2013年09月01日

売られた喧嘩買います(追々記あり)

 まあ世の中にはいろいろな人がいるので仕方ありません。
 でもね、自分が腹が立ったからって、相手に何もいわず晒し者にして、
 友好関係を断ち切るってのはどうかと思うわけですよ。
 
 怒ってるのは誰の心、はいはい、わかっとりますがな、私の心ですよ。
 でもね、それとこれとは別なんです。はっきりさせときましょうや。
 人の振る舞いですよ。この部分でどっちがおかしいか、はっきりさせましょう。
 ついでに、信心の姿勢もね。

 まあ、ここを見てみてくださいな

 中盤にある文に注目してくださいね。

 はた京阪さん、なぜあなたは、他者への気づきと、自分のへの気づきを分けられてるんですか?

 申し訳ないが、仏法は内道なんですよ。
 ということは、気づきは全て自分の内側で起きているってことです。
 この一点をとって、あなたの信心の視線が外道になっていることがはっきりわかるんです。
 これ、修正されたほうがいいですよ。記事ってことじゃないですよ。信心の姿勢をです。

 日蓮仏法を信心していて、外道になるのは、普通に外道の宗教を信仰するより、不幸になるからです。
 嘘だとお思いなら、『開目抄』を拝読されるといいですよ。

 他者への気づきってなんですか?
 それは他者を見て、あなたの心の中で、あなたの心に湧いたことですよ。
 それを、あーこの人の心が読めたなどと、いい気になるのはおやめになったほうがよい。
 これこそ慢心のもとだからです。
 他者は縁であって、その他者への気づきとかいう因果はあなたの中で起っていることですよ。
 言っている意味、わかりますか?
 だから、人間は他者のことなど、これっぽっちも正確に知ることが出来ないのです。
 わかりますか?
 いいや、本当のことを言えば、人間は他者のことなど、何一つ知れないんですよ。
 おわかりですか?

 つまり、心ってのは、本当のところ、正報で起った因果を依報に見ているんです。
 つまりそれは、他者への気づきでも何でもないのです。自分の中の気づきなのですよ。
 わかりますか? ここ大事ですよ。

 私は、口は悪いです。言い方も配慮を欠いているかもしれません。まあ怒ってるから仕方ないです。
 でもね、そもそも喧嘩売ってきたのはあなただということを、お忘れなく。
 しかしですよ、私は慈悲心でこの記事を書いてるんですよ。
 信心を何十年やってきても、内道になってなければ、いつか不幸になるからです。
 嘘だと思うなら、『一生成仏抄』を拝読されるとよいですよ。
 
 私はあなたの記事をたびたび読んできて、すでに視線が外道になっていることは気づいていました。
 けど、ブログのリンクをしても、
 互いに信頼関係が深まるわけでもなく、まともな対話ひとつしてこれなかったので、
 ずっと黙って見ていたのですよ。

 でもまあ、これも縁でしょう。
 売られた喧嘩を慈悲で返すことにしました。

 さて、もう一点。
 ネット上のリンクなんてね、まあオマケみたいなものですよ。
 けどですよ、憶えてますか? 希望の春さんの事件があって、色々な悶着を乗り越えてリンクしあったんじゃないんですか?

 そりゃまぁ、私への批判記事ですか、書くにあたってリンク先のことを批判するのは……と考えたのでしょうが。
 ずいぶんとまぁ卑怯なやり方をしますね。でもまぁこれは私の妄想ですけどね(笑)
 なぜなら、どんなに情報を集めたって、私は私の心が感じているものしかわかりませんから。
 はた京阪さん、あなたの心など、何一つわからないからですよ。意味、わかりますか?
 批評の記事書いたから、リンク外したんですか? まあ、いまさらどうでもいいことですがね。

 ご自分のされた人の振る舞いがどんなことなのか、しっかりご自分と向き合われるといいですよ。
 ということで、こちらからのリンクも切らさせて頂きます。あしからず。

 これまで、あれこれと批判批評を書かれているようですが、
 それは、あなたの心にある不平不満です。そのあなたの心自体を変えない限り、
 永遠に、その不平不満はなくなりません。

 依報に吐き出せばスッキリ! 冗談ではありません。
 依正不二のこの仏法です。
 依報に吐いた怒りやら批判は、必ず正報に帰ってくるんですよ。

 だから批評批判をするなと私は何十回も記事にしてきたんです。
 それは紛れもない自己破壊だからですよ。一番不幸になることだからです。
 本当に、これを機に気づかれたほうがいいですよ。
 これを機に見思惑を断ち切られたほうがいいですよ。

 せっかく、荒波を乗り越えて繋がった絆でしたが、先に縁を切ったのはあなたですからね。
 私を恨んだりしないでくださいね。あしからず。
 しょせん、あなたは私の仏性を信じられなかっただけのことでしょう。

 では、さようなら☆

 あ、それからもう一点。
 希望の春さん事件のとき、あなた、私にこう言いましたよね。
 「そんなことは知っている、まさかお前さんなんかに教えられるとは思ってもいなかった」とね。
 選挙戦の意味で、そういう会話あったの、憶えてますか?
 これ、この上から目線。
 これもあなたの心なんですよ。
 私は縁しただけです。
 縁した私を見下して、あなたは上記のようなことを言ったのです。
 あなたの心がいかに人を見下しているか、私はあの時点で気づいてましたよ。
 けどまぁ、その後、お話する機会もなくこういう結果になったのは残念ですよ。

 いまだから言えますが、希望の春さんは病気だったとご自分で言ってましたよね。
 だから、これ以上責めたら、本当に潰れるから、やめてください、私はそうお伝えしたはずです。
 でも、はた京阪さん、あなたはその忠告に耳を貸さず、希望の春さんに止めを刺したんですよ。
 あんな無慈悲な行為、はじめて目にしましたよ。正直呆れました。
 くだんの方が、その後、ブログ村を退会して、ブログを削除した。
 でもね、その後また新たにブログ立てて頑張ってたんですよ。
 彼女にとっては、ブログが自分を支える何かだったかもしれなかったんですよ。
 そういうとこ、気付いてましたか?
 だから、私は最後まで見守ってましたよ。あなたはどうだったんですか?
 人様に手厳しいことを言うなら、しっかり最後まで責任を持たれたほうがいいですよ。

 そもそも、この信心は、相手を潰すためにやってるんじゃないんです。
 その点も、今回あわせて反省されるとよいかと思いますよ。
 私は最後の最後まで、題目を送ってましたよ、あの方にね。
 だいたいにおいて、婦人部を虐める壮年て何なんですか?
 師匠の心踏みにじってないですか?

