マルタン・マルジェラの20周年を記念したショーのフィナーレ=大原広和氏撮影
89年春夏作品のジャケットを、09年春夏では新たに石膏で型取りしてみせた=大原広和氏撮影
古着のGジャンを解体し、だまし絵プリントしたケープ(09年春夏)=大原広和氏撮影
98年春夏のフラットな服
89年秋冬の、割れた皿のベスト
まっ平らな服や、カビが増殖する服。だまし絵や解体、オーバーサイズ……。アイデアあふれる作風のメゾン・マルタン・マルジェラがこの秋、デビュー20周年を迎えた。「最も過激で革新的」と言われ、人々のライフスタイルや価値観にも影響を与えてきた。出身地ベルギーのアントワープで開催中の作品展を訪ねて考えた。マルジェラがなし得たことは何だったのか。(編集委員・高橋牧子)
会場の入り口に、乱暴に押し破った金網が巡らしてある。「20世紀の破壊王」と呼ばれ、ファッションの常識の壁を突き破ってきたこのブランドにぴったりだ。
「入っていいのか、ダメなのか。マルジェラの服や店には、人の好奇心を刺激し、戸惑わせるような魅力がある」。展覧会を企画した州立モード博物館のカート・デボ学芸員は言う。アイデアや構成はマルジェラ本人と共に考えたという。
トロンプルイユ(だまし絵)、破壊など23のテーマに沿った約100点。初期の作品にはユーモアや皮肉がたっぷり。足袋のようにつま先が二つに割れた靴は、その名も「タビ」で、デビュー当時からの作品。Gジャンにペンキを塗りたくった「ペイント」。解体し再構築した「テーラリング」。バービー人形の服をそのまま人間のサイズに拡大した「人形の服」(94年秋冬)は、巨大なボタンなどポップな味が当時の話題をさらった。
「匿名性」と題したコーナーには、ガムテープを張ったパンプスや、白い綿布で覆ったビンテージのブランドバッグがある。マルジェラの服はブランドロゴが無く、本人は取材や写真撮影をまず受けない。ブランド名が先行し肥大化するファッションのシステムに背を向ける姿勢を示してきた。
「破壊」のコーナーは、割れた古い陶器皿を針金でつないだベスト(89年秋冬)や、街頭のポスターをはがして作ったボレロ(90年春夏)などが、破れたビニールからのぞく。新しいものを作るために破壊をしていくこの手法は、多くのデザイナーに広がった。
マルジェラの作品で驚くのは、デザインの振幅の大きさ。エレガンスとベーシック、高級と低俗……。05年秋冬から始めたオートクチュールライン「アーティザナル」は、紙くずなどキッチュな材料で、職人が何十時間もかけて作ったキツネの襟巻きなどがそろう。
マルジェラを長く扱ってきたユナイテッドアローズの相談役、栗野宏文さんは「時間の経過と人間への愛が、彼の作品を支えている」という。20周年のイベントで来日した、マルジェラの旧友で写真家のマーク・ボスウィックさんは「彼は普通のものに美を見いだし、つつましいことに共感してきた」と語る。
マルジェラは50歳。この秋のパリ・コレクションでは自身の過去の作品から発想した新作が並び、引退説も流れた。確かに彼は、一つの時代のファッションが表現しようとしたことの、すべてをやり尽くしたかのようだ。
何よりも、多彩な破壊やユーモアを通して、ファッションを既成の枠から解放した。もしかすると、マルジェラ自身もファッションから自由になりたがっているのかもしれない。