↓全世界における放射能の海洋汚染に関する資料 「IAEA-TECDOC-1429」
http://www-pub.iaea.org/MTCD/publications/PDF/TE_1429_web.pdf
↓セラフィールド沖の放射能汚染に関する資料 「The environmental impact of the Sellafield discharges」
http://homepage.eircom.net/~radphys/scope.pdf
セラフィールドで垂れ流された放射能の総量ですが、上記資料scope.pdfのp2から抜粋して、以下の表に福島、チェルノブイリ、セラフィールド、そして過去の米ソ中等による核実験の総計(グローバルフォールアウト)を比較しました。チェルノブイリと福島の総量は前のエントリーと同じ資料を使っています。
https://docs.google.com/spreadsheet/ccc?key=0Ai4-DtUU3oRmdHcxVk9GaFUzSE15UHd4SWRXRTRIRnc&usp=sharing
まあ何というか、凄まじい垂れ流しようでして、、超ウラン元素に関してはチェルノブイリ以上の垂れ流しをアイリッシュ海にしていたとは今まで自分も全く知りませんで、、プルトニウム嫌いの人が見たら卒倒しそうな放出量になっています。実際にここで取れる貝類のプルトニウム濃度は現在でも数十Bq/kgあるそうでして(参照 「The environmental impact of the Sellafield discharges」p16)、福島周辺の土壌から数Bq/m2のプルトニウムが検出されても騒いでいる人もいる訳ですから、そういう人はアイリッシュ海の海産物は絶対に食べられないかと、、。で、福島沖の海洋汚染の実測データとセラフィールド沖のデータをどう付き合わせたもんだか色々資料を漁ったのですが、セシウム137をベースに表層水の汚染濃度の比較するのが結局の所一番都合が良いと考えまして作ったのが以下の図です。
まずはセラフィールド沖の汚染に関してはTECDOC1429のp121の1976-1980の図を抜粋させてもらい、以下にこの濃度図を踏襲した形で自分の作った福島沖2011/8-9月の汚染図をほぼ同縮尺で載せました。
同縮尺だと余りにも小さいので拡大したのが以下の図です。以下の資料から実測濃度を抜粋し、最初に図の○の中にセラフィールドと同じ濃度色を割り当て、その後周辺を大まかに色づけしました。
文科省海域モニタリング2011/11/17発表資料
文科省・環境省・海上保安庁モニタリング資料
事故直後汚染水という形で原発港内から流れ出たというよりは、大気中に放出されたセシウムが太平洋に広く降下して8〜9月ではその影響で汚染地域が太平洋側に広がっているように思えます。ちなみに大気中からの降下と判断した理由として事故直後の4月にこの地図からはみ出るほど遙か沖にホットスポットのように1000Bq/m3の場所が表れた点が挙げられます。(参照→気象庁調査資料 ちなみにここで採取されたデータをGoogleMapに高濃度部分のみプロットしましたが、線引きをするには余りにも情報が少ない為、上下のような図は作りませんでした)。その後降下物として海面に落ちた放射性物質は攪拌して急速に濃度を下げ、遠洋においては2月の時点では以下のように薄まっています。近海の濃度はそれなりに残っている訳ですが、これは原発サイトからのものと同時に陸地に沈着したセシウムが河川を伝ってじんわり近海の濃度を高めているように見えます。とはいえ去年の8月時点よりいずれも濃度は低下傾向ですので、このまま数年で薄まっていくことが予想されます。
文科省海域モニタリング2012/4/23発表資料
文科省及び東電海域モニタリング2012/6/1発表資料
ここでセラフィールドと比較して、何故こんなに簡単に薄まるのか疑問に思う人がいるかもしれません。セラフィールドの垂れ流したセシウム137の量は約30年の年月を掛けて福島沖に放出された3倍近くということですが、この実測データを見る限りあまりにもセラフィールド沖と北海の汚染が長期に渡って続いているように思えます。セラフィールドに於ける時間変化はTECDOC1429 p121-122から抜粋すると