 何にしても、外道の信心。いつか気づかれるだろう……そう思って静観していたんですけどね。残念です。
 ま、この記事をお読みになれば、多分激怒されることでしょう。
 でもね、誰かが言わないことには気づけないんですから仕方ないんですよ。
 だから私はあえて声をあげたんです。憎まれるのを承知でね。
 あなたご自身が散々言ってきたように、自分に手厳しい人こそ善知識であると本当に確信できているなら、
 キチンと受け止められるはずですよ。

 よし憎まば憎めですよ。はいどうぞ、バリバリバンバン憎んじゃってくださいな。

 私の言っている意味が全くわからん! そういう状態であるなら、カントを学ばれるといいですよ。

 では、SAYONARA!



 【追記】自分の言っていることは全て正しい。
 ほんとうですか?
 文言の問題じゃないんですよ。心の機微の問題なんです。
 すべては縁起によって起こってます。関係性です。
 どんなに正論、正しいことを言っていても、相手がそう受け取るように振る舞わなければ、善意は届きません。
 直接言えるものを、陰でいう、そういうことを普通悪口というのです。
 少なくとも、私はそういう風に物を見ます。
 見に来たのはお前だ? 見に来るのわかってて言ったんだから悪口じゃない。
 そういう理屈は通用しません。
 いいや、そもそも見に来るのわかって書いたという、私はそういう卑劣な行為こそ悪だと思うのです。
 それではやっていることは某氏と同じです。

 しかもなんですか、おふざけですか、某氏のように、私のHNを愚弄するような行為。
 真面目に向き合うつもりもないのに、親切心に見えることをされても、善意など感じ取れません。
 自分の立場でしかものを言わない。自分は全部正しい。
 違いますでしょ。ものごと関係性があるんですよ。全ては相対的なんですよ。
 どんな親切心で優しい言葉を言っても、相手が不愉快になれば、相手にとっては悪口なんですよ。

 仮令強言なれども人をたすくれば実語・軟語なるべし、設ひ軟語なれども人を損ずるは妄語・強言なり

 さきに我慢できないで発信したのはどちらですか?
 あなたでしょうが。
 別に私はあなたに向けて記事を書いたのではないのです。
 それが気になったのはあなたです。スルーすれば良かっただけの話です。
 どんな形であれ、それにわざわざ反応したのは、あなたです。おわかりですか?
 自分の心が因になって(記事を書いた)こと、きちんとご自分と向き合って気づかれるといいですよ。
 あくまでも私の記事は縁です。縁ですよ。わかりますか?

 【追々記】私は別に喧嘩がしたくて記事をアップしたわけではない。
 私が伝えたい「こころ」はきちんと、記事の中にある。
 もちろん、それ以外に不必要な枝葉を書きすぎたことは認めるし、そこはきちんと反省もしている。
 でも、それは私のあなた、はた京阪さんへの思いやりであり、気持ちなのですよ。
 
 今はもう議論めいたことをするつもりはありません。
 私に出来ることは、ひたぶるに私の「こころ」を伝えようと努めること、それだけです。

 ですがね、ひとつふたつわかって頂きたいことがある。
 たとえあなたが、善意であの記事をアップされたとしても、そう思えないこともある、そういう「関係性」という部分のお話です。

 某氏からはじまり、色々あったんですよ、この1か月間。
 めたくその生命力が衰えて、言われたくないセリフってのにも過剰に反応して嫌な気分になること、そういうことはあなたにはないのですか?
 ない、信心してるし、そんな弱い奴はゴミカスアホバカシネだ。
 そう仰るなら仕方ない。でも私はそんなに完璧じゃないんです。

 人の心の機微っていうのは、そういうことを言うのではないですか?
 そこを見極めて物を言い、振る舞っていかなければ、善意すら悪意に受け取られる、そういうことじゃないのですか?

 確かに、私が弱いのかもしれない。いかなるものでも善知識に変えていけばそれでいいのですからね。
 でも、もう一度言いますよ、私は完璧ではないんです。
 と、同様にあなたもそうではないんですか? そこはもう少しで結構ですよ、自分を見つめて欲しく思います。

 最近あった名字の言。カントについて。
 求めるべきは「自分への完全性」であり、「他者の完全性」ではない。
 そういうことですよ。相手に完全性を求めるということは、これ「支配欲」であるんですよ。
 そこをお気づきになってくださいよ。

 我々が信心しているのは、「自分の完全性」を培っていくためです。
 他者に対しては、支えであることであり、他者が完全であろうとする支えたる自分になることではないのですか?
 なぜ相手に完璧であることを要求するのですか? それはあなたの支配欲でしかないのです。
 そこに気づいてくださいよ。
 私が自分で書いた記事を削除しようが訂正しようが、そんなのは私の自由。
 「あの記事は消したからよかったようなものの」でしたっけか、そういう心理が、あなたの中にある支配欲だということですよ。
 「あたらしく記事は立てない云々かんぬん」それだってあなたの中にある支配欲(相手をコントロールしたい)という心じゃないですか。
 支配ってなんですか? 人間を自分の思い通りに使おうとする、これはなんですか? 人間を道具としか見ない。こういうのを権威権力の力というんじゃないですか? 
 こういえば、「いや、あれは提案だ」、とあなたはそう言うのかもしれませんがね。
 だから、議論はしたくない、そういうことなのです。
 だって私はあなたの思い通りになるロボットじゃないですもん。あなたの子分でもなんでもないですもん。

