16日間に及ぶ米政府機関の閉鎖が10月17日朝(米東部時間)に解除されてから約1週間――。米国内総生産(GDP)の押し下げなど、さまざまな爪痕が残った。
まず、雇用への影響だ。首都ワシントンのホテルやレストランは、売り上げ減に泣いた。ホワイトハウス近辺の一流ホテルのなかには、特に週末ともなると、通常は1泊400ドル(約3万9000円)近い宿泊料を100ドルちょっとにまで下げる所もあり、旅行手配サイトに並ぶ大幅ディスカウント料金を見て目を疑った。
ワシントンと並んで政府職員が多い東部メリーランド州では、州知事がスープキッチンなどを視察したところ、政府機関関係の仕事に携わる人が一家で訪れている光景に出くわしたという。
「自由の女神」がそびえる国立公園リバティ島は、ニューヨーク州政府が運営費を肩代わりすることで13日に再開したが、閉鎖により、島で売店や飲食サービスを手掛ける小規模企業の従業員など、110人が一時解雇の憂き目に遭った(地元経済紙『クレインズ・ニューヨーク・ビジネス』)。
低所得層の妊婦や産後の女性、乳児や5歳までの子供たちを対象にした「女性・乳児・児童向け栄養強化計画(WIC)」でも、連邦政府から州政府への補助金が凍結。米農務省(USDA)が州に対し、前年度の未使用予算を返金せずに使っていいとする特例を発表したり、プール金が尽きた州に緊急一時金を提供したりする事態に追い込まれた。
国家の麻ひを民間が補う米国の「自助精神」を見せつけられる一幕もあった。テキサス州在住の元ヘッジファンドマネジャーで現在は篤志家の若手男性とその妻が、米保健福祉省(HHS)傘下の低所得層未就学児童向け教育プログラム「ヘッドスタート」の再開に1000万ドル(約9億7000万円)をポーンと寄付したのだ。
一方、中でも深刻な影響を及ぼしたのが、国立衛生研究所(NIH)の閉鎖だ。同機関では毎週、がん患者を中心とする、子供30人を含む200人を臨床試験の新規対象として受け入れているが、閉鎖中は、この数が激減。小さな女の子を持つ末期がん患者、ミシェル・ラングベーンさん(30)が、閉鎖で受け入れ可否の答えを引き延ばされ、政府機関再開を求めて15万人超の署名を集めた話には全米が胸を打たれた。最終的に受け入れ許可は得られなかったが、その女性はABCニュースに対し、政府機関再開により、ただでさえ大きな心身の負担を抱えるがん患者の人たちから1つ重荷が減ったことがうれしい、と語っている。
「要は、勝ち負けではなく、命を救うことだ」(ラングベーンさん)
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今回、閉鎖による「負け組」は、オバマケア(米医療保険改革法)撤廃に固執するティーパーティー(茶会)系の保守派議員に振り回され、大きく支持率を落とした共和党だという声が優勢だ。一方、「勝ち組」は、不退転の覚悟でオバマケアを死守したホワイトハウスと民主党だという報道が目立つ。
しかし、「誰が米国の政治的『勝者』で誰が『敗者』かなど、世界の国々にとっては、どうでもいいことだ」。第1次クリントン政権下で大統領経済諮問委員会委員長を務めたローラ・タイソン氏(現カリフォルニア大学バークレー校教授)は、17日朝にワシントンで開かれたシンポジウムで、司会者の質問をこう一蹴した。「だが、世界経済において、米国がメンツを失ったのは間違いない」
失ったのは、対外的な面目だけではない。政治家に対する有権者の怒りや失望、不信感も、かつてないほど高まっている。米世論調査会社ギャラップが10月9日に発表した統計によれば、「米国が直面する最も重要な問題は、経済や雇用よりも機能不全の政府だ」と答えた人は33%に上り、74年ぶりの高い率を記録した。
共和党のテッド・クルーズ上院議員(テキサス州)など、オバマケア撤廃の急先鋒(せんぽう)として、民主党との徹底抗戦を主張した茶会系議員も、急速に支持を失っている。米民間世論調査機関ピュー・リサーチ・センターの最新調査(10月16日)によると、ティーパーティーを「好ましくない」と考える人は、今年6月の45%から4ポイント増えて49%に上昇。「好ましい」とみなす人は、37%から30%へと落ちている。
中でもティーパーティーへの見方が激変しているのが、穏健派とリベラル派の共和党員だ。「好ましい」とみるのは、わずか27%と、4カ月間で19ポイントも急落した。
こうした状況に危機感を募らせ、マコネル共和党上院院内総務は17日、「オバマケアをめぐって政府機関が閉鎖することは、もうない」と米政治紙に語ったが、クルーズ議員は、次回の交渉(暫定予算と債務上限引き上げの期限は、それぞれ来年1月15日と2月7日)でも妥協する気配はない。
