なぜこうも違うのか

「朝日」と「読売」の社説

― 「従軍慰安婦」問題 ―



 米下院本会議で日本政府に対する「謝罪決議案」が採択された直後の2007年8月1日、「朝日新聞」「読売新聞」はそれぞれに社説を掲げ、この問題に関する新聞社としての見解、主張を明らかにしています。
 朝日は、「慰安婦決議 ― 首相談話でけじめを」、読売の方は「慰安婦決議 誤った歴史の独り歩きが心配だ」との見出しを立てています。読売の見出しの意味はハッキリして分かりやすいのですが、朝日の方は「首相談話」の内容が分からないかぎり、見出しの意味がよくわかりません。
 朝日のいう「首相談話」というのは、“ 河野談話と同一内容のもの” を指し、これを内外に向けて発表するのが最善の道という見解ですから、読売と朝日の社説には大きな開きのあることが分かります。
 新聞社の主張、見解の違いはよくあることで、それ自体はむしろ歓迎すべきことでしょう。ですが、この問題に関する両者の主張・見解の相違は、その基礎となる慰安婦問題に関する事実認識に、際立った違いがあるからにほかなりません。
 ですから、双方の「事実認識」に向けた態度を注視すれば、事の真相がわかるに違いありません。



    1    読売新聞社説

 まず、読売新聞から見ていきましょう( 社説全文は⇒ こちら)。
 見出し(表題)の「慰安婦決議 誤った歴史の独り歩きが心配だ」につづけて、次の文がでてきます。

〈 明らかな事実誤認に基づく決議である。
決議に法的拘束力はないが、そのまま見過ごすことは出来ない。 〉


   ・  「事実誤認」を強調
 読売社説は決議案は明らかな事実誤認にもとづくものだと断定したうえ、「 事実誤認には、はっきりと反論しなければならない。誤った「歴史」が独り歩きを始めれば、日米関係の将来に禍根を残しかねない。」 と、先々を見すえて「はっきりした反論」をと強調しています。
 では、何をもって決議案が「明らかな事実誤認」だとしているのでしょうか。

   ・  「朝日」報道が元凶
 その「事実誤認」について次のように書いています。

〈 慰安婦問題では、1990年代初め、
戦時勤労動員だった「女子挺身(ていしん)隊」が日本政府による“慰安婦狩り”制度だったとして、
一部の新聞が全く事実に反する情報を振りまいた経緯がある。

 慰安婦問題は「一部の新聞が全く事実に反する情報を振りまいた」というのですから、事は重大です。
 「一部の新聞」とぼかした表現になっていますが、もちろん外国の新聞ではなく、「朝日新聞」と「他のいくつかの日本の新聞」を指していることは明らかです。
 というのもこれより前の2006年10月16日付け社説 「日本政府はきちんと反論せよ」 のなかで次のように、「一部全国紙」と明記しているからです。
 〈 慰安婦問題は1990年代初頭、 一部全国紙 が、戦時勤労動員制度の「女子挺身(ていしん)隊」を“慰安婦狩り”だったと、歴史を捏造(ねつぞう)して報道したことから、日韓間の外交問題に発展した。〉

つまり、戦時中、工場などに勤労動員された「女子挺身隊」 をもって、「慰安婦狩り制度」だったとした朝日の一連の報道を、「全く事実に反する情報を振りまいた」「歴史を捏造して報道」 と断定し、慰安婦問題の元凶と非難していることになります。
 ですから、この指摘が正しければ、朝日の一連の報道は国家と国民の名誉をいちじるしく傷つけ、しかも今回の「決議案」に見られるように自国を窮地に落としいれたのですから、日本国民に対する重大な裏切り行為として強く批判されなければならないでしょう。
 別項に記したように、この読売の指摘は間違いのない事実にもとづいています。
 朝日新聞にすれば、致命的ともいえる記事の誤りをこうまで書かれたのですから、大きく名誉を傷つけられたはずです。何かと言えば、訴訟をちらつかせては相手を威嚇する新聞記者を抱えた新聞社ですから(私も経験しました)、ここは何としても「名誉回復」のために、読売新聞社を相手取って「名誉棄損」の訴えを起こし、朝日読者のためにも“濡れ衣”を晴らさねばならないところでしょう。
 ですがおかしなことに、そんな動きはないようです。これもお得意の、都合が悪くなると、沈黙してほとぼりの冷めるのを待つ、といういつもながらの術を使っているとしか思えません。

   ・  「河野談話」は事実の裏づけナシ
 さらに、読売社説は河野官房長官談話について、
 〈 官憲によって慰安婦が「強制連行」されたかのような記述があり、国内外に誤解を広めた 〉 と指摘したうえ、