 つまり、あなたは、他者に完全性を求めているのですよ。そして他者を自分の支配下に置こうとしているのですよ。
 それをもって私は信心が外道になっている、それではいつか心の病になる……そう判じたのですよ。
 だって仏法は内道ですからね。自分を支配して自分を律するための実践法ですからね。
 だって、これは私自身の経験体験であり、御書にもそうあるんですもん。
 黙ってスルーなどできませんよ。だから慈悲だと書いたんです。
 その気持ちに嘘なんて何ひとつないんですよ。
 信じないかもしれませんが、私は凄まじい完璧主義だったのですよ。
 で、それを人に求めたことによって、最終的に私は自己破壊に至ったのです。
 そうなって欲しくない。それが私の思いやりの「こころ」なんですよ。

 ともあれ、これで終わりにします。
 私は言うべきことは言ったつもりですから。

 それと表面上のことをいくつか。
 伏字、文責とおっしゃっていましたが、それはあなたの中のルールですよね。
 そこはもう少しお考えになったほうがよろしいかと思いますよ。
 どんな表現法をしようがそれはこっちの責任だ、そういう思想かと思いますが、
 ネットであれ、リアルであれ、匿名であれ伏字であれ、相手が誰か推察できてしまえば、伏字には何の意味もないのですよ。それで十分に裁判の証拠にすらなるのです。
 であるなら、堂々と主張なさるがよい。それが私の思想です。
 押し付けはしませんが、相手からすると、馬鹿にしてるのか!? と受け取られるということです。

 それと、私が削除した記事の文言をコピーしておいて、引用する。
 これは著作権の侵害にあたります。
 どんなアホカスボケクソシネの書いた文章であれ、著作権は存在します。
 正しいことを主張するなら、何をやってもいい、どんな手段を取ってもいい、そんなことはありませんからね。
 押し付けはしませんが、以後、お気をつけになられたほうがいいですよ。

 それと、ちゃんと会話したいという意志があるなら、「動執生疑」のような問いかけはお止めください。
 何を聞きたいのか、知りたいのかをはっきり表現されないかぎり、誤解のうえに誤解を生み、物事が面倒になるだけですので。
 ともあれ、これも押し付けはしませんよ。すべてに自由はあるのですからね。

 あと一点、なにやら、あなたは閲覧者に判断やら裁きを求めているようですが、それはとんだ勘違いですよ。
 これは当事者間の問題ですからね。
 周囲はいい迷惑だと私は思ってます。
 見せられたくもない喧嘩を見せられて、まあ喜ぶ人もあるでしょうが、大半の方はそうではないでしょうね。
 だから怒ったというのもその理由のひとつですよ。
 晒し者にしたんじゃない、公共の場で決着をと仰るのかもしれないが、それは違いますよ。
 当事者で話がつかないから第三者が必要となるのです。
 はじめに第三者ありきではないはずですよ。

 言いたいことがあったなら、ここにコメントくださればすんだ話だという事です。
 そうされている方、たくさんいるじゃないですか。
 思いやりであの記事を書いたのであれば、そうできたはずですよ。

 もっとも、今回のような件で、当事者同士が激怒して話にならない場合は、すぐに第三者が必要な場面もあるでしょう。
 しかし、大切なのは、当事者どうしで、しっかり向き合うことじゃないですか。
 でも、先に晒したのはあなたですからね。それだけは間違いないことです。
 そこはしっかり、認識して欲しく思いますよ。
 とはいえ、これもまた押し付けはしませんよ。あくまでも私の意見です。

 最後に僭越ながら、先生のご指導をば。

 悪なくして善はなく、善なくして悪なし――両社は、相対的であるとともに相補的な実在である。
 決定的に重要なことは、善も悪も互いに(善なら悪を、悪なら善を)「他者」として、その関係性の上に「自己」を成り立たせているということである。
 ゆえに、悪も、対応のいかんによっては善に転じ得るのだという点では、可変的実在なのである。


 私はこの一点に関して、猛反省してますよ。
(ああ、もしあれがどんな意味で書かれていたとしても、善として「善知識」として自分の中で転換できなかったのは、私だ……)とね。

 ですが、私からすれば善意に受け取れない晒し方をされた一点をもって、どんな記事内容であっても、悪意と感じるしかなかったこともまた事実なんですよ。
 関係性、振る舞いと私が何度かそういう言葉を使った意味はそういうところにあるのです。
 人は内容云々より(私の場合はかもですが)、そのやり口(振舞いのいささか汚い言い方です)に腹を立てるものだということ、知って欲しいところです。

 例えば、物凄くよい物件(家屋)を嘘みたいに安い値で販売できることになりました。これは多くの人にとっては朗報でしょう。では、とばかりに、そこいらじゅうの電柱にチラシを貼りまくった。
 貼られたものを見た人の気持ち、これを想像してみてください。
 適切な例えではありませんが、どんな善意でも、振る舞いによっては迷惑であり、悪意にすら感じるということです。それが人間の心の機微ってものじゃないですか。

 ですから、私としては、文言がどうのの問題じゃあなかったということです。
 ともあれ、この件に関しては今後一切やりとりをするつもはありません。
 先に、その点にふれて苦言を呈させて頂きましたが、これとてあくまで私の意見です。
 どう受け取られて、どう反応されるかは、はた京阪さん、あなたの自由です。
 私は削除も訂正も、何も要求などしません。なぜなら、私はあなたを支配しようなどは夢にも思ってないからです。ご自由にしていて頂くことをむしろ選びます。思う存分叩きたいなら、過去のことから、あることないこと全て書きだして叩かれても構いませんよ。そんなことで私は自分を見失いませんからね。
 ともかく、私にはあなたに伝えたいことが、伝えたい「こころ」があっただけです。

