「北限の海女」 青森県内にも存在?(2013/10/15 08:48)
八戸市南浜漁協の協力で素潜りを体験する市立大久喜小学校の児童。男子よりうまく潜る女子もいるという=7月、同市
 海女やアイドルを目指す主人公の奮闘を描いたNHK連続テレビ小説『あまちゃん』が、好評のうちに9月で終了した。海女はロケ地となった久慈市が北限とされ、青森県には存在しない。もともと海女文化が根付かなかったのか、かつては存在したものが時代の波にもまれて消えたのか―。青森の海女ちゃん≠追った。(松浦大輔)
 
 ■減少する海女
 三重県の「海の博物館」(石原義剛館長)が2010年に実施した調査によると、海女は全国18道県に約2170人。1931年の約1万7千人をピークに減少を続け、78年は9134人に。さらにその後、30年間で4分の1以下となった。
 2010年の最多は973人の三重県で、石川197人、千葉158人、静岡153人と続く。岩手は9番目に多い85人。青森はやはり0人。過去の統計でも存在の痕跡は見つけられなかった。
 ■ポスターに姿が
 ところが、八戸市博物館で開催中の特別展「三陸―豊かな海の歴史と民俗―」のポスターに海女の姿があった。昔は八戸周辺にも存在したのだろうか。
 工藤竹久館長に尋ねると、残念ながら「それは久慈の海女さんだよ」。八戸周辺や東通村に男の海士(あま)はいるが、海女は聞かないという。
 青森県立郷土館の元職員で神奈川大学大学院の昆政明特任教授は「めがねなどの潜水道具が南から伝わった一方、海女文化は根付かなかった。ただ、岩手県内でも他の地域にはいない」と、久慈の独自性に着目する。
 ■昔はいた?
 だが、八戸市南浜漁協の石井作美組合長と階上漁協の荒谷正壽組合長は「昔はいた」と口をそろえる。
 石井組合長によると、何十年も前、朝鮮半島から海女を招いてアワビを捕る人がいたといい、「現在の80代ぐらいの女性が若いころ、まねをして潜った」と振り返る。ただ、「数人程度で、専業でもなかったのではないか」とも話す。
 現在は、漁協がプロの潜水士に依頼してまとめて採るのが主流。効率化により、個人の素潜り漁自体が減った。石井組合長は「『個人採り』は年3日くらい。漁師の高齢化もあるし、採れる人にも採れない人にもお金が渡るようにしなければならない」と強調する。
 ■観光にも一役
 一方、久慈ではなぜ海女が残ったのか。江戸時代にいた高い潜水技術を持つ「野田潜」をルーツとし、明治時代、遠洋へ出た男性に代わり、磯漁を担う海女が現れたとされる。
 九戸歴史民俗の会がまとめた「北限の海女今昔」編集委員を務めた黒沼忠雄さん(73)=久慈市=が「存続の陰の力」と話すのが、人気脚本家の故水木洋子さんが手掛けた1959年のラジオドラマ「北限の海女」。全国に存在が知られるようになり、「仕事と伝統、そして観光資源になった海女を守ろうという地元の機運が高まった」と指摘する。
 観光などの面でアマノミクス≠フ恩恵を受けた久慈市。黒沼さんは、海女文化の継承でも朝ドラ効果を期待する。「関心を持った若い子もいる。あまちゃんが、海女を次の世代につなげてくれるはずだ」
【写真説明】
八戸市南浜漁協の協力で素潜りを体験する市立大久喜小学校の児童。男子よりうまく潜る女子もいるという=7月、同市

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