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~検証 三鷹ストーカー事件~
犠牲になったのは、女優を志していた女子高校生でした。
今月(10月)、東京・三鷹市で起きた、ストーカー殺人事件。
逮捕されたのは、待ち伏せや脅迫行為を繰り返していた、元交際相手でした。
悲劇は防げなかったのか。
専門家は、今回のストーカーの危険度は、最高レベルに達していたと指摘。
しかし、事態の深刻さは見過ごされ、警察が相談を受けたその日に、事件は起きてしまったのです。
ストーカー対策の専門家
「最悪の事態を想定することができなかった。」
迅速な対応を迫られる警察。
警察官
「マルガイ(被害者)の家付近に来ましたので、伝えとってください。」
ストーカーの危険度を客観的に判定し、未然に被害を防ごうという取り組みも始まっています。
「つぎコイツかなとにおわす部分があれば、もう警告ではなく“必検挙”でお願いします。」
どうすれば、差し迫るストーカーの危険性を見抜けるのか。
再び起きてしまった悲劇から考えます。
今月12日に行われた、女子生徒の告別式です。
悲劇を防ぐことはできなかったのか。
事件当日、女子生徒は両親と共に、地元の三鷹警察署を初めて訪問。
両親同席のうえ、1時間半にわたって、ストーカー被害の相談をしていました。
その内容には、事態の危険性を見抜く重要なポイントがいくつもあった、と専門家は指摘しています。
長年、ストーカー被害の相談に応じてきた、NPO代表の小早川明子さんです。
注目したのは、池永容疑者から今年(2013年)の春に送られていたメッセージです。
「俺は死ぬぞ」という伝言。
さらに、「もう一度つきあわないと写真をばらまく」と脅迫するような内容でした。
NPOヒューマニティ 理事長 小早川明子さん
「『俺は死ぬ』とか、相手に対して過度な要求をしだすんですよ。
こういう自罰の気持ちを被害者に持たせる。
相手を苦しめて、振り向かせる。
私は『デンジャー』だと思いますね。」
小早川さんが、およそ800件のケースから、加害者の言動や、その後の経過を分析し、独自に作成したストーカーの危険度です。
話し合いで解決できる場合もある“リスク”。
1人では、もう解決できない“デンジャー”。
ただちに避難が必要な“ポイズン”。
池永容疑者の危険性は、脅迫のメッセージを送った時点で、2段階目まで上がっていたとしています。
NPOヒューマニティ 理事長 小早川明子さん
「そこでは一対一では、とても解決できる状況ではありませんので、第三者が介入をしてあげるというのが必要なことです。」
さらに重く見たのは、女子生徒が携帯電話の着信を拒否したあとの池永容疑者の行動です。
着信拒否から4か月たった、今月。
京都に住んでいる池永容疑者が、二度にわたって女子生徒の自宅近くに現れたのです。
小早川さんは、この時点で、池永容疑者の危険性は、最も深刻なレベルにまで達していたと指摘。
警察に相談に来た時には、ただちに女子生徒の安全を確保しなければならないほど、切迫した状態だったと見ています。
しかし、警察は差し迫った危険はないと判断し、その日は、女子生徒を家に帰してしまったのです。
NPOヒューマニティ 理事長 小早川明子さん
「ここまで来たということは最終局面なんだ、という認識で相談を受ければ、時間がないということは、たやすく想像できます。
最悪の事態を想定することができなかったのが、とても悔やまれるところです。」
警察が、判断の理由の1つとして挙げているのが、両親と女子生徒の意向です。
口頭や文書での警告は求めたものの、検挙に、ただちにつながる刑事手続きまでは望んでいなかったというのです。
こうした判断を、被害者や家族がすることの難しさを痛感している人がいます。
去年(2012年)11月、神奈川県逗子市で起きたストーカー殺人事件で、妹を亡くした男性です。
殺害された三好梨絵さん。
犯人は、元交際相手でした。
男性は、妹から被害の相談を受けていましたが、深刻さに気付くことができなかったと、今も自分を責め続けています。
妹を殺害された男性
「ストーカーにあっていたのは知っていたんですけど、嫌がらせを受けているという認識に過ぎなかった。
SOSを発していたはずなのに。
具体的にどうすればいいんだろうと、そればっかりを考えていますね、今でも。」
どうすれば、同じような被害を防ぐことができるのか。
男性は、過去の事件や文献を調べ、考え続けてきました。
被害者や家族に最終的な判断を委ねるのではなく、警察が、より積極的に対応してほしいと考えるようになりました。
妹を殺害された男性
「当然(ストーカー被害の)経験はないことなので、これまでの経験から、これは危ないという判断は被害者側、被害者家族にはできないと思う。
警察のほうから『だったら、今すぐ逃げてください』、『すぐにパトロール行きます』とかですね、そういうことを、むしろ警察から申し出て、より一層、対策をとってくれるようにしないと、やはり守りきれないのかなと思います。」
これまで、事件が起きるたびに、ストーカー対策を強化してきた警察。
警視庁は、今回の事件を防げなかったことについて、検証を進めています。
警視庁生活安全総務課 山口寛峰課長
「事前に警察に相談をいただいていたにもかかわらず、被害者の方の命を救うことができなかったということについては、大変重く受け止めているところです。
被害者の身に迫る危険性や、切迫性といったものについて、どのように把握し、どうしたら被害を防げるのかについて、今後、真摯に検討し、対策に生かしてまいりたいと考えています。」
●繰り返されるストーカー被害 周囲の認識があるのに、なぜ?
