時代の風:老ゴリラとの再会=京都大教授・山極寿一

毎日新聞 2013年10月27日 東京朝刊

 ◇記憶が形作る人間社会−−山極寿一(やまぎわ・じゅいち)

 昔親しく付き合った野生のゴリラに、アフリカの奥地まで会いに行ったことがある。26年ぶりだった。思春期のオスで、別れたときは8歳。人間なら中学生から高校生の年齢に当たる。再会したときは34歳になっていた。ゴリラの寿命は40歳ぐらいだから、もう老境といっていい。

 驚いたことに、彼は私を覚えていた。でも、人間のように私の名前を呼んで駆け寄ってきたわけではない。じっと私の顔を見つめているうちに、老いた顔がみるみるうちに子どもの顔になり、昔よくやった格好であおむけに寝てみせたのだ。そして、子どもの頃に戻ったかのように、近くにいた子どもゴリラたちと遊びはじめた。それを見て、私も彼と遊んだ昔を思い出して、体がざわざわと動くのを感じた。まさに記憶が体の中でよみがえった瞬間だった。

 遠い日本でいくらゴリラのことを懐かしく思い出しても、体が騒ぐことはないし、昔に戻ったような感覚になることはない。でも、かつて慣れ親しんだ風景の中で懐かしい顔に出会ったら、思わずその頃の自分に戻ってしまう。それは記憶というものが自分の体験した世界の中に張り付いていて、それを見たり感じたりしたときに生き生きとよみがえるからなのだと思う。ゴリラとの再会で、人間以外の動物にも、その能力があることが確かめられた。記憶は決して言葉によって支えられているのではなく、ゴリラと人間に共通な五感によって形作られるものなのだ。

 実は、人間はいくつかの場所に住みながら、過去の記憶をつなぎ合わせて人生を作っている。違う場所の記憶ではなく、同じ場所で暮らした記憶がつなぎ合わされるのである。私は1980年代のちょうど半分ずつぐらい日本とアフリカを行ったり来たりして過ごした。だから、私にとって80年代はとても短く感じる。日本でもアフリカでも5年ほどの記憶しかないからだ。アフリカに行くと、その前に滞在していた記憶が呼び起こされて、不在の時がなかったかのように過去とつながる。日本へ帰ってくると同じように、不在の時が消されて過去がよみがえる。そんなことを繰り返して、私は二つの世界を半分ずつ生きたのだ。

 でもそういった二重生活が可能だったのは、日本やアフリカにいる友人たちが、空白の時を感じさせないように遇してくれたからだと思う。もし、私のいる場所がなくなっていて、私のことを記憶している人がいなかったら、私はその土地で過去とつながることができなかったに違いない。

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