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[38675] 宇宙人宮崎のえるの交信
Name: 白山月◆441e8768 ID:8ec34bc7
Date: 2013/10/09 01:52
 白山月です。Arcadiaでは今回が初投稿になります。


 ジャンルは明確には限定できませんが、恐らく青春小説が一番近いジャンルかと。本当なら恋愛小説と言ってみたかったのですが、最初に主人公の設定を間違えまして……。(泣)


 気長にやっていきたいと思っているので更新はまちまちになるかもしれませんが、是非ご一読ください。
 感想・批評・誤字脱字の指摘なども是非お願いします。


10/8 出会い① 更新
10/9 出会い② 更新



[38675] 出会い①
Name: 白山月◆441e8768 ID:8ec34bc7
Date: 2013/10/08 00:11
 私――平野悠実(ひらのゆうみ)が宇宙人と直接関わるようになったのは、私が小学五年の春、桜が満開の頃だった。
 宇宙人と言っても、テレビや映画で見るようなタコ型の火星人や、グレイと呼ばれるヒト型の金星人でもない。ましてやUMAでもない。完全、完璧、どこをどうとっても、誰がどう見ても人間の子どもにしか見えない。それどころか、人間の中ではトップクラスと言っても過言ではないほど、顔立ちが整っている。いわゆる完璧美少女というやつだ。
 じゃあ、何が宇宙人なのかというと、実は物的証拠は何もない。本人がそう主張しているだけなのだ。


「えーっと、宮崎(みやざき)のえる、で良かったよね?」
 新学期、新学年。
 桜舞う春真っ盛りのこの季節、楽しかった春休みも終わりを迎え、名残惜しさもほどほどに、新しいタームが始まった。たなびく春風は桜吹雪を誘い、往路には黒と赤、ときどき青や緑と、最近はカラフルになったランドセルが季節を表しているかのように上下に揺れ動いている。
 私もそうした例に漏れていない。一つ学年が上がって高学年となり、低中学年らに模範を示さなければならない年頃になったものの、二年に一度のクラス替えに私は気分ウキウキ、自分のクラスである5―2の教室に足を踏み入れた。8時を過ぎた辺りの教室はザワザワと落ち着きがなく、去年のクラスメイトもいれば、今年で初めて同じクラスになる人もたくさんいた。早くも小さなグループを作って喋り合っている者もいて、私とおんなじ気持ちになっている人は少なくないとどこかしらの安堵感を覚えたりもした。
 本当は、一学年100人足らずの少ない母集団のため、顔も名前もすでにほとんど知っている人ばかりなのだが、何というか、その、クラス替えはワクワクするものというのは世間一般の共通認識だと思う。だからといって普段私は口数の少ない方(だと信じている)なので、こういうときだけ一人心の内ではしゃいでいるのは悪い癖なのかもしれない。
 何はともあれ、自分の名前が書いてある机に座り、こうして珍しく自分から隣の女の子に喋りかけたわけだ。言った後気付いたが、その〝宮崎のえる〟なる者はものすごくきれいな顔をしていたので、もしかしたら、四年生の時ウワサになっていた、「4―1でべらぼうにかわいい女の子」はこの子のことかもしれないと直感的に思った。白を基調としたシンプルな服装も、つややかなセミロングの黒髪と相まって一つの絵にすら感じられた。
 だから、私に向かって放たれる彼女の第一声に、私は初め空耳だと思わずにはいられなかった。
 ピンと背筋を伸ばしていた宮崎のえるは、その状態のままこちらにピッタリ90度顔を回転させ、わざとやってるんじゃないかと思えるほどの無表情でたった一言、
「私は宇宙人だ」
と言ってのけたのである。
「はい……はい?」
 これには私も聞き返さずにはいられなかった。いや、だって、宇宙人って言われても……。
「ワレワレハウチュウジンダ」とよく冗談でやるのは耳にするものの――それでさえこのご時世冷ややかな視線を浴びる行為である――至極真面目な顔で、何の前振りもなく唐突に自称宇宙人を宣言されたことなど一度もなかった。私は大いにたじろいだ。
 辺りを少し見回してみたが、幸い、このやりとりを聞いている者はいないようだ。なぜそれが分かったのかというと、誰もこちらを向いて不審がっている人がいなかったからである。
 宮崎のえるは戸惑う私の態度を汲み取ったのか、続けざまに言った。
「私は――星からやってきた視察団の一人だ。この地球を植民地にするためにやってきた」
 説明になっているようで、なっていなかった。というか、〝――星〟の〝――〟の部分の発音があまりに謎すぎた。ついでに言うと、その発音の時に無表情だった彼女が急に顔全体を使って発音していたので、何となく滑稽に思えて笑いそうになった。
 だが、笑いそうになったことと状況の打破とは全くの無関係である。彼女としては一通り説明を終えたらしく、気づくと話しかける前の状態に戻っていた。そもそも、さっきから彼女がやっている両の手を