材が牛脂注入加工肉であることを明瞭に記載すれば、直ちに景品表示法上問題となることはないでしょう。
明瞭に記載するというのは、例えば、商品名と同一ポイントで商品名近傍に併記するなど、一般消費者が当該料理について「生鮮食品」の「肉類」に該当する「一枚の肉」を焼いたものと誤認しないように表示することをいいます。
「ビーフステーキ」、「やわらかビーフステーキ」の文字と掛け離れたところに記載したり、小さい文字で記載し、一般消費者が視認困難な場合には、景品表示法上問題となります。 」
と回答されています。
しかし、私はこの部分の回答は景表法の解釈を誤ったものであると考えます。
景表法の優良誤認とは、
「商品又は役務の品質、規格その他の内容について、一般消費者に対し、実際のものよりも著しく優良であると示・・・す表示であつて、不当に顧客を誘引し、一般消費者による自主的かつ合理的な選択を阻害するおそれがあると認められるもの」
です(景表法4条1項1号)。
このように、優良誤認に該当するか否かは、一般消費者が不当に誘引されるか否かで決まります。
ところが、上記Q56への回答では、
「・・・加工を施すと「生鮮食品」の「肉類」には該当しません。したがって、・・・」
という理屈になっています。
しかし、Q55での回答に、
「食肉関連事業者や食品の専門家は、牛脂等注入加工肉が「生鮮食品」の「肉類」には該当せず、「加工食品」の「食肉製品」に該当・・・〔する〕ものであるということを十分理解できているかもしれませんが・・・」
とあることからもわかるように、一般消費者は、生鮮食品の「肉類」か、加工食品の「食肉製品」かの区別などしていない(というか、牛脂注入肉がどういうものかもよく知らない)のが実態だと思います。
仮に、ホテルで普通に食事をする一般の消費者が、「肉類」と「食肉製品」の違いを充分認識しているとしても、牛脂注入肉も確かに「肉」には違いないと考えるのではないでしょうか。
ハムやソーセージやベーコンを、「牛肉ステーキ」と表示すれば、仮に100%ビーフのハム等であっても、事実と異なる表示とは言えますが、牛脂注入肉はそのようには言えないでしょう。
消費者庁の回答が解釈論として成り立つとすれば、一般消費者が、「肉」という表示をみれば、牛脂注入肉は含まれないと考える、という前提が必要です。
しかし、私の感覚では、牛脂注入肉も「肉」であることには変わりないように感じます。
というわけで、消費者庁の説明は間違いです。
さらに、今回のホテルのケースでは、「和風ステーキ膳」と表示していたのであって、「肉」とすら表示されていません。
そうすると、「肉類」か、「食肉製品」か、という説明は、ますます今回のケースには当てはまらないことになります。
(メニューの説明書きや写真で、牛肉であることは分かった可能性が高いですが、それらの「表示」に牛脂注入肉が含まれないと一般消費者がとらえるかといえば、「牛肉ステーキ」と明記されている場合に比べてより一層疑問です。)
また、仮に今回のケースが措置命令の対象になったとすると、命令の内容にも困ることになります。
というのは、通常、優良誤認の措置命令は、
①「○○○」という表示をしていた。
②でも実際は、「×××」だった。
③これは優良誤認表示なので、今後は、同様の表示はしてはいけない。
という構造になります。
でも、今回のケースで、「和風ステーキ膳」という表示を今後は行わない、という命令はナンセンスでしょう。
とすると、「今後は、『牛脂注入加工肉使用』、『インジェクション加工肉を使用したものです。』など、牛脂注入肉を使用していることを明記すること」という命令になりそうです。
しかし、少なくとも過去の事例で、そのような、積極的な表示をすることを命じた措置命令はないのではないかと思います。(実体法上「優良誤認表示」に該当するのであれば、法律上不可能ではないのでしょうけれど。)
ですので、もし今回の件について措置命令がなされるとすれば、従前の運用から大きく一歩踏み出したものになることが避けられないように思います。
また、このようなメニューの誤表示のケースで問題なのは、違反者が他にも明らかな優良誤認表示(例えば食材の産地を偽っていたような場合)をたくさんしていた場合、この「牛脂注入肉」の部分だけを争うインセンティブがほとんどないことです。
しかし、もしこのような命令が確定してしまうと、それはそれで、他のレストランや肉屋さんなど、社会に対するインパクトはものすごく大きいのではないかと思います。
それは牛脂注入肉に限った話ではありません。
例えば、遺伝子組み換え大豆を使っている場合には、使っていると明示しなければいけないのか。
放射線の検査をしていない野菜の場合には、検査していないことを明示しないといけないのか。
お寿司のトロをタレに漬け込む下ごしらえをしているときには、下ごしらえをしていると明示しないといけないのか。
牛脂注入肉と同じような「仕込み」を手作業でしている食材も、そのような仕込みをしていることを明示しないといけないのか。
着色料や香料を全部表示しないと、(食品衛生法はさておき)景表法違反になるのか。
このように、牛脂注入肉に措置命令がでると(しかも、積極的表示を義務付ける命令が出ると)、実務的な影響は計り知れないと思います。
確かに、牛脂注入肉は、機械で脂を注入している様子をイメージすると、一般消費者の目には、若干グロテスクに映るかもしれません。(牛脂注入肉屋さん、ごめんなさい。)
しかし、消費者の目に見えないところで少しでも美味しくて安い食材や料理を提供しようと努力している企業やレストランは、たくさんあるのではないでしょうか。
それを全部情報公開せよというのは、それはそれで一つの考え方ですが、十分な議論が必要だと思います。
今回のケースは、そのような創意工夫を封じてしまうおそれがあるように思います。
確かに、3800円以上も出して牛脂注入肉を食べさせられた消費者からすれば、「だまされた」という気がするかもしれません。
でも、値段が高いか安いかは、優良誤認表示か否かとは関係のないことです。(つまり、「高い値段(の表示)」そのものが、「高いんだから、良い物なんだろう」と誤認させる表示とはいえない、ということです。)
このような、食品の表示に関する微妙なルール(牛脂注入肉は、その旨明記すべきか)は、個別の法律や規則で明確に定めるべきであって、景表法の優良誤認表示という一般的なルールで規制するのは問題が大き過ぎます。
消費者庁には、法律に従った、良識ある判断を期待したいと思います。
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