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秀吉の朝鮮出兵

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豊臣秀吉像(高台寺蔵)
豊臣秀吉像(高台寺蔵)


三谷幸喜監督といえば、テレビ番組の「古畑任三郎シリーズ」や、映画「ステキな金縛り」などで人気の監督ですが、その三谷監督が、来月「清須会議」という映画を公開するのだそうです。

映画の紹介ページによると「本能寺の変で織田信長が死去した後、家臣の柴田勝家と羽柴(豊臣)秀吉らが後継者を決め、日本史上初めて合議によって歴史が動いたとされる清須会議の全貌をオールスターキャストで描く。三谷監督作品では初の時代劇」なのだそうです。

三谷監督は、インタビューに答えて、「歴史を見るとき、私たちは結果をしっているから、ついつい上から目線で歴史を見てしまいますが、その時代に生きた人は、未来がわからない生身の人間として行動しているわけで、その葛藤を描きたかった」と述べています。

監督の指摘する、こうした歴史に対する見方は、とても大切なことで、特に戦後の私たちは、歴史に限らず、なにかにつけ評価をしてしまう癖がついています。
けれど、評価するということ自体が、まさに「上から目線」なのであって、そういう評価目線になった瞬間に、歴史は私たちに大切なことを、まったく教えてくれなくなります。
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左翼や在日工作員などは、決めつけやレッテル貼りがお好きなようですが、まさにそれは他人どころか自分自身さえもメクラにしてしまう。
なぜなら先入観でしか、ものごとを見られなくなるからです。

そうではなく、虚心坦懐に、歴史から謙虚に学ばせていただくとき、歴史はいままで私たちに見えなかった様々なものを教えてくれるし、提供してくれます。

映画「清須会議」は、主人公は秀吉です。
秀吉といえば日本では、一介の農民から身を起こして最後は関白太政大臣にまで出世した人物として、古来日本人にたいへんな人気のある人です。
ところが韓国では、秀吉ときけば、悪の権化のように語られ、たいへん評判が悪い。

何故悪いかといえば、秀吉が文禄元(1592)年から、慶長3(1598)年にかけて、朝鮮征伐を行ったからで(文禄・慶長の役)、このため韓国では、秀吉は未曾有の侵略者として学校などで教えられているのだそうです。

「韓国では」と書きましたが、なんと最近の学校の教科書でも、秀吉は「侵略」したと書いています。
手もとにある方から送っていただいた実教出版の「テーマ学習、史料日本史」という高校教科書の副読本があるのですが、そこには次のように書かれています。

「豊臣秀吉は当初、貿易の利益を求めて、キリスト教を保護していたが、教会が領地を所有していることを知り、一転して弾圧政策をとるようになった。同じころから、アジア大陸に対する侵略の野望をふくらませた秀吉は、甥の関白秀次にあてた文書で、秀次を明の関白にし、明の都を占領して天皇を移すという誇大な妄想の一端を述べている」

なんと秀吉が「アジア大陸に対する侵略の野望をふくらませていた」のだそうです。
ほんとうでしょうか。
なるほど秀吉は、明を征服するようなことを手紙に書いてはいますが、明だけがアジアなのでしょうか。
そもそもアジアって、どこのことをいうのでしょうか。

また「侵略の野望」といいますが、秀吉の行動が侵略というのなら、この教科書や副読本は、元寇についても、元と高麗による日本への侵略と書かなければなりません。
ところが、この教科書では、元寇についてはなぜか「モンゴルとの戦争」と書いていて、どこにも侵略とは書いていません。
これはダブル・スタンダード(二重基準)です。
日本のしたことは侵略、支那朝鮮がしたことは(正当な?)戦争行為だとしているからです。
対象によって異なった価値観を使い分けている。
これが教科書とは聞いて呆れます。

そもそも、本当に秀吉は明国を征服する意図があったのでしょうか。
狙いが明国なら、なにも秀吉は朝鮮半島だけで遊んでいる必要などなく、当時の日本の水軍力をもってすれば、いきなり海路、から河川を北上して明の首都である北京に攻め込むことだってできたわけです。
それだけじゃなく、明国兵の朝鮮支援を分断するために、支那の沿岸部を片端から襲撃することだってできたはずです。
けれど、秀吉は、そういうことを全くやっていません。
なぜでしょうか。

そういえば、朝鮮では、日本と朝鮮半島の海峡で戦った李舜臣が、時代のヒーローとされているのだそうです。
彼らの言い分によると、李舜臣の戦いによって、日本は海上を封鎖され、朝鮮半島への補給路を断たれ、結果日本は半島からの撤退を余儀なくされたからなのだとか。

これまたおかしな理屈です。
海上輸送路を絶たれたなら、朝鮮半島に上陸していた日本は海を渡って撤退することもできず、半島内で孤立し、大東亜戦争のときの南洋の島々での戦闘さながらに、現地で玉砕せざるを得なかったはずです。
けれど加藤清正も小西行長も島津義弘も、全員無事に、悠々と日本に引き揚げてきています。
本当に海上が李舜臣によって封鎖されたのでしょうか。

李舜臣についていえば、なるほど朝鮮の海将として文禄元(1592)年8月29日に釜山港を占領していた日本軍に戦いを挑んだのは事実です。
けれど彼は、あっさりすっきりまるっと敗退しています。

そして慶長3(1598)年)年11月18日の露梁海戦(ろりょうかいせん)のときに、明国と朝鮮の連合軍の指揮を執りながら、日本の圧倒的な戦力の前に、あえなく戦死しています。
つまり李舜臣は、勝ったどころか負け続けの将軍だったわけで、事実日本が海上補給路を断たれたという事実は、どこにもありません。

さて、では秀吉の朝鮮出兵は、なんのためだったのでしょうか。
戦国時代や秀吉を描いた歴史小説においても、そもそも秀吉の朝鮮出兵が「なぜ行なわれたか」について、きちんと踏み込んで書いているものはたいへん少ないです。
これまた不思議な話です。

おおかた、秀吉の朝鮮出兵に関しては、
◆秀吉が耄碌していたために起こした、
◆秀吉の成長主義がひき起した身勝手な野望だった
◆戦いを好む戦国武士団を朝鮮、支那に追い払い殺して数を減らすための戦いだった
などという解説がなされているようです。
なかには上にご紹介した実教出版の教科書のように、単に秀吉の個人的野望による侵略だなどと解説しているものもあります。

けれど、そもそも仮に秀吉が耄碌爺であったなら、他の大名たちはそれに従ったでしょうか。
当時の日本も、その後の江戸時代の日本も、各藩は、それぞれ独立した国家です。
まして戦(いくさ)というのは、武器の装備、食料の調達など、たいへんなカネがかかります。
出兵する武士たちにしても、この時代の武士たちというのは、そのほとんどが、半農武士たちです。
決して豊かな生活をしていたわけではないし、武士たちは戦(いくさ)ともなれば、家財道具を叩き売って、戦(いくさ)の場に臨んだりしています。

たとえ殿様のご希望であったとしても、それがあまりに理不尽なものなら、逆にその殿様を廃絶してしまったりしていたのも、戦国から江戸にかけての武士たちの行動です。
たとえ相手がお殿様でも、世迷いごとにつきあうような武士はそうそういないし、まして国(藩)を預かる大名ともなれば、それなりに納得できる理由がなければ、誰も動きません。
耄碌ジジイの世迷い事で、大枚はたいて命がけで朝鮮までノコノコ出ていくおバカな大名は、全国どこにもいないのです。

秀吉の成長志向が招いたという解説にしても、信長から秀吉と続く体制は、農業重視というよりも流通指向がかなり強かった体制であり、領地がもらえなくても、それぞれの大名は、商業による貨幣経済によってかなりの富が蓄積できたわけです。
金持ち喧嘩せずとはよく言ったもので、食うに困らない、生活に困らない豊かな生活を満喫できているのに、あえて、戦争など、誰も好き好んで行うものではありません。
まして、家康などは、この時代、世界一と言ってよいくらいの大金持ちになっていました。

