Muv-Luv 誰が為の銃創 (宗像凛)
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一・壱 殿下
一九九九年、七月某日。
京都が陥落してから早十ヶ月もの月日が流れた。その間に在ったことは以下の通り。アメリカの日米安保条約一方的破棄と在日米軍即時撤退、新帝都・東京に遷都、政威大将軍に煌武院悠陽殿下が即位、横浜と佐渡島にそれぞれハイヴが建設、斯衛軍と本土防衛軍による東日本堅守が日常と化した。それもいつまで保つか分からないが、しかし出来る限りのことをしなければならない。日本帝国が陥落すれば、それは文字通り世界の破滅を意味すると理解したから。
オルタネイティブ計画か……。国連主導による極秘計画。これを知るものは極少数で、例え大佐や少将クラスになろうとも知る権利はないと言う。私が知り得た理由は九條家の人間だからなのと、香月博士に直接面会したからだった。その者こそ天才物理学者であり、オルタネイティブ4の総責任者である。見た目だけで判断するなら、キツそうな美女なだけだが話してみて理解した。これは天才だと。終始圧倒された。白銀の髪を持つ少女もいたが、あれが聞くところによる3の遺産だろう。
問題なのは、オルタネイティブ4が頓挫した時に備えて、米国主導によるサブプランであるオルタネイティブ5があること。これは十万人の人間を太陽系外にある地球型惑星に飛ばし、それに合わせて全ハイヴへG弾を放つのだ。核兵器よりも強力な兵器であるG弾なら簡単にハイヴを攻略できると聞いたが、兵器というものはどれも相応の副作用を産む。核兵器などその最たるものだ。ならばG弾も何がしかデメリットがある見るのが妥当。それを香月博士に問うと、面白そうな顔をしていた。そして、聞いた。G弾によって地球にどんな不利益が及ぶのかを。
……何としても、オルタネイティブ4を成功させなくてはならない。G弾など使わせてなるものか。そもそもオリジナルハイヴすら破壊するつもりなのだから頂けなかった。あそこに一番乗りするのは私だ。米軍などに先を越させてなるものか。
だが、と論点の切り替えを行った。オリジナルハイヴへ突入できたとして、私は本当に元の世界へ戻れるのか? いくら調べても、それぐらいしか前の世界と大きな違いは無かった。天皇陛下が皇帝陛下に変わっていようが、日本の歴史が幕末から変わっていようが私に直接関係があるようにも思えない。
因果律量子論と、香月博士は言っていた。生憎聞いたことはなかった。しかし調べてみるべきか。前の世界へ帰れる手助けになるかもしれない。尤も、マッドサイエンティストに私の真実を話す気はこれっぽっちも無かった。
私は指示された場所へ脚を早めながらそんなことをうつらうつら考えた。何度も決意を塗り固める。今までは曖昧だったが、流石は米国と言わざるを得なかった。どこの世界もアメリカはアメリカだと再認識した。それにしても、まさか日本人が世界の未来を左右するとは。以前の世界なら考えられないことだ。日本帝国の外交官になれば、さぞやる気の出ることだろう。
「どうかされましたか、九條少佐」
三歩後ろを歩く部下の声に、私は小さく頭を振った。振り返ると、そこには長い黒髪に前髪が横一直線に切られた斯衛軍の女性衛士がいた。名前を山城上総と言う。付き合いはもう二年近い。始めは頼りなかった衛士としての腕前も、今ではベテラン勢に食い込むほど。候補生時代から目をつけておいて良かった。
「そなたこそ、私に何か問いたいことがあるのではないか?」
「……何故、篁少尉ではなくわたしが付き添いなのか、その理由をお聞きしたいです」
数瞬の迷いの末、上総は目を伏せながら尋ねた。両手足の骨折も、額に負った怪我も今では完治していた。こんなご時世だが、唯依と並んで人気がある。男性が最前線に張り付いている今、女性衛士も多くなったが、彼女たちのように才能と美貌が兼ね備わった例は少ない。故にどこも引っ張ろうとしたが、予め声を掛けていたことが幸をそうした。
