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 手塚治虫さんが1985年に発表した作品「第五福竜丸」。「この原子力ロボットめ、死の灰を降らせるな!」と怒る村人に、アトムがつぶやく。「ボクは正義の味方だと思っていたのになあ」(©手塚プロダクション)

 手塚治虫のキャラクター「鉄腕アトム」が原子力発電所をPRする冊子「アトムジャングルへ行く」は、現在は既に解散している「漫画社」という広告企画会社が、1977年に刊行した。

 漫画社社長を務めた樋口信(74)によると、冊子は電気事業連合会を通じて全国の電力会社に納入された。当時の報道では、東京電力福島原発のPR館でも無料配布されたという。翌年には、続編「よみがえるジャングルの歌声」も作られた。

 物語は、寒さで凍える動物を救おうと、アトムが動物と力を合わせてジャングルに原発を造る。続編は、やがてきた地震と津波に原発はびくともせず「安全でした」といって終わる。

 「手塚さんがこんなことしていたら漫画界の恥だと思い、真意をただそうと押し掛けたんです」。編集者の才谷遼(60)は続編を目にして驚き、パーティー会場にいた手塚を訪ね、取材を敢行した。88年6月のことだ。

 多忙でいつもはすぐ消えてしまう手塚が「大切な問題だから」と時間をつくってくれた。
 取材に対し、手塚は「描いた覚えないの。許可した覚えもない」と冊子への関与を否定した。さらに「僕も原発に反対です。はっきりそう書いてください」と写真撮影用に「原発反対のポーズ」までとってくれた。

 手塚はこのインタビューの約8カ月後、胃がんで亡くなった。才谷はこの取材結果を、原発をテーマに編集した本「図説危険な話」で発表した。

 マネジャーだった手塚プロダクション社長の松谷孝征(68)によると、手塚のもとには生前、電力各社から「PRに使わせてほしい」という依頼が何度もきていたが、そのたびに断っていた。

 「原発PRにアトムを利用しようとするのは間違っている」と話すのは、漫画評論家で同志社大教授の竹内オサム(61)。「原作を読まず、上っ面のイメージだけで頼みにくるんでしょうね」

 樋口は「手塚プロの許諾は受けているはず」と無断使用を否定するが、松谷は「もしそうならチェックのための原稿が上がってくるはずなのに、私はそれを一度も見たことがない」としている。(大津薫、文中敬称略)

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日本を創る 連載企画原発編 原発と国家

①原発と国家

第1部「安全幻影」
第2部「『立地』の迷路」
第3部「電力改革の攻防」
第4部「『電力』の覇権」
第5部「原子力の戦後史」
第6部「原子力マネー」
番外編・原子力の戦後史を聞く
第7部「原子力人脈」
第8部「漂流する原子力」
番外編・アトムの涙 手塚治虫が込めた思い

②復興への道

第1部「漂う人びと」
番外編・専門家に聞く
第2部「再建のハードル」
第3部「地方のスクラム」
第4部「海外の被災地」

③インタビュー

震災と文明
震災後論
海外の原発政策
震災後論②
震災後論③
震災後論④