朝鮮半島を「侵略」という言葉もひっかかります。
この頃の朝鮮半島は、なるほど李氏一族が支那からの冊封を受けて国王を名乗っていましたが、現実には朝鮮族とは民族の異なる女真族の李氏一族が、支那の後ろ盾で朝鮮王を名乗っていただけの、いわば無主地です。
そもそも李氏朝鮮というのは、国家の体さえなしていません。

国家というのは、住民もしくはその民族の共同体を意味しますが、李氏朝鮮というのは、朝鮮族のための国家インフラにはまるで無関心で、国内流通のための道路さえつくろうとせず、ただ他民族である朝鮮族から収奪をしていただけの外来暴力団のようなものです。

国内産業の育成をはじめとした国民を豊かにするための政策など何もせず、住民基本台帳の備え付けもなく、ただ単に朝鮮族の女性を拉致してさらっては、支那に毎年献上し、その見返りに「朝鮮国王」の肩書きをもらっていただけの存在です。
しかもその女性を受け取るために支那の使者がやってくると、国王が三跪九叩頭(さんききゅうこうとう)といって、土下座して頭を地面に三回打ち付ける。これを三回繰り返すから九叩頭です。

国王という肩書きのために、国民の財産である女性を献上し、その都度、国王が三跪九叩頭をする。
そして国王を名乗りながら、国民のための政治は何もしない。
それが国家といえるようなシロモノかといえば、世界中、どこの国の規範に照らしても、答えはNOです。

つまり、当時の朝鮮半島は、李という外来族が、支那に土下座して国王の称号をもらって朝鮮の一般民衆から収奪していただけの、いわば暴力団が牛耳っていただけの「地域」に他なりません。
これは国家と呼べるシロモノではありません。
19世紀的解釈なら「無主地」です。
無主地に兵を出しても、それは「侵略」の名に値しません。
むしろ無主地で収奪を繰り返す暴力団を追い出してくれるなら、それは神軍です。

なぜ秀吉は、そんな朝鮮に、わざわざ兵を出したのでしょうか。
そして国内の大名たちは、なぜ、秀吉のそんな行動に従ったのでしょうか。
無主地だからでしょうか。
それは違います。

実は秀吉の朝鮮出兵を考えるには、日本国内だけの事情をいくら考えても答えはでてきません。
当時のアジア情勢における国際政治を見極めないと、まるで真実が見えて来ないのです。

文禄の役
文禄の役


そもそも、二度にわたる秀吉の朝鮮出兵(文禄、慶長の役)というのは、16世紀における東アジアでの最大の戦いです。
日本からは約16万の大軍が朝鮮半島に送り込まれたし、朝鮮と明国の連合軍は、戦力25万の大軍です。
天下分け目の戦いといわれる関ヶ原の戦いにしても、東軍7万、西軍8万の激突ですから、いかに朝鮮出兵の規模が大きかったかがわかります。
日本は、そこまでして出兵しなければならない、そこに明確な理由があったわけだし、みんながそれに納得したからこそ、兵を出しているのです。

この時代、世界全体を見渡せば、まさにスペインが、世界を制した時代です。
世界の8割が、スペインの植民地でした。
そのスペインは、東亜地域では、ルソン(いまのフィリピン)に、東アジア地域全体の戦略統合本郡である総督府を置いていました。

そして信長、秀吉の時代、スペインによってまだ征服されていなかった国は、東亜では、明国と日本だけでした。朝鮮半島は明の属国ですから、明に含まれる一地方にすぎません。

そのスペインが、日本に最初にやってきたのは、天文18(1549)年のことです。
日本では、宣教師のフランシスコザビエルの来日として歴史に記録されています。

当時のスペイン宣教師というのは、表向きの役割はキリスト教の伝道ですが、裏では立派な軍事組織を持つ、僧兵軍団です。
はじめに宣教師たちがやってきて、それぞれの国民に受け入れられやすそうな調子の良いことを言って改宗させ、頃合いを見計らって軍隊を送り込み、人々を殺戮し、財宝を強奪し、ひいては国ごと植民地支配してしまっていたわけです。

日本が内乱に明け暮れていた時代の戦国大名たちは、最初は、宣教師たちについても、ただのものめずらしさしかありませんでしたし、ザビエルは、あちこちの大名に招かれ、大名たちもキリスト教の信者になったりもして、伝道師たちを快く受け入れていました。

ところが唯一、日本が他の国々と違っていたのは、彼らが持ち込んだ鉄砲という武器を、日本人はまたたくまにコピーし、それを量産してしまったことです。
気がつけば、日本の鉄砲所持数は、なんと、世界全体の半数を占める莫大な数になっていました。

宣教師たちも、さすがにこれには驚いた様子で、イエズス会のドン・ロドリゴ、フランシスコ会のフライ・ルイス・ソテロらが、スペイン国王に送った上書にも、このことについては明確な記述があります。

〜〜〜〜〜〜〜〜
スペイン国王陛下、陛下を日本の君主とすることは望ましいことですが、日本は住民が多く、城郭も堅固で、軍隊の力による侵入は困難です。
よって福音を宣伝する方策をもって、日本人が陛下に悦んで臣事するように仕向けるしかありません。
〜〜〜〜〜〜〜〜

住民数を言うなら、支那や南米やインドの方がはるかに住民数が多いわけで、城塞の堅固さも、日本の平城は、アジア、ヨーロッパの城塞には敵いません。
にもかかわらず、彼らが「日本は住民が多く、城郭も堅固で、軍隊の力による侵入は困難」と書いているのは、単純に、鉄砲の数が圧倒的で、とても軍事力で日本には敵わない、といているのです。
だから、「福音を宣伝する方策をもって、日本人が陛下に悦んで臣事するように仕向ける」しかないと、上書に書いているのです。

こうしてスペインは、日本での布教活動に、まず注力しました。

一方、あたりまえのことですが、スペインの狙いは日本だけではありません。
お隣の明国も、スペインは植民地化を狙っています。
こちらは、鉄砲をコピーするような能力はありません。
けれど、とにかく人が多い。
しかも大陸が広く、その調略には手間がかかります。

朝鮮半島は対象外です。
朝鮮半島は、明国の支配下だったわけですから、明が落ちれば朝鮮半島は、自動的に手に入る。それだけのことです。

そのスペインは、明国を攻略するにあたって、当時、世界最大の武力(火力)を持っていた日本に、一緒に明国を奪わないか、と持ちかけています。

ところが日本には、まるでそんなことには関心がありません。
そもそも信長、秀吉と続く戦国の戦いは、日本国内の戦国の世をいかに終わらせ、国内に治安を回復するかが最大のテーマであり、他国にまでかかわっているようなヒマはなかったからです。

信長は、比叡山を攻めたり、本願寺を攻めたりと、まるで第六天の魔王であるかのように描かれることが多いですが、実際には、次々と行なった信長の戦いの目的は、一日も早く戦乱の世を終わらせることに尽きたものです。
だからこそ平和を願う多くの人々が信長に従ったのだということが、最近になって発見された各種文書から、あきらかにされています。

このことは秀吉も同様です。
なぜ秀吉が人気があったかといえば、百姓の代表だから百姓の気持ちがわかる。
戦乱によって農地が荒されることを多くの民衆が嫌っていることを、ちゃんとわかってくれている人物だったからこそ、秀吉人気はあったのです。

要するに、当時の日本の施政者にとっては、日本国内統一と治安の回復こそが政治課題だったわけで、わざわざ明まで出かけて行く理由はひとつもなかったのです。
ところが、日本が秀吉によって統一され、なんとかその治安と太平を回復すると、今度は、対明国への対策が大きな課題となってきました。

