奈良美智氏「ラッセン大嫌い」事件を考察してみる
ふじい りょう | ブロガー/ライター
今週、私の周囲のアート好きの間では、奈良美智氏が「ラッセン大嫌い」というツイートしたことで話題がもちきりだった。奈良氏のtwitterアカウントをフォローしていない人でも、J-CASTニュースで記事になったのを目にして概略を知ったようで、当の私もそこに入る。
「ラッセンとファンが同じ」 奈良美智が関係者発言に怒りまくる J-CASTニュース
「奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う」――。事の発端は、東京・京橋のギャラリー「ギャラリーセラー」のディレクター、武田美和子さんによる発言だ。武田さんは2013年9月25日、現代美術家・中ザワヒデキさんによる講義イベントに出演。ラッセンに関する本をテーマに編者の原田裕規さんとともに鼎談した。 その中で、あるツイートに話が移った。ツイートは、武蔵野美術大学の一部学生達に好き・嫌いなアーティストを聞いたところ、嫌いなアーティストのトップに村上隆さんが選ばれ、草間彌生さん、会田誠さんらが続いたという内容だ。普段、有名な現代アーティストとして彼らと名を連ねることの多い奈良さんは入っていない。すると武田さんは「でも奈良さん好きな人とラッセン好きな人は同じだと思う、私は」と話し始めた。「マーケティングのプロモーションとしてラッセンと奈良は同じ」として、村上さんや草間さんと同じ(中枢の)マーケットにも一応入ってはいるのだがラッセンのほうが近い、と説明する。多くは語らなかったが、武田さんはアンケート結果をみて納得しているようだった。
このイベントは、美学校で開催された『中ザワヒデキ文献研究 夏の陣』という講義のもので、USTREAMでも生放送。また、非公式の実況ツイートもまとめられている(参照)ので、中ザワ氏も共著に名を連ねる『ラッセンとは何だったのか?』(フィルムアート社)絡みのトークの流れを把握することができる。
個人的にざざっと見た限りにおいては、ここで奈良氏の名前が出てくるのはあまりに唐突で、「??」となるのが正直な感想になる。
武田女史がディレクターを務めるGALLERY CELLARは一度しか足を運んでいないので印象レベルになってしまうけれど「トラディショナル」な現代アートを中心に扱うギャラリーで、奈良氏のフィールドであるポップアートとは距離がある。彼女の目からしてみれば、受容のされ方が奈良作品もラッセンの絵も一緒ということなのだろうけれど、その感覚こそびっくりではある。
強いて共通点を挙げるならば、奈良氏のイラストが少年ナイフなどのCDジャケットに採用されている(個人的には大正九年の『KYU-BOX.』が印象深い)ことなどにより、アート受容層とは違ったファンにも露出機会が多いということぐらいだろうか。しかし、それも「やぶにらみする少女」というテーマが生きづらさを感じている少年少女の琴線に触れたという奈良作品に対して、環境保護という政治的なメッセージを多分に含んだラッセン作品とは乖離が大きすぎる。当人はもちろん、アートファンからも違和感が噴出して当然といえる。
私自身も学生時代にイルカが自由に泳ぎまわる絵を東急ハンズで買って四畳半の部屋に飾っていたという黒歴史があるので分かるのだけど、1990年代初頭にラッセン作品は「気軽に飾れるアート」として受容されていた。加えて、地球温暖化問題に対する関心の高まりもあり、「きれいな海を守る」というメッセージが入っているので「意識の高い」アイテムとしての作用も働いていた。
当時、東京・新宿などで展示をする際に、路上で若い女性に「今ラッセン展やっているんですけれど観ていかれませんか?」と声をかけられた経験がある人も少なくないだろう。そこでは、展示をひと通りアテンドされた後に、作品の価値を切々と説明され、購入を勧められるという流れが展開されていた。その積極的な「営業」は現在に至っても異彩を放っているのではないだろうか。
ラッセン作品の美術的な立ち位置については「日本以外では無名」という声もあり、必ずしもアートとして認められているとは言いがたい。ラッセン氏の「功績」として挙げられていることの多くは彼の財団による慈善活動のもので、作品への受賞歴はほとんどない。となると、その絵を持っていても資産的な価値は紙くず同然ということになり、それをアートとして高額で取引されることについては関係者の間でも是非を問う声は多いし、中には嫌悪感を隠さない人もいる。
いずれにしても、シカゴやハーグなどの現代アートに強い美術館での個展を定期的に開催されている奈良氏が「いっしょにするな!」と怒るのは個人的にも妥当だと感じるし、多くのアートファンもラッセン氏の販売手法や受容のされ方を知っているゆえに、イベントでのトークの発言のてきとうさ加減に呆れている、というのが実際なのではないだろうか。USTREAMで多くの人に見てもらおうとするならば、感覚を共有できない層の目にも留まるということに、もっと敏感になるべきだった。
それはそうと。クールジャパン関連の動向を追っている身としては、J-CASTニュースの記事の最後のくだりにはひっくり返った。
ちなみに当のラッセンは現在、来日して個展を開催している最中だ。9月14日には片山さつき参議院議員と面会し、「クールジャパン」について話し合ったとスタッフがブログで報告している。
いやぁ…。本気で堪忍してほしいんですけれど…。