「あさイチ」チーフ・プロデューサー 井上勝弘 氏

V6の井ノ原快彦をキャスターに起用、生活まわりの気になる話題をその都度深く掘り下げる番組づくりで、主婦層をはじめ幅広く支持されている生活情報番組「あさイチ」。スタートから2年経った今もなお、意欲的なテーマに取り組み続けています。今後、番組はどのような展開を見せるのか…? 制作統括でありチーフ・プロデューサーの井上勝弘さんに「あさイチ」の“現在とこれから”を語っていただきました。

公共放送だからこそできることに挑戦しています

井上勝弘

テレコ!:放送3年目となり、番組の認知度も高まって安定期に入ったという印象を受けているのですが、作り手側の取り組み方や意識に変化というものはあるのでしょうか?

井上:番組で取り上げたモノの売り上げが上がるなど、世の中に対する影響力が高まっていると実感しているのは確かです。ただ、注目度や期待値が上がるということは、同時に責任の重さが増しているということでもあります。そこを踏まえた上で、視聴者の方々から寄せられた信頼を大切にしつつ、「あさイチ」という番組を一緒につくっていければ…と、現段階では考えています。ひいては、世の中を変えられるくらいのうねりを生み出すようなことも仕掛けられたら、と。今までは「このようなことが起きています、このようなモノがあります」と、事象を客観的に紹介していました。ですが今後は、視聴者の意見を汲み取りながら、主婦層の埋もれたオピニオンを世間に対して訴えていければ、先行き不安な未来に対しても働きかけができるのではないか、と思っています。

テレコ!:つまり、より時代の動きに素早く対応していくということでしょうか?

井上:時代性には二通りの見方があって、週単位・月単位で変わっていくものと5年~10年という大きな周期で変わっていくものに分けられると思います。しかも、何年も前から増す一方だった先行き不透明な時代に対する不安感は、先の東日本大震災によってさらに深いものとなってしまった。そんなこともあり、あまり目先のトレンドに左右されることなく、長い周期でものごとを見つめる目線で番組をつくった方が、視聴者の欲求の根っこの部分を掘り出せる気がしています。「あさイチ」で取り上げた「セックスレス」に関しても、何も今に始まった問題ではないわけです。もちろん、デイリーの番組なので鮮度の高い情報を伝えていくという大前提はありますが、番組そのものが目指すのは長きにわたって役立つ情報を発信する、といったところです。そこに目を向けることによって、ほかの情報番組とも差別化を図ることもできると思っています。

テレコ!:視聴者の感覚としては、公共放送であるNHKの情報番組に対する安心感を逆手にとって、意欲的なテーマに取り組んでいるという印象もあるのですが、その辺りはいかがでしょうか?

井上:僕の感覚としては、公共放送だからこそできることに挑戦しているつもりです。やはり、スポンサーの制約を受けないというのは非常に大きくて、さまざまな商品に対する注意喚起であったり、センセーショナルなテーマを扱うといったことが可能になります。おそらく民放の朝の番組は、購買力のあるF1(20~34歳の女性)層をターゲットにしていると思いますが、我々はミドルエイジからシニア世代まで幅広くカバーする番組づくりを推し進めることができる。そこは公共放送の強みではないでしょうか。確かに、当初は「NHKらしくない」というご批判をいただくこともありました。ただ、何か新しいことを始める時に批判はつきものですし、批判されないような当たり障りのない番組をつくっても意味がないと、個人的には思っています。批判をかわしてつくろうと思うと、どうしても以前にしていたことの縮小再生産に陥りがちですし…。そういう意味では、批判をいただくということはそれだけ心に留まったということでもあり、新しいことを始めようとしているという、こちら側のメッセージがダイレクトに伝わっている証左でもあるのかなと解釈して、番組づくりを進めてきました。

