佐賀県武雄市前市長・樋渡啓祐は 地方独立行政法人化も検討したが、人件費節減が難しい・・しかし成功した前例を視察したことがないようである
『佐賀県武雄市前市長・樋渡啓祐は 地方独立行政法人化も検討したが、人件費節減が難しい・・しかし成功した前例を視察したことがないようである 』 争点・論考=武雄市民病院民営化は是か非か 佐賀県武雄市前市長・樋渡啓祐氏 武雄杵島地区医師会長・古賀義行氏 2008.12.05西日本新聞 慢性的な医師不足や自治体財政の悪化で、全国各地の公立病院が窮地に陥っている。佐賀県武雄市では、多額の累積赤字を抱える市民病院の民間移譲を決めたところ、地元医師会などが強く反発し、市長のリコール(解職請求)運動に発展。対抗して市長が辞職し、出直し市長選が二十八日に実施される。市民病院民営化は是か非か。論争の真っただ中にある同市の樋渡啓祐前市長と武雄杵島地区医師会の古賀義行会長に、それぞれの主張を聞いた。 (聞き手は武雄支局・田代芳樹) ●市民医療確保へ不可避 ▼佐賀県武雄市前市長 樋渡 啓祐氏 -武雄市長に初当選した際のマニフェストに市民病院改革はなかったが。 「市長就任後、現状の行政運営を続けると、二〇一一年度に市が財政破たんする恐れがあることが分かった。市民病院の累積赤字は〇七年度末で約六億三千万円。市直営が理想だが、医師不足など厳しい環境も考えると、長期的に維持するのは難しい。安定した総合医療の提供は難しく、市民医療を守る観点から早急な改革が必要だった」 -なぜ民営化なのか。 「地方独立行政法人化も検討したが、人件費節減が難しい。市直営では、医師確保は大学の医局頼みで、経営責任も市が負わなければならない。民間に任せれば医師確保の心配がないし、患者には民間の優れたサービスを受ける権利がある。自治体財政健全化法の全面施行で、病院などの特別会計の連結赤字が自治体財政の指標になるのも、民営化を加速させた要因だ」 -「民営化ありき」で進んでいるとの批判がある。 「市民病院の経営改革は、私が就任する前、〇五年度の経営診断から始まった。〇七年から庁内に検討委員会を設置して民間移譲も含めたさまざまな選択肢を検討しており、十分な時間を取っている。経営形態は市が最終的に判断する問題。市民の代表である市議会の議決も得て進めており、理解してほしい」 -民営化で公的医療機会の確保に不安の声もある。 「大学や地域医療機関と連携しながら、市民病院が果たしてきた役割と機能は継続する。現在は移譲先の池友会から医師派遣を受けて運営しているが、一時停止していた救急も再開された。外来患者数や入院患者数も増えている。ただ、移譲後も地域の中核的医療機関として十分機能するよう、市として指導、監視を続けることは重要だ」 -市民病院の累積赤字は当初予定されていた範囲内との指摘に対しては。 「病院開設時には診療報酬のマイナス改定は想定されておらず、医師偏在による医師不足が、これほど病院経営に影響を及ぼすとは考えにくかった。病院を取り巻く経営環境や市の財政状況は当初とは全く異なっており、当初の財政計画で赤字を予定していたからといって、赤字が許されるものではない」 -新医師臨床研修制度など国が進める医療改革についてどう感じているか。 「(研修先を自由に選べる)新制度が地域医療崩壊を招いた大きな要因。大学の医局に残る医師が激減し、自治体病院に派遣できる医師が少なくなっている。市民病院も制度が始まった〇四年度の十六人をピークに減少、私の就任時には十一人だった。『十』の改革をやろうとして『百』の副作用が出ている。その後の国の対策も後手後手だ。自治体病院が医師派遣を大学だけに頼れば、早晩行き詰まるのは明らかだ。国や大学病院への『依存型』を脱し、今後は『自立型』を目指さなければならないと思う」 -全国で自治体病院の経営が深刻化している。 「全国の自治体病院の多くは医師不足と財政危機を抱えており、公立病院の経営改革は待ったなし。国が示した公立病院改革ガイドラインは有意義なものと思うが、対策を急がなければ効果は薄い。一律に改革を促すのではなく、地方の事情にあった柔軟な対応をしてもらいたい」 -市長を辞職し出直し選で信を問う事態になった。 「市民に対して混乱を招いた責任を深くおわびしたい。民営化は市民医療を末永く守る観点から決断したもので、判断には自信を持っている」 ▼ひわたし・けいすけ 1969年、佐賀県武雄市生まれ。東京大卒。総務省大臣官房管理室参事官補佐などを歴任。2006年4月、武雄市長に全国最年少(当時)で初当選。今年11月に辞職し、再出馬を表明。 × × ●地元大学との連携こそ ▼武雄杵島地区医師会長 古賀 義行氏 -民間移譲の白紙撤回を求めている。 「最終的に市民病院の経営形態を判断するのは、経営者の市であることは理解しており、民間移譲そのものに反対しているのではない。問題なのは、市民病院のあり方について専門家を交えた十分な議論をせず、むしろ議論を避けてきた市の手法だ。あたかも公立病院改革ガイドラインに沿って民営化の結論を得たかのようなやり方を、疑問視している。