 ということで、私はもうこの件については、一切口を開きませんので。あしからずに。

 「大切なものは、目に見えない」 サン=テグジュペリ



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ipsilon at 03:25コメント(28)トラックバック(0)仏法「言葉と同志誹謗について」  

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コメント一覧

1. Posted by ちよ   2013年09月01日 06:23
いよっ
もーれつア太郎ーかい?
2. Posted by イプシロン   2013年09月01日 11:24
ちよさん、おはようございます^^

黙って引き下がった方が良い時もあります。
でも今回は違いますよ。
私は、あくまでも慈悲で怒ってるんです。
「あの一点」に気づければ大きく変われる。
それを心底知っているから、喧嘩になろうが
なんだろうが言ったのです。
もとより喧嘩は覚悟して記事書きましたからね。

そこは理解してくださいね。
よろしくお願いします。
何でも笑いにできないこともあるんですよ。

ありがとうございます(^ー^)
3. Posted by みかん。   2013年09月18日 09:21
おはようございます。朝からすみません。
実はこういう感じの記事、なにげに気になっていました。

お互い、交戦しているみたいで、ちょっと悲しかったりします・・

それと、私の個人的な意見では、相手の方の記事(働かざる者〜〜の言葉?についての記事)を読んだ時、悪い気持ちは全く感じませんでした。

口をはさむつもりは一切ないんすけど、イプシロンさんは相手に相手のブログでまるでご自分の事を書かれたみたいな事で怒っているのでしたら、そしてそのやり方が嫌だし汚いとおっしゃるのでしたら、イプシロンさんもご自分のブログで書かずに直接相手のブログに書けば良くねと思って・・・。
相手にされて嫌だと感じた事を自分もしているなら、同じなので。

的外れなコメントかもしれず申し訳ありません。

けれど・・どうしてこういうふうになっっちゃうんすかね。

ブログ村?の(特定の)ブログに関しては、私も実は水面下でかなり嫌な思いや理不尽な事をされた経験がありますが(←自省も含めて、もう全然なんともないのでこうやって書いてるだけですので気にしないで下さい^^)、自分の事が記事になってる分、誰でもこうやって自分の事がずっと残されているのはきついと思うっす。
(まして、攻撃されてるような記事ですし・・)

私は、そのブログは一切見ないという選択肢をとっていますが、誰かのコメでも一瞬で思い出す事もあるわけっす。

ブログやってる人って、どんな記事でも、その記事を消そうが消さまいがやってる自分の自由だという感覚が強いと思うんすけど、本当は、いかなる理由であろうと、相手が記事を消してほしいと言う(お願いする)のであれば、消すべきだと私は思うのです。

イプシロンさんの相手の方が「消して頂きたい」と発信しているような記述を見たのですが、直接の削除依頼ではないにしても、削除の洗濯もあるのではと自分なんかは思ったりします。
4. Posted by みかん。   2013年09月18日 09:37
言葉足らずですみません。

「相手が記事を消してほしいと言う(お願いする)のであれば」・・・という文は、その相手の事が記事になっている場合を指しています。

一般論(だと思うの)ですが、例えば、その相手の事が書かれた記事というのが、部分的に相手の記述があるとかではなく、元々は相手の方の手記だったりする場合があるじゃないすか。
で、相手の人が、ブログをやってる人から、その手記をブログに掲載したいとか掲載させて下さいとか依頼されて受ける形での記事もあるじゃないすか。
特にこういう場合の削除依頼というのは、ブログやってる人の自由(消すか消さないかは俺様に権利がある!という判断)を貫き通すのではなく、相手の思いを十分に汲んであげるべきだと思うんすね。

で、自分がもしブログをやっててこういう事があれば、相手のお願いや思いを、たとえ自分が本当はその記事を消したくなくても、削除する判断をすると思うし、そうしたいんす。
それが、結果的に相手の事を考えた誠実な心と行動だと思っているからです。

イプシロンさんと相手の方の今回の記事は↑こういう場合ではないんすけど、冷静になってもう少し考えて頂けたら個人的にとても嬉しいと思っていますmーーm
でも、当然私としても自分の希望を押し付ける気は全くありませんので^^;

5. Posted by 大河   2013年09月18日 11:16
みかんさん、憶えていてくださいますか?
大河です。

みかんさんが、一生懸命書いたコメント、
みかんさんの思いが伝わり爽やかでした。

私の意見を簡単に述べます。

彼(K氏)は、最初の記事で、初歩的ミスがあったと私は
思います、もちろん、本人はミスとは思っていないわけです
一箇所だけ、あきらかに、イプシロンさん宛の内容が
ありましたね。その部分をこそ

このコメント欄に書くべきでした。
このコメント欄に書くべきでした。


客観的にみて、最初の記事のその部分は、あえていえば無慈悲のひとつの形に、私には見えました。

表現が抽象的すぎて申し訳ないですが、
あとは、それぞれ大人の二人です、余裕をもって
見守ってよろしいのではないでしょうか。
文字通り、横レス失礼いたしました。
6. Posted by イプシロン   2013年09月18日 11:18
みかん。さん、おはようございます^^

みかん。さんの仰ることも理解できますよ。
ただ、みかん。さんは悪い気持ちがしなくても、私はしたのですから仕方ないのです。五陰の違いであり、当事者であるかどうかの違いなのでしょうね。

