社説:安倍首相演説 汚染水への危機感薄い
毎日新聞 2013年10月16日 02時33分
東京電力福島第1原発の汚染水問題に対する危機感が足りないのではないか。そんな疑問を抱く安倍晋三首相の所信表明演説だった。この問題を解決しない限り、首相がアピールする「成長戦略の実行」も前には進めないはずだ。やっと開会した国会のスタートにあたり、まずそれを指摘しておきたい。
「状況はコントロールされている」という国際オリンピック委員会(IOC)総会での自身の発言に批判が集まっていることへの反論でもあったろう。首相は演説で汚染水問題に伴う風評被害に触れ「食品や水への影響は基準値を大幅に下回っている。これが事実だ」と断言した。
しかし、問題は風評被害だけではない。汚染水漏れの深刻な事態はIOC総会後も日ごと明らかになり、この危機的状況が収拾するめどは立たない。これでは廃炉もままならない。今の態勢では不安がむしろ増幅していることが大きな問題なのだ。
首相は「東電任せにすることなく、国が前面に立って責任を果たす」と強調したが、国と東電が中長期的にどう役割分担していくのか、具体的には語らず、あいまいだった。
当然、今国会での大きなテーマとなる。自民党内にも東電を分社化し、汚染水処理や廃炉に専念する機構を設置するなどの案が出ている。それらを含めて、与野党あげて検討を始めないと手遅れになる。
一方、首相は「日本は、もう一度、力強く成長できる」「意志さえあれば、必ずや道はひらける」と改めてプラス思考を強調した。首相に返り咲いて9カ月余。自信の表れではあろう。「起業・創業の精神に満ちあふれた国を取り戻し、若者が活躍し、女性が輝く社会をつくる」という首相の言葉に私たちも異論はない。
ただし、「景気回復の実感はいまだに全国津々浦々まで届いていない」のは首相も認めるところだ。
演説では成長戦略について新技術開発に取り組む企業に特例的に規制を緩和する「企業実証特例制度」創設などの案を網羅した。大事なのは「実行」であり「もはや作文には意味がない」とも語った。果たして目標としている労働者の賃金アップに本当につながるかどうか。結果が問われる時期が近づいている。
社会保障改革も待ったなしだ。首相は消費税率引き上げと経済再生による税収増で財源を確保する一方、「受益と負担の均衡がとれた制度」への改革を進めると語った。これもまた「作文」ではない明快な方向性をこの国会で示してもらいたい。
無論、これら以外にも難題は山積している。与野党には長きにわたった「夏休み」の分を取り戻す密度の濃い議論を期待したいものだ。