どういうことかというと、スペインが日本に攻めて来たとしても、彼らは海を渡ってやってきますから、スペインとの直接対決ならば、海を渡ってやって来るスペイン人は、数のうえからいえば少数であり、火力、武力ともに日本の方が圧倒的に上位です。
つまり日本がスペインに攻略される心配はまるでないのです。
幕末とは違うのです。
海軍力だって、当時の日本はスペインに匹敵する力を持っています。

ところが、です。
スペインが明国を支配下におさめると、様子が違ってくるのです。
いかに数多くの鉄砲を日本が持っているとはいえ、スペインに支配された明国兵が、数の力にモノを言わせて日本に攻め込んできたら、これはたいへんなことになります。
まさに元寇の再来です。
これは国難といえる脅威です。

であれば、その驚異を取り除くには、スペインよりも先に明国を日本の支配下に置くしかありません。
火力、武力に優れた日本には、それは十分可能なことだし、万一明国まで攻め込むことができなかったとしても、地政学的に朝鮮半島を日本と明の緩衝地帯としておくことで、日本への侵入、侵略を防ぐことができるからです。
このことは、ロシアの南下政策を防ぐために、明治日本が行なった政策とも、良く似ています。

さらに秀吉は、すでにこの時点でスペインの誇る無敵艦隊が、英国との戦争に破れスペイン自体が海軍力を大幅に低下させていることを知っています。
ですから、スペインが海軍力で日本と戦端を交える可能性は、まずない、ということは、秀吉ならずとも、誰の目にも明らかでした。

一方、長く続く戦乱の世を終わらせようとする秀吉は、全国で刀狩りを実施し、日本の庶民から武力を奪っています。
これはつまり、日本に太平の世を築くために必要なことであったわけですが、同時にこのことは、もし日本が他国侵逼の難にあったときは、日本の戦力を大きく削ぐことにもつながります。

ならば、武力がまだ豊富なうちに、余剰戦力を用いて朝鮮出兵を行ない、朝鮮から明国までを日本の支配下に置いてしまうこと。
これが我が国の安全保障上、必要なことになったのです。

こうして秀吉は、文禄の役(1592〜1593)、慶長の役(1597〜1598)と二度にわたる朝鮮出兵を行なうのですが、同時に秀吉は、スペインとも果敢な政治的交渉を行なっています。

何をしたかというと、スペインに対して「日本に臣下としての礼をとれ!」と申し出たのです。

最初にこれを行なったのが、文禄の役に先立つ1年前、天正18(1591)年9月のことです。
秀吉はスペインの東亜地域の拠点であるルソン(フィリピン)総督府に、原田孫七郎を派遣し、「スペインのルソン総督府は、日本に入貢せよ」との国書を手渡しています。

世界を制する大帝国のスペインに対し、真正面から堂々と「頭を下げて臣下の礼をとって入貢せよ」などとやったのは、おそらく、世界広しといえども、日本くらいなものです。
言うだけなら猿でもできます。

実際にそれをやった国があります。明治の終わり頃の朝鮮です。
当時の李氏朝鮮は、大韓帝国と国号を改め、日本に「対等に合邦せよ」と言ってきています。
言うだけじゃなく、世界に向けて高らかにそれを発言しています。
ところが当時の日本は、当時の世界最強国家である大英帝国と同盟関係のある国です。
つまり、大英帝国と大日本帝国は、「対等」な関係にあります。
その日本と朝鮮が対等に合邦するというのは、朝鮮が大英帝国とも等しい存在であることを意味します。
ほとんど世界の最貧国であり、国力もなく、世界に向けた何の実績もなく、国といえるかさえもあやしい朝鮮半島という世界から見れば無主地でしかない地域が、勝手に帝国を名乗り、日本、英国と対等な存在だと主張したわけです。
これは世界の笑い者です。

実際にそれに足るだけの国力を保って言うのと、日韓併合前の朝鮮のように国力もない無主地の猿が言うのとでは、意味合いも影響力も異なります。
もっとも、このあまりに突飛な、失笑をかった朝鮮の行為は、あまりにも子供じみていたために、逆に日韓併合という結果をもたらしました。
「あんまりひどい猿がいるから、日本さん、可哀想だから面倒見てやれよ」というわけです。

さて秀吉の行為は、はスペイン総督にしてみると、きわめて腹立たしいことだけれど、すでにスペインの無敵艦隊が消滅し、海軍力を大幅に低下させているという現状にあっては、日本に対して報復的処置をとれるだけの力がない。
悔しいけれど、放置するしかなありません。

ところが秀吉は、放置を許さない。
翌年に、具体的行動としての朝鮮出兵を開始するのです。

驚いたのはルソンのスペイン総督府です。
日本が、朝鮮、明国を征すれば、その国力たるや、東亜最大の政治的、軍事的大国となることは目に見えています。
むしろヨーロッパまで征服した元の大帝国の再来であり、これはスペインにとっては脅威以外のなにものでもありません。

しかも朝鮮出兵は、海を渡った戦いです。
ということは、いつ、日本の矛先がフィリピン・ルソン島のスペイン総督府に向けられてくるかわからない。
慌てたスペイン総督府は、当時ルソンに住んでいた日本人たちを、マニラ市内のディオラ地区に、集団で強制移住させています。
これがマニラの日本人町の始まりです。

さらにスペイン総督府は、同年7月には、ドミニコ会士の宣教師、フアン・コポスを日本に派遣し、秀吉に友好関係を樹立したいとする書信を届けています。
このとき、膨大な贈物も持参しています。
いかにスペインが日本をおそれていたか、ということです。

けれど秀吉は、そんな贈り物くらいで納得するようなヤワな関白ではありません。
重ねてスペインの日本に対する入貢の催促の書簡を手渡したのです。
その内容がすさまじいです。
「スペイン国王は、日本と友好関係を打ち立て、マニラにあるスペイン総督府は、日本に臣下としての礼をとれ」というのです。
そして「それがお嫌なら、日本はマニラに攻めこむぞ、このことをスペイン国王にちゃんと伝えろ」というのです。

秀吉の書簡を受け取ったコポスは、帰路、なぜか遭難してしまいました。
本当に海難事故で遭難したのか、返書の内容が100%スペイン国王の激怒を買うことがわかって、意図的に遭難したことにして逃亡したのか、いまとなっては不明です。
けれどおそらくは後者でしょう。

コポスの遭難のおかげで、秀吉の書簡はスペイン総督府に届いていません。
当然のことながら、スペイン総督府からの返書もありません。
けれど、返書がないからと、放置するほど甘い秀吉ではありません。
秀吉は、10月には、原田喜右衛門をマニラに派遣し、確実に書簡を総督府に届けさせました。

書簡を持った原田喜右衛門は、文禄2(1592)年4月、マニラに到着しました。
このとき、事件が起こりました。
たまたま在マニラの支那人たち約2000人(明国から派遣された正規兵だったといわれています)が、マニラ市街で一斉蜂起して、スペインの総督府を襲ったのです。

スペイン兵は、応戦しますが、多勢に無勢です。
このままでは全滅の危機となりました。
ちょうどそこに到着した原田喜右衛門は、手勢を率いてスペイン側に加勢し、またたく間に支那兵を蹴散らし、全滅させてしまったのです。

日本強し。
原田喜右衛門らの圧倒的な日本人の強さを目の当たりにしたスペインのゴメス総督は、原田喜右衛門に感謝をすると同時に、日本の強さに恐怖します。

けれど、ゴメスは、スペイン大帝国から派遣されている総督です。
世界を制する大帝国王に、日本に臣下としての礼をとらせるなど、とてもじゃないができることではないし、報告できることでもありません。
そんな報告をしたら、それこそゴメスはスペイン王によって死刑に処せられてしまいます。