この件に関しては口を開かない宣言をしているので、語りたくないのですが、声をかけてくださったのは諸天の働きであると受け止め、少しお話しさせて頂きますね。

なぜ私が不愉快に感じたか。それは以下の一点につきます。

私はこの信心とは「阿仏房さながら宝塔・宝塔さながら阿仏房・此れより外の才覚無益なり、聞・信・戒・定・進・捨・慚の七宝を以てかざりたる宝塔なり、多宝如来の宝塔を供養し給うかとおもへば・さにては候はず我が身を供養し給う我が身又三身即一の本覚の如来なり、かく信じ給いて南無妙法蓮華経と唱え給へ」である。
そう思っています。

ゆえに、自分の実践していることを記事にしたり、振る舞いを通して信心の素晴らしさを語っていくべきである。
そう思っています。
もちろん、そういう事に気づいて、それをそのまま実践する形で記事にしはじめたのは、当然気づいてからのことであり、気づいたとしても、時にそこから逸脱してしまったことも、もちろんあったでしょう。凡夫ですからね。完璧というわけにはいかない部分もある。そういうことですね。

(つづきます)
7. Posted by イプシロン   2013年09月18日 11:23
しかし、くだんの方はどうなんですか?
他人の書いた記事を使って、自分の主義主張をされたではありませんか。
これ、どういうことかお解りですか?

つまり、私は道具にされたと感じたんですよ。
ですから、記事の内容云々、文言云々ではないと申し上げてきたのです。

人間を道具とみなす。これがどれほど恐ろしいことか、みかん。さんならご理解いただけることでしょう。

例えば官僚主義や形式主義、これらとて、その根っこには人間を道具としてみた結果の産物です。
もっと言えば、戦争がそういうものを見せつける最たるものです。
政治的利害のために人間を道具として使っているじゃないですか。兵士として戦地に送り込んでいるではありませんか。

戦争と個人的な関係は違う。いいえ、違いませんよね。同じ「心」が違った規模で見え隠れしているだけです。
だから、私は激怒したのです。

もっとも、くだんの方はそのことに気づいていらっしゃらないようですがね。
形式、つまり削除がどうの、論点がどうの、そういうことしか仰らないわけです。信心の観点ではなく、世法で物事を判断されているのではないでしょうか。

そこを言ってこられるのであれば、私としては対処のしようがないのですよ。
世間一般といっても、それは個人個人の思いを、「わたしはこう思う」という主語を「世間一般では」と言い換えているだけですからね。

ですから、そこでお話ししても、喧嘩にしかなりませんし、感情のぶつかりあいにしかなりませんし、お互いに主張しあえば、平行線にしかならないわけです。
ゆえに、私は放置しているのです。

(つづきます)
8. Posted by イプシロン   2013年09月18日 11:35
さてでは、なぜ私が先方にコメントに行かなかったのか。この点の気持ちを説明しますね。

それは、同じ思い、似たような経験をしないと、人間というものは、人の痛みがわからないからですよ。
私がされて傷つき、嫌な思いをした。

それと同じ思いを感じてもらわないことには、何も伝わらないと思ったからです。
ですから、あなたがされたことはこういうことですよ、とそういう縁を送ったのです。

私もかつて、くだんの方と同じ間違いを犯しました。
友人のことを思いやって、思い余って、
こうすればいいじゃん、あーでもない、こーでもないと、
その友人への批判(相手からしたら悪口にしか受け取れない)を自分のブログで発信してしまったことがあるのです。
そのことで、友人関係は破たんしましたよ。
直接向き合わないと、人は聞けないんですよ。

私はそのことを猛反省してきました。一種トラウマレベルなくらい、そのことで苦しんでも来たんです。

色々な思いはある。でも、その伝え方を間違えると、大変なことになる。そういうことでしょう。

くだんの方に、そうしたことに気づいて欲しい。そんな気持ちです。

もちろん、私だって言葉が過ぎた、不必要なことも言った、その点などなど、自分の言動に反省すべき点があるのは重々に自分を見つめて気づいていますよ。
現状ではそれすらもう伝わらないと思いますがね。

余計なお世話だ! 怒鳴られるかもしれません。
しかし誰かが言わないければ、気づけないのも事実でしょう。だから私が言ったまでのことなのです。

よし、「憎まば憎め」なんです、私の心は。
ムカついたから記事を書いたわけじゃないんですよ。

ありがとうございます(^ー^)
9. Posted by イプシロン   2013年09月18日 11:51
大河さん、おはようございます^^

すみません、本件とは関係ないお話しですが、一点だけ伝えさせてください。

菊川さんのところに財務の件で非公開コメを投下したのは、私のブログに粘着した某で間違いないと思います。

そのことで、大河さんと菊川さんが少しぶつかってしまったのを見たとき、とても悲しかったです。

明けがた、どうしてこうなっちゃうのーと半泣きで大河さんのブログにコメを書いていたのですが、もちろん長文化して(笑)、ああ、これじゃだめだ・・・と投稿は控えたんです。

もとはと言えば、私が招きよせた悪・・・。
別の記事で破和合僧という言葉を使ったのは、それゆえです。

(つづきます)
10. Posted by イプシロン   2013年09月18日 11:52
ともあれ、罪障消滅の唱題を真剣にして、11・18を目ざしていきたいと思っています。
去年も、11・18前にはブログ村が荒れたんです・・・。
ええ、私もからみました・・・。
もう懲り懲りです><。
みんなで仲良くやっていきたいのです><。
もちろん、必要な批判もありきなのも、心得ています。

今後ともよろしくお願い致しますm(_ _)m
なにゆえ未熟者ですので。

ありがとうございます(^ー^)
11. Posted by 大河   2013年09月18日 12:23
>菊川さんのところに財務の件で非公開コメを投下したのは、私のブログに粘着した某で間違いないと思います。


