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 カネボウ化粧品の白斑事件、みずほ銀行の暴力団融資事件など、一瞬にして企業ブランドを毀損しかねない事件が相次いでいる。その一方で、高価格にもかかわらず多くのリピート客を惹き付ける高いブランド力を持つ企業も数多く存在する。そうした企業のひとつとしてよく挙げられるのが、9月に国内1000店舗を達成し、増収が続き業績も好調なスターバックスコーヒージャパン(以下、スタバ)だ。

 そんなスタバがリーマンショックを受け業績低迷に苦しむ2009年に、同社CEOに就任しブランド構築と躍進のきっかけを築いたのが、岩田松雄氏だ。

 今回、8月に『ブランド 元スターバックスCEOが教える「自分ブランド」を築く48の心得』(アスコム)を上梓した岩田氏に、

「ブランドとミッションは表裏一体」
「自分ブランドをどのように築くのか?」
「スタバのブランドはどのように構築され、なぜ毀損されないのか?」
「スタバは値下げをしないことで、利益をお客様に還元している?」
「なぜスタバは社員も惹き付け、優秀な人材を輩出するのか?」

などについて聞いた。

--岩田さんは2009年にスタバのCEOに就任されましたが、その時に課せられたミッションはなんだったのでしょうか?

岩田松雄氏(以下、岩田) 入社して思ったのは、外で見ている以上に本当に素晴らしい会社でありブランドだということです。そこで、就任早々に「100年後も光り輝くブランド」という目標を掲げ、目先のことだけにとらわれるのでなく、100年先、200年先の世代にバトンを渡せるような会社にしたいと宣言しました。

 私がCEOに就任した09年当時、売り上げは下がり続けていました。リーマンショックの影響で、特にビジネス街で外資系企業が日本から撤退し、店舗が入っているビルで働く人の数が減ったからです。そのため、いかにコストを下げるかという、いわゆる“守りの経営”が中心となっていました。さらに、マクドナルドが新たにマックカフェを開始したのもこの頃でした。社内にはそれに対抗し、売り上げを回復するために、クーポンを配ったりセットメニューを始めようという声もありました。

 しかし私は、これらの一時的な回復しか見込めないような施策は、せっかくこれまで築いてきたブランドを毀損することにつながるので、打つべきではないと考えたのです。ブランドの構築には長い時間がかかる一方で、一瞬にして崩壊しますからね。

 そういう状況の中で、売り上げの減少を食い止めるために始めたことのひとつが、「ワンモアコーヒー」です。以前から同一店舗内では100円でお代わりができたのですが、それを同一店舗でなくてもいいというように拡大したわけです。ショートサイズのドリップコーヒーは1杯300円ですが、2杯で400円なら高くはないですよね。そして、それがきっかけとなって下がり続けていた売り上げが底を打ち、そこからは右肩上がりとなりました。

 スタバでは、コーヒーの品質を保つために1時間ごとに捨てています。ですから原価的にはほとんどかからず、売り上げが拡大することができました。

--岩田さんは本書の中で、「ブランドを構築するためには、ミッションとブランドが一体になっていなければならない」と書かれていますね。

岩田 例えばスタバは、次のミッションを掲げています。

「人々の心を豊かで活力あるものにするために--ひとりのお客様、一杯のコーヒー、そしてひとつのコミュニティから」

 このミッションを、アルバイトも含めたスタバで働く人、つまりパートナーの一人ひとりが愚直に実現しようと努力しているからこそ、スタバの店舗は質の高いコーヒーを提供し、素敵な空間を維持することができるわけです。お客様はコーヒーをおいしいと感じ、店内の居心地のよさに癒やされ、そしてお店のパートナーに心から笑顔でお出迎えされ、ホッとするのです。そういう経験が積み重なって、スタバはお客様にとっての特別な場所になっていきます。

 だから、スタバに行くのは、単にコーヒー屋さんに行くというイメージではないですよね。スタバのファンになっていただいているお客様には、それぞれの中にスタバに対するポジティブな記憶や思い入れのあるストーリーがあり、特別な存在として確立しています。これこそがブランドです。

 このように、ミッションとブランドは表裏一体、まさに「一対で事を成す」のです。もしその企業が掲げているミッションと人々が認知しているブランドが一致していないとすれば、「ミッションを達成できていないのではないか」と反省しなければなりません。

 ミッションを愚直に一所懸命行えば、それがブランドになるようにしなければいけないということです。つまり、ミッションを達成しようと努力し、それを発信していくことで人々に伝わり、ブランドとして認知されていくということです。

●テレビCMはブランドを毀損する?

