チャアンテキヌス(写真:Antechinus stuartii)は、オーストラリア東海岸に生息するフクロネコ科の有袋類です。この動物は、哺乳類ではフクロネコ科の4つの属でしか確認されていない特殊な繁殖方法をとることで知られています。生後1年も経たないうちに成熟するチャアンテキヌスのオスは、エサとなる昆虫がほとんど手に入らない、生まれて初めての冬に、最初で最後の繁殖期を迎えます。約2週間続く、この一生に一度の晴れ舞台を終えた彼らは、1回で約14時間続く交尾によってぼろぼろになった筋肉と、抗ストレスホルモンで低下した免疫力のせいで、自らの仔を見ることなく、この世を去ることになるのです。
この繁殖法が20世紀半ばに発見された当初、ちょうど仔が生まれてくる、エサが豊富な夏の一時期に、より多くのエサを仔に残すための利他行為ではないかと考えられました。確かに、生涯一度の交尾で死んでしまう動物は、哺乳類以外ではイカやクモなど数多く知られていますが、一様に多産であるこれらの動物とは異なり、チャアンテキヌスは、一度の出産で8頭の仔しか生まないことから、他に理由があるのではないかと考える研究者もいました。
オーストラリア・クイーンズランド大学のSimon P. Blomberg氏率いる研究チームは、繁殖期の後にオスが死ぬ割合が低い近縁種と比較することにより、チャアンテキヌスには、繁殖期が短く、精巣が身体の大きさに比べて大きいという特徴があることを見い出しました(PNAS誌10月7日号)。つまり、エサの豊富な短い時期に合わせた短い繁殖期に、より多くの精子を供給できるオスが進化的に選ばれた結果、オスが1回ポッキリの使い捨てになってしまったのではというのです。でも一体なぜ?オスを使い捨てにした原因は、実はメスの性癖にあったのです。
使い捨ての身で夫と言えるのかは定かではありませんが、一妻多夫制のチャアンテキヌスは、メスの9割以上が同一繁殖期に複数のオスと関係をもつ結果、生まれてきた8頭の仔は、最大で4匹の父親をもつといわれています。多くのメスは、翌年も生き残り、2−3回の繁殖期に再度参戦することが可能です。このように、今風に言えば“肉食な”メスのおかげで、オスは一人の伴侶を生涯通して守るなんてバカバカしいことは早々とあきらめ、生まれて最初の短い繁殖期にできるだけ多くのメスに種を残そうと力尽きてしまうというわけです。自由な恋を謳歌しているようで使い捨て精子ポンプと化したチャアンテキヌスのオスは、こうしてその激しく切ない生涯一度の恋の季節を終えるのでした。
Comment
コメントする