IS〈インフィニット・ストラトス〉After the Days (ハルイ)
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 筆者はアンチです。原作者によって書かれたキャラクター、機体が嫌いであり、設定に至ってはおよそ小説としては致命的に思えるほどに矛盾を孕んでいる点で。
 ですので、本作は筆者が個人的な趣味で自己満足の下に、既にいくつか破綻している原作設定を再構築し、自分なりにメカ物として書いたものです。
 以上を念頭に読んでいただければ幸いです。



第1話 ルームメイト

 携帯の目覚まし時計のアラームを止め、神崎八雲はのそのそと体を起こした。いつもは特に抵抗なく朝起きられていたのだが、今日はやけに体が重い。
 寝ぼけ眼で辺りを見回すと、そこは八雲が見知った部屋ではなかった。まだ覚醒しきっていない頭で昨晩の記憶をまさぐり、やがて完全に意識が冴え、思い出す。
 ここはIS学園の寮の一室だ。
 ……ということは、慣れない布団のせいでよく眠れなかったってことか、それか、もしくは――。
 もう一つの可能性を思い浮かべ、すぐにそれを打ち消す。
 そんな筈はない。私はもう「切った」んだから。
 そう自分に言い聞かせ、八雲は洗面所に入って蛇口を捻った。その時左手首のリストチェーンに目が留まるが、視線を外し水で顔を洗って鏡を見る。寝起きの自分の顔は今まで見てきたものとは何ら変わっていない。
 大丈夫、肝心なものは何も変わってない。
 タオルに顔を埋めて再度自分に暗示をかける。顔から水気がなくなる頃には、八雲の心は完全に凪いでいた。
 洗面所を出てIS学園の制服に着替え始めた所で、同室の少女がその気配に目を覚ましたようだった。
「おはよう」
「ん~……おはよ、八雲ちゃん……」
 ベッドに手をついて体を起こそうとしながら、少女が八雲に応じた。
「あれ……ここ……」
 目やにを指で擦りながら呟く。自分と同じようなことを考えているのかと一瞬思うが、すぐにそうではないことに気づく。
「私のベッドに入ってきたんだよ。夜遅くに」
 同性とはいえその日会ったばかりの人間と同衾する気にはなれなかったので、八雲は慌てても抜けの空となったベッドに避難したのだ。
「うぁあ……ホント? ごめんね、八雲ちゃん……」
 謝りながらベッドから這い出し、セミロングの髪をボブにした小柄な少女が伸びをした。
 柊紗稀(サキ)。八雲のルームメイトで今日からIS学園の同じ一年生だ。
「私、お兄ちゃんがいるんだけど、よくお兄ちゃんの寝床に入ってたから……」
「そうなんだ」
 お兄ちゃん子か。可愛いな。
「八雲ちゃんがお兄ちゃんに似てるからかな?」
 今のほのぼのした自分の気持ちを返して欲しいと思った。
 いや、お兄ちゃん大好きの紗稀からしたら、「お兄ちゃんに似てる」は褒め言葉なのかもしれないけど。
 しかし複雑だ。
「そういえば今何時?」
「七時前。ご飯食べに行かないとね」
 全寮制だから、基本的に通学時間はほとんどないようなものだ。余裕を持って支度できる。
「着替えるから待ってて~」
「ん」
 紗稀が着替えを始め、八雲は授業の支度をする。
「そうだ、八雲ちゃん」
「何?」
「クラス対抗戦あるよね。月末に」
「ああ……あるね」
 あからさまなフリ。この時点で既に話のオチは読めたが、一応儀礼的にその続きを聞くことにする。
「それがどうしたの?」
「八雲ちゃん、出ない?」
「えー、嫌だ」
「えー……」
 割と本気で、心の底から嫌だと思いながら八雲が言うと、紗稀が落胆したような顔をした。落胆したのだろう。八雲が紗稀と出会ってからまだ丸一日も経っていないが、それだけの時間でもわかるほど、紗稀は表情とメンタルが連動しやすい人種のようだった。
「どうして?」
「紗稀は学校の定期テストは好き?」
「あんまり」