ゴメスは、なんとか時間をかせごうとしました
そして、翌文禄3(1594)年4月に、新たにフランシスコ会士のペドロ・バウチスタ・ベラスケスを特使に任命して、日本派遣したのです。
要するに、特使の派遣を繰り返す中で、少しでも時間稼ぎをしようしたのです。

名護屋でペドロと会見した秀吉の前で、ペドロは、スペイン王国が、いまや世界を制する大帝国であること、日本とはあくまでも「対等な」関係を築きたいと申し述べました。
普通に考えれば、世界を制する大帝国のスペイン国王が、日本という東洋の小国と「対等な関係」というだけでも、ものすごい譲歩です。

けれど、秀吉は聞く耳を持ちません。
ペドロに対し、重ねてスペイン国王の日本への服従と入貢を要請したのです。

なぜ秀吉は、ここまでスペインに対して強硬だったのでしょうか。
理由があります。

第一に、国際関係において「対等な関係というものは存在しない」ということです。
国際関係は、やるかやられるか、つまり上になるか下になるかしかありません。
たとえ日本が小国であったとしても、大帝国のスペインに日本を攻めさせないためには、日本が圧倒的な強国であることを、思い知らせるしかないのです。

第二に、もし、秀吉が中途半端に「対等な関係」の構築を受け入れようとするならば、スペインは当然のごとく平和特使と称して宣教師を日本に派遣します。
そして宣教師たちは、日本国内で、内部からの切り崩し工作(まさにいま支那や韓国によって行なわれている日本解体工作と同じ)を行ないます。
現に、世界のあらゆる国家が、その方法でスペインの植民地にされてきています。

ですから、日本がスペインの驚異から逃れる道は、ただひとつ。
あくまでスペインに対して、強硬な姿勢を崩さないこと。
これしかなかったのです。

第三に、秀吉が目指したのは、あくまでも「戦のない世の中」であったということです。
波いる敵は、圧倒的な武力で制圧する。
その上で、相手の武力そのものも奪ってしまう。
つまり「刀狩り」を行い、そうすることで秀吉は、「戦のない世の中」を実現しようとしていたのです。

けれど、同時に刀狩りをして日本人から武力を奪うことは、一方において日本を弱化させることを意味します。
ならば、日本国内に武器を持たない平和な国を実現するためには、国際的な武力衝突の危険を日本から出来る限り遠ざける必要があるのです。

そして、名護屋におけるペドロ・バウチスタ・ベラスケスとの会見も、平行線となったスペインのゴメス提督は、日本との軟弱な外交姿勢を咎められ、スペイン国王によって更迭されてしまいます。

そして後任の提督としてやってきたのが、ルイス・ダスマリニャスです。
ルイス・ダスマリニャスは、アウグステイン・ロドリゲスを使者として日本に派遣し、回答の引き延ばしを図るとともに、日本の戦力を冷静に分析します。

そして、ゴメスの分析通り、もし日本とスペインが、東亜で正面から衝突すれば、むしろスペイン側に勝ち目がないことを知ります。
そこでルイスは、秀吉との直接交渉は避け、ひとり、またひとりと、宣教師を日本に派遣するという戦略をとりました。
一気に調略するのではなく、ちょっとずつ毒を盛ろうというわけです。

文禄3(1594)年には、ルイス提督の意向を受けて、ヘロニモ・デ・ヘスス以下のフランシスコ会修道士4人が、日本に派遣され、日本での布教を再開しました。
秀吉も、これは認めています。

ところが、慶長元(1596)年のことです。
スペインの貨物船、サン・フェリーペ号が、荷物を満載したまま遭難し、土佐の浦戸に漂着しました。

救助した船員たちを、秀吉の五奉行の一人である増田長盛が取り調べにあたったのですが、そこで驚くべき事実があきらかになります。
なんとサン・フェリーペ号の水先案内人が、増田長盛に世界地図を見せ、
「スペイン国王は、まず宣教師を派遣し、キリシタンが増えると、次は軍隊を送り、信者に内応させて、その伝道地の国土を征服するから、世界中にわたって領土を占領できたのだ」と証言したのです。

報告を受けた秀吉は、即座にキリシタン26人を逮捕しました。
そして彼らを長崎に送りました。
「キリシタンを続けたいなら、外国へ出て行け。
日本に残りたいなら、改宗しろ」というわけです。

迷う26名に対し、長崎のイエズス会は、この26名の死罪を長崎奉行に申し出ます。
磷付にして、晒してほしいと、申し入れたのです。

イエスズ会の腹はこうです。
26名の信者を、イエスの十字架になぞらえて見せ物にし、間違いなく天国に行くことができたと宣伝する。
こうすることで、キリスト教徒としての栄光に輝く姿を印象づけ、信仰による団結心をたかめる。

まあ、このあたりの話は、本題からかなりそれるので、また今度詳しく書くこととして、要するに秀吉の朝鮮出兵は、スペインによる東洋の支配に対して、統一国家をやっと形成した日本が、いかに国を護るかを考えた上での決断であった、ということです。

こういうことは、単に日本や朝鮮の国内事情だけを見ても、まったくわかりません。
当時の世界情勢、東亜諸国の情勢をみなければ、秀吉がなぜ朝鮮出兵を決意したのか、そして多くの大名たちが、なぜその秀吉に従い、兵を出し、勇猛果敢に他国に出て戦ったのか、理解できない。

もっというなら、日本が明治という統一国家を形成してから朝鮮半島を領有するまでの動きと、秀吉の朝鮮出兵当時の世界の動きは、スペインがロシアと変わっただけで、まったく同じことが歴史上、繰り返された、ということなのです。

もし、秀吉が朝鮮出兵を行なわず、日本の国力をスペインに見せつけなければ、どうなっていたか。
スペインは、当然のことながら、明国を植民地としての支配下に置いたことでしょうし、当然のことながら、朝鮮半島も、スペインの支配地となったことでしょう。

そしてスペインの支配地となることが、いかなる意味を持つのか。
そのことは、南米の様子が、見事にまで現代に伝えています。

いま、南米に南米人の純粋種は存在しません。
白人種との混血種だけです。

アルゼンチンやウルグアイでは、先住民族がほぼ完ぺきに抹殺されてしまいました。
このエリアの女性たちは、手当たりしだい強姦されたあげく、子を産む前に殺戮されたのです。
ですから、いま住んでいるのは、ほぼ白人種です。

ブラジル、エクアドル、ペルー、ボリビアは、全員が、先住民族との混血です。
純血腫はいません。
強姦され、放置され、子を産み、いまに至っています。

日本も支那も朝鮮も、それぞれに純血種を保ちながら、いまに至っています。
なぜそうなったかといえば、秀吉が、スペインと真っ向から戦う姿勢を明確に示してくれたおかげです。

ちなみに、慶長の役は、秀吉の死去にともなって中止となり、日本は朝鮮半島から撤収しました。
だから、これは秀吉の気まぐれでおきた戦争だというのは、大きな間違いです。
半島に出兵した大名たちは、それぞれに真剣に戦ったのです。

ではなぜ日本が撤収したか。
こたえは簡単です。
スペイン自体が、英国やオランダに押されて、国力を低下させ、もはや東亜に構っていられなくなったからです。

もうひとついうなら、秀吉はなぜ「明国を倒す」とまで言っていながら、実際には明国本土には手を出さず、朝鮮半島だけで戦っていたのか。
朝鮮半島には、李氏朝鮮に頼まれた明国兵がやってきています。
ならば、倭冦よろしく、日本が外洋船舶を出して明国の沿岸部を荒し回る。
そうすることによって、明国の国力を削ぐ。
あるいは、明国兵にカネを掴ませて、明国内で反乱を起こさせる。
要するに、本気で明国を倒す気なら、それなりのやり方があるわけです。

