メモ帳の片隅:/10 「戻りたい」持ち出されても /福島
毎日新聞 2013年10月24日 地方版
国や市よりも住民の方が筋が通っていることがままある。当局が図表などを使って理路整然と施策を説き、住民が感情的に反発する場面はそうはない。田村市での会合で、都路住民の言葉を書き写していた時、私はメモ帳の片隅に「論理」という言葉を添えた。彼に理があると思ったからだ。
原発事故後に国が発令した「避難指示区域」の解除を巡り、当局が「11月1日が最も望ましい」と提案し、「ご自宅に戻りたい市民がおられる以上、後押ししなくてはならない」と理由を語った。
これについて、農家の男性が除染の効果が出ていない場所や、高齢のため家を再建できない事情を語り、こう締めくくった。「ただ帰りたい人がいるから解除するというのでは、納得できないんですね」
確かに、「戻りたい人がいるから」と言うなら、都路に限らず、被災市町村全てがそうだ。例えば全町民が避難している富岡町でも、1割程度は戻りたい人がいる。でも、解除は別の話だ。都路の原発20キロ圏の場合、すぐにでも戻りたい人は1、2割ほど。「戻りたい」という個人の意識や感情で規制の有り無しを決めて良いものか。それが基準になるなら、「20キロ圏」を単純に避難指示区域にした時も「逃げたい」「逃げたくない」という住民の声が物差しになったはずだが、そんな話は聞かない。2年半が過ぎた今、それを理由にされても、と首をひねる方が筋が通っている。
「戻りたい」とはどういうことなのか。かつての暮らしを取り戻したいというのが大方の住民の気持ちだろう。だが都路は以前の都路ではない。線量が高くないとしても、原発がある浜への道は閉ざされ、雇用、市場(いちば)、教育など生活圏が大幅に縮んだ。住民の多くが「帰りたい」と言わないのは、「戻る」というより「あえて赴く」地になってしまったのも一因だ。【郡山支局長・藤原章生】