艦隊これくしょん・「空の下、海の上」 (塩百)

登場キャラ
天龍、龍田、金剛、暁、響、雷、電、提督
※上記のキャラに残酷な描写が伴うことがあるので、十分に注意してください。



1 天龍・「沈む夢」

 敵の砲弾が、頭をかすめた。死ぬかと思ったけれど、恐ろしさは感じなかった。
 近くで龍田の声が聞こえる。きっと俺を叱咤しているのだろう。しかし風や爆音のせいで聞き取ることはできなかった。
 龍田の声を無視していると、ご丁寧に耳元まで駆け寄ってきた。

「天龍ちゃん、損壊が酷いわ。撤退するべきよ」
「大丈夫だろ、これくらい」

 そう強がって一歩を踏み出すと、ぐらりと視界が揺れた。倒れこむ俺を、龍田が支えてくれる。

「ちくしょう。もうすぐ夜戦だってのに」

 揺れる視界の向こうには、沈んでいく夕日に照らされた海と敵艦が見えた。敵の砲身は依然、こちらを向いている。

「死ぬよりはましでしょう」

 龍田は他の味方に、自分と俺の撤退を告げる。

「行くわよ」

 龍田の肩を借りながら、急いで鎮守府に撤退した。そのあいだずっと、後方からは轟音が響いていた。
 誰も、死ななければいい。そう思った。

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「天龍、お前は最近、とくに大破することが多いな」

 鎮守府で待っていたのは、提督の厳しい言葉だった。返事をする代わりに、提督の髭面を睨む。

「天龍ちゃんをいつも危険な場所に配置しているのは、提督、貴方でしょう」

 俺に肩を貸している龍田が、怒気を孕んだ口調で言う。

「なんだ? 戦争中に安全な場所があるのか?」

 見下すようにして吐き捨てると、提督はさっさとどこかへ行ってしまった。

「糞が」
「はやく行きましょう」

 苛つく俺を宥めるようにして、龍田は私を入渠させた。

 修復されている間、俺はずっと提督の言葉を思い出していた。たしかに、ここ最近で俺が大破する確率は大きく上がっていた。
 もちろん自覚はしているし、そうなってしまう心当たりもあった。

「……」

 気分が悪くなり、俺は眠って修復を待つことにした。目を閉じると、すぐに深い眠気に襲われた。二度と目を覚まさなくなりそうな、ひどい眠気だった。

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 修復が終わると、当然のごとく目は覚めた。それはもう、毎日朝が来るぐらいに、当然のことだ。
 窓の外からは朝日が差し込んでいた。いまは何時なのだろうか。昨日の戦いは、どうなったのだろうか。とりあえず兵舎に戻ることにする。きっと、誰かに会えるだろう。

 兵舎の廊下で、見知った顔とすれ違った。駆逐艦の、電だ。こいつも昨日の戦いに参加していたはずだ。
 こいつを含めた同型艦の四人組は、やけに俺に懐いていて、いっしょに遠征に行くことも多かった。

「よう、電」

 軽い挨拶をしたが、電はどこか虚ろな目をしたまま、何も言わず俺の横を通り過ぎた。
 俺はそれ以上なにも言わず、電の後ろ姿を見送った。

「あら、起きてたの」

 電と入れ違いにやって来たのは、きのう俺を退却させた龍田だった。

「お前、向こうから来たってことは、電とすれ違ったよな?」
「ええ、こんにちはって言ったわ。無視されたけど」
「昨日、だれが沈んだ」
「……」

 龍田は笑みを崩さないまま、口をつぐんだ。

「……誰かから、聞いたの?」
「見ればわかる。今にも膝から崩れ落ちそうな、電の様子をな」

 それは、何度も見たことのある光景だった。誰かが沈んだ次の日には、決まって誰かが、電のようになってしまう。けれど俺と、ここにいる龍田がそうなったことは一度もない。俺たちは、あまり悲しみを表に出さない。