ところが秀吉は、そうしたことをまったくせず、無主地である朝鮮半島だけで、その朝鮮半島を支配している暴力団と、その後ろ盾をしている明国兵とだけ戦い、しかも、秀吉自身はまったく敵情視察のために朝鮮半島を渡ろうとせず、さらにいえばソウルが落城しても、なお、半島には一歩も入ろうとせず、もっぱら太宰府あたりで、毎日大宴会を催して遊んでばかりいたわけです。

と、ここまで書けば、秀吉の意図も明らかです。
スペインが年々国力を低下させていくなかで、最早、明国出兵自体にも意味がなくなり、むしろ百姓たちからの刀狩りの「大名版」として、朝鮮出兵をしていたわけです。
太宰府には東北の伊達政宗などもやってきていますが、大名行列というのは、たいへんなカネがかかります。
それぞれの大名たちは、九州まで出かけて行くだけで、たいへんな出費になったのです。
そして出費は、それぞれの大名の国力を弱めます。
さらに元気の良い大名は、朝鮮半島に渡り、明国兵や李氏朝鮮兵と戦います。
いわば、猿狩り旅行にでてもらい、さらに国力を削いで行ったわけです。

わたしたちは、いま、スペインという世界最強の大帝国に対し、一歩も退かず、むしろ臣従せよと迫った秀吉の壮大な気宇と誇りを、いまこそ見習うべきときにきている。
私はそのように思います。

※この記事は、2012/7/31の記事をリニューアルしたものです。

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口座番号 5775563
【問い合わせ先】
お問い合わせはメールでお願いします。
nezu@nippon-kokoro.com
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コメント
No title
バテレンを封じ込めた信長・秀吉・家康の力は偉大でしたね。

この三人がいなかったら、日本はおかしなことになっていたでしょう。

2013/10/25(金) 08:36 | URL | あ太郎 #-[ 編集]
No title
朝鮮出兵は、倭寇、日韓併合と並んで、朝鮮両国が自らの恥ずべき歴史を隠ぺいする三大武器ですね。
日本国内でも、これらの歴史事実を歪んで教えているケースが多いというのは、本当に嘆かわしいことです。
2013/10/25(金) 09:58 | URL | 水雷艇 #8l8tEjwk[ 編集]
管理人のみ閲覧できます
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2013/10/25(金) 10:59 | | #[ 編集]
No title
毎日私達の知らないお話をいつもわかりやすく紐解いて頂き有難うございます。私も昔は秀吉が侵略したと漠然と思っておりました。学校で習ったからです。しかし心のどこかに何か理由があったんだろうなとこれも又漠然と思っていてその根拠は日本人が理由無く戦いを始める訳がないと思っていたからです。今日のお話は正にその答えだと思います。昔むかしから政治的にあの地域は日本にとって困りもんだったんですね。だとしたらこれから日本が取るべき対応はもうおのずとわかっていると言えます。それを実行するかしないか?今、安部内閣により着々と法案を通そうと動き始めています。ただこれだけではまだまだ足りず国会議員の中には国益を損ねる輩がわんさかおります。旧たちあがれの議員の皆さんがもっと国会で存在感を出して、自民党が変な方に引っ張られそうになったら軌道修正する役割を是非やって頂きたいと個人的に思っています。中山議員夫妻、平沼赳夫議員、片山虎之介議員、維新は離れましたが西村真悟議員など愛国心あふれる方達がもっともっと人数を増やしいつか公明党と自民が相入れない事態になった時に連立出来たらそれは日本にとって何よりの国益を生み出す事になると思います。
今を生きる私達は先人のして来た事をどう生かすかだけを考えた時、未来へと続く道が開けて行く様に思えてならないのです。そう気付かせてくれてるのがねずさんのお話です。本の販売もうすぐですね!本当に今から楽しみです。
2013/10/25(金) 11:20 | URL | さくら #-[ 編集]
信長、秀吉、家康。日本の三大都市を作ったのはこの三人!
日本の三大都市と言えば、東京、大阪、名古屋。
この三大都市を作ったのは、タイトルに示した三人。
もちろん、発展するきっかけとしてですが。

またこの三人が揃って、大暴れしてくれないかな~。
某・車メーカーのCMなんかじゃなく。
キムタクが織田信長じゃ、カッコつかないでしょ。

織田信長は、もっと男前だったと思いますよ。
男からも惚れられる人間であった!
ここら辺、見解の分かれる所ではありますが。

秀吉の朝鮮出兵だけでない、我が国の歴史教科書は!
そのほとんどが、シナ朝鮮史観ではないか!
どうなっているのだ、この国は!

タイトルに示した三人は、日本中興の三傑と言える。
この輝かしい三人の業績を、正しく後世に伝えたい!
日本の、そして世界の、希望の光となるはずだ!
2013/10/25(金) 11:54 | URL | 越智富雄 #5fY02qfU[ 編集]
No title
中世のころより隣国は愚かで野蛮な地域(国に値しない!)、それは現在に至っても変わっていない!よーく分かります、そのとおりですね。それにしても海外出兵版「刀狩」をやり、自国の武力を減少させても、対外的脅威に対する備えは大丈夫だったか?・・それよりも国内のとりあえずは恭順している大名の武力のほうが怖かったのかもしれませんね・・
2013/10/25(金) 12:02 | URL | 団塊の世代の後輩 #-[ 編集]
No title
こんにちは! 豊臣秀吉の朝鮮出兵の裏にはスペインによる極東アジア侵略を阻止したという中・高校の日本史では出てこない話があったんですね。 

私の住んでいる大分県は豊後・大友宗麟で知られていますが宗麟は新しもん好きの西洋かぶれだと思えます。宗麟死後、息子の吉統が朝鮮出兵の際敵前逃亡して咎められ改易された。大友家は朝鮮出兵では役立たずだった事を知り、宗麟時代のスペイン・ポルトガルと交易していた悪縁だと考えずにはいられませんね。 

私は大分県人ですがご先祖様は肥後藩出身のようです。家の家紋は朝鮮出兵で活躍した加藤清正公の家紋と同じ「蛇の目」なんです…なにか縁があるのか?清正公慕う肥後藩出身者は家紋に「蛇の目」を選んだのかも。
2013/10/25(金) 14:30 | URL | red-bean38 #-[ 編集]
朝鮮出兵ではなく、当時は唐入りと言われていましたよ
2013/10/25(金) 15:06 | URL | #-[ 編集]
No title
秀吉、才気で戦略家だったのですね。
昔の人は真に頭がよかった、つくづくそう思います。

なぜなら、あの戦国の情報乏しき時代でさえも世界の動きをきちんと把握、そして先見の明を持ち、常に国家観を持って動いていたからです。
それは明治時代における日清、日露、また先の大東亜戦争しかりです。

現在に至っては世界の何処からでも情報が取れる時代において、社会の進化と反比例し、人間の頭は退化している、その様に思います。

ましてや、これほどの情報量がありながら、今だ国家観も持たないというか、持てない輩が国会でのうのうと日本国のバッジを付け、日本国議員面しているのが許せません。
頭、退化の見本のようなものです、、、。
先見の明どころか、一寸先も読めてないのでは?、、、何とも情けないの一言です。

歴史は繰り返される、まさにそのとうりだと思います。
安倍総理を軸とし、愛国議員の皆さんで頑張って頂くしかありません。
それにはまず国民の応援が必要です。

自分の周りの人、一人が覚醒できたら、それがもしかしたら二人、三人と増えるかも知れません。
まさに、ねずみ算式に、、、^^。
頑張りましょう!