やはり、こういうのは別れたあとに起こるわけですけれども、多くの人たちが、本人も含めて、恋愛がうまくいかなくなったというふうに判断しがちだと思います。
そのために、例えば、つきまといがあったり、いろんなメールが来たとしても、恋愛を続けたいから、そういうことを行っている。
つまり、個人的な出来事だというふうに、社会や周りも、本人も考えてしまいがちだと思います。
例えば、最近ですと、ソーシャルネットワークですね、フェイスブックとかブログなどがあります。
そういう手段というのは、本人が、その相手方に向けてメッセージを送ってなくても、相手方は、自分に対してメッセージを送ってもらったんだというふうに勘違いしやすい、そういうツールではないかというふうに思います。
そういう意味では、ますます別れたということ、別れるということと、別れていないということの区別が、ストーカーをしている本人には、つきにくい状況になっているのではないかと思います。
●ストーカー行為を受ける本人も、危険性を過小評価してしまう?
やはり危険、例えば、行為自体がとてもささいなことというか、大きなことではないので、本人も大きな危険があるというふうには、なかなか見ることは難しいと思います。
例えば、こういう被害を受ける人たちというのは、10代、20代であったり、あとは元交際相手から、というのが多いわけですけれども、そういう人たちから何かがあったとしても、それが、とても重大な被害につながるというのは、なかなか認識しづらい状況にあると思います。
(恋が一気に凶悪犯罪になりうる、そうした危険性を持っているという認識を、もっと持たないといけないということ?)
そうですね。
ストーカー被害者の自宅周辺で、警戒にあたる兵庫県警。
危険性が高いと判断した場合は、捜査員が即座に現場に急行します。
捜査員
「マルガイ(被害者)の家付近に来ましたので、伝えとってください。」
対策を強化したきっかけは、14年前のストーカー殺人事件。
被害者の20歳の女性から相談を受けていたにもかかわらず、犯行を防げなかったのです。
兵庫県警は、どう対応しているのか。
神戸 水上警察署 巡査部長
「どうぞ、こちらになります。」
僅かな危険も見逃さないよう、相談には可能なかぎり、被害者と同性の警察官が応じます。
神戸 水上警察署 巡査部長
「この部屋は個室になっていて…。」
被害者と個別に対面し、他人に話しにくい事情も打ち明けてもらえるよう配慮しています。
神戸 水上警察署 巡査部長
「こちらがストーカーチェック表、兵庫県警独自で使われているもの。」
相談を受ける際に使用する、専用のチェックシート。
およそ1,000件の相談の事例を分析して、作ったものです。
“つきまとい”、“自殺をほのめかす”など、ストーカー行為の危険性や頻度加害者の性格に至るまで、44項目にわたって、細かくチェック。
それぞれ点数化し、危険度の高さをA、B、Cの3段階で判定する仕組みです。
神戸 水上警察署 巡査部長
「自分の主観で『これは危険やな』とか、そういったものになってしまうが、基本的に主観では分からない、危険性というのは。
客観的に危険性を判断できる。」
危険度が最も高いAであれば、ケースによっては、相談を受けたその日に避難させることもあります。
BやCでも、定期的に電話をかけるなど、安全の確保に努めます。
神戸 水上警察署 巡査部長
「いつもの近況確認で、お電話かけさせてもらいました。」
この日、電話をしたのは、危険度がCと判定された被害者の女性。
神戸 水上警察署 巡査部長
「最近、変わったことあります?
(離婚した)旦那さんとは別居状態ですね?