「沈んだのは、彼女の同型艦よ」
「そうか」

 そんな気がしていたため、とくに驚きはしなかった。同型艦ということは、俺に懐いていた四人組のうち、電を除いた三人の誰かだ。

「誰が沈んだ? 暁か? 響か? それとも、雷か?」
「全員よ」
「は?」
「その三人は、全員、沈んだわ」

 龍田はいつもの調子で言った。微笑を浮かべた余裕そうな表情のまま。けれど、龍田のこういった仕草は動揺する俺を落ち着けてくれた。

「……どうして、そんなことになった。昨日は、戦艦だって空母だっていたはずだ」

 俺は、暁たちのことを思い出していた。彼女たちはいつも、俺の服の袖を引っ張りながら駄々をこねていた。おかげで、俺の服はどれも袖が伸びてしまっている。

「私たちが撤退した後にね、敵の大規模な増援があったの。そして艦隊は撤退を余儀なくされた」
「そこで、追撃されたのか」
「いいえ、違うわ。彼女たちは、撤退する艦隊の殿をつとめて、沈められた」
「あいつらが、殿だと?」

 撤退する隊の殿。それは最後尾で、敵の追撃を食い止めるという役割だ。無事に帰投できることは、まず無い。

「ええ。あの四人組が、敵の猛攻を防いで、艦隊は帰投したわ」
「でも、電は帰って来てるじゃないか」

 俺はさっき、すれ違ったばかりの電を思い出す。虚ろな目と、頼りない足取り。

「他の三人に守られたらしいわ。おかげで、電ちゃんだけは帰投できた」
「……」

 俺は踵を返すと、速足で歩きだした。

「どこに行くの」

 後を龍田がついて来る。

「提督のところだ」

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「何の用だ」

 提督は執務室で、書類に目を通していた。机にあるティーカップからは、湯気が立ち上っている。きっと戦艦の金剛が用意したものだ。金剛はなぜか、この提督に入れ込んでいる。こんな奴のどこを好くのか、俺には理解できない。

「提督は、とても忙しいのデース」

 その金剛が、片言の日本語で私たちを諌める。

「どうして、金剛ちゃんがこの部屋にいるの?」

 一緒に来た龍田が、いつもの調子で聞いた。龍田は誰にだって、この調子だ。

「私は提督の秘書艦だからヨ。あなたたちこそ、無断でなんの用ネ」

 俺は頭を抱える。この戦艦がいると、話がややこしくなりそうだったからだ。
 もう今日はやめておこうと思い、俺は部屋を出ようとした。

「なんだ。勝手に入ってきて勝手に出ていくのか。言いたいことがあるのだろう」

 挑発するみたいに、提督は書類を眺めながら言った。
 舌打ちをしながら、提督の顔を睨む。

「……じゃあ、聞くぜ。きのう、電たちに殿をさせたのは、お前の指示か」
「そうだ」

 悪びれた様子も無しに、さも当然であるように答える。頭に血が昇るのを感じた。

「敵がどれほどの戦力だったのか、俺にはわからない。でも、昨日の編成なら、全員で行動しながら撤退できたはずだ」

 俺は金剛を指差す。

「高速戦艦のこいつを含んでいた昨日の戦力なら、敵の殲滅と退却を同時にできたはずだ」

 そう、昨日の戦場には金剛もいたのだ。戦艦の火力と、快足を併せ持った艦、金剛。悔しいが、俺では足元にも及ばない性能を持っている。

「お前の言うとおり、全艦一斉退却の策もあった」
「それなら、なぜ囮の艦を用意した」
「確実では無かったからだ。それに万が一、戦艦や空母を失ってしまったらどうする」
「駆逐艦は、別だって言うのか」
「別だろう。やつら駆逐艦や、お前たち軽巡洋艦では建材費も火力も、戦艦と空母に劣る――」