>そのことで、大河さんと菊川さんが少しぶつかってしまったのを見たとき、とても悲しかったです。


取り急ぎ・・・
全然、ぶつかってなんかないですよ。
でも、ぶつかっているように、見えてしまうのは致し方ないですね。

本当に大丈夫ですからね、
それに何よりも、菊川さんには、「骨」がありますから、

今回のことは、大海の「波」のようなことですからね、

でもね、イプシロンさん、コメントを閲覧しているだけでは
AとBの真実は、見えないのですよ、
私は、多くの収穫がありましたし、菊川さんにも収穫が
あったものと願っています。
12. Posted by イプシロン   2013年09月18日 19:54
大河さん、こんばんわ^^

そうですね、仰るとおりかと思います。
結局、見ているもの(この場合私の)境涯でしか見えないので、
真実は見えないですよね。
見たいと思うなら、言葉を交わすしかないですもんね。

であれば、すべきことはひとつ、
お二人を信じ抜き、安心していること。
それが出来ない心境なら、祈ることですよね。

結局、様々な事象は全て自分の境涯の反映としてしか捉えられない。そういうことですもんね。
もっと境涯革命しなければ。
そんなふうに、改めて思いました。

私も学ばせて頂きました。

ありがとうございます(^ー^)
13. Posted by 大河   2013年09月18日 20:55
いやーーわざわざコメント入れるのも大げさですが、

NO12のイプシロンさんの文章………全くその通りです。

>結局、見ているもの(この場合私の)境涯でしか見えないので、真実は見えないですよね。
見たいと思うなら、言葉を交わすしかないですもんね。

ハイその通りですね。

>結局、様々な事象は全て自分の境涯の反映としてしか捉えられない。そういうことですもんね。


全くその通りですね。

いや、気持ちいい文章です。
14. Posted by みかん。   2013年09月18日 22:21
こんばんは。
突然のあんなコメだったのに、詳しくお返事を頂き感謝です。

イプシロンさんの考えは、わかるようで、なんだかちょっとわからないような・・感じです・・・。すみません(汗)
一通り繰り返して読んで、理解できる部分も勿論あるし、自分には理解しきれない部分もある、みたいな。

特に、自分がされて傷つき嫌な思いをした事は、同じ経験をして貰わないと相手にはわかってもらえないから気付いて貰う為に(あえて)同じやり方をした、という内容は、「目には目を」的発想に思えるのは、私が単に未熟だからでしょうか^^;

私は元々「目には目を」の考えを持った人間だったし、私が水面下で嫌な思いをしたり理不尽な事をされたと書いた件では、水面下の事を公にバラしたい衝動にも駆られたし、仕返ししないと気が済まないと思う時もありました。
でも、それをやったら自分が負けだと思ったし、相手のよいところ、感謝できるところを、後になってからっすけど冷静になって思い返して、全部水に流す事にしたんす。

一般論として例え話的に書きましたが、自分の手記を依頼されてブログに掲載された記事。その後自分が削除をお願いして、でも断られて、長らく話し合ったけど、「絶対消さない」という考えを最後まで押しつけられて、「もうこの話はおしまい」って勝手に閉店ガラガラ・・でした。

&その間のやりとりでは、相手の一方的な被害妄想で「私を誹謗・脅迫した」と言われたり、法的措置を繰り返し提案されたり、その割に私には「第三者には言うな」「この件で関係ない第三者に相談しているあなたのしている事は人間としてやっていい事ではない」とまで言われたり・・
他にもありますが、長ーくなるから書きません^^;

続きます
15. Posted by みかん。   2013年09月18日 22:34
一方的な対応と、被害妄想の言いがかりと、私には「誰にも話すな」と言いながら自分は弁護士にも相談していて、他にもびっくりするような数々の対応と言葉・・・なんとも奇妙で理不尽で嫌〜〜な出来事でした。
驚くべきは、ブログという表の顔とは想像できないくらい、別の面(顔)を持っていたという事実でした。

私は、世間や社会を知らなすぎるので、これもいい社会勉強になったんだとも考えました。

私は、相手の人に、どれくらい自分が嫌な思いや理不尽な思いをしたのかをわかってもらうために、同じ事(かそれ以上の事)をしようとはミジンコも思いませんでした。単純に仕返しはしたかったけど、同じ事をして気付かせようとは、思わなかった。
結局仕返しと同じじゃないかとも一瞬思うんすけど、それは、根底の自分の思い・一念がどうかによるのでしょうね。
イプシロンさんは、根底の一念が相手に対する慈悲だという事ですよね。

続きます
16. Posted by みかん。   2013年09月18日 22:51
と、言っても、やっぱり、自分がイプシロンさんの相手の方だったら、こういう感じの記事は、きついな〜という感覚が否めません;;
(ネット上ではなく水面下で嫌な事があっただけでも、自分の記事が残っているのは、なんだか気持が悪いものですし)

でも、でも、今回の件でのイプシロンさんの個人的な思いや、相手に対する慈悲の心は、これから少しずつだとしても理解していくべき・・と思っています。
信心の眼で見ていく事はとても大事だからっす。そこが私には全然足りない視点です。
自分の削除依頼の事だって、信心の眼から見れば、削除依頼した自分の方が間違っていたのかもしれない。

でも、それでも、私には私の思いがあり、考えがあり、削除してほしいと願うに至った大きなきっかけとプロセスがあり、それらをどれだけ相手に伝えても伝わらない虚しさもあり・・・それでも、やっぱり、ブログをされている人には、特にブログ主がお願いして記事を提供して貰った相手の依頼なら尚更誠実に応えてあげる度量が必要だと、自分なんかは思うんす。
なんて、自分の事を長々と申し訳ありませんでした。

今回のこの記事の件では、私は自分の経験を「道具」にして、自分の気持ちを書かせて頂きました。
17. Posted by みかん。   2013年09月18日 22:58
あ!大河さん!
お久しぶりですmーーm