2013/10/25(金) 15:44 | URL | 桜子 #PyZMa2bE[ 編集]
台風27号:伊豆大島全域 4835世帯に避難勧告
台風27号:伊豆大島全域 4835世帯に避難勧
http://mainichi.jp/select/news/20131025k0000e040220000c.html
【関連情報】
台風26号は25日午後2時現在すでに消滅している。
http://agora.ex.nii.ac.jp/digital-typhoon/latest/animation/WMV/last-024h.wmv

 上記の気象衛星の動画で確認できる通り台風27号は九州で勢力が
衰えて雲散霧消している。 しかし反日売国テレビ局・マスコミはここに
掲載するニュースでも、あたかも大島を直撃するかの様に台風の恐怖
を強調している。 新型インフレエンザのパンデミックスの時にもマスコ
ミにより捏造された偽装社会不安であった。 今回も同様なケースであ
り、これから発生する強風、豪雨、様々な被害は気象操作に起因する
ものである。 国民を洗脳してすべては台風27号がもたらした被害と
して報道するでしょう。 気象操作で風水害を発生させる目的が気象兵
器の効果実験や国土交通省(創価学会公明党)絡みの国家予算を多く
計上するための世論作りと考える事が妥当。 何れも日本人社会の破
壊者、反日売国勢力やハゲタカ外資が支配する勢力である事に注意しよう。

【ケムトレイル・気象操作の掲示板】
http://www.aixin.jp/axbbs/tnk/tnk0.cgi
【ケムトレイル・気象操作のタイトル一覧】はこちらをクリックして下さい。
2013/10/25(金) 16:44 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
re:台風27号:伊豆大島全域 4835世帯に避難勧
PS:
中国艦艇5隻沖縄本島・宮古島間抜け太平洋へ
http://kakutatakaheri.blog73.fc2.com/blog-entry-3523.html
2013/10/25(金) 17:04 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
No title
誠の日本の歴史教育を行わねば日本の未来はないと思います。

日教組による自虐史観教育をやめさせる事、実教出版等のシナ、朝鮮寄りの歴史観による教科書使用をやめさせる事、目先の事だけ見させて大局から見た世界観を入れない歪曲した記述をやめさせる事。これは日本の教育上必要な事でしょう。

これを質さぬ限り日本の再生の道のりは長くなる一方でしょう。
敵は外のみにいるわけではなく内にもワンサカいるということですね。
2013/10/25(金) 19:44 | URL | 一有権者 #-[ 編集]
在日特権廃止
■【竹田恒泰】【辛坊治郎】【橋本徹】【中西祐介】通名について語る!

■通名の悪用が存在する! 容疑者を通名のみで報道するな!
2013年10月24日 20時22分 投稿
http://www.nicovideo.jp/watch/sm22110451


【竹田恒泰】→ ■在日特権について語る
http://www.youtube.com/watch?v=7nvuCdoDaKg

【辛坊治郎】→ ■毎日新聞と朝日新聞はなぜ事件を犯した在日朝鮮人を本名で表記しないのか
http://www.youtube.com/watch?v=Vl992k70teQ

【小西克哉】【勝谷誠彦】→ ■TBSラジオで在日免除利権と外国人参政権を語る
http://www.youtube.com/watch?v=YLt2QOG87NY
2013/10/25(金) 20:06 | URL | 証拠動画 #amXlFcx2[ 編集]
No title
秀吉の朝鮮出兵のことは、昔、親から日本は天皇にお譲りして、秀吉は中国を治めるつもりだったと聞いたことがありました。親は大正時代の小学校教育を受けていましたから、戦前はそのように教えていたと思っていました。

秀吉の朝鮮出兵について、ねずさんから教えらたときに思うことは、これまで小中学校のときに教えられたことを、自分の知識としていました。この知識と入れ替えるのが大変ですが、本当のことを知って、自分の知識としなければならないと思います。

教科書は、正しい歴史に改正して、これを学校で教育させるとともに、その教育効果を確認するための試験するだけでなく、入学試験にも出題させなければならないと思います。もちろん、その前に日本史は、国史として今のような選択の教科にしてはならないと思います。

なお、何人かの教職員は、歴史の解釈が変わったとして、これに反発する可能性があります。
その場合には、日本には職業選択の自由がありますから、労働者の権利を行使していただけば良いのです。これに従わずに、従来の教科書に沿った方針で教育する場合には、上司の命令に従う義務違反及び職務に専念する義務違反として、処罰すればよいと思います。

隣国のように、自国の国史を捏造し、日本に対しこれに沿って教育するよう要求する国があります。それに較べると、日本は自国の正しい歴史を改めて検証した結果を、国民に周知するだけなのです。
自国の正しい歴史認識をするとき、どこからもその改変を要求されることはありません。
2013/10/25(金) 21:05 | URL | ポッポ #-[ 編集]
韓国が竹島で軍事訓練
韓国が竹島で軍事訓練
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20131025/k10015547451000.html

【関連情報】
外務省の竹島に関する動画
http://youtu.be/TXg-NGVKuWI 

この様なニュースが流れて平然としている支那朝鮮に支配された反
日売国テレビ局・マスコミは日本民族に敵対する不適切な報道機関で
あるので、会社の認可を取り消して、資金提供者、スポンサーに働き
かけて資金提供を停止するように要請しよう。 内閣は即刻NHKの
血税の使用を停止するべきである。

【マスコミ隠蔽の掲示板】最新版
ttp://www.aixin.jp/axbbs/kzsj/kzsj4.cgi

[国政に対する要請書]はこちらからどうぞ。
http://www.aixin.jp/ysk.cgi

PS:
【政治】「婚外子」規定違憲で民法改正案提出へ! 創価学会党「法改正を急ぐべき」 ttp://www.hoshusokuhou.com/archives/31597092.html
普天間基の辺野古移設を請願する署名に、ご協力お願い致します。
辺野古移設署名 受付サイト
ttp://xn--7orqdx73k5teo2os7howd.com/
中山なりあきさんのサイト ttp://nakayamanariaki.com/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid=92
詳細は
http://nippon-end.jugem.jp/?eid=4482#comments
2013/10/25(金) 22:04 | URL | 愛信 #EBUSheBA[ 編集]
日本国民一致団結!【必見動画】
今日、恥ずかしながら今まで良く知らなかった三島由紀夫氏の事を調べていたら次のような動画に出会いました。


安倍晋三という人物を担ぎ、日本国民一致団結して支えていく必要があると改めて感じさせられました。

この記事を見て、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らを、時代時代に現れる英傑の一人として語っているように、後の日本では安倍晋三がその一人に加えられる様にしていくことが、日本が正しい方向へ向かう道だと思われます。

近頃、安倍総理を腰抜けだとか、中韓米などに媚びているなどと触れ回り、保守層の離間工作をしていますが、少しでもそう感じている方が居るならば、一度は見ておくべき動画だと思います。

安倍晋三『約束の日』と三島由紀夫『果し得ていない約束』http://www.youtube.com/watch?v=JTSRo64PwdQ
2013/10/25(金) 22:42 | URL | 愛国日本!反日撲滅! #-[ 編集]
No title
すばらしい記事をありがとうございます。
読んだ後、(^o^)ニッコリ してしましました。

いまの教科書には、書けないのでしょうか?
それとも、戦前の教科書にも書いていなかった?
最近の研究で分かった? などなど
疑問に思えて来ますが・・

しかし太閤秀吉はすごい!先人はすばらしい!
日本万歳!