 ここまでは何とか、握った拳を抑えることができた。

「――そして何より、お前たちは再建造するのが楽だ。いくらでも代わりは用意できる」

 俺は机に飛び乗って、書類の山を蹴り散らした。提督の胸ぐらを掴むと、力いっぱいに引き上げる。

「テメェは、なんべん私たちを馬鹿にすれば気が済むんだ」
「ただの作戦だろう。恨むなら、自分を恨め」
「殺してやるよ」

 腰にある砲身を、提督に向けた。

「死ぬのは、あなたヨ」
「貴方もね」

 金剛は袖口から砲身を覗かせて、俺の頭を狙っていた。そして金剛の喉元には、龍田の鋭い武器の切っ先が当てられていた。

「天龍ちゃん、やりたければ、やりなさい」
「その前に、私が撃ち殺すヨ」
「……」

 目の前にある、提督の顔を見る。
 無精ひげと、疲れが窺える顔。人を見下すような視線。そのどれもが、俺の気に障る。

「約束しろ」

 俺はつとめて荒い語気で言った。

「何をだ?」

 提督は鼻を鳴らしながら憮然としている。こんな状況でも、態度を改めるつもりはないらしい。

「昨日、沈んだ三隻を、再建造するんだ」
「言われずとも、そのつもりだ。失った戦力をほったらかしにする訳がないだろう」
「……」

 できるだけ乱暴に胸ぐらを離してやる。大きな音を立てて、提督は椅子に落ちた。苦しそうに咳き込んでいる。

「提督!」

 金剛が心配そうに駆け寄る。

「行こう、龍田」
「良かったの、天龍ちゃん」
「こいつを殺したら、電はずっと一人ぼっちになる。それだけは、駄目だ」
「……そうね」

 龍田は寂しそうな顔を見せて、頷いた。

 ・
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 ・

 俺たちは電を探すために、鎮守府を歩き回っていた。

「……」

 歩いていると、何度か頭に鈍痛を感じた。昨日、敵の砲弾がかすった場所だ。

「痛むの?」

 龍田が心配している。

「いいや、別に」

 適当にごまかしておいた。ふつう、修復すれば体の痛みは全て解消される。つまり今の俺の状態は、普通ではないということだ。それを龍田が知れば、よけいに心配させるだろう。
 俺自身、なぜ痛みが残っているのか分からなかった。不安も恐怖も無いが、これが原因で死ぬにしても、戦場で死にたいと思った。

「あら? あれ、電ちゃんじゃないかしら?」

 龍田が指差したのは、海を一望できる港だった。たしかに、小さな背中が一つだけ見える。

「……?」

 電の背中に視線を集中しようとすると、なぜか視界がぼやけた。もしかすると、頭痛と関係があるのかもしれない。視覚がおかしくなったのだろうか。
 俺は頭痛を気にするのをやめて、電に駆け寄った。

「よう、何してんだ」
「こんにちは、電ちゃん」

 座り込んでいた電に声をかけると、ゆっくりとこちらに顔を向けた。

「………天龍さんに、龍田さん」

 虚ろな目は相変わらずだったが、まともに会話をできる程度には回復しているらしい。

「隣、いいか?」
「……どうぞ」

 俺と龍田は電を挟んで座った。
 それから俺たちは、無言で数時間を過ごした。日が傾いて、海がオレンジに煌めきだしたころ、ようやく電が口を開いた。

「みんなが、電を守ってくれたのです」
「うん」

 俺はできるだけ優しい声で相槌を打つ。龍田は電の話に耳を傾けているようだ。

「私は、みんなと、一緒に海に沈みたかった。なのに、私だけ、帰ってきてしまったのです」
「うん」
「私は……みんなと、死にたかったのに……こんな世界から、逃げたかったのにっ……」

 だんだんと声には嗚咽が混じり、やがて電は俺にしがみついて泣き叫んだ。俺には、頭を撫でてやることしか出来なかった。

電が泣き止んだころには、とっくに夜になっていた。オレンジ色だった海も、今では黒々とした闇に染まっている。

「ごめんなさい、もう、大丈夫、です」

 少しだけしゃくり上げながら言うと、電は俺から離れて立ち上がった。それを心配そうに私と龍田が見守る。

「それじゃあ、兵舎に戻りましょう。きっと、みんな心配してるわ」

 龍田に促され、俺も兵舎へと戻ろうとした。しかし電は立ったまま。まったく動こうとしなかった。

「おい、どっか痛むのか? ほら、おぶってやるから戻ろうぜ――」

 言い終えた瞬間、電は俺に腕を向けた。俺はとっさに距離を取った。なぜなら、腕と一緒に砲身が袖から出ていたからだ。砲身の黒い穴が、俺をじっと見つめている。

「何のつもりだよ、電」

 怒りはしなかったが、つい俺は低い声を出す。

「電ちゃん、落ち着いて」

 龍田もまた、少し腰を落として、素早く動き出せる体勢になっている。

「心配しなくても、電は落ちついているのです」

 電の顔には微笑みが浮かんでいた。正気を失っているようには見えず、それが余計に俺を混乱させた。

「ねえ、天龍さん」

 名を呼ばれ、「なんだ」と返事をする。

「天龍さんは、大切な人を失ったことがありますか?」

 急な質問に動揺するが、すぐに気を取り直す。

「……ああ、あるよ」

 視界の隅で、龍田が顔を伏せたように見えた。気のせいだったかもしれない。

「それでも、天龍さんは生き続けているのですね」
「俺が死んだところで、死んだ人が報われるわけでも、死んだことが正当化するわけでもないからな」
「……やっぱり、天龍さんは強いですね。戦艦や空母なんかよりもずっと、強いです」