色々お世話になった方ですので、忘れる事はありません^^☆
声をかけて頂き、嬉しかったっす。
18. Posted by 大河   2013年09月18日 23:19
みかんさんがあの当時、あのブログで紹介してくださった
Kさんの体験が掲載された聖教新聞は保管してありまして
ああそうなのかと読みました。

その例のブログ主さんですが、
今、改めて、ブログの該当記事周辺を眺めてみましたが
彼の「こだわり」ですね。

この「こだわり」というものは、なかなか厄介なものです。
執着心というか、自ブログの完璧性へのこだわり。

例えば、芸術家でもなんでも製作者というのは、
自分の作品の完成度にこだわりますよね、

その「こだわり」にも似ているものを感じましたね。
削除してくれなかった真意についてですね。

いずれにしても、みかんさの苦悩は、いくつかの場所で
なんとなく推察できていました。

いろいろ大変だったでしょうが、前を向いて歩きましょう。
19. Posted by イプシロン   2013年09月19日 09:59
大河さん、おはようございます^^

この信心は内道だー!
それを一人でも多くの人に気づいて頂ける縁に!
そのために記事を書く。
そう決意していてさえ、思いあまって感情的になると、
その大事な点を見失いかねない・・・^^;
本当に内道で信心を実践していくのは難しいですね。

でも、これが完璧に出来れば一生成仏間違いなし、
そう大聖人が仰せですから、頑張っていきます^^

今回のことで、「感情的になってはいけない」という
先生の言葉を胸に刻み直せました。

ありがとうございます(^ー^)
20. Posted by イプシロン   2013年09月19日 10:25
みかん。さん、おはようございます^^

そうでしたか、みかん。さんも大変な思いをされたのですね。私には察することしかできませんが、心痛いかばかりだったかと、感じ入りながらコメント読まさせて頂きました。

でも私の件もそうですが、ある意味では過去ですし、相手はどうあろうと、こちら側が善知識にしていけば自分の成長の糧であるとは思います。
過去仏は全て成仏している。そう法華経には説かれています。
ゆえに成仏していないとしたら、そこには悔恨の念などがあるのだと思います。
ですがそれも、時間はかかっても唱題で、感謝に善に自然に変わってゆくので大丈夫かと思います。
持続の信心、正しい信心の姿勢、やはりそういう点は大事なのだな、そんなふうに思います。

さて、「目には目を、歯には歯を」。
これはハンムラビ法典にある言葉ですよね。みかん。さんが仰る通り、本来の意味はやられたらやりかえすという意味ではなく、犯罪抑止のために作られた言葉だそうです。しかしそうしたことは原理原則であって例外があることもまた事実かとも思います。
ようは程度問題であったり、TPOなのだと私は考えるのです。

なぜ私は反撃の記事を書いたのか?
そもそも、匿名であれ私を道具として先に記事を書いたのは先方です。まず、この点を忘れないで欲しく思います。

(つづきます)
21. Posted by イプシロン   2013年09月19日 10:31
状況的には相互リンク先ということになってもいました。
ということは、当然記事を書けば私が見るであろうということは推測できたわけです。
ただし、そうであってもハンドルや、私の記事に触れずに「一般論」として、私のNHなどを出さずに先方がご自信の心境を披歴することは可能だったわけで、それであればここまでは問題にならなかったことでしょう。

しかし、そうではなかった。私を道具として自己主張されたわけです。しかも、私が見るであろうことを推察したうえでです。
なんでしょうかね、こういう心理は。
相手のとこに連絡にいくのが面倒なので自宅の掲示板に連絡事項を書いておいたから見に来い、そういっているのと同じです。
で、その連絡事項が不愉快な内容であった、そういうことです。

まあ簡単にいえば陰口なんですよ。
ネット世界では良くあることでもあります。
しかし、それを自覚しているのと、いないことは大きな差を生むのです。

おそらくくだんの方は、それがどれだけ卑劣なやり方かに気づいておられない、私はそう判断したのです。
犯罪を犯した犯人が反省をするためには、まずは自分がしたことがどんなことかを知る必要があります。
そう思って私は反撃の記事を書いたのです。
ですから、「目には目を」という意味合いとは少し違うと思います。

結果、すごくはっきり私の推察は的を得ていたと、私は感じました。それは先方のその後の記事に現れていると思います。
もしも、私の主張で仮に先方が反省する部分があったなら、自ら記事を取り下げることで、私の書いた記事を削除依頼すればいいお話しです。

ですがどうでしょうか、先方が先に私を道具にして記事を書いたのでありながら、「お前が記事を削除したら消してやる」と仰ったその点だけでも、そういうこと(つまり自覚がなかったこと)が解ると思います。

(つづきます)
22. Posted by イプシロン   2013年09月19日 10:38
世法、常識、そんな部分から見ても、先方のほうがおかしな行動をされている。私はそう感じます。

というか、本気で削除して欲しいという意志がるなら、なぜ私のブログにコメントで削除依頼をするなり、メールを送って削除依頼をしないのでしょうか?

