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落合GM、谷繁監督 中日再生へ最強布陣

谷繁兼任監督誕生(下) 競争

春季キャンプで、下半身強化に向けて田中(右)を鍛える谷繁。選手兼任監督は実力至上主義で優勝を目指す=北谷公園屋内運動場で

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実力主義 自ら見せる

 監督か、選手か。どちらで呼べばいいかを問われ、豪快に笑った。「どちらでもいいですよ」。強調したのは選手兼任監督として戦う覚悟だ。

 Aクラスへの返り咲き、そして3年ぶりの優勝を目指す。戦力の底上げにチーム内の競争が欠かせない。正捕手の座を守り続けてきた谷繁とて例外ではない。

 同じ捕手で選手兼任監督だったヤクルトの古田敦也は2年間で出場試合数46。谷繁にとって、この3倍近い出場が当面の目標となる。野村克也が持つ通算試合出場数3017のプロ野球記録に残り117で届く。

 指揮権が手の内にあるとはいえ、己への甘えはみじんもない。来季に向けて選手に伝えたい思いはいたってシンプル。「チーム内で力のある者が試合に出る。年齢は関係ない」。実力至上主義を前面に打ち出した。

 レギュラーはつかみ取るもの。実力が無ければ144試合のペナントレースを戦い抜けない。正捕手として本塁を守り続けられたのは、オフに戦う準備を整え、試合で結果を出してきたから。今年1月、谷繁ならではの哲学を聞いた。

 「自分がやらないと結果は出ない。妥協しちゃうと終わり。野球選手は、やっぱり孤独。捕手だったら、そこに座っているときに誰も助けてくれない。結局は自分1人で最後までやらないといけない」

 横浜市内で中日、DeNAの若手捕手4人と取り組んだ自主トレーニング。誰よりも早くグラウンドに足を運び、体を動かしたのが最年長42歳の谷繁だった。努力は裏切らないことを知っている。

 そんな姿を間近で見てきたからこそ、落合GMは「(監督時代の)8年間で一番成長したのは谷繁だった」と信頼を寄せる。

 これからは選手を育成する立場で、いままで以上に広い視野と重い責任が求められる。「厳しい環境は嫌いじゃない。自分で無理と思えば、全てが止まってしまう」。監督としても選手としても最大限の力を発揮して難局を乗り越えてみせる。 (松山義明)

 主な選手兼任監督 ヤクルトの古田敦也監督は2006年から2年間務め、1年目は3位、2年目は最下位。南海(現ソフトバンク)で1970年から8年間務めた野村克也監督は73年に優勝。2位が3度、3位が2度、4位と5位が1度ずつだった。阪神の村山実監督は70年から3年間指揮を執った。2位が2度、5位が1度。中日では55年に務めた野口明監督は2位だった。