とはいえ、まだ移譲価格は決まっておらず、白紙に戻す余地はある」 -国立療養所から市民病院になる際にも、医師会は反対していたが。 「当時の公立病院は補助金も潤沢で、民間に比べればはるかに容易に医師や職員を雇えた。そんな中、地元の民間病院が太刀打ちできない採算性のある医療だけをされては大変なことになる。だから、地域の民間病院がカバーしている分野にはタッチせず、救急医療や、急性期から回復期の入院医療など、民間では足りない専門的医療をするよう要求しただけだ。市民病院自体に反対したわけではない」 -市の財政事情も逼迫(ひっぱく)している。民営化以外に市民病院の経営を健全化する道はあるのか。 「現在の市民病院は、地域に必要な公益性を持つ医療を提供するため必要とされている。財政面で将来の不安がある点は理解できるが、数年間は市の直営で可能と思う。ただ、病院の存続を考える場合に医療形態や職員の人件費、職種、職務など、ある程度柔軟な考え方で運営できるシステムが必要になる。だからこそ、市は県や医師会などと経営方針をめぐり十分な検討を行い、隣接する公立病院との再編、ネットワーク化も視野に入れるべきだ。佐賀大などの指定管理者制度や非公務員型の地方独立行政法人化が望ましい経営形態に思える。いずれも市が最終的な経営責任を負うことに変わりはないが、今よりはるかに負担は軽減されると思う」 -市民病院の赤字についてどう思うか。 「民営化問題が浮上して混乱する前の市民病院の状況をみると、一般会計からの繰り入れはなく、初期設備投資の負担も軽く、内部留保もあった。破たんが叫ばれている他の自治体病院の経営状況と比較すると、それほどたいした赤字経営ではない」 -医師不足については。 「(新臨床研修制度の影響で)公的病院であれ民間病院であれ、潜在的な医師不足は続くと思う。九州内の民間病院でも医師を派遣できるところは数少ない。やはり、今後も医師の供給は大学病院に頼らざるを得ない。地元の大学との連携を抜きにしては、医師確保は考えられない」 -全国的に医療の崩壊が進んでいる。 「医療崩壊というより『勤務医の崩壊』だ。民間の大病院なら高水準の給与や研究環境が保障されているが、規模が小さい公立病院では厳しい。国、自治体、大学、それに地域住民が一体となって、医師の職場環境を守る対策を講じる必要がある。地域医療に携わる医師や医療機関同士の連携が、地域医療を守る上では大事だ」 -医師会の一部の動きが市長リコールにまで波及、市長の辞職で選挙戦になった。 「市民病院を存続する観点から、医師会は今後も『民営化反対』で動いていく。市民病院の経営形態や医療のあり方を、最初から真剣にやり直すことが最も重要と考える。なぜ特定の民間医療法人への譲渡でなければならなかったのか。地域住民を納得させる説明が必要だ」 ▼こが・よしゆき 1951年、佐賀県江北町生まれ。久留米大医学部卒。医療法人敬天堂古賀病院(江北町)理事長。佐賀県医師会常任理事などを歴任し、2008年4月から武雄杵島地区医師会長を務める。 × × ▼武雄市民病院 国立病院統廃合計画の対象となっていた国立療養所武雄病院を武雄市が引き継ぎ、2000年2月、市内唯一の救急病院として誕生した。開院5年後に黒字転換する目標を掲げたが、救急医療など不採算部門を抱える上、度重なる診療報酬の引き下げや医師不足で赤字経営が慢性化。06年に就任した樋渡市長が民営化を打ち出し、市は選考委員会を設けて移譲先を一般公募。医療法人財団「池友会」(北九州市)を選出した。同財団が移譲を受けるのは10年2月だが、それを見越して医師派遣などの経営支援策を先行実施。これにより、一時休止していた救急医療などが8月に再開された。 ▼危機に直面する公立病院 千葉県銚子市の市立総合病院が休止して市長のリコール運動が始まるなど、公立病院の経営難は全国的に深刻な問題だ。総務省は公立病院改革ガイドラインを示し、再編や地方独立行政法人化、民間移譲などの経営形態見直しを期限付きで実現させるプランを、本年度中に策定するよう関係自治体に求めている。病院経営の改革を促すため、本年度に限り、「公立病院特例債」の発行も容認。利子の一部に特別交付税が充てられるなどの利点があるが、3年以内に単年度収支を黒字化する改革プラン策定が条件になる。9月末の申請期限までに25道府県の計56自治体が申し出た。 × × ●記者メモ 市民病院の民営化をめぐって鋭く対立する両氏だが、認識が一致したこともあった。全国的な公立病院危機の最大要因は医師不足ではなく、勤務医の崩壊にあるという点だ。自由な意思で研修先を選べる新臨床研修制度導入が契機となったのは事実だが、待遇や研究面で厳しい立場にある公立病院勤務医の現実も見逃せない。いくら医師数を増やしても、勤務医が増えなければ問題の解決にはならない。医師数そのものが減少傾向にある小児科や産婦人科となると、なおさらだろう。 公立病院崩壊の本質を見据え、解決策を探る手だてを講じなければ、武雄市のような対立はどこでも起こり得る。今こそ国や自治体、医師会、住民が一体となって地域医療のあり方を真剣に考えることが必要だ。 (田代) |