テレコ!:その一方で、前身番組の「生活ほっとモーニング」時代から続く「夢の3シェフ競演」のようなコーナーもありますね。

井上:好評だったからというのが大きな理由ですが、顔ぶれが完全に一新されてしまうと、ご年配の視聴者の方々が戸惑われたり、淋しい思いをなさるのではないかという憂慮もありました。そんなこともあって、シェフお三方には引き続き、ご登場いただいています。

テレコ!:なるほど。では、番組開始当初、大いに話題になり、最近ではすっかりキャスターが板についたイノッチこと井ノ原快彦さんについて語っていただければと思います。

井上勝弘

井上:もともとイノッチにお願いしたのは、世の中に対して極めて公正中立で健全なまなざしを持っている方だったからです。実際に番組がスタートし、2年という月日が流れた今、大きく成長されたなあと感じるのは、その目に映ったものや事象を即座かつ的確に言語化できるようになった、ということですね。それに、番組で扱った情報を確実に自分のものとして消化していらっしゃる。また、記憶力がとてもいいんですよ。僕や有働(由美子アナウンサー)が「ほら、あれ、何だっけ? 前に放送した…」と思い出せずに悶々としていると「ああ、それなら○○ですよ」と指摘してくれるという。今や、思い出せないとまずイノッチに聞くという図式が出来上がりつつあります(笑)。彼が日ごとにキャスター然としていき、安心感が増していくのに対して、何を言い出すのかわからない有働は今も時折“ドキドキ”させてくれますね(笑)。

テレコ!:実は以前から気になっていたんですが(笑)、番組的に有働さんの“暴走”は不測の事態であることが多いのでしょうか?

井上:その辺りはご想像にお任せします(笑)。ただ、打ち合わせの時に「ここで有働なりのリアクションがあるといいかもしれないね」といった話はしています。彼女のパーソナリティーもまた得がたいものではあるので、多少の脱線程度であれば番組にとってもスパイスになるだろう…といったスタンスで見守っているという感じですね。

テレコ!:ありがとうございます。では、今後「あさイチ」はどのようなテーマを扱い、どんな展開をしていくのか…展望をお聞かせください。

井上:一つ、「私が墜ちたワケ」という新シリーズを立ち上げようと思っています。あるちょっとしたきっかけで何かにハマってしまい、家族も人生も台無しにしてしまうようなことが、世の中には多々ありますよね。特に、良いことと悪いことの境界線が見えにくくなっている現在のネット社会においては、ちょっとしたミスだったつもりが、気づいた時には人生後戻りできないところに来てしまう、といった事例が増えている。そういう身近にあって気づきにくい危機について、取り上げていこうと考えています。「世の中にはこういう怖いものもある」という喚起と言いますか…その知識があるとないとでは大きな差が出てくるといった情報を、できるだけ広く伝えていきたいですね。それは病気に対しても同じことが言えますが、「基本的に自分の身は自分で守る」という意識改革のお手伝いをできるような番組であり続けたい――作り手としては、そんなふうに思っています。ただ、最近は作り手というよりも一視聴者として「あさイチ」を楽しんでいる自分もいますね。サブ(副調整室)から見ていて「イノッチ、さすが!」とか「今日も有働はハジけてるな~」と楽しんでいたりして(笑)。そういう意味では、おっしゃるように“安定期”に入っているのかもしれません。今は、4月から金曜の夜に放送している「情報LIVE ただイマ!」をどう「あさイチ」のように軌道に乗せるか、そちらの方が優先課題だったりします…。

Photo=蓮尾美智子
Interview=平田真人

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井上チーフ・プロデューサーが、どんな番組を見ているのか、録画しているのか、その気になる頭の中(ハードディスク)を拝見します!

匠の仕事

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テレビ自分史

小学生時代から番組制作に携わるまで、井上チーフ・プロデューサーがこれまで歩んできた「テレビの歴史」を伺いました。夢中になって見ていた海外ドラマやアニメ、思い出深い番組など多数紹介してくれました!