まだ会っている状況ということですか?」
加害者である元夫とは接触しないようアドバイスしていましたが、面会を強要されていたことが分かりました。
神戸 水上警察署 巡査部長
「基本的に第三者を介して、直接は会ったりしないようにしてください。
緊急の場合は、110番をお願いします。」
さらに、危険の見落としはないか、県警本部でも二重にチェックしています。
専門の捜査員を集めた、ストーカーの対策室です。
各警察署から送られてくるチェックシートを、詳しく分析します。
気になる点があれば、警察署の担当者にすぐに連絡。
捜査員
「お疲れさまです。
ストーカー・DV対策の秋山です。」
この日、対応したのは、元交際相手からストーカー被害を受けながら、被害届の提出は、ちゅうちょしている女性のケースでした。
身に危険が迫っていながら、本人が、そこまで認識していないと判断。
危険度の判定をBからAに上げてただちに対応できる態勢を取るよう指示しました。
捜査員
「もう書面警告とかではななく、“必検挙”ということでお願いします。」
兵庫県警 ストーカー・DV対策室 表西時男課長補佐
「危険性を過小評価されている場合は、状況によってですけど、被害者を説得したりして、重大事件に発展しそうな要素を、もれなく聞いて的確に判断していくのが、非常に重要なことだと考えています。」
増加し続ける、ストーカー被害。
アメリカでは、今、社会全体で対応しようという動きが広がっています。
先週、全米で、ストーカー対策に取り組むNPOが開いたセミナーです。
警察関係者に加え、被害者支援団体のメンバーや医療関係者など、およそ40人が参加しました。
24年前、若い女優がストーカーに殺害されたことを機に、対策を強化してきたアメリカ。
この日、三鷹の事件についても取り上げていました。
「このような記事を見ると、私は本当に腹立たしくなります。
日本で、高校生の鈴木さんが犠牲になってしまいました。
警察の対応は、どうだったのでしょうか。」
セミナーでは、警察だけに任せずにストーカー対策を進めている、シアトルの事例を紹介しました。
ポイントは、周囲が連携して被害者を守ることです。
もし、ストーカーが近づくなど、危険を認識すると、学校や職場などが、ただちに被害者支援団体や警察に連絡。
たとえ本人に危機意識がなくても、未然に被害を防ごうとしているのです。
全米犯罪被害者センター ストーキング・リソース・センター ミッシェル・ガルシア ディレクター
「周囲の人たちで、被害者の周りに“繭(まゆ)のような安全網”を築くのです。
危険を察知する目が多ければ多いほど、早めの対策が可能になり、被害者を守ることができるのです。」
●兵庫県警の取り組みのような態勢は、どこまで広がっている?
山野記者:警察署の対応を本部が補う態勢というのは、全国的に行われています。
一方、このチェックシートですが、実は兵庫県警と同じようなものは、警視庁をはじめ、複数の警察本部で、試験的に導入されたことはあったんですが、本格的な導入には至っていません。
というのもストーカーの形態は多様化していて、必ずしもチェックシートだけでは対応しきれないという声が現場から上がってきたためなんです。
警察庁では、チェックシートを、より実態を反映できるものに改良し、今年度中に、全国で本格導入したいとしています。
●ストーカー対策 レベルアップに向けての鍵は?
山野記者:やはり被害者から、どのように被害の実態を引き出し、危険性を正確に、いかに把握できるかというところになると思います。
そういう意味で、今回の相談の在り方というのは1つ、ポイントになると思います。
今回は両親同席のもと行われて、女子生徒から個別に聞き取るということは行われなかったんですね。
女子生徒は交際時のことなどを、親の前ですべてを話すことは難しかったとも考えられますし、本当の危機感を伝えきれていなかったおそれがあるからです。
三鷹警察署では、切迫性がないと判断した結果、署全体で情報共有がされていなかったんですね。
仮に警察署全体で対応していれば、パトロールをすぐに行うですとか、あるいは、被害者を保護するという選択肢が取られていた可能性もあったと考えられます。
危険性を素早く、的確に見抜くため、相談担当者のスキルをアップするとともに、組織として対応するための態勢作りも課題となってくると思います。
●ストーカー対策 警察に求められるものとは?
後藤さん:おっしゃるように、専門機関である警察が今、いちばん、いろいろ期待をされていると思いますが、私が大切だというふうに思うのは、今回もそうですけれども、被害者の意思にどれだけ沿った対応をするかということだと思います。
やはり危険があまり高くない時には、被害者の意思を尊重するというのは正しい方向だと思いますけれども、危険がこれだけ高くなっていた時に、被害者の意思を聞くということ、そして、それに基づいた対応をするというのは、専門機関としての警察が正しかったかどうかというのは、かなり問題があると思います。
●危険性の判断 警察にも限界があるのでは?
後藤さん:そうですね、例えば、警察が的確に危険性を判断したとして、そして、パトロールしたとしても、その安全が確保できる可能性というのは、やはり、そんなに高くない場合もあると思います。
いちばん大事なことは、例えば、最初に相談した人が、どれだけ危険なのかということを判断するという知識を持っていることだと思います。
(最初に相談というのは?)
例えば、女子高生の場合であれば、お友達であったり、あとは親御さんであったり、学校であったり、先ほどシアトルの例でありましたように、周りの人たちが、ちゃんと危険性を判断していれば、本人が、たとえ危険性を十分に判断できなくても、警察に行こうよ、一緒に行こうよということを言えるということが大事なのではないかと思います。
●ストーカー対策 時間が鍵
後藤さん:やっぱり支援のためには、一定の時間が、やはり必要になると思います。
そういう意味では、警察も早く来てほしいというふうに言っていることが多いと思います。
早く来るということによって、リスクが減るんだということを、やはり認識して、警察になるべく早く行くということを、とりあえずは考えていくことが必要ではないかと思います。
(ストーカー行為というものが、命に関わる危険な事件につながりうるいう共通認識が、いかに大切かということ?)
やはり教育の場でもそうですし、いろんなところで、メディアでもそうですけれども、危険な行為であるということを認識して、そこから、いろんな政策を作っていくということが必要ではないかと思います。