「ダメ。ゼッタイ。」に追い込まれる中毒患者―元五輪選手逮捕で「禁止の言葉使い」について考える

矢萩邦彦 | ジャーナリスト/教育者/アルスコンビネーター

1976年、15歳でモントリオール・オリンピックに出場した体操選手岡崎聡子容疑者が覚醒剤を隠し持っていたとして警視庁に逮捕されました。岡崎容疑者は、引退後すでに五回の有罪判決を受けています。今回は繰り返し薬物による罪を犯してしまう心理について考えて見たいと思います。

◆「ダメ。ゼッタイ。」はトドメ

「ダメ。ゼッタイ。」電車内のポスターをはじめ様々なメディアで見かけたことがある方も多いと思います。これは、財団法人麻薬・覚せい剤乱用防止センターによるスローガンで、厚生労働省が普及運動を主催しています。最近では、「始めたら、戻れない」という標語も目にするようになりました。

学校や会社でのストレスから薬物中毒になり、現在は薬物依存症の更生施設で働くMさんは「ダメ。ゼッタイ。なんて言われると、すでに中毒になってしまっている人間はとどめを刺されちゃうんです。もうおまえはダメだって烙印を押されたようなものです。」と訴えます。確かにその強硬な言葉は、まだ手を出していない人には抑止力になりそうですが、すでに手を出してしまって苦しんでいる人の、救いを求める手を振り払っているといえそうです。

「中毒状態、禁断症状はなったことのある人間でないと、その辛さは分からないと思います。きっかけは自分にあったのは分かっていますが、辛さを誰にも分かって貰えず、しかもおまえなんか生きている資格がない、と言われてしまっているようで、どうしようもない絶望感を覚えました。」と語ってくれたMさん。誰にも相談できず、辛さを紛らわすために更に薬物やアルコールに頼ってしまうことは想像に難くありません。

◆マイノリティーに蔓延する薬物

「麻薬は全てダメだ」という意見から、「大麻はタバコやアルコールよりも害が少ない」「たとえ害は少なくてもほかの薬物への導入になる」などの論争は以前からありますが、前述のMさんは、まず薬物中毒になり、その後アルコール中毒になったと言います。順序よりも、メンタリティや環境によって填まりやすい人がいるようです。

セクシュアルマイノリティーが集うイベントで薬物に手を出さないよう注意を呼びかけていたブースでは、「売り物と間違えて買いに来る人が結構いるんですよ」と頭を抱えていました。また別の参加者はステージ前で楽しそうに踊っている参加者を指さして「あの辺は露骨に薬物の匂いがする」と。

性同一性障害を抱えているというSさんは、「私たちや、HIVポジティブの子なんかは、酒とかドラッグに逃げるしか無くなっちゃうのは分かるわよ。正直、分かってくれるか放っとくかどっちかにして欲しい。」と行き場のない社会に対する憤りを話してくれました。一度填まってしまい、また逮捕されるなどの経歴によって周囲の理解は更に得られにくくなると想像出来ます。

◆その言動が誰かを疎外していないか

居場所のなさ、周囲の理解のなさから薬物などに走るケースが多いのだとしたら、禁止を訴えること以外にも出来ることはたくさんあると思います。前述のMさんは「きちんとした治療やリハビリをすれば治すことが出来るものですから、安心して専門の更生施設に相談して欲しい。中毒の苦しみや気持ちの分かるスタッフが待っています。」と訴えます。

助けを求めることが出来るような環境を作ることは、薬物中毒に限ったことではありません。学校や職場でのイジメやセクハラ、パワハラも同じような根があるように思います。「どうせ言っても無駄」という空気は少しずつ醸成されてしまいます。誰かを疎外しているかも知れないという想像力を持ったうえで言葉を使うような配慮があれば、少しずつでも環境が改善されていくのではないでしょうか。(矢萩邦彦/studio AFTERMODE)

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矢萩邦彦

ジャーナリスト/教育者/アルスコンビネーター

教育・アート・ジャーナリズムの現場で活動し、一つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を目指す日本初のアルスコンビネーター(命名は松岡正剛)。予備校でレギュラー授業を持ちながら、全国で江戸的私塾『鏡明塾』を展開、分野にとらわれない現代版陽明学を実践している。学校機関でも特別講師として平和学・社会学・教育学など講演。また教育コンサルタントとして学生や保護者へのアドバイスに留まらず、講師研修・企業研修等も手がけている。代表取締役を務める株式会社スタディオアフタモードではジャーナリスト育成や大学との共同研究に従事、ロンドンパラリンピックには公式記者として派遣された。

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