--テレビCMなどのマスメディアを使った広告は、ブランド構築や売り上げ向上につながらないという考えから、スタバはこうした広告を打っていませんが、なぜでしょうか?

岩田 スタバの場合でいえば、ブランドを伝える一番の手段は店舗です。つまり、ブランドは本来、その企業や個人の志がにじみ出てくるもの、つまりミッションを愚直にやることでそれがにじみ出し、多くの人々に自然と浸透し、ブランドになるわけですね。

 また、ブランドにはお客様も含まれていると思っています。スタバの店舗では、あるお客様が自分の荷物が他のお客様の邪魔になっていると気づけば自然と荷物をどける、そういう“空気”があります。つまり、スタバに来るお客様は、他のお客様に気を配れるお客様だということですね。スタバには、そういうイメージがありますよね。

 こういうことすべてが、ブランドをつくっているわけです。だから、スタバにとっては、マスメディアを使ったブランド構築はあまり意味がないと思います。

--スタバの商品が若干価格は高めで値下げしない理由も、ブランド維持にあるのでしょうか?

岩田 自分たちが提供する商品やサービスを心から誇りを持ち、お客様に自信を持っておすすめできるのか? そこからブランドづくりは始まります。特に08年のリーマンショック後は「スタバのコーヒーは高い」と風当たりが強かったわけです。でも、ブランドというのは、お客様とのある種の約束だと私は考えています。「いついかなるときも、おいしいコーヒーを出す」「いい店舗環境である」「いつも笑顔で」というお客様との契約です。これはスタバのどの店舗でも同じです。だから、スタバに対してブランドは成り立っているわけですね。その契約の中には、価格も含まれていると思っています。だから、昨日までの値段と明日からの値段が違っていたら、それは約束を守っていないことになります。

 このことを、ザ・ボディショップを運営するイオンフォレストの社長をしている時に気づいたのです。当初私は、ディスカウントしたほうが売りやすいし、お店の人たちは喜ぶと思ったのですね。でも、お店の人たちには、明日から5000円になることを知っているのに、今日のお客様には1万円で売るということの罪悪感があったわけです。さらに、自分の商品はこれだけの価値があると思って値段をつけているのに、その値段を下げるということは、「自分たちが今まで言っていた価値はありませんでした」と自らが認めているようなものです。それはブランドになり得ないのですよね。

 それから、スタバでも、業績が回復して利益が出たときに、ディスカウントではなく、別のかたちでお客様に還元しました。
 
 例えばパソコンの電源。コンセントを使えるようにすると、お客様は電源コードを持ってきて滞在時間が長くなるので困るという意見もありましたが、それでお客様の満足度が上がるならいいと考え、電源を使える店舗を広げました。また、混んでいて座れないことが多いということで、カウンター席をつくるとか、いすを動かして席をアレンジできるようにしました。2人席を1人で使えば半分の人数ですが、それを動かせれば何人でも対応できるわけですね。またいち早くWi-Fi化を進めました。ディスカウントではなく、今以上のサービスを提供するための投資をすることにしたわけです。

--岩田さんはCEO時代、急速な新規出店による規模拡大を避けたということですが、やはりそれもブランドを守るという観点からでしょうか?

岩田 ミッションを守り育てながら、成長を持続していくためには、必然的に教育、人材に頼る部分が大きくなります。だから、成長のスピードに見合った人材が育っていれば問題はありません。でも、通常は成長を急ぐあまり、人材育成やトレーニングが後回しになります。

 経営者であれば誰でも早く成長したいと考えますね。例えば小売りの場合、拡大を目指して店舗数を増やすわけです。新規に店舗を出店するのは簡単ですよ。お金さえ出せばお店はつくれますから。しかし、成長を焦ると、変な場所にお店を出してしまうというようなことも起きます。そして、それはほかの店舗にも影響するわけで、その結果、クオリティーを落とし、ブランドを毀損してしまうわけです。「神は細部に宿ります。」細かな点まで行き届くスピードで成長していくことが大切なのです。

●なぜスタバは社員を惹き付けるのか?

--人材のお話が出ましたが、スタバでのアルバイトは、就職の時のパスポートになると書かれていますが、なぜでしょうか?