~井上チーフ・プロデューサーの場合~

年代 見ていたテレビ番組 その頃、私は… 時代背景
1963年9月2日   井上勝弘、誕生
  • アニメ「鉄腕アトム」放映開始
小学生時代 アタックNo.1
(1969~1971年)
井上勝弘「サインはV」であったり、なぜかバレーボールものが好きでした。「アタック~」にまつわる鮮烈な思い出があって、番組を見ている途中で母から「湯加減を見てきて」と言われて風呂場へ行ったら、誤って転んで左腕に大やけどを負ってしまったんです。ところが、まだ「アタック~」の放送が終わっていなかったので、後ろ髪を引かれる思いで病院に行った…という(笑)。
  • ザ・ビートルズが解散(1970年)
  • NHKが総合テレビの全放送時間をカラー化(1971年)
  • 札幌冬季オリンピック開催(1972年)
  • 第一次オイルショックが発生(1973年)
  • 長嶋茂雄が巨人軍を引退(1974年)
  • 「およげ!たいやきくん」大ヒット(1975年)
  • ロッキード事件発覚(1976年)
  • 山田洋次監督作「幸福の黄色いハンカチ」が大ヒット(1977年)
  • 新東京国際空港(成田国際空港)開港(1978年)
ゆかいなブレディ家
(1970~1971年)
※本国放送は1969~1977年
海外ドラマ好きで、最初に夢中になったのが「奥さまは魔女」。その頃はまだ幼かったこともあり、放送が夜9時台だったので、当然見せてもらえない。でも、寝たふりをして薄目を開けて見ていました。「~ブレディ家」は、アメリカの豊かさを感じさせてくれるようなホームドラマで、一家の車が大きなバンなんですが、ウッドパネルという高級仕様なんです。大人になったら同じような車に乗るぞ、と純粋に憧れましたね。
兼高かおる世界の旅
(1959~1990年)
この番組も「日曜美術館」に通ずる品の良さが好きでした。
マッハGoGoGo
(1967~1968年)
アメコミ調の絵柄が斬新でカッコいいなと憧れましたね。
高校生時代 ちょっとマイウェイ
(1979~1980年)
「熱中時代」や「池中玄太80キロ」を生んだ日本テレビの土曜9時枠のドラマが好きだったんですが、とりわけ、代官山駅近くのレストランを舞台にしたこの作品が心に残っています。ものすごく面白いと思ったわけでもないし、実際、ほかのドラマはシリーズ化されていったのに、「ちょっとマイウェイ」はこの1シリーズのみ。でも、ずっとDVD化されるのを待っていたくらい、思い出深いという…。5年ほど前にDVDーBOXになったので購入して見直したんですが、「やっぱりこれはシリーズ化されないよなぁ」と、当時と同じ感想を抱きました(笑)。でも、何か味わい深いんですよね。桃井かおりさんと研ナオコさんのW主演で、当時は2人の掛け合いが新鮮で。でも、研さんが忙しくなってしまってスケジュールの都合上、後半の方は出番が減っていく…と、DVDに付いていた解説書に書いてありました(笑)。
  • 上野動物園のジャイアントパンダ・ランランが死亡(1979年)
  • 第1回東京国際女子マラソンが開催(1979年)
  • 全国飴菓子工業協同組合の発案でホワイトデーが開始(1980年)
  • 松田聖子、田原俊彦が歌手デビュー(1980年)
  • ローマ法王が初来日(1981年)
  • ピンク・レディーが解散(1981年)
日曜美術館
(1965年~)
あの品のいい感じがすごく好きです。同じ時期に見ていた「シルクロード」にも、同じ品の良さを感じていました。NHKに入局したバックグラウンドには、これらの番組が携えていた“気品”に惹かれていたところもあったと思います。実際、自分がプロデューサーとして関わったというのも…縁でしょうか。
ドラマ人間模様
(1976~1988年)
大人向けの渋い作品を放送していた枠でしたが、僕がよく見ていたのは大河ドラマの後の日曜夜9時から放送していた時期。子どもが見ても面白いし惹き付けられる、良質のドラマが多かったと記憶しています。「~人間模様」ではありませんが、向田邦子さんの「阿修羅のごとく」も印象的ですね。音楽の使い方がすごく斬新でした。
大学生時代 オールナイトフジ
(1983~1991年)
番組自体にあまり共感はしなかったのですが(笑)、料理コーナーに出てくる結城貢さんが母と同郷ということで、何となく気になる存在でした。
  • グレース・ケリー王妃が交通事故で死去(1982年)
  • グリコ・森永事件が発生(1984、85年)
入局~
作り手として
フレンズ
(1995~2005年)
※本国放送は1994~2004年
DVDを全巻揃えるほど好きで、全話通して3回は見ています(笑)。8年ほど前に東欧を一人旅したのですが、ルーマニアに滞在中、現地のテレビで「フレンズ」を放送していたので、観光もそこそこにホテルの部屋でずっと見ていました。何をやっているんでしょうかね…(笑)。
  • 青函トンネルが開業(1988年)
  • 横浜ベイブリッジが開通(1989年)
  • ローリング・ストーンズが初来日(1990年)
  • 雲仙・普賢岳で火砕流が発生(1991年)
  • 長崎のハウステンボスが開業(1992年)
  • レインボーブリッジが開通(1993年)
  • 松本サリン事件が発生(1994年)
  • マイクロソフト社がWindows95を発売(1995年)
  • 作家の司馬遼太郎が死去(1996年)
  • 東京湾アクアライン開通(1997年)
  • 郵便番号が5桁に(1998年)
  • 宇多田ヒカルのファーストアルバム「First Love」が大ヒット(1999年)
  • 2000円札が発行(2000年)
NHKスペシャル
アンコールワット~知られざる水の帝国~