「それと同じだよ。受けなきゃいけないなら受けるけど、受けなくていいテストは受けない」
「うぅ~……」
 紗稀は呻きながら制服の着替えを終えた。
「八雲ちゃんが出たら優勝できるかもって思ったのに」
「それはわからないでしょ。他にも専用機持ちはいるんだから」
「でもないよりはあった方が確率高いし!」
「というか、何で優勝しないといけないの?」
「だって!」
 八雲の問いに、紗稀が拳を握って言った。
「半年デザートフリーパスが」
「おいこら」
「あだっ」
 ビスッと紗稀の額を小突く。
「己が物欲のために私を巻き込むつもりかな?」
 デザートフリーパスとは、優勝クラスへの景品の話だろう。
「じょ、冗談だよ」
「嘘つけ」
 でこを押さえながら紗稀が目を泳がせる。
 昨日の晩、会って間もない八雲に「私甘い物好きなんだー」と言いながらプリンをパクついていたのは誰だったか。
 柊紗稀、初対面の人間に対して迂闊過ぎではないだろうか。
「……紗稀、悪い男に捕まったらダメだよ」
 何となく紗稀の将来が不安になり、余計なお世話かもしれないと思いながら八雲が言うと、紗稀はカラカラと笑った。
「あはは。八雲ちゃん、お兄ちゃんみたいなこと言ってる」
 ……少しばかり紗稀のお兄さんにシンパシー湧いてきたな……いや、心ある人なら誰でも紗稀にこう言うとは思うけど。
「でも、誰も立候補しなかったら他薦で八雲ちゃんになると思うよ? 専用機持ちの代表候補生は全員違うクラスになってるし。だったら八雲ちゃんが立候補した方が早くない?」
「私が立候補したら、専用機がないながらも出たいと思う人が不憫じゃない?」
「それなら、もし誰も自分から立候補しなかったら私が八雲ちゃんを他薦する。それでいい?」
「それなら……」
「じゃあ決てーぃっ。約束だよ?」
「うん――」
 頷いた直後、ふと八雲は気づいた。
 問題を解決できてない……!
 いつの間にか八雲が出場しても構わないという方向に定まってしまっていた。
「八雲ちゃん。八雲ちゃんも大概チョロいよ」
 ぐうの音も出なかった。
「あ、早くしないと食堂閉まっちゃう。行こ、八雲ちゃん」
「……うん」
 意気消沈しながら八雲は紗稀に手を引かれて部屋を出た。
「もう、そんなにショックなの?」
「いや、ショックって訳でもないけど……迂闊だったなって」
「そうだね」
「紗稀に言われるのもちょっと癪」
「えー」
「デザートフリーパスとか」
「デザートだけじゃないもん。色んなIS見れるからっていうのも理由にあるもん」
「……IS、好きなんだ?」
「好きだよ。甘い物とお兄ちゃんの次くらいには」
「三番目くらいかぁ」
 また微妙だなぁ。
「個人的には、動かすより技巧の方が好きかなー。運動とか苦手だし」
「じゃあ、来年は整備科?」
「かな。そのつもり。勉強苦手だし入試もギリギリだったけど、頑張るよ」
「……うん、頑張れ」
 そんなこんな言いながら食堂に入り、八雲は和食、紗稀は洋食の朝定食を受け取って席につく。
「ご飯といえば、八雲ちゃんって料理とかできるの?」
「できるよ」
「お菓子作れる?」
「ケーキとかクッキーなら、経験あるよ」
「八雲ちゃん大好き」
「だから紗稀チョロいって」
「あと、お兄ちゃんも料理とかお菓子作り上手いんだよ。八雲ちゃんマジお兄ちゃん」
「その形容詞(?)は初めて聞いたなぁ」
「良い意味で、だよ」
「良い意味だなんてわからないよ」
「大丈夫、八雲ちゃんみたいな人って意味」
「それは私が大丈夫じゃないなぁ……にしても、本当にお兄さん好きだね。好きなタイプはお兄さんみたいな人?」
「えー、お兄ちゃんみたいな人がいなくてもお兄ちゃんがいるし」
「……そうでしたね」
「八雲ちゃんはどんな人が好み?」
「私? 私は……大人びてる? 包容力がある? っていうのかな……渋い感じの人」
「お兄ちゃんじゃん」
「紗稀、『お兄ちゃん』を便利に使い過ぎ」
「だって」