理由はこうでしょう。
私との間に起った一件をネット上で晒して、自分が正しいということを証明したいという、いわば虚栄心ではないでしょうか。
本気で私と向き合う気は恐らくないのでしょうね。

直接話す。実はこれ凄く大切なんです。
今現在、私は先方のブログを閲覧していません。
ですから、相手方が何を求め、何を主張しているかは知りません。
つまりは、そういうことこそが問題になるのではないでしょうか。

ですから、私は言うべきことを言ったと思えた部分で、口を閉じる宣言をしたのです。

ネットというものは確かに繋がってはいます。しかし、それは意志があって繋がるものであると私は思っています。そこを意識しないで行動すると、今回のようなことになるのでしょうね。

(つづきます)
23. Posted by イプシロン   2013年09月19日 10:52
相手が見に来るであろうという意志を知りながら、相手のことに触れる。これは卑劣です。
少なくとも私はそれまで友好的意志で閲覧にいっていたのですからね。
これとて相手の意志を道具として利用しているとさえ私には思えましたけどね。

端的に言えば、自分がされて嫌なことはしなさるな。そういうことをに気づいてもらえたなら、そんなことで記事を書いたのです。

決して「目には目を」の復讐心で書いたものではありませんよ。

ご理解いただけるといいのですがね・・・。

ともあれ、私もみかん。さんも、大河さんの仰るとおり、前を向いて歩いていけばよいことかと思います。

私のくだんの記事も、役目は終わっているので消しても構わないのですが、まあ、私も凡夫、意地もあるんです(笑)

私は何も自分に落ち度がなかったなどとは考えていません。私にも反省すべき点はある、言ってみればお互い様であり、喧嘩両成敗だと思っています。
でも、先方は自分は100%間違ってないの一点張りではないですか。
少しくらいは反省して欲しい、そういう意地です。

ともあれ、私が本当に伝えたかったのは信心の姿勢に関する意見(この信心は内道)の部分であり、人間を道具として使った部分への注意喚起の部分なのです。

文言がどうの、論点がどうのといった点ではないのです。
娑婆世界では、それも大事なことでしょうが、まずは心を正さなければ、そうした心から出てくる行動も正しようがないからです。そのための信心ですしね。
ゆえに、世法で議論する気は、毛頭ないのです。みかん。さん風に言えば、ミジンコもないのです(笑)

(つづきます)
24. Posted by イプシロン   2013年09月19日 11:01
「夫れ仏法と申すは勝負をさきとし、王法と申すは賞罰を本とせり」

誰と戦うのか? 何と戦うのか?
他人を責めて他人に勝つことが信心ではありません。
自分の不安定で一瞬たりともじっとしていない心を不動のものにするために自分と戦うのが信心ですよね。
そのための支えであり、励ましであり、寛容であり、慈悲なはずです。

世法である王法は「賞罰」を本にです。
つまり、それが世のため人のためになっているか?
その一点をもって評価され賛辞されるということです。

「先とし」と「本とせり」、この一句の違いにも注目すべきでしょう。

先ずは自分に勝つ。そこから、それを本にして顕れた王法が賛嘆されるべきものである。そういうことではないでしょうか。

私はそのように拝していますが、いかがでございましょうか。

ありがとうございます(^ー^)
25. Posted by 大河   2013年09月19日 19:23
削除というテーマ1つでも、みかんさんと、イプシロンさんでは、事情が全く違います。当然ですよね。

それはそうと、私も自分の記事を「自発的に削除」しました。
削除してくれと依頼はされていませんが、削除しました。
不思議な心理です。もう必要無いから削除したといえば
それまでですが、目一杯、ぎりぎりの本心で相手と向き合うとある種の心境の変化が起きました。

ただ、原則として、目一杯本心の打ち合いというのは、
私信であるべきですが、今回は私は、考えることがあり
「あえて」公開場にふみきったのですが、それで、正解だったと今回のケースでは言えます。

このある種の「心境の変化」というのは、説明すればいくらでも説明できますが、相手のあることですから、
ここは、マナーとして、公開の場では控えます。

これからも、ある方とある方の真剣勝負の対話というか対論というか私信ですが、実りあることを期待しています。

本当に、正面から、相手の気持ちを聞かないと
絶対にわからないことがありますからね。

相手のギリギリの本心が理解できた時に、心境の変化は
自然と起きますね。

最終的には、算数ではないですが、100ミリリットルか
80ミリリットルかというようなことでしょうかね。
器の容量ですね。

いつも、抽象的ですみません、公開場ですから。
26. Posted by イプシロン   2013年09月20日 00:01
大河さん、こんばんわ^^

今回の大河さんの「自発的な削除」は、
ある意味で、身を持って私に、信心する者の在り方を示してくださった。
記事が削除されたとき、実はそう感じていました。

みかん。さんが、ここにコメントをくださったことで、
本当に伝えたかったが、伝えられなかったこと。
実はその部分のお話しが出来たことにも、正直驚きを禁じ得ません。道具という部分ですね。
これはどうしても言葉にして伝えたかった部分なのです。

そうしたモヤモヤあっての意地だったんだな。
自分でもそういうことに気づきました。

こうした不満も内因性なので、最終的には自分の中で昇華すべきではあったのですが、今回は、みかん。さん、
そして大河さんが諸天になってくださった。
そう感じております。有り難い限りです。

心配いりません。
お騒がせしていますが、もう心は決まりましたので。
ようは、相手の幸福を祈れる自分であれば、
記事など枝葉も枝葉なわけですよね。
私の一念がどこを向いているか、それだけが大切だと気づきました。

もうそうできる心境になりましたので、
近日中に記事は削除すると思います。
このコメント欄を御覧になっている方にも
ご心配をおかけしていることも知っていますので。

ありがとうございます(^ー^)
27. Posted by ちよ   2013年09月20日 06:13
おはよー
一件落着となりそうですね
おめでとー
28. Posted by 大河   2013年09月20日 07:12
おはようございます。

>今回の大河さんの「自発的な削除」は、
ある意味で、身を持って私に、信心する者の在り方を示してくださった。
記事が削除されたとき、実はそう感じていました。

たまたま、削除が話題になっていたので、コメント入れたのですが、イプシロンさんを意識して「示す」なんて意識は無いのは事実でしたね。「真意」は、おってメールにて話しますよ。

現場でも同じなんですが、「真意」を理解せずして言葉の
応酬は実りは無いのですよね。

いつかも書きましたが、全公開の場でのやり取りでも
結局は、「見えない部分」までは第3者にはわからないということなんですね。

それでは、又・・・

ちよさんも、おはようございます。

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