〈 だが、慰安婦の強制連行を裏付ける資料は、存在しなかった。
日本政府も、そのことは繰り返し明言している。〉

 と記して、河野談話もまた「事実誤認」だったとしています。
 また、こうした“慰安”施設は、日本ばかりでなく、アメリカもドイツも、そして韓国にも存在したのに、日本だけが非難の対象となるのはおかしいとし、「民主党優位の米議会では、今回のような決議が今後再び採択されかねない。日本の外交当局は、米側の誤解を解く努力が、まだまだ足りない。」 と憂慮を示しつつ、社説を締めくくっています。
  

   2    朝日新聞社説

 次に朝日社説を見てみましょう( 社説全文は⇒ こちら)。
 まず、謝罪決議について、
 〈 決議は「残虐性と規模は前例がない。20世紀最悪の人身売買事件の一つ」とまで述べている。
 日本政府は93年の河野洋平官房長官談話で、旧日本軍の関与を認め、謝罪した。それを受けて官民合同のアジア女性基金を設立し、元慰安婦に償い金と一緒に、首相名のおわびの手紙も渡している。米側がこうした取り組みを十分に評価していないのは、残念なことだ。〉
 と書き出しています。
 ですが、「20世紀最悪の人身売買事件の一つ」 として断罪した決議案が、そもそも歴史的事実にもとづいたものなのか、また、「河野談話」についての数々の疑問について何もふれることなしに、一足飛びに次の文へとつづきます。

   ・  「事実誤認」問題は黙殺

〈 しかし、過去の日本をこれほど糾弾する決議が採択されたのは、日本の側にも原因がある。
そのことを厳しく見つめなければならない。〉

 とあるように、「事実誤認」の存否については一言もふれずに、「決議案採択」がもっぱら日本側に責任があるとの論を展開します。
 朝日などが振りまいた「全く事実に反する情報」のために引き起こされた「明らかな事実誤認に基づく決議である」とする読売社説とは、天と地ほどの違いを見せています。
 そればかりか、

〈 河野談話は、様々な証言や証拠を吟味した結果、軍の関与を認めたうえで、
慰安婦の募集や移送、管理などで全体として強制性があったと述べた。
日本政府としての公式見解である。 〉

 とし、「河野談話」は日本政府の公式見解であるから、その内容に間違いはないとばかりに、つづいて安倍首相批判に向かいます。

〈 ところがその後、一部の政治家やメディア、学者らから、
河野談話を否定したり攻撃したりする発言が相次いだ。
そうした勢力の中心メンバーの1人が、首相になる前の安倍氏だった。〉

 そして、安倍首相の「河野談話を継承する」とした発言にもかかわらず、〈 狭義の強制性」はなかった 〉 とした点を捉え、「 木を見て森を見ない抗弁」と断じました。
 「河野談話を継承する」とした安倍首相の発言は軽率であったし、「狭義の強制性」という表現も理解しにくいものだったと思います。慰安婦問題への安倍首相の理解度は、この時点であまり高いものではないように思えます。
 だからといって「木を見て森を見ず」という非難は当たりません。どこを指して「木」と言い、どこを指して「森」というのでしょう。実は「木」にしても「森」にしても、元をたどれば「朝日報道」であって、それも事実に立脚したものではないことはいまや明白です。
 つづいて、決議案阻止に向けてワシントン・ポスト紙に載せた日本の「国会議員や首相の外交ブレーンら」による反論広告が、採決に決定的な作用を及ぼしたとし、さらに、

〈 今回の決議を採択した本会議で、民主党のラントス下院外交委員長は、
こうした反論広告などについて、
「歴史をゆがめ否定する日本の一部の試みには吐き気をもよおす」と述べた。〉

 と書き、ラントス下院外交委員長の「吐き気をもよおす」発言はもっともだ、といわんばかりの記述になっています。

  ・  「河野談話」と同じ「首相談話」を出せ
 あとは社説をお読みいただきたいと思いますが、社説の結論である次の提言には、あらためてこの新聞社の体質(誤りを認めようとしない「無謬性」など)がよく現れていると思います。

〈 決議は首相に謝罪を求めている。首相の沈黙は逆効果になるだけだ。
河野談話の継承を疑われているのならば、同じような内容を安倍首相の談話として内外に表明してはどうか。
それがいま取りうる最善の道だろう。 〉



  

   3    虚報を垂れ流したのは朝日ではないか

 両社説の是非を考えるにあたって、韓国の盧 泰愚・元大統領の次の発言(「文藝春秋」、1993年3月号)が参考になると思いますので、掲げておきます。インタビューは舞台演出家の浅利 慶太です。

〈 たとえば先般からの挺身隊問題についても、
日本が心からすまなかったと言ってくれれば、歴史の中に埋もれていくものだと思います。
ところが実際は日本の言論機関の方がこの問題を提起し、我が国の反日感情を焚きつけ、国民を憤激させてしまいました。
そうなると韓国の言論、日本は反省していないと叫び、
日本に対して強い態度に出ない政府の対応をひどいとさらに感情論で煽ってきます。・・・ 〉

 大統領が「(従軍)慰安婦」と言わずに、「挺身隊」と発言しているところにもご注目ください。

― 2007年 9月 7日より掲載 ―



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