滋賀県の医療観察病棟の開棟が近づいている。
巷では、医療観察病棟について、聞きかじった情報だけでよく調べもせずに勝手な思い込み配布物を配り歩いている住民もいるとのこと。
なぜ必要ないのか、これからじっくり、先達の書籍などを引用して解説しよう。
まずは、ジャーナリストの大熊一夫氏の著作「精神病院を捨てたイタリア 捨てない日本」から。
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日本の精神保健は半世紀も前から今日まで、病院経営の都合が第一、患者の身の上は二の次だ。この優先順位は変わっていない。クラークは40年前に言っている。「日本の行政機関は精神病院をコントロールできていない」と。今は、もっとその傾向が強まったように見える。
日本精神科病院協会(日精協)は、20年以上前から、自由民主党や同党厚生族議員たちに多額の政治献金を続けてきた。2003年には、心神喪失者等医療観察病法が自民党のごり押しで成立した。これで、手に余る患者を新設特殊病院に厄介払いすることに成功した。同法成立の背後で、日精協が金にものをいわせて自民党にロビー活動をしていたことを疑わせる事実が、当事者会有志による綿密な政治資金報告書調査で明らかになっている(2003年4月18日付毎日新聞、5月19日付朝日新聞、9月12日毎日新聞など)
同法の奇妙奇天烈さについては第4部第3章で触れる。
クラーク勧告から24年たった1990年1月、私も厚生省の精神保健課長にはがっかりさせられた経験がある。朝日新聞厚生文化事業団の招きで講演のために来日したイタリア・トリエステ精神保健の最高責任者フランコ・ロッテリを厚生省の精神保健課長に引き合わせたくて、霞が関のレストランに昼食の席を設けた。精神病院を廃絶したトリエステの経験は日本の精神保健行政に大いに参考になるのでは、と私も随分とおせっかいなことを考えて、わざわざ一流のイタリア語通訳まで用意した。結果は、無残なものであった。
課長は日本精神病院協会から今しがたファックスで送ってもらったらしい資料(資料の縁に発信元の日本精神病院協会とあるのがはっきり見えた)を手に、「トリエステが精神病院なしでやれるのはトリエステから重い患者が出て行ってしまったからではないか」の一点張りで、WHOのパイロットモデルであるトリエステの「精神病院なしの精神保健システム」に、みじんも興味を示さなかった。
昼食は、砂を噛むような妙な雰囲気に終始した。
かねがね日本厚生省の精神保健行政には失望させられることばかりだったが、この日をもって、私の愛想は完全に尽きてしまった。
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平成23年12月に滋賀県の日精協は、「当該施設は患者の治療有効性が実証されていない」として建設凍結の反対声明文を出した。
翌月、一転して「施設の運営を工夫することによって、治療効果の高い、安全の確保された治療的な環境を維持していくこと」を条件に白紙撤回した。
治療の有効性が実証されていないとしながら、どう治療効果を高めるのか・・?全く具体的な方法を提示もせずに、白紙撤回をするのは無責任極まりなかった。
結局は、大熊氏も書いている通り、手に余る患者の厄介払いである。そして、特殊病棟には、たいした効果がないにもかかわらず(かえって悪化するのでは?)莫大な予算が国費から垂れ流しのようにつぎ込まれる。いつまで作り続けるのか厚労省は明確にしていない。