前編のラストに、後編への枝分かれポイントがあります。
ウィオ・リゾナ王国には、夏が来る年と来ない年がある。
そして夏が来た年には、長いバカンスがある。
その時期には恋人や家族と一緒に過ごすのが恒例だそうで、日本のクリスマスにちょっと似た高揚感があった。
シズ・カグナ離宮の人々も、一部交代で出勤するものの、ここに住みこんでいるタヴァルさん・ミレットさんなどの例外を除いて、長い休暇をもらうんだそうだ。
警備が手薄になるということもあり、王子もその期間は王宮に行って、イシュディール王やソラミーレ様と一緒に過ごすことになった。
ソラミーレ様は、
「コーメは一緒に過ごしたい人はいないの? いい機会だし、あなたの好きに過ごしていいのよ」
って言って下さってるけど、まあ……このまま行くと、王子と一緒に王宮で過ごすことになるかな。
「師匠に資料の整理を頼まれた。この休みは別荘でじっくり取り組むか……。コーメ、その、一緒に来るか?」
とラズトさん。
「俺、この夏から、宿舎を出て下の街に部屋を借りることにしたんです。コーメ、遊びに来て下さい」
とカザムさん。
「コーメが王宮に行くなら、王宮に行く。コーメが離宮に残るなら、離宮に行く」
とファシードさん。
私が家族と過ごせないのがわかっているから、一緒にいてくれようとしてるんだろう。
でも、私は気づかないふりをして、
「皆さん、ご家族と過ごさないんですか? 私は私で、羽を伸ばさせてもらいます」
と笑って受け流していた。
こちらの人にはこちらの人間関係があるんだもの、それを大事にしてほしい。こんなに長い休暇、毎年あるわけじゃないんだしね。
ただ、聞いてみると、ラズトさんの両親は“星心印”研究で各地を飛び回っているそうで。
カザムさんの両親は、二人とも王宮に勤めているそうで。
ファシードさんの両親は、外国旅行を兼ねて買い付けに行ってるそうだ。
皆さん、休暇中も忙しいお仕事なんだな。
夏の休暇まであと十数日という頃。
王子の部屋で、新しく届いた王子の夏服を整理している所へ、窓から白い光が飛び込んできた。カザプカだ。
椅子の背にとまったカザプカが、いつものように封筒をぽとりと落としてくれる。
私は封筒を拾うと、そっと近づいてカザプカの背を撫でた。七緒に懐いているこの鳥は、撫でられるのが好きなのだそうだ。
白い陽炎をまとった身体は、ほのかに温かい。
やがて私の書いた手紙をくわえ、カザプカは再び窓から外へ出ていった。
その姿を追って空を見上げると、強まってきた陽射しが目に眩しい。庭には、木々の濃い影が落ちている。
日本も今ごろは夏かしら。
その日の手紙は、少しいつもと違っていた。
『マミちゃん、前に私、早く彼氏を作ってねって言ったけど、今もそう思ってます。だって、私には彩姉も友達も寮母さんもいるけど、マミちゃんはそちらの国に一人で行ってがんばってるんでしょ。だれか、頼りになる人がそばにいた方がよくない?』
な、何を言い出すのこの子は……っ。
戸惑いながら続きを読んだ私は、仰天した。
『この間手紙をくれたカレ、イイね!』
は? 私以外から手紙!? カレって誰!?
『あの変な文字だったから、名前は読めなかったけど、言いたいことはだいたいわかったよ。だって内容が……』
とその『カレ』からの手紙の内容に触れ、
『……だって! もうマミちゃんにラブラブ!? 娘の私にもちゃんと知らせてくれるとか、くはぁやっとアタリがキターって感じ! マミちゃん、思い切ってGOよ♪ カレによろしく!』
文章がうきうきしてるよ!? 何をよろしく!?
でも、内容で誰のことを言ってるのかは私にもわかった。
あの人が私には内緒で、七緒に手紙を書いて交際の許可を求めたってこと?
はっ、と私は思い当たった。
この間、久しぶりに王子が脱走かまして“星の庭”に遊びに行っちゃったんだよね。
危険な場所ではないし、むしろあれだけ安全な場所もないので、私たちもついつい警戒を緩めちゃってる所が……いけないいけない。
それはともかくとして、“星の庭”で育った王子は、どうもあそこにいる動物たち――神の遣いのカザプカも含めて――と、何か通じ合うものがあるらしい。
さてはあの時に……?
