井上源吉『戦地憲兵−中国派遣憲兵の10年間』(図書出版 1980年11月20日)−その20
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〈九江周辺住民の日本軍に対する反感(1942年6月)〉
住民たちが日本軍や日本人に対して強い反感を持っていた原因のひとつは、前述したように市内の主要個所を全部日本軍や在留邦人が占拠し中国人たちを裏町のスラム街に押しこめ、みじめな生活を強いていることにもあった。憲兵分隊はじめ各地警備部隊ではしばしば潜入しこくる中国側謀略分子、秘密工作員を捕え、無謀にもたいした取調べもせずにつぎつぎに銃殺刑に処していた。憲兵分隊ではこれらの処刑を揚子江上に漕ぎだした小舟の上で行なった。舟のへさきに座らせた彼らを情容赦もなく射殺して揚子江の濁流へ蹴落とし、ときには斬首することもあった。こう
した事実を見聞した住民たちがどんな感情を特つか、当然推しはかることができるはずであるが、中国の人々を侮辱しきっていた当時の日本軍は平然としてこの残虐な行為をつづけていた。こんなわけで当時中国人のあいだでは、日本憲兵隊の門をくぐったら絶対生きては出られない、とまでいわれ恐れられた。(178頁) 〈九江憲兵隊思想戦班の編制(1942年)〉
このころ華北地方に勢力をはる第八路軍(中国共産軍)の活動が激しくなったので、九江憲兵隊にも思想戦班が編成された。この班の任務は中国人官民にする共産思想の浸透をふせぐとともに、軍の主唱する大東亜共栄圏建設に協力する思想を普及することだった。共産党というものがどんなものかもわからないのでは、手の打ちようもないので、私は上海から『マルクスの唯物史観説』という本をとりよせて勉強することにした。ところがその内容は意外に共鳴するところが多い。私は、ミイラ取りがミイラになってはまずいと思い、早々とこの勉強を中止した。(182-183頁)
〈藍衣社について〉
なお藍衣社というのは蒋介石政府の特務機関で、蒋介石を首領とし、元来は彼の行なう独裁政権の維持のため結成されたものであったが、戦争中は日本軍に対する諜報謀略、テロ活動などにたずさわっていた。(183頁)
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昨今のネトウヨにうんざりしていましたので、こうした事実に基づいた記事は歓迎です。事実は受け止めて反省の上に立って友好を結ぶのが日本人らしい。
2013/10/31(木) 午後 3:40 [ saiotu ]