多少、生真面目過ぎるけれど。唯依と並ぶ、もしくはそれ以上に。最近は平然と少佐である私に注意するようになってきた。姉上から尻にしかれてるみたいと笑われたが、あながち間違いじゃないのも困りものだった。
勿論、軍務中は公私混同してはならない。幾ら親しい相手でも、階級が違えば上官と部下になる。近い例は巌谷中佐と篁唯依だろう。尤もあれは少々やりすぎだと思うが。
「篁少尉は巌谷中佐と何やら新兵器の開発に勤しんでおる。月詠中尉はシルバーファング中隊を任せた。手の空いている者がそなたしかおらなんだ」
「しかし、殿下と面会する際の護衛にわたしなど……」
「構わぬ。ここは帝都城、俗物の入る隙はない。護衛も名ばかり。責任を取りたくない輩の定めた無意味なことよ」
悠陽に護衛は必要だと思うが、私に対しては必要なかった。余程の手練れ以外なら圧倒できる自信があるし、そもそも殺される謂われが無い。帝都撤退戦で海外まで名が広まったようだが、どこもそんなことにかまけている暇などない。何しろ日本帝国まで墜ちるかもしれないのだから。万が一のため、国連は極東防衛ラインの再編も視野に入れていることだろう。
「それに以前、殿下からそなたの部下にも会ってみたいものです、と言われたのでな。丁度良い機会ではある」
「わたし……外様武家ですよ」
「だからどうした? そなたは外様武家である前に私の部下だ。それとも、陰からそう言われて居るのか?」
「…………」
上総は答えなかった。しかし答えは確定した。言われているのか、陰口を。内容など訊かずとも推測できた。外様武家の癖に、五摂家縁の人間に上手く気に入られやがって、とかそんな下らないものだろう。特に、こういう陰口を叩くものは橙や赤の人間に多かった。むしろ帝国軍から引き抜いた人間は、生まれが武家でも何でもないためそういう事に関心が薄いのだ。
にしても、困ったな。上総や唯依を特別扱いしている自覚はあった。何しろ才能が才能だ。養成学校時代から手塩に育てていれば愛着も湧く。その事について不平不満があると言われても、私のお眼鏡に掛からなかっただけだ。
「上総、もしも次、陰口を叩かれていると気付いた時は私に知らせよ。これは命令だ」
「しかし、九條少佐のお手を煩わせるのは──」
「そんな下らぬものに気を取られ、実力が伸び悩む方が迷惑なのでな。最近、篁少尉とも実力が離れかけておるだろ?」
メキメキと音が聞こえるのではないかと思うぐらい、最近の唯依は凄まじいぐらいに腕を上げている。同時に、帝国技術廠へ足を運び、巌谷中佐の手伝いまでする始末。何かにとり憑かれたような頑張り具合に、少しだけ心配だった。
「……はい」
「前も言ったが、そなたと篁の才能に差は無い。あるとすれば心の強さだけ。それも克服できるものだ」
「……九條少佐」
「どうした?」
「帰ってから早速シミュレーターで訓練したいのです。お付き合い願えますでしょうか?」
「良かろう。むしろ、今からでも──」
「なりません。殿下との面会をお済ませになられてからです」
さっきとは豹変した。キリッとした表情で私の言葉を否定する。相手が少佐であろうと関係ないと発する空気に、深いため息が漏れた。
会いたくない。切実に会いたくないのだ。煌武院悠陽。良い女性だと思う。今や日本国民の希望の象徴である彼女を想う男性はそれこそ幾星霜いる。私の立場に取って代わりたいと輩も多数存在するに違いない。
どうせ憑依するなら九條家ではなく普通の家庭が良かった。何を好きこのんで五摂家などに。衛士になるぐらいなら何も武家の頂点である家に生まれる必要など皆無だ。嗚呼、駄目だな。最近疲れが貯まっているのかもしれない。無意味なことをつらつらと考える癖が付き始めていた。