(1997年)
井上勝弘カンボジアの内戦がいったん落ち着いたころ、元日に丸1日アンコールワットから中継するという番組がありまして、それに関わることができました。以来、カンボジアの取材をずっと続けていたのですが、完全に内戦が終わっていなかったので、ロケの直前に日本人が立ち入り禁止になってしまったりというハプニングにも見舞われて…。敵対する勢力同士の戦闘が始まって、人の死を目の当たりにするなど生々しい状況の中で、アンコールワットという普遍的な存在を撮り続けたことは、自分の中でとても大きな財産になっています。思い出といえば苦労ばかりなんですけど(笑)、当時は僕もまだ若かったから、乗り切れたところがあったのかもしれないですね。
美の壺
(2006年~)
谷啓さんが生前、最後にレギュラー出演なさった番組です。僕自身、谷啓さんが小さい時から大好きだったので、出演をお願いしたという経緯があるんですが、快諾してくださったばかりか、ご自身もとてもこの番組を愛してくださいました。そのことは、一介のテレビマンとして誇りに思っています。
サラメシ
(2011年~)
新しい番組づくりを作る時にまず考えるのは、「どこまでネタがもつか?」ということなんですが、全国5千万人のサラリーマンそれぞれのランチにドラマがあると考えると、この番組は永遠に続くだろうと(笑)。しかも、日本中の誰もが主役になり得る番組という点でもオンリーワンじゃないかと、自分たちでは思っています。
井上勝弘

井上勝弘(いのうえかつひろ)プロフィール

1963年9月2日岡山県出身。1988年NHK入局。現在、制作局第1制作センター(生活・食料番組部)所属のチーフ・プロデューサー。歴史や美術などの教養番組を手掛け、「美の壺」「東京カワイイ★TV」など数々の新番組を開発。「生活ほっとモーニング」を担当後、2010年3月に「あさイチ」をスタートさせる。現在、「あさイチ」のほか「情報LIVE ただイマ!」「サラメシ」も担当。

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