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男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。―Time to Play―【第1話】
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男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。―Time to Play―【第1話】

2013-11-01 00:00
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 第一章
「四月十日・僕は彼女と出会った」




 男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。
 それが、今の僕だ。
 僕は、硬い床に背中をつけて横たわっている。小刻みに揺れて、音と振動を伝えてくる冷たい床に。
 クラスメイトであり、一つ年下であり、声優をやっている女の子が、僕の腹の上に馬乗りになっている。
 水色で薄手のセーターを纏った彼女の両腕が、僕の首に伸びている。両手の細い指が、僕の頸動脈に覆い被さって、左右から挟んで、その流れを止めようとしている。
 彼女の手は、とてもとても、冷たい。
 それは、まるで、鎖のマフラーでも巻かれたかのようだ。
 僕の視界の中には、左右に黒いカーテンがある。
 彼女の黒くて長い髪が、真っ直ぐ垂れ下がっているからだ。リンスだろうか、南国のお花のような、いい香りがする。
 そしてカーテンの中央に見えるのは、照明からは逆光になるので少し薄暗い、彼女の顔。
 彼女は泣いている。見開かれた大きな瞳から、セルフレームの眼鏡のレンズ内側に、ぽたぽたと涙を落としている。噛み締められた口元から、白く綺麗な歯が覗く。
「どうしてっ!?」 
 似鳥の叫び声と共に、さらに強烈な力が僕の首に加わる。
 人間は、叫びながらだと、いっそうの力を出せるらしい。自分で試したことはないが、こうして体験すると、それが真実だとよく分かる。
 首を左右から締め付けられているが、まるで痛くはない。
 そのかわり、僕の脳の中で――、
 真っ黒な墨が一滴、音もなく落ちた。その黒い染みは、じんわりと広がり始める。
「どうしてっ!?」
 彼女が、再び叫んだ。
 どうしてこんなことになったのか。
 それは僕が知りたい。

          *     *     *

 僕が、彼女に初めて会ったのは――、
 一月半ほど前のことだった。
 四月七日。それはこの月の第一月曜日であり、高校の新年度の初日だった。
 学校に行くのは、一年ぶりだった。
 僕は、その前年度をまるまる休学していたからだ。十六歳の春から十七歳の春まで、本来は高校二年生であるべき時間を、ずっと、それ以外のことをして過ごしていた。
 僕は、高校二年生になった。
 復学を機に、学校も変えていた。高校一年生のときだけ通っていた公立高校から、私立高校へ転入した。
 新しい高校は、しっかりした理由さえあれば、そしてテストできちんと点を取れば、出席日数は問わないでくれる。
 僕は、これからしばらく、週に一日はどうしても学校を休まなければならない。