もし秀吉が総理なら、今の東アジア情勢を
どう見るんだろうな・・ 
2013/10/25(金) 23:05 | URL | 桃太 #qcPysqvc[ 編集]
No title
文禄初期は当然として、交渉期間、慶長の役を通じても
秀吉軍の勢力範囲に朝鮮人たちが逃げ込んで農耕をしたり、
朝鮮人商人&朝鮮民衆とが日本人商人と商売をしたりと
秀吉軍勢力地で活動する朝鮮人民衆の姿が、
当時の朝鮮の記録に記されています。
http://town.zaq.ne.jp/u/es1772329/i5eiffcerk3c2n

そして朝鮮人と左翼が「日本軍の残虐性」のみを
強調する慶長の役にも 日本軍に味方する村々や人物がいたと朝鮮の記録に記されています↓
http://town.zaq.ne.jp/u/es1772329/i5eiffcgggz3w9

普通に手に入る一般書籍では、
まず載せられることのない内容です。
2013/10/26(土) 02:40 | URL | 青空 #-[ 編集]
南米の人種構成
ペルーやボリビアには純血種はいないと断言されていますが、原住民族であるインディヘナも存在しております。
2013/10/26(土) 11:26 | URL | KU #-[ 編集]
No title
>南米の人種構成
人種構成と言うからには、そのインディヘナと白人・メスチーソとの比率も提示していただけないでしょうか。
また、その国の運営はインディヘナの方々が中心になっているのでしょうか?
木を見て森を見ずのような書き方には違和感を感じます。


中学・高校で教わった日本史では、日本は世界から隔離されていたような錯覚を覚えますが、実際は周辺国やヨーロッパの植民地政策の影響を受け、それに対処していたことが理解できたように思います。
宣教師が日本に来れるというのに、また日本には金銀の鉱山も絹織物等の産業もそれなりにはあったというのに、植民地として狙われないことは確かに不思議ですね。
2013/10/26(土) 17:55 | URL | 名無しさん@ニュース2ch #-[ 編集]
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442部隊に学ぶ
小灘利春元海軍大尉の遺稿
渡邊美光上等飛行兵曹の遺稿
重き荷を背負いて 玉井浅一
六十年の時を経て届いた手紙 長田和美中尉
勝利の要諦は至誠と愛情と情熱 藤原岩市陸軍中佐
不屈の精神とユーモア 高崎弥生さん
名将、山口多聞
単騎シベリア横断 福島安正
小園安名司令−1
小園安名司令−2
戦時下のノーヒトノーラン 石丸進一
愛のかたち 快心隊隊長藤井一少佐
歴史から学ぶべきこと 広瀬武夫中佐
プロ野球の特攻隊員 石丸進一
水雷屋気質 佐藤康夫中将
ひとりでも闘う 小野田寛郎
桜花と野中五郎大佐
最後の特攻 中津留達雄大尉
大空の武士 檜貝嚢治
沖縄戦で米軍を苦しめた参謀 八原博通大佐
バックナー中将と石原正一郎大尉
慶良間の空に散る…伊舎堂用久大尉
命をかけて守る 荒井退造
会ひたい無性に 穴沢利夫大尉
東条英機閣下の遺書
最後の海軍大将 井上成美
清廉至誠の武人 伊東祐亨
日本人という生き方 醍醐忠重海軍中将
街のサンドイッチマン
二二六事件と阿南大将の訓話
特攻せず。芙蓉部隊美濃部正少佐
二人の撃墜王、坂井三郎と笹井一
軍神西住戦車長
永野修身元帥閣下
橘中佐と遼陽会戦
相花信夫少尉の遺書
ルーズベルトニ与フル書 市丸利之助中将

≪大東亜戦争≫
日本が戦った意味
ちいさくても強いサムライ
戦前の東亜
硫黄島の星条旗と日章旗
硫黄島の日章旗
花嫁人形
開戦の詔勅と終戦の詔勅
終戦の詔勅を読む
大東亜戦争に勝利した日本
日本に手を出した国は、必ず滅びる
大義のために戦った日本
12月8日を記憶せよ
大東亜戦争に関する各国の評価
日本の再生こそ世界を救ふ
公正な世界を目指して戦った日本
日本兵の手紙 ■
玉砕までして戦った理由
英霊たちが守ろうとしたかけがえのないもの
ハーグ陸戦条約
植民地支配への戦い
腰の軍刀は竹光か
バシ―海峡の慰霊
戦没者の遺書
インパール作戦とパル判事
インパール作戦のこと
五族協和を目指した満洲国
南京の攻防
体験的歴史の真実
B-29との戦い
サンフランシスコ条約と日本
伊58潜水艦と原爆のお話
駆逐艦「雪風」の幸運
ケネディと駆逐艦「天霧」
終戦記念日における政府談話、日心会草案
広島市平和記念式典で読まれない もう一つの平和宣言
白梅の少女たち
特攻とテロリズム
三ヶ根山殉国七士廟
真の近現代史観
塹壕で母は生まれた
勝てた戦争
特攻隊員の思い
橋の上のホラティウス
張作霖と満州のお話
インパール作戦とパル判事
インパール作戦 続き
■満州従軍看護婦実話
(1)集団自決
(2)南新京駅
(3)青葉慈蔵尊
小町園の悲劇
大川周明 米英東亜侵略史
広島と長崎に落ちた原爆は種類が異なる
無条件降伏という国際的詐欺に騙され続ける日本
南の島に雪が降る
8月9日のソ連軍侵攻で起こったこと
女性の乗った特攻機 神州不滅特別飛行攻撃隊
パンプキン爆弾
ドクター中松氏の日本は負けていない
大東亜戦争開戦前の御前会議
真珠湾攻撃と人種差別
大艦巨砲主義
■戦陣訓を読む
(その1)
(その2)
(その2)
日米戦争の原因
ひうらさんの思ひ出
戦前という時代と新しい未来
支那事変は支那が起した
種類の異なる原爆
長崎へ投下された原爆の当初目標地点は北九州市


≪戦記≫
日本とパラオ歴史を超えた友情
エクゼターとエンカウンター
義和団事件とコロネル・シバ
アロハ・オエ
アッツ島の戦い
グアム島の戦い
タラワ・マキンの戦い
拉孟の戦い
騰越の戦い
占守島の戦い(1)ニチロの乙女たち
占守島の戦い(2)士魂戦車隊
回天の志
回天・後日談
戦艦大和出撃のメッセージ
勇敢で高潔で誰からも好かれた日本軍人
三宮事件 ■
日清戦争 ■
日露戦争 亡くなられた方の気持ち
日露戦争の勝利はアジアの偉大な救い
日本軍の蛮行 デビンティンギ事件
戦争の体験談
第二次上海事変
■南京攻城戦 (1)南京戦まで
(2)城内突入
(3)城内敗残兵掃討
(4)国際安全区内敗残兵掃討
石頭予備士官候補生の戦い
沖縄の二人の知事 泉守紀と島田叡
セヴァストポリの戦いと旅順要塞戦
天誅組に学ぶ、尊王攘華、尊王攘韓
サイパンの玉砕戦(1)
サイパンの玉砕戦(2)
アンガウルの戦い
ビアク島の玉砕戦
キスカ島撤退作戦
赤トンボの戦い
通州事件1
通州事件2
通州事件3
尼港事件
済南事件
奉天駅前事件
廊坊事件
通化事件に学ぶ国を失うことの過酷
ソ連南下と真岡郵便電信局事件
ノモンハン事件
盧溝橋事件
リットン調査団
重慶空爆
満洲国開拓団の殉難
沖縄の集団自殺の虚構
小野田寛郎さんが語る従軍慰安婦
南京大虐殺というデタラメ
慶長の爆弾三烈士
北条時宗と元寇
大津事件
天狗党の乱
天誅組に学ぶ、尊王攘華、尊王攘韓
刀伊の入寇と竹島
旅順要塞陥落
航空戦艦伊勢と日向の物語
久松五勇士
日清戦争のお話
重巡洋艦「熊野」の生きざま
阿片戦争と支那人の嘘吐き
二本松の戦い
この笑顔を見てほしい

おススメ記事02
≪台湾≫
台湾2・28事件
日本の台湾統治
日本の台湾統治の真実
台湾・高砂義勇隊
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≪支那≫
支那人の残虐性
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カナダの悲劇 中国移民に占拠されたバンクーバー
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華僑と植民地統治について
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≪韓国北朝鮮≫
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真の敵は国内にあり
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韓国人売春婦について
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実はプールで
日本が朝鮮にした恐ろしいこと
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≪その他の国≫
アンコール遺跡とカンボジア
ビルマの近代史
アフガンの地雷
二つのアメリカ
ハバロフスク事件
シベリアのトイレ
ウクライナ物語
地上の楽園のウソ
インカ帝国の滅亡
マサダ砦の戦いと尖閣問題
インドのジャンヌ・ダルク
セントルイスブルース
明治維新と南北戦争の不都合な関係
チベットの悲劇01
チベットの悲劇02
チベットの悲劇03
ガンデンポタン
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ブータンとダショー西岡
インドネシアと植民地統治
マレーシア国定中学校歴史教科書

