原爆:長崎総合科学大名誉教授、データ分析 残留放射線、広範囲の影響解明へ
2013年10月21日
長崎原爆の被爆地域拡大問題で、長崎総合科学大の大矢正人名誉教授(物理学)が、理化学研究所グループが1945年12月〜46年1月に長崎市周辺や島原半島などで測定した残留放射線のデータ解析を進めている。大矢名誉教授は「理研と米軍の測定データを比較することで、長崎原爆の残留放射線の実態をより明確につかむことができる」としている。【樋口岳大】
大矢名誉教授は、1945年9月〜46年1月に広島、長崎で撮影した記録映画「広島・長崎における原子爆弾の影響」(日本映画社)の制作に参加した相原秀二氏(2008年に98歳で死去)が作成、収集した資料の分析を2010年に始めた。その後、福島第1原発事故を受け、放射性降下物の残留放射線に関する資料に注目した。
記録映画では、理研グループの測定結果の一部が紹介され「爆心から(東)約2・7キロの西山に放射能の最も強い地点があり、第2の強い地点は(東)9キロの地点(矢上地区)にあった。核分裂片は風にのって東に流され、47キロの島原市が第3の強い地点で、爆心の2・5倍の強度を示した」などとされていた。しかし、放射線量が現在は一般的ではない単位で表記され、データを分析する際の障壁になっていた。
大矢名誉教授は、相原氏が映画を撮影する際に書いた日誌やメモなどから、理研グループの測定方法や測定場所、測定日時などを分析。測定に参加した研究者が後に作成した論文なども参考に測定値を「レントゲン」単位に換算した。
長崎の残留放射線をめぐっては、県保険医協会の本田孝也会長が昨年、米軍マンハッタン管区原爆調査団が1945年9〜10月に長崎市周辺などで測定したデータを入手・分析。「被爆地域外でも残留放射線の影響があったことは否定できない」と発表していた。
大矢名誉教授は記録映画で「第2の強い地点」とされ、現在被爆地域外とされている矢上地区で、理研グループの測定値と本田氏が入手した米軍の測定値を「レントゲン」で比較した。1時間当たりの線量(45年12月31日時点)を試算すると、理研の測定値は米軍の1・4倍だった。今後、矢上地区以外の測定値の分析も進め、広範囲での影響を解明する。