岩田 スタバでは、アルバイトにも1人70時間の教育をします。それは圧倒的に他社と違うところだと思っています。またその教育には、コーヒーの知識、美味しいコーヒーの淹れ方、掃除の仕方が含まれていますが、それ以上にスタバの存在理由つまりミッションについても、多くの時間を割いています。

 アルバイト募集に応募してくれる方々は、スタバのお店の雰囲気が大好きで、こういうお店で働いてみたいと応募してくれるわけですね。だから、自分たちもスタバの価値観を大事にし、お店の雰囲気をもっといいものにしようと心がけてくれるわけです。その結果、その方たちもお客様からすごく好感を持たれることになるわけです。

 それは社員の場合も同じです。何らかの事情でスタバを辞めて他社に転職した後に、仮に給料が以前の半分になっても戻ってくる社員がいるということは、会社としてそれだけ魅力があるということです。みんなが和気あいあいとお互いに助け合うあの雰囲気、あの空気感の中で働きたいと戻ってくるわけですね。

 ですから、スタバの店長は他の小売企業からヘッドハンティングの標的になっていますし、アルバイトの経験は就職のひとつのパスポートのようになるのです。

--そういう空気感というのは、どうしたらつくれるのですか?

岩田 それはミッションだと私は思いますね。ミッションを一所懸命みんなで実行しようとしているから、そういうカルチャーができていくわけです。しかし、それは3年や5年そこらではできません。しかも、創業者や経営者がそういう気持ちをしっかり持っていなければ、続かないですね。ブランドを感じるのは、決してお客様だけではありません。従業員もそうです。それは、お金ではない何か大切なものを会社から得ているからです。だから、社員の一人ひとりが「愛社精神」を育めるかどうかが、その企業がブランドになるための必要条件だといえます。社員が愛していない会社や商品が、お客様にとってブランド価値を持つなどという都合のいいことはあり得ませんから。

--ブランドというと、最近ビジネスパーソン個人のセルフ・ブランディングを重要視する傾向がありますが、これについてはいかがですか?

岩田 本来は自分がどうなりたいか、自分は世の中にどのように貢献していきたいかというミッションがあって、それをどのように伝えていくかという意味でブランディングが必要なのです。だから、ミッションを持たず、外見や発言内容だけをテクニカルに訓練しても、本質的に人を惹き付けることはできません。どう生きるかということが大事なことなのです。自分の見せ方に重きを置くだけでは、決してブランドにはならないということです。こうやれば儲かる、こうやったら格好いい、だからやるというのは本末転倒な感じがします。

--最後に、20代から30代の人たちに対して、キャリア形成の面からアドバイスをお願いします。

岩田 藤島桓夫さんが歌った『月の法善寺横丁』の「包丁一本、さらしに巻いて」ではありませんが、会社がどうだとか、今の環境がどうだとかと言う前に、自分の包丁を研ぐこと、つまり自分自身を磨くことが大事だと思います。コツコツ努力をし、自分自身を磨けば、どれほど周りの環境が変わろうとも、どこでも通用します。そして、自分の履歴書に、こういう実績を上げたと書けるように、目の前の仕事を一所懸命やり遂げることです。

 私は、つくづく自分の人生を振り返ってみて、無駄なことは何もなかったと実感します。大学卒業後に日産自動車に入社し、セールスマンの時は、目の前にある仕事、つまり車を売ろうと努力したわけですね。努力をして実績を上げたから留学することができました。留学したことで次々と大きな仕事のチャンスが巡ってきたのです。そして、09年にはスタバの代表取締役CEOに就任することができたわけで、振り返ってみるとすべて必然としてつながっているのです。

 もちろん日産自動車に入社した時に、将来はスタバという1000億円企業のCEOになるというような気持ちを持っていたわけではありません。目の前の仕事を一所懸命やり遂げてきたことの結果なのです。点と点は結ばれています。

 自分はこれだけ頑張っているのに給料が増えないと嘆く人がいます。私もそう思っていた時期がありました。でも、頑張って成果を上げている人には、もっと大きな、チャレンジングな仕事が与えられます。つまり、「仕事の報酬は仕事」ということなのです。だから、目の前の仕事を一所懸命やらなければ、次の仕事はありません。目の前の仕事を一所懸命やらず、キャリアアップと称して転職だけを考えているような人は、次のところでも同じ問題が起こります。ですので、若いビジネスパーソンの方々には、目の前のハードルを一つひとつクリアすることに一所懸命に取り組んでいただきたいと思います。

--ありがとうございました。
(構成=編集部)