2013年10月28日15時54分
今年で64回目を迎えたプロ野球の日本シリーズは、数々の名勝負を生んできた。1979年、近鉄―広島の第7戦は「江夏の21球」として語られる。その舞台は、どちらの本拠地でもない大阪球場だった。近鉄の球場が収容人数や照明設備の関係で使用できず、南海ホークスの本拠球場を借りたのだ。
「日本シリーズともなれば、客は満員やった。そやけど、ふだんはガラガラ。ホークスは鷹(たか)やのうて、閑古鳥やった」。南海ホークス最後の私設応援団長、古妻和男(こつまかずお、67)は笑う。
大阪を代表する繁華街、ミナミのど真ん中。周囲のにぎわいとは対照的に、球場内は閑散としていることが多かった。「お前の顔は1円玉や」。関西らしい楽しいヤジも、それゆえよく響いた。「それ以上、崩せんっちゅうことや」
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