「だって、じゃありません。紗稀以外誰も意味わからないよ」
「そんなことないよ。後から『八雲ちゃんみたいな人のことだよ』って付け加えれば」
「私が渋い……?」
「格好いいよねー」
「だから私は複雑だよ……」
 紗稀と喋ってると知らず知らずの内にメンタル削られてるなぁ……。
 内心嘆息していると、食堂にやたら賑やかで国際色の強い一団が入ってきた。
「あ、織斑一夏先輩だね」
 八雲の視線の先を追った紗稀が言った。
 織斑一夏。IS学園の二年生で、ブリュンヒルデ織斑千冬の弟、生徒会副会長。世界で唯一ISを扱える男。
 そしてその周りにいる専用機持ち達。
 ISの開発者である篠ノ之束の妹であり、完成された第四世代型IS紅椿を所有する篠ノ之箒。
 イギリスの代表候補生であり、第三世代型実験機ブルー・ティアーズを使うセシリア・オルコット。
 中国の第三世代型IS甲龍の操縦者、凰鈴音。
 フランスのIS開発企業デュノア社の第二世代型量産機の改良型、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡを持つシャルロット・デュノア。
 ドイツの代表候補生にして第三世代型ISシュヴァルツェア・レーゲンを使うラウラ・ボーデヴイッヒ。
 生徒会長の更識楯無の妹で日本の代表候補生、更識簪。打鉄の改良型、打鉄弐式を操縦する。
 この七人なら国一つくらい潰せると思うと、かなりおっかない。
 ……いや、改めて見ると世界大戦の縮図みたいな集まりだな……痴情の縺れで本当にそんなことが起きかねない辺りが笑えない。
「そういえば、最近になって急に専用機持ちが増えたよね。この学園。一昨年までは一人二人だったのに、去年が七人で今年が四人? 何でかな」
「単純にあの人のせいだよ」
 八雲は一夏の方を顎でしゃくった。
「ああいう『イレギュラー』がいると、生態系は急激に変動するからね。各国が間近でデータを取ろうと躍起になって人を送り込んでくるんだよ。再来年からはまた減るね。IS学園は試作機の実験や他国のIS事情を知るには絶好の施設だけど、他所に情報も漏れるし」
「八雲ちゃん辛口……」
「事実を言ったまでだよ」
 味噌汁を啜り、八雲は揚げ出し豆腐の最後の一口を口に放り込んだ。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
 紗稀も慌ててフレンチトーストを頬張り、八雲に倣って手を合わせた。
「さて……放課後は部活の見学に行こうか」
「賛成――って、八雲ちゃん、クラス対抗戦の特訓とかしないの!?」
「何でもう私が出ることになってるの?」
「もう決まったようなものだと思うけど……」
「そんなことない」
 というか認めたくない。
「でも、どちらにしろそんなの無意味だよ」
「どうして?」
「代表候補生になるまでの三年間が二週間の詰め込みごときで覆るとでも?」
「あ……」
「……といっても、私の場合は専用機に慣れなきゃいけないから、追って調整しないとだけど」
「だったら詰め込もうよ」
「だからまだ決まっていないと」
「あーはいはい。じゃあ決まったらISの特訓ね。私それ近くで見てもいいっ?」
「構わないよ……もしも、もしも私がクラス代表になったら、だけど」
「八雲ちゃん往生際悪い」
「そんなことない」
 なおも言い張る八雲の手首で、銀と黒のリストチェーンが揺れた。


インフィニット・ストラトスが嫌いです。メカ物としても萌え物としても。だからメカ物として焼き直す為に書きますので。それが不快な方は回れ右。
原作キャラ・原作機体共に嫌いなので絡みは少ないし、当て馬にする以外には登場しません。
「主人公男とかそういうのも見てられない」作者です。それを念頭に置いといて下さい。


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