 その日の朝。
 僕は学校に入った。手続きのとき以来、二回目だった。そして、廊下にある大きなクラス分けの表で自分の名前を探して、初めての教室に入った。
 当然だが、クラスメイトに知っている人など誰もいなかった。
 この学校は共学で、男女比はおよそ半々。二年に進級する際だけクラス替えがあると聞いていた。だから、新クラスに知り合いがいなくて、僕のように一人で黙って座っている生徒は珍しくなかった。
 やがて、これから二年間お世話になる、担任の先生がやって来た。中年の男性教師だった。
 始業式は、教室備え付けのテレビで見た。
 校長先生が、画面の中で喋っていた。体育館にいちいち移動しなくていいスタイルは、楽でいいなと僕は思った。
 それから、絶対にないことがない、クラスメイトの自己紹介が始まった。
 僕は、黒板に向かって右側、そして廊下側で後ろから二番目の席に座っていた。自分の順番がやってくるまで、だいぶ時間がかかった。
 一つ前の席の女子が、喋り終えて座った。
 僕は立った。そして、自分の名前と、必ず言うことになっていた好きな食べ物を言った。
 好きな食べ物はたくさんあるが、選んだのはカレーだった。普通だったが、他のクラスメイトもラーメンや寿司、女子は甘い物など――、実に普通だった。
 ほとんどのクラスメイトが、自分の部活のことや、趣味のことなど、情報を付け足してクラスを盛り上げていた。ここで終わってはいけない、暗黙の了解のようなものがあった。
 僕には、言えそうなことが何もなかった。順番が来るまで、割と真剣に考えていたのだが、思い浮かばなかった。
 だから、つい――、
 余計なことを、言ってしまった。
「えっと……、僕は、今学期からこの学校に転入してきました。この制服を着るのも、校内に入るのもまだ二回目です。見るものが、なんか、全て新しいです。新入生みたいな気分です」
 ここまでは、よかった。
 クラスメイトも、僕に関心を寄せてくれた気がする。“そうなんだ”とか、“転校生なんだ”とか、“珍しいね”とか、心の声が聞こえた気がした。
 この先がよくなかった。
「その前は、僕は一年間、事情があって休学していました。だから、またこうやって高校生活が送れるのは、とても嬉しいです」
 僕の、本心からの言葉だった。
 だったが――、
 クラスメイトはざわついた。
「えっ? 年上?」
「ダブり?」
 今度は心の声じゃなかった。そんな呟きが、実際に耳に聞こえた。
 しまったと思っても、後の祭り。
 教室の空気が、それまでの“転入生がいる”から、“年上の、本来は先輩の人がいる”になった。
 後々、この学校では留年する生徒など一人もいないことを知った。年上の同級生など、よく喋る金魚ほどに存在しないことを知った。
 一年間学校から離れたせいで、そしてその間ずっと年上の人と話をしていたせいで――、
 高校生にとっては“たった一歳”の差がとても大きいという当たり前の感覚を、僕はなくしてしまっていた。
 本当に、余計なことを言ったと思う。
 この学校で新生活を始めるとき、自分で望んだというのに。母親とも約束したというのに。
 勉強はもちろんだが、少なくてもいいから気の置けない友達を作って、一度しかない高校生活を楽しむということを。
 つまり、“普通の高校生をやる”ことを。
 それが――、
 のっけからつまずいた。初日からミスをしでかした。
「……というわけで、よろしくお願いします……」
 なにが、“というわけでよろしく”なのか、まったく分からない。
 自分から“お前らより一歳年上だぜ!”って言ってしまったくせに。それは、隠しておくこともできたのに。
 人生最大の大失敗を終えた僕が、力なくイスに座った。我ながらマヌケすぎると思った。溜息をつく気力もなかった。
「えー、では、次の人。最後ですね」
 先生のフォローはなかった。でもこれは、これ以上傷口を広げないようにしてくれたのかもしれない。
 そして、
「はい!」
 後ろの席に座る女子の快活な声と、イスを引いて立ち上がる音が聞こえた。後ろの席に女子が座っていたことを、僕はこのときに知った。
 振り返る気力もなかったので、彼女には申し訳ないと思ったが、僕はそのままで聞いた。
「似鳥絵里(にたどりえり)です。苗字と名前、最後は“り、り”で韻を踏んでます」
 不思議な声だった。
 ボリュームは決して大きくないのに、とてもよく聞こえる。耳をスッと通り抜けて、脳に直接届くような声だった。

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※『男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。―Time to Play―【第1話】』は11月22日00:00 で公開終了となります。

(C)時雨沢恵一
他52件のコメントを表示
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続きが気になる・・・!
時雨沢先生の話は読み始めると止まらなくなる!
13分前
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これからがとっても楽しみな感じになってますね。しかしあとがきは最終話だけになのでしょうか…
13分前
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すごい、内容についての議論がまったくない
13分前
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>>48
ちがいますよー
12分前
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私が高校生のとき同じように一年ずれて入った子がいたけど普通にクラスメイトだった。あれは珍しかったのかな。
続き楽しみにしています。
11分前
×
あとがきどこにあるのか探さな・・・・ないだと(  Д ) ゚ ゚
11分前
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あとがきはどこですか?
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“年下のクラスメイト”の謎がこんなに早く解けるとは
×
あとがきがいないぞ!全力でさがせ!
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あとがきを気にする人がいる辺り、やっぱり訓練されてると思う。
文章の書き方がこの作家さんぽくて安心したのと、面白そうだから単行本出たら買ってみようかと思った。
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