井上源吉『戦地憲兵−中国派遣憲兵の10年間』(図書出版 1980年11月20日)−その14
〈コウ(管理人注−漢字変換なし)江近辺での日本軍輸送船乗組員による掠奪・強姦について(1940年2月1日)〉
昭和十五年二月一日、水上憲兵隊とともに中国側に水上警察が新設されることになった。しばらくのあいだ南派遣所長を勤めていた私は、憲兵隊の所長兼中国側警察(署長・徐錫光)の指導官として転勤した。管轄区域は上流の接敵地点生米街(ションミーチェ)から、下流はバンヨウ湖にそそぐ河口までのコウ(管理人注−漢字変換なし)江流域である。準備された船は、中国側は十トン程度の蒸気船で、憲兵隊は八気筒のトラックエンジンをすえつけた長さ五メートルほどのモーターボート一隻と、工兵隊から配属された上陸用鉄舟二隻との計四隻であった。憲兵隊は主として流域の治安維持、中国側は中国人の水上輸送の保護と取り締りにあたった。
今までコウ(管理人注−漢字変換なし)江を往復する日本軍輸送船の乗組員たちによる掠奪暴行などにおびえていた流域の住民たちは、私たちの巡回船を欣喜雀躍して迎えた。この地域の治安は急速に回復し、日本軍にたいする農産物の補給も順調に行なわれるようになった。ところが河川とはいえコウ(管理人注−漢字変換なし)江の川幅は広いため波があらく、強風の日は小さな舟なので何回となく転覆の危険にさらされ、なかなかいいことばかりではなかった。
私たちが流域の村落を巡回してみて判明した日本軍用船乗組兵たちによるこれまでの悪行は、枚挙にいとまがなかった。豚、ニワトリなど農畜産物の掠奪はほとんど連日のように行なわれ、水牛などは用もないのに面白半分に射殺されていた。往民たちがとくに恐れていたのは、婦女子にたいする暴行で、現地で強姦するばかりでなく、ときには船中へ拉致して連れ去り、用済みになると遠方の江岸へ上陸させて置き去りにすることもあった。このなかの数人はついに帰還しなかったという。戦争というものがいかに人間をくるわせ、狂暴化させるものか、思うだに悪寒をおぼえるものだった。(144頁)
〈戦地での彼我部隊の不思議な交流について(1940年3月)〉
また、戦争とはまったく不可思議なもので、あるときには常識では考えられないことが行なわれる。これはその一例であるが、生米街の対岸の最前線を守る部隊では、彼我のあいだで物々交換が行なわれていた。最前線では対峙する年月が長びくにつれて彼我のあいだに敵愾心がうすれ、かえって一種の不思議な親密感がわくものと見え、このころには彼我の陣地の中間地点に物々交換所を作り、毎週日曜日に時間を打ち合わせて、彼我双方からこの地点へ出向き、セッケン、マッチなどの日用品と豚肉、卵などとを交換していた。
そんな例をもうひとつ紹介しよう。南昌特務機関は当時南昌警備部隊であった第三十四師団の参謀長、桜井徳太郎大佐の指導を受けていた。昭和十五年三月末ごろのこと、特務機関では中国兵を相手とする慰安婦をつのり、約一ヵ月のあいだ、これら中国婦人たちを中国軍支配地区へ派遣し、慰問団として各地を巡回させていた。これなどはおそらく、奇想天外の策を好む顧問、桜井大佐の発案と思われた。その目的は敵情の調査や敵兵の戦意喪失など、諜報謀略だったので、上杉謙信が武田信玄に塩を贈った故事とはその目的がことなるとはいえ、ひとつのおもしろい例である。(144-145頁)
〈上流から流れて来る死体(1940年3月)〉
どこから流れてくるのか、昨日も今日も上流から中国人の死体が流れてきた。誰がどういう理由で流すのかはわからないが、流れ去っていく死体を見るたびに胸が痛む。わが軍の最前線はわずか十キロほどの上流で、死体はずっと上流から流れてくるので、中国兵が住民を殺して流しているらしい。もしそうだとすれば、いったいどんな理由でこうも同胞を殺すのだろう。死体はほとんどが農民らしい服装だが、この人たちに何の罪かあるのだろう。彼らがいやがらせにわが方の占領区域へ流してくるのか、あるいは、上流地方に住む住民たちのあいだに、水葬の習慣があるのか、それにしては子供の死体がない。それとも生活が苦しくて葬式を出す金がないのか、といろいろ考えてみたが、私にはわかるはずもなかった。こんな光景を毎日見ていると、つくづく人の世の無常を感じ、戦争というものの持つ意昧にも疑問をおぼえる。(145頁)
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