「ナナからのおてがみ?」
「わぁ!」
振り向いたら、王子がすぐ後ろに立っていた。庭で遊んできたのか、金色の前髪が汗で額に張りついている。
「コウメ、きがえるー」
「あっはいはい、今新しい服を出すね」
湿った服を脱がせ、汗を拭いてやりながら、私は王子に聞いてみた。
「ねえ王子……この間“星の庭”に行った時、私以外の人の手紙を持って行かなかった?」
「もってったよ」
新しいシャツに腕を通しながら、ケロリと答える王子。
「何の手紙か、知ってるの?」
「うん、きいた。コウメと仲良くして、コウメをまもりたいって、ナナに書いたんでしょ」
「そ、そうみたい。王子は、私がその……あの人と仲良くしていいの?」
聞くと、王子は最近マイブームである国王陛下のモノマネをして、こう言った。
「ゆるす。よきにはからえ」
「ちょっと王子ぃ」
えええ、なんか寂しいんですけど! この間、「コウメはボクのだから」とか言ってなかったっけ!?
すると王子は、
「ボクが大きくなったら、ボクがまもる番だけどね! それまでだよ!」
と言って、また外へ飛び出して行った。
ホワーンとなっていた私は、ハッと我に返った。
あの人が、七緒に手紙を出すほど真剣に、私を想ってくれている。
顔が熱くなって、私は思わず頬を押さえた。急に、今までのことが次々に心に浮かんできてあわてる。
そして、私は自分のことながら愕然とした。
私、彼とキスまでしてるのに、彼との未来を想像したことがなかった……! そ、そりゃあこれまで、自分と王子のことで精いっぱいで余裕がなかったのも本当だけど、それにしたって……!
自覚したとたん、今まで考えていなかった分、イロイロ想像が爆発してしまい。
その日は人生で初めて、恋に心を乱されて眠れない、という夜を過ごした。
◇ ◇ ◇
翌日。
「……さま。乳母さま!」
「あっ、はい! ごめんなさい、何?」
手にしていたカップがソーサーに当たって、カチャンと音を立てる。
いけない、また考え事をしてた。
数日に一度、夜寝る前に、厨房で侍女さんや小間使いさんたちと女子会を開くのが恒例になっていた。
お酒は入らなくて、爽やかな香りのハーブティに蜜を入れて飲みながらおしゃべりするんだけど、うわさ話や最近の流行について聞けて、楽しいひとときになっている。
でも、今日の私はボーっとしていて、身が入っていない。
「休暇の話ですよー。乳母さまは、娘さんに会いに行くんでしょ?」
「え?」
「なかなかこんな機会ないですもんね! 娘さんも喜びますよ~」
そう、私は、妹に娘を預けて、遠くの島国からここに来たことになってるんだ。こういう機会に里帰りしない方がおかしい。
娘に会うことができない言い訳をとっさに思いつかなくて、
「あ、うん……」
とか言ってたら、王子の専属侍女のローレンが顔を輝かせた。
「わ、そうなんですか!? じゃあ、王宮勤務も交代で半分ずつお休みしましょうよ! 届けを出しておきますね。私も、彼に会いに行こうっと♪」
おっ、彼氏いるんですかローレンさん。
じゃなくて! 私もう、休暇の間は離宮を出るって届けも出しちゃってるんだけど!?
彼に会うのを楽しみにしているローレンに、私はやっぱりずっと王宮で過ごすなんて言ったら、きっと気にして「じゃあ私も……」って言いだすだろうな。
そう思ったらもうどうしようもなく、私は休暇の半分を、王宮でも離宮でもない場所で過ごさなくてはならなくなってしまった。
そ、そうだ、こっそりレモニーナさんの所にお邪魔させてもらうとか!
と思ったら、星心術士連盟の慰安旅行があってお留守だって……。
次に思い浮かんだのは、やっぱりあの人の顔だった。
出会ってから今までずっと、私の気持ちを待ってくれた人。
私は心を決めた。
今度は、私から、あの人のそばに行こう。
☆彡 ☆彡 ☆彡
さあ枝分かれポイントです! 小梅はどのように休暇を過ごす?
A・ラズトさんの別荘で資料整理のお手伝い → 後半ラズト編へ
B・カザムさんの新居へお邪魔 → 後半カザム編へ
C・ファシードさんは自宅にいるのかな? → 後半ファシード編へ
※後書きに次話についてのお知らせがあります※
次話から、順にラズト編・カザム編・ファシード編です。順に読んでいただくもよし、いったん目次に戻って気になるものから選んでいただくもよし、という感じでお願いします。
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