「殿下と飛鳥様は今や公認の仲。月に数回しかない面会を急遽断る理由にはなりません」
「それも外野が騒いでいるだけだ。私はまだ十八。殿下に至れば、まだ一五。国民がそれを望んでいるとしても、私はこの話を断れる。そもそも城内省の人気取りであろう?」
「だとしても、殿下のお相手に相応しいのは九條少佐しかおられません」
「斑鳩閣下がおるであろう。いや、殿下が庶民の中にいる男子を好きになられるやもしれぬ。こういう時だからこそ庶民と殿下のラブロマンスは必要だと私は思う」
大前提として、私は煌武院悠陽と婚約するつもりは毛頭無い。未だオリジナルハイヴの最深部へ行くことが元の世界へ戻れる一つの可能性と考えてる現在、政威大将軍の旦那ともなれば簡単に身動きが取れなくなること必須。それは困るのだ。殿下は好きだ。人として。あの強さと優しさを内包した瞳は好感に値する。
だが──。
「それに、気に食わぬ。私の良いところしか話さそうとせぬ輩にもな。あれでは洗脳よ」
「殆ど事実だったと思います」
「否、私が幾ら単機でBETAを葬ろうとも意味はない。そなたらがいなければ帝国はあっという間に墜ちる。英雄など必要いらぬ。私と斑鳩閣下を祭り上げるあんなものは、まさに愚か者が取る手段だった。鬼籍に行った輩こそ、何よりも英雄だというのに」
クソっと口汚く罵り、私は怒りのまま丁度近くにあった柱を殴った。結局十八になるまで帰られなかったこと、英雄みたいにされてしまい、容易に市井に降りれなくなったこと、誰彼構わず拠り所となってくること、そして何よりも、煌武院悠陽がこれが国民の望むことならと私との婚約に積極的なこと。何もかもが気に食わなかった。
「九條少佐は、殿下のことがお嫌いなのですか?」
「滅多なことを言うでない。殿下は聡明であられる。私との婚約で国民を安心させたいと思い、それ故に心を押し殺しているだけのこと。なら、その本心を組んで婚約を先延ばしさせてやりたいのだ」
本音は、私の目的と相反するため、殿下が早く恋い焦がれる男性を見つけてくれるまで時間稼ぎしたい。耳障りの良い理由で覆い隠しただけ。日本国民よりも私は元の世界へ帰ることを選ぶ。そんな最低野郎に希望の象徴が弄ばれるのは嫌だろう、彼らも。
「……九條少佐」
「何だ?」
再び歩き出し、帝都城の一角に到達した。この先は特別な許可を得た者だけが通れる空間だった。侍従長や複数人の侍従が待ち構えている。逃げることは叶わなかった。
「殿下のお気持ち、よくよく組んで下さりますよう」
「言われるまでもないことだ」
上総に対し首肯し、私は既に作業と化した侍従長との挨拶を終えて、殿下のいる場所へ脚を運ぶ。陰鬱な気分は納まらない。こんな事なら、香月博士に誘われたように国連軍の衛士になれば良かったと後悔しながら、政威大将軍のいる部屋の前で吐息を一つ漏らした。
「良く来てくださいましたね、飛鳥殿」
「殿下のご命令ともあれば、いつでも私は参上する次第です」
定型文のような口調と台詞を発し、頭を深々と下げるのは九條飛鳥。帝都撤退戦の折、斑鳩殿と同様の戦果を叩き出した帝国の英雄だった。未だ正式なものではないが、私の許嫁とも言えるお方である。
「命令ではなく、お願いです」
「同じ事でありましょう。殿下は皇帝陛下から全権を託されたお方。貴女様が私如きにお願いする必要など在りませぬ」
初めて会ったのは十一年前だったと記憶している。小学校に入学する年齢の彼は酷く大人びていた。そのため、一部の大人から疎まれていたと聞く。彼がインド方面に行く輸送船の船長に多額の金を渡し、日本帝国を去った理由の一つにもなったのではと言う方もいるらしい。
再会したのは帝都がまだ京都だった頃だ。巌谷中佐の進言と説得により、城内省が折れて、飛鳥殿の斯衛軍復帰が認められた頃である。どこか余所余所しい態度が第一印象だった。そして何回か会うのを重ねた。当時十四歳だった私でも理解できた。この方は私の婿候補だと。