上のようになり、80年代半ばを境に通常業務としての垂れ流しを大幅に抑制した訳なのですが(参照 TECDOC1429 p10)それでも北海やアイリッシュ海の汚染が消える様は福島沖と比較して緩慢です。(余談ですが 86年以降はチェルノブイリによるフォールアウトでバルト海が汚染されているのが解ると思います)
この理由はアイリッシュ海、北海の平均水深が一番の理由だと思われます。GoogleMapの衛星写真にして、太平洋と比較すると欧州の北西には広大な大陸棚の浅瀬が広がっているように見えます。この辺りの水深は平均90m前後といわれており、非常に浅い訳です。翻って太平洋は平均水深4000mですから、面積(北海75万km2 太平洋1億5千万km2、太平洋が200倍)で比較すると大した違いが無くても(それでも太平洋のほうが遙かに広いですが)体積(北海9万km3 太平洋7億km3 太平洋が7800倍)で比較すると水たまりと湖ほどの違いになります。故に攪拌によって放射能が薄まる度合いも段違いということになります。
ちなみに太平洋においてはかつて福島やセラフィールドよりも遙かに深刻な放射能汚染を経験しています。それはビキニ環礁等の南太平洋に於ける米国の核実験による放射能汚染でして、、ここではセラフィールドの約8倍近い(福島の20倍以上)341PBqのセシウム137が放出されたそうです。ストロンチウム90に至っては224PBqとチェルノブイリの実に20倍以上(福島の大気中放出の2000倍弱)もの放出があったということで、太平洋は激甚な放射能汚染に曝されたことになります。(放射性物質の総量に関しては以下のサイトを参照にしました→一瀬氏の運営するブログ「カクリ論」)この核実験による海洋汚染の経過についての研究は良くされており、2004年に出された以下の研究などが非常に参考になります。
「海洋環境放射能による長期的地球規模リスク評価モデル(LAMER)」
この中に太平洋に於ける表層水のセシウム137汚染の挙動が描かれていますので抜粋しますが、この図を見る限り、たった10年で濃度の急激な低下が起こる様が見て取れる点で福島沖の拡散の早さなどが得心いくかと思われます。
今回福島で放出された量は核実験と比較するとセシウム137に絞っても数十分の1である点を考えても、結局は太洋の攪拌能力によって、少なくとも陸地から10km以上の遠洋では過去の核実験で海水に溶けた分のバックグラウンドにここ数年で近づき、見分けが付かないようになると思われます。現在は海底土に沈着した放射性物質が再浮遊して濃度を高めることもあるでしょうが、結局海の中というのは自然のままで常に除染作業をやっているようなものですので、結局の所放っておいても濃度は下がり続けるのだと思います。故に海洋の心配をするならば地上に沈着してしまった放射性物質をどうするか考えるほうが遙かに建設的であろうかと、、、
またストロンチウム90の汚染について、以前のエントリーでも書いた通り、汚染水に含まれる度合いが大気中に放出された度合いより大きいという事で非常に海産物の汚染が心配されたのですが、それさえも過去の核実験で放出された量、そしてバックグラウンドを考慮すると、福島事故前、核実験によるストロンチウムを心配していないのであれば、別に心配する程の量は出てこないという事になるのではないかと、、理由は原発事故で大気中に放出されたセシウム137とストロンチウム90の比率は100:1とも1000:1とも言われ非常に希薄である点、海洋汚染が大気中から降下したものが殆どである点、原発サイトから垂れ流された分の比率はCs137:Sr90で10: 1くらいでストロンチウムの比率は大気放出のものよりも高いが、核実験によって放出された比率はCs137:Sr90で3:2と非常に高くバックグラウンドにセシウムよりも早く到達してしまう事が予想される点などです。
ここで過去の核実験やセラフィールドなどの垂れ流し、チェルノブイリの影響などで各海洋において攪拌した放射性物質をバックグラウンドと言いましたが、それがそれぞれの海洋においてどの程度の違いがあるかを書いておきます。TECDOC1429のP138-141までに記載されているもので、2000年の調査ということみたいです。で、その中で主要な海を抜き出して比較したのが以下の表です。