 自虐するような口ぶりだった。いや、本当に自分を責めているのだろう。

「おい、電、はやくこっちに来い、みんなで兵舎に戻ろう」
「もう、みんな、じゃないんですよ、天龍さん」

 頭を振りながら、電は言った。

「私にとっての、みんなは、もう失われてしまったんです」

 そう言うと、電は俺に向けていた腕を自分の胸に向けた。

「おい! 電!」

 俺と龍田は急いで駆けだした。けれど、到底間に合うような速度ではなかった。

「今度生まれるときは、もっと平和な世界がいいな……」

 困ったような笑顔を浮かべながら、電は自らを撃った。砲撃を受けた部分がはじけ飛び、たくさんの部品が宙を舞った。それらは暗い海へ落ちて行き、電もまた、部品たちと共に海へと落下した。俺と龍田はただ、水底に沈んでいく電を見下ろしていた。

 その後、騒ぎを聞きつけた提督や他の艦たちによって場は収束された。俺と龍田は提督に数時間の事情聴取をされたが、終始無言を貫いた。やがて提督は諦めたように「もういい、行け」と言い、俺たちを解放した。

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 少しだけ、兵舎での生活が息苦しくなった。電のことがあってから、他の艦たちが私を避けるようになったからだ。どうやら、俺が電を撃ち殺したという噂が流れているらしい。腹が立ったが、龍田と話しているとどうでもよくなった。

「電ちゃんたちの再建造、見送られるんだって」

 俺の顔色を窺うように、龍田が言った。

「知ってるよ」
「怒らないの?」
「俺には関係がないし、あんな事件があった後だ。いま再建造しても、他の艦たちに変なプレッシャーを与えちまうだろ」
「……そうね」

 龍田はまた、寂しそうに笑った。俺は少しだけ、自分の言葉を後悔した。

「あいつ、最後に何て言ってたっけ」

 俺たちは、電が沈んだ港まで来ていた。今ではすっかり片付けられて、電のいた痕跡は何も残されていなかった。兵舎にある電の部屋も片付けられており、彼女の生きていた証は全て失われていた。

「今度生まれるときは、もっと平和な世界がいいなって、確かに言ってた」

 水平線を見据えて、龍田がつぶやいた。俺も同じように海の向こうを見る。海から吹く風は、ちょっとだけ肌寒かった。寒さに抵抗するように自分の腕を抱くと、服の袖が伸びていることに気が付いた。彼女たちに引っ張られて、伸びてしまった袖だった。
 俺は服の袖を目いっぱい伸ばした。すると俺の手は、完全に袖で隠れてしまった。

「天龍ちゃん、その服……」
「ああ、何も残ってないと思ったけど、ここに一つだけ、あった」

 俺は腕を真上に上げた。余った袖が、風に吹かれて揺れた。まるで、か細い旗のようだった。
腕を二、三回だけ海に向けて振った。

「こんなのが手向けなんて、あいつらも報われないな」
「報われる死に方をした艦なんて、一隻もないわ」
「……そうだな」 

 しばらく、俺たちは無言で海の向こうを眺めた。静寂を破ったのは、鎮守府に響く放送だった。艦たちの集合を示す放送で、きっと新たな敵が発見されたのだろう。
 俺たちは海に背を向けて、港を後にした。

 彼女たちがまた生まれるときまでに、せめて少しだけでも、世界を平和にしようと思った。

 




 そんな俺の決意をあざ笑うように、また頭痛がした。


 ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
 いつも自分が読んでいるような小説の雰囲気を意識して書きました。こんな文章を書いているけれど、私は艦これが大好きです。
 誤字脱字の指摘や感想など、よろしければお願いします。
 


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