『ファシードさんにお会いしたいんですが、どこに伺えばいいですか?』
休暇に入ったある日、ポステが運んできた、コーメの手紙。
私は車ですぐさま自宅を出て首都リゾンテアへ出発し、普段の半分の時間で走破して王宮入りした。
王宮の門衛は言った。
「王子さまと乳母さまなら、王子さまのお部屋です」
王子の部屋にいた小間使いは言った。
「あ、お二人で庭に出ていかれましたよ」
庭師の女性は言った。
「王子さまと乳母さまですか、厩舎の方へ行かれました」
厩番の若者は言った。
「お二人なら……」
……ぜい、はあ。
結局、王宮中を走り回った挙句、私は侍女に案内されて姉の部屋に入った。
私の姉、イシュディール王の第二夫人ソラミーレは、ソファで本を読んでいたが、顔を上げると私を上から下まで眺めてうなずいた。
「……ま、こんなもんか」
「……姉上さま。これは何のたくらみか、お聞かせ願えましょうか」
嫌味ったらしく慇懃に質問すると、姉は本を閉じてこう言った。
「少しはあんたの体力を削ってから、コーメに会わせようと思ったのよ。言いかえれば、絶好調のあんたにコーメは渡せないってこと」
「やっぱり姉貴の仕業か、邪魔するつもりかウラァ!」
噛みつく私を、姉は鼻で笑った。
「ハッ、せいぜい吠えるがいいわ。そのうち絶対私に感謝することになるから、覚えてらっしゃい」
「どういう意味だっ!」
「あんたはギラギラガツガツさえしてなけりゃあ優良物件だってこと。そうそう、ナナオに書いた手紙もずいぶん突っ走ってたそうじゃないの? “星心印”に翻訳したハルーリアが手心を加えてどうにかしたって言ってたけど、最近あんたの話が出るたびにヒィヒィ思い出し笑いしてるわよ」
姉はひらひらと手を振って言った。
「オージとコーメは南の温室」
……教えてくれるのか。
「コーメは連れてくぞ」
「コーメがそれを望んでるんでしょ? だったら仕方ないわ」
そこへ、豊かなバリトンが響く。
「賭けは私の勝ちだな、ソーラ。コーメはファシード殿を選んだのであろう?」
義兄――国王イシュディールが入ってきた。
「陛下!? 賭けって」
「旦那さま……キーッ悔しいっ、私はラズトだと思ってたのにぃ! あんの甲斐性ナシ!」
ハンカチを噛む姉に「はあ?」と口を開けていると、部屋の入口付近に立っていた執事までが静かに、
「私も負けましてございます。我が息子カザムも、不甲斐ないことで」
ってこいつら。
覚えとけよ、と姉にガンを飛ばしておいて、私は義兄に礼を取った。
「陛下、お味方ありがとうございます。ただいまより陛下の勝利を確定してまいります」
「うむ。後日、口頭で良いので詳しい報告を」
イエッサー! めくるめく報告を差し上げたらぁ義兄上!
私は踵を返して、姉の部屋を飛び出した。
王宮の南側の庭にある温室にたどり着くと、コーメとオージと数人の侍女がピクニックをしていた。
この場所にいるということを、姉の命令で何人もがグルになって隠していたわけだ。
こちらに気づいたコーメが、ぱっと花が開くように微笑む。
「ファシードさん! 来て下さったんですか」
「コーメ!」
勢いを殺さずに走り寄ると、一瞬身体を引いて、
「……猫まっしぐら……」
とつぶやいていた。意味がわからないが、今は置いておく。
私ははやる心を抑え、まずはオージのそばに膝をついた。オージはニコニコと私を見つめている。
「オージ殿下。乳母殿をお借りしに参りました。お許し願えますか?」
「ゆるす。よきにはからえ」
「王子……」
コーメがかがんで王子の頭を撫でる。
「それじゃ、出かけてきます。……明日からローレンが来てくれるし、お母様のおっしゃることをよく聞いて、いい子にしていてね」
「ありがとうなオージ、お土産待ってろよ!」
私はコーメを渡り廊下へ連れ出した。大きな柱の陰で、二人向き合う。
「コーメ、愛してます」
「わぁっ! そんないきなりっ」
「私に連絡をくれたのは……もしかして、ナナオから返事が?」
「……はい」
「ナナオは何と?」
「えっと……『腹筋がよじれる』と」
ハルーリアに続き、ナナオにも笑われたらしい。
おかしいな、私はただコーメをいかに愛しているかを、さまざまな事象に例えて叙事詩風に書いただけなのに。まあ好印象だったのなら、それでいいが。
ナナオからOKが出たと判断して、私は続けた。
「前に、この国を案内したいと言ったのを覚えていますか? 泊まりがけでゆっくり、と。あれを、この休暇に実行しませんか」
「あ……あれ、あの時本気だったんですか」
「私はいつも本気ですよ」
コーメはとうとうクスクス笑いをこぼした。
「……はい。連れていって下さい」
「いいんですね?」
思わず確認する。
「はい。ファシードさんと一緒なら、すごく楽しみです」
うなずいたコーメは、乳母の印、頭のボンネットのリボンをほどいて外す。
私はその手に自分の手を重ね、コーメの耳元でささやいた。
「髪は、後で……私にほどかせて下さいね」
コーメは真っ赤になってしまった。
◇ ◇ ◇
王宮を出るころには、陽が傾き始めていた。
案内すると言ったからには……と、景色のよい所に向かう。コーメは、ちゃんとしたデートをしたことがないと言っていたしな。
ベタだが、夕景の名所である海辺の展望台へ行き、二人で日没を眺める。
コーメと二人でいるのが嬉しくて、耳元で愛の言葉をささやく。コーメは、初めは恥じらいながらも返事をしてくれていたが、しばらくすると、
「あの……そろそろ移動しませんか」
打ち切られた。ううむ、しつこかったか。
郊外のレストランに入り、海の見える席で食事をする。
夜色の瞳に月を映したコーメは、とても美しかった。
私はその瞳に見入りながらグラスを掲げ、言葉を探した。
「君の瞳にもがっ」
「乾杯はやめて下さい笑い死にするから」
コーメに両手で口をふさがれた。なぜわかったんだろう。
しかし、食事の終わり際におもむろに、レストランに併設された宿泊施設のルームキーを見せると、
コーメは結局
「王道~!!」
と吹き出してしまった。コーメの世界でもよくあるシチュエーションらしい。
「私はこういうの初めてですけどねっ」
と笑い涙を拭いていたコーメは、部屋に入った後も少し緊張しながら、なるべく「大人っぽく」振る舞おうと頑張っていて。
そこが逆にいとけなく見え、私は煽られた気分で。
予告通り彼女の髪をほどいて……え? これ以上は報告しなくていい?
まあこの夜は、姉のおかげであまりコーメに無理をさせずに済んだ……と言えなくもないようなそうでもないような。
とにかく私とコーメは、愛と笑いに満ちた休暇を過ごすことができたのだった。
【ファシード編 おしまい】
三話とも読んで下さった方、どれが良かったか教えていただけたら嬉しいです!(2011/06/14・15に教えていただいた分は、活動報告にて集計してみました)
(他の二話にも同じ内容の後書きがあります)
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