東日本大震災

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第四部 岐路に立つ除染(6) 1ミリの呪縛 換算係数 実測と隔たり

除染費の試算を説明する中西。外部被ばく線量の換算係数が高すぎると国に指摘してきた

 平成25年度までに予算計上された国の除染関連費用は1兆5351億円に上る。最終的に県内の除染にどれだけの費用がかかるか―。
 国が概算すら示さない中、茨城県つくば市にある産業技術総合研究所(産総研)の研究グループは7月末、県内の除染費は最大で5兆1300億円に上るとする試算結果を公表した。
 「除染後に放射線量はどれくらいになるのか。何ができて、何ができないのか。生活設計を立てられない住民のために、国は予算の大枠を示してきちんと説明する必要がある」。産総研フェローの中西準子(75)は試算の狙いを話す。
 インターネット上で「御用学者」と書かれることもある。原子力委員会の放射性廃棄物処理の専門部会に一度だけ名を連ねたことがあったからだと推測している。これまで下水道やダイオキシン問題などのリスク評価で、国などに是々非々で意見してきたつもりだ。
 原発事故も一種の公害事件だと捉えている。「できる限り原状回復を目指すのが望ましい」。だが、国が目標とする年間積算放射線量1ミリシーベルトは「なかなか達成できないし、それがいいとは限らない」と思っている。
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 試算によると、国直轄で除染する「除染特別地域」の費用は1兆8300億~2兆300億円、国の費用で市町村が除染を進める「汚染状況重点調査地域」で7000億~3兆1000億円。仮置き場や中間貯蔵施設への汚染土壌などの搬入費、中間貯蔵施設での保管費なども推計して盛り込んだ。だが、中間貯蔵施設の概要は現時点で不透明な上、再除染は含めていない。費用はさらに膨らむとみる。
 中西は「費用がかかるから除染はやめた方がいい」と言いたいわけではない。短絡的に費用対効果で論じることは危険だからだ。例えば、除染コストの削減に走れば、電気料金値上げを避けられるかもしれない。恩恵を受けるのは東電に電気料金を払う人だ。一方で、県民は健康被害のリスクが高まり、本末転倒だ。健康リスクの最小化と費用の最適化のバランスを話し合っていくことが大事だと指摘する。
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 伊達市で除染を担当している半沢隆宏(55)が6月、産総研で講話した。バッジ式積算線量計で測った市民の外部被ばく線量の実測値が、空間放射線量率からの推測値より低いと言っていた。
 中西も当初から、外部被ばくの実測値と推測値には隔たりがあると分析していた。その原因は、推測値を求める際に国が用いている換算係数「0・6」にあることが分かっていた。
 0・6は、一日のうち屋外に8時間、屋内(木造家屋は放射線遮蔽率40%)に16時間いると仮定した値。だが、実測値に照らすと、推測値の換算係数は0・3以下が現実的だと中西はみている。「0・6は過大評価だ。今となってはその半分だ」
 住民は、航空機モニタリングやサーベイメーターの測定場所にとどまっているわけではない。自宅や学校、会社などにいれば放射線は何割か遮られる。外部被ばくを求める机上の数式と、実際の被ばく線量が懸け離れていると考えている。
 チェルノブイリ原発事故ではどうだったのか―。中西によると、国連科学委員会報告の換算係数は農村部で0・36だったという。中西はこれまでも国の関係者に「国は恐怖をあおっている」と換算係数を0・3前後に再設定するよう求めたが、受け入れてもらえなかった。仮に換算係数を半分にすれば、1ミリシーベルトは毎時0・42マイクロシーベルト程度になる。
 「毎時0・23マイクロシーベルトで年間積算1ミリシーベルト―とすり込まれているが、実測値に照らせば毎時0・5マイクロシーベルトか0・6マイクロシーベルトでも年間1ミリシーベルト程度だろう」。国が除染の目標にしている年間1ミリシーベルトはおろか、住民避難の目安となった20ミリシーベルトさえ大きく揺らぐ。政策を根底から見直さざるを得なくなる。遅々として進まない避難区域の除染の在り方も変わってくる可能性を秘めている。(文中敬称略)

カテゴリー:ベクレルの嘆き 放射線との戦い

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