単位 セシウム137,ストロンチウム90(mBq/L = Bq/m3) プルトニウム239,240 (μBq/L = mBq/m3)
注意 ※プルトニウムは非常に希薄な為μBq/Lと、セシウムなどの1000分の1の単位を使っています。
まあセラフィールド垂れ流しの影響でアイリッシュ海だけ突出したバックグラウンドになっている訳ですが、、それを差し置いても普通に世界中の海にはある程度の濃度でこれらの放射性物質は存在するということを認識するべきかと思います。特に現在福島事故のお陰で非常にセンシティブな調査がされている訳なのですが、このバックグラウンド値というものを全く勘案せずに、検出されればそれが福島由来と大騒ぎする節がありますが、、これらの数値を頭に入れておくことで事故前とどれくらい違うのか、各国とどれくらいの違いがあるのかという指標になるかと、、、ちなみに福島事故の影響で太平洋の値がどの程度変化するかですが、セシウム137で過去のビキニ環礁等の水爆実験の数十分の1という規模ですから、現在の2.4Bq/m3という数値が精々2.5Bq/m3とかに上がる程度かと考えられます。もちろん攪拌には時間がそれなりに掛かり、それは上記の核実験による攪拌と同じような挙動になるのでしょうが、いずれにせよ福島原発近海でもアイリッシュ海やバルト海より薄まるのは時間の問題かと思われます。上記の今年(2012年)の2月の時点の汚染濃度図を見る限り、現在のアイリッシュ海と同じオレンジ色の濃度の部分はいわきから南相馬近海までに限定されている点をみれば、その薄まり方は明白です。ましてやこれはセシウム137だけにほぼ絞られ、ストロンチウム90やプルトニウムに至っては過去の核実験によってまき散らされたものにすぐに埋没するほど微々たる量でしょうから、問題にならないと考えて宜しいかと。
以上の事を勘案すると、魚介類に関しては近海(特に河川の河口付近は高くなる恐れはあると思います)の底魚や貝類じゃないかぎり、放射性物質の蓄積は福島事故前のバックグラウンドレベルに近づくのは自明であろうかと考えられます。それにしても何というか、、、ここの所色々目に入る放射能関連のニュースなり、ツィートなりというものは、余りにもセンセーショナリズムに囚われすぎているように感じてなりません。例えばGoogleの画像検索の「海洋汚染」で表れるASRの有名なシミュレーション画像ですけど、、実測ではないただのシミュレーション画像で、しかもBq/m3といった表示も記載されていない学術的にそれ程意味のないあの手の画像に踊らされて、太平洋の魚はもう食べられないと嘆いてみたり、色々情報が一人歩きするのも非常に問題なんですが、、過去の核実験のバックグラウンドやその他放射性物質をどれほど自分が取り込んでいたのか等の比較知識がある訳ではないのに、福島事故後になって初めてセンシティブな調査をして検出されればそれが過去の大気中核実験由来か福島由来かなど全て棚上げにして大騒ぎをするというのも大いに問題かと思います。
自分は子供の頃にドイツのハンブルグに住んでおりまして、、70年代のセラフィールドによる北海汚染を見る限り、まあ今の福島沖で取れている魚よりも酷い汚染のものを口にしていたんだな〜、などと考えると、ちょっと今の騒ぎがバカバカしく感じられるようになってしまいまして、、、個人的には過剰すぎる規制をしている事自体大きな間違いなんじゃないかと思うようになってきました。もちろんこれは個人的考えではあるのですが、、、ただ人間というものは汚染の尺度が数値で出ると、それを0に近づけたくなるのは性なのでしょうが、、例えば100Bq/kgの規制なども、この事故が起こる前は360Bq/kg(しかも現在のようなセンシティブな検査機器が使う訳でもなく検査も非常に希薄にされていた)という基準だった事を考えると、余りにもおかしいのではないかと思うようになりまして、、、次のエントリーでは内部被曝について大気中核実験時代から福島事故後までの比較、変遷などを書いてみようかと、、