そもそも、デンマークと並び、公的債務上限の引き上げに議会の承認を必要とする数少ない国として知られる米国では、デフォルト(債務不履行)論議は、共和、民主両党にとって、格好の「政争の具」だ。法定上限がない日本と違い、承認の必要性が債務膨張に歯止めをかける効果も期待できる。とはいえ実際は、デフォルトを人質に取って与党から妥協を引き出し、自党の党是を通すための戦略として用いられることが多い。
「米国債の発行限度に反対することは、魅力的な政治手段だ」。ニュースクール大学(ニューヨーク市)で公共政策学や経済学を教えるリック・マクギャヘイ教授は、デフォルト期限の17日を前に、同大学でのシンポジウムで、こう説明した。同教授は、米上下両院合同経済委員会の事務局長を務めたこともあり、議員との折衝で苦労した経験を持つ。
現在は、共和党が多数派を占める下院から猛攻を受けるオバマ大統領だが、マクギャヘイ教授によれば、ブッシュ前政権下の06年、当時上院議員だったオバマ氏も、イラク戦争に反対するため、戦費の予算計上に異を唱(とな)え、デフォルト・カードを切ったことがある。
「当時、オバマ氏は、『上限引き上げは米国を脆弱(ぜいじゃく)化する』と、一大演説をぶった。中身だけ聴けば、まるで共和党だ」と、同教授は言う。債務上限は、便利な「whipping boy(身代わり、スケープゴート)」だとしたうえで、「実際には、(与党を)脅してデフォルトに持ち込もうなどと考える議員はいない』」
そうは言っても、「ねじれ議会」の下で、デフォルトの期限が近づくたびにハラハラさせられる有権者や市場関係者のストレスは相当なものだ。ギャラップ社の調査(10月11日付)では、民主党と共和党が、国民の代表として、お粗末な仕事しかしていないとし、「主要な第3党」が必要だと考える人は60%に達している。
今年の春に米航空宇宙局(NASA)を引退し、環境保護活動にまい進する著名科学者、ジェームズ・ハンセン氏も同意見のようだ。5月に発表した論評で、温暖化や経済など、本来取り組むべき問題に対処せず、「自己の延命」にきゅうきゅうとする政治家や議会、主要政党を批判。「中道派の第3政党」が必要だと訴えている。
野党不在で、いまだに二大政党制が根付かず、第3極も風前のともしびのニッポン。かたや金属疲労が進む二大政党制の下でワシントンが二極化、今や三大政党時代の到来が待たれる米国──。有権者の苦労は尽きない。
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肥田美佐子 (ひだ・みさこ) フリージャーナリスト
東京都出身。『ニューズウィーク日本版』の編集などを経て、1997年渡米。ニューヨークの米系広告代理店やケーブルテレビネットワーク・制作会社などに エディター、シニアエディターとして勤務後、フリーに。2007年、国際労働機関国際研修所(ITC-ILO)の報道機関向け研修・コンペ(イタリア・ト リノ)に参加。日本の過労死問題の英文報道記事で同機関第1回メディア賞を受賞。2008年6月、ジュネーブでの授賞式、およびILO年次総会に招聘され る。現在、『週刊東洋経済』『週刊エコノミスト』『ニューズウィーク日本版』『プレジデント』などに寄稿。ラジオの時事番組への出演や英文記事の執筆、経済・社会関連書籍の翻訳も行う。翻訳書に『私たちは"99%"だ――ドキュメント、ウォール街を占拠せよ』、共訳書に 『プレニテュード――新しい<豊かさ>の経済学』『ワーキング・プア――アメリカの下層社会』(いずれも岩波書店刊)など。マンハッタン在住。 www.misakohida.com
肥田美佐子のNYリポート バックナンバー
・廃虚と化したデトロイト(後編)─交通手段の消滅が貧困を加速
・廃虚と化したデトロイト(前編)─銀行の住居差し押さえが打撃
・シリア攻撃に反対する9・11テロの遺族─米国の反戦ムードを象徴
・シカゴ連銀上級副総裁に聞く─労働市場の改善には時間がかかる
・国連科学委議長に聞く(後編)=小のう胞と甲状腺がんの関係は未解明
・国連科学委議長に聞く(前編)=低線量被ばく論議はさらに半世紀続く
・米サンオノフレ原発が廃炉を決定―福島の教訓で変わる米原発事情
・米専門家「小さいが発がんリスクある」―影響なしとの国連原発調査受け
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