2013年10月26日16時50分
【田中久稔】23年前、水俣病患者の補償実現のために奔走し、天皇陛下への「請願」を考えていた人物がいた。墨書の請願書が日の目を見ることはなかった。その息子を含む水俣病の患者・家族が27日、熊本県水俣市を初めて訪れる天皇、皇后両陛下と懇談する。請願書の行方は分からないが、その写しが残されている。
請願を書いたのは、患者団体「チッソ水俣病患者連盟」委員長で水俣市議も務めた川本輝夫氏。国の基準では水俣病と認められない未認定患者の救済に生涯をかけ、1999年に67歳で死去した。
写しは、川本氏のブレーンだった元労働団体役員の志垣襄介さん(68)が保管していた。
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朝日新聞社会部
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