そして帝都撤退戦の活躍で、それは本格的に進んだ。相応しいだけの戦績と帝国に対する大功がある。五摂家の方でもここまでのモノを持っているのは斑鳩殿と飛鳥殿だけ。
「飛鳥殿、最近お忙しいとお聞きしました」
「そうでありますか。なら、此度の面会はさぞ重要なことでありましょう」
「……え?」
「何かおありいたしましたか? 紅蓮中将にもなせない事を、この私が果たせるとは到底思えませぬが、殿下のご命令であれば命を掛けて果たす所存です」
頭を上げず、飛鳥殿はいつまでも俯いたまま言葉を紡いだ。無味乾燥、淡々としている。部下と話すときですら、これほど感情を押し殺した声も無いだろう。
私は眉を伏せ、答えた。
「飛鳥殿……私はお気に障ることを何か致しましたか?」
「いえ、殿下は何も。我々は皇帝陛下と殿下のためにいるのですから」
「お止めなさい。私はあなた方をそのように思ったことはありません!」
「ならば言いましょう。果たしてこの面会に何か意味があるのかと。今もBETAの更なる東進が危ぶまれている中、帝国斯衛軍少佐として私も中々に忙しい立場です。当然、殿下もそうでありましょう」
貫くような眼光が私を射た。思わず頷いてしまった。されど、忙しいことは忙しいが、結局政威大将軍とは名ばかりの権利職でしかないのだ。実質はお飾りとも言い換えられる。先の大戦に負けたことが原因の一つだが、それを今悔しがっても仕方ない。問題なのは、私が存在しようが存在しまいが国政になんら影響がないこと。不必要なのではないか、そう思ってしまうこと。
「もしもこの面会が、将来のことを見据えたものであるとしたら尚更無意味なことです。城内省、もしくは帝国議会のことに従う必要はありませぬ。殿下はまだお若い。生涯連れ添う方を急いて選ぶ必要などありません」
「……しかし、これは──」
「国民の私に対する英雄視もいずれ収まりましょう。所詮は武。所詮は戦場の出来事。国民の生活に直結する国政を任されているうら若き殿下のような人気はありません」
斑鳩殿もそう仰った。しかし、それは事実ではないように思う。例え戦場のことであろうとも、BETAの東進を二個大隊で食い止めたことは世界でも稀有なことなのだから。
にしても、飛鳥殿の態度。やはりという想いは強くなった。
「お忙しいのですね、飛鳥殿」
「はい。帝国を護るためならば」
「では、あまり長くお引き留めするわけにも行きませんね」
「ご英断かと」
「本当なら夕餉も共にしたかったのですが」
「それは横浜と佐渡島のハイヴを落としてからに致しましょう。お互いに同伴を連れて」
「……ええ、そうですね」
「では、失礼いたします」
足早に立ち去る飛鳥殿を見て、侍従長が何か遭ったのかと問いかけてくる。それに対し、ぼんやりとしたまま答え、私は大きく深呼吸した。
やはり、私は必要ない存在なのかもしれません。
楽しみにしていた面会も終わってみれば、そんな浅ましい想いが強くなっただけだった。
私が元々muv-luvの二次小説を書こうと思った切っ掛けは、荒らしが多いと友人から聞いたからです。
未だ人気も知名度もない作品ではありますが、早く荒らされたいんですよね。それが第一目的なわけだし。とは言っても荒らされる方も暇では無いでしょうし。
そこでもしよかったら、これから評価をつける方は〇点、一点、二点のどれかでお願いします。
感想はサイト規約に反しない程度で作者への罵倒などをしてくれると助かります。
これは一種の分水嶺。最近、友人にお前ドMの気質がありそうだよな、と言われたことを否定したいのです。思う存分罵倒して下さい、お願いします! 当然ブラックリストになんてしません。
……私、どっちかというとSっぽいんですけどね。
皆様の低い評価、罵倒、お待ちしています。
では、次回に会うときは平均評価が2を切っていることを願って。