≪憲法≫
日本国憲法という欺瞞
日本国憲法を否定せよ
Made in Occupied Japan
歴史的に無効な憲法の破棄を
二つの日本
北方領土と我が国主権のお話

≪教育を考える≫
愛国心を育てよう
教育における「父性」ということ
ボーイスカウトと郷中教育
仁徳天皇陵を大仙陵と呼ぶまやかしを許すな
武徳教育のすすめ
これでもあなたは日教組に子どもをまかせられますか
歴史教科書
尋常小學修身書
ねつ造史観の歴史教科書を許すな
鎌倉幕府の始まりと教科書の欺瞞
教育を変えるということ
子供達を壊す教育を許すな
堕胎と少子化問題
釜石の奇跡
母と子
「いじめ」雑感
大津市中学生自殺事件に思う
神話を学ぶ
神話を学ぶことの意義
歴史を学ぶことは民族の価値観を学ぶこと

≪メディア≫
やまと新聞を守れ
毎日新聞英語版のあまりにひどい報道
マスコミが反日になっている理由
反日キャスターを許すな!
反日主義者たちの陰謀

≪反日左翼≫
国鉄と鉄道公安官
夢の超特急「あじあ号」
弾丸列車と戦後左翼の利権
国連という名の欺瞞
白旗の少女
プラスの言葉
反日左翼工作員にみられる共通の特徴
野麦峠と戦後左翼の欺瞞

≪核≫
核のお話2
核のお話
放射線の危険、誰が得をし誰が損をするのか
放射線は怖くない!ラッキー博士の小論文
広島の原爆被災者の記録
国賊的策謀が見えてくる
塩分と放射能
原発について
除染しなかった広島は女性の寿命が日本一

≪時事≫
尖閣を守れ
日本人が知らない資源のお話
750兆円の国家財源
最高の景気対策は国防にあり
地方行政とゴミ処理問題
小学生の妊娠
自国の防衛は自国で
日教組に立ち向かえ
外国人参政権
政治資金規正法
竹島問題の真実
夫婦別姓などもってのほか!
子供手当が在日外国人の母国に残した子供にも出る?!奴らを許すな
「日本派」の政治家
中国産新型エイズの恐怖
口蹄疫問題に関する衆議院の質疑の模様
口蹄疫は韓国の陰謀という噂の真相を問え!
尼崎児童暴行事件
売国土下座外交のウラ
都民の100人に1人が中国人
あなたの隣に中国人が。それでもいいですか?
すべては私たちの選択にかかっている
支那人に買い占められる日本の水
尖閣問題と国益
尖閣問題と琉球共和国
尖閣領域の中国漁船問題に思う
いまと似ている通州事件前夜
口蹄疫はまだ終わっていない
子宮頸ガンとセクシュアルデビュー
在日支那人の取締りを強化せよ
神社が燃やされている
沖縄県平和祈念資料館の展示見直しを要請する
被災地で頑張る自衛官
ヒゲの隊長大震災を語る
復興は将来世代のために最良のものを
電力一律削減は日本の産業を壊滅させる
悪質書き込みは即賠償
人権救済法案はた日本人差別法案
大雨と公共工事のお話
トルコ地震に寄せて
TPPは日本を崩壊させる
八重山地区歴史教科書問題
近未来の物語
思い切った良質の公共投資で景気回復を
客船コスタ・コンコルディア号転覆事故に思うこと
地方主権論は国を滅ぼす
日本の防衛は日本の手で
景気復活の要諦は日本の心を取り戻すこと
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支那、韓国の本音
埋蔵資源と軍事力 総額200兆円の財政出動のこと
野田総理の尖閣買取発言は売国発言
片山さつき先生を守れ
民主党の猿芝居に騙されるな!
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日本が強くなることが世界を守る
日本のアイデンティティを守れ
支那の蛮行
支那の抗日デモ

≪コラム≫
天壌無窮の神勅
天皇人間宣言という言葉のまやかし
持てる力のすべてを未来への建設に傾けて
帝国日本を語り継げ
保守は No War !!
動物農場
世界に誇る縄文文化
漆と縄文文化
巨視的に見る
縄文人と渡来人の相克
世界四大文明の嘘
中国四千年の歴史という馬鹿げた妄想
魚沼産コシヒカリ物語
小麦のお話
小麦のお話2
大豆と満洲のお話
歴史に対する姿勢
伝書鳩物語
軍艦島のお話
新しいこの国のカタチのために
たった一度の敗戦で日本を失ってはならない
ブログの拡散効果
消えた歴史
日本の未来の枠組み
日本再生のために民度の向上を
元来日本社会は窮屈、でも窮屈ゆえに安心
「理論」と「心」と「都合」のお話
正しい万歳
近世のニッポン
伊勢神宮の式年遷宮
夏の怪談
文化は武器より強し
ヤプー人の伝説
犬種と人種
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国連という名の欺瞞
石原莞爾「最終戦争論」を読んでの所感
石原莞爾「最終戦争論」
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マイセンのスープ皿
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相貌認知
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日本を取り戻そう 鄭春河さんの遺稿
鄭春河先生の遺稿2「日本同朋へ」
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父祖が築いてくれた国、日本
敵に警戒されるのは、正しいことをしている証拠
今年もお世話になりました
壬辰の年
鏡は化我美
誠と義
五常の徳
徳の概念と諱(き)の概念
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反日宣伝と日本人の対応
愛国心を涵養する名言集
河本準一と生活保護
通り魔殺人と日本の自殺
アイデンティティの形成
ダイエット飲料を飲むと太る
女子高生コンクリート詰め殺人事件に思う
日本の秘密をばらしたら
大麻と国益のお話
秀吉の朝鮮出兵
大切にしたい日本の四季
おハシと神代文字
東郷さんの檄文
西欧の保守主義と日本の保守主義
あるレジ打ちの女性
ライオンキングと日本人へのメッセージ
源平桃と壇ノ浦の戦い
美人画
うま味と日本人
トイレが個室であることの幸せ
外交は言うべきことを言うのが大事
野蛮人
七福神と大黒様
超空の要塞を倒せ!
インドとビルマの声
ザビエルの言葉


(2012/9/20記事までを掲載)
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いつもたくさんのコメントをいただき、ありがとうございます。
ほんとうに皆様のコメントが、とっても嬉しく、かつありがたく拝読させていただいています。

議論というものは、すくなくともこのブログのコメント欄が、国政や地方自治、あるいは組織内の意思決定の場でなく、自由な意見交換の場であるという趣旨からすると、互いに互譲の精神を持ち、相手を尊敬する姿勢、ならびに互いに学びあうという姿勢が肝要であると存じます。

私は、相手に対する尊敬の念を持たず、互譲の精神も、相手から学ぼうとする姿勢も持ち合わせない議論は、単なる空論でしかなく、簡単に言ってしまえば、単なる揶揄、いいがかりに他ならないものであると断じます。

ましてや、自分で質問を発したものについて、それぞれお忙しい皆様が、時間を割いて丁寧にご回答くださった者に対し、見下したような論調で応対するならば、それは他のコメントされる皆様、あるいは、それをお読みになる皆様にとって、非常に不愉快極まりないものとなります。

従いまして、謙譲・互譲・感謝、そして学ぶという姿勢のない連続投稿、粘着投稿に類する投稿をされた方については、以後のコメント書き込みを、管理人である私の判断で投稿の禁止措置をとらせていただきますので、あしからずご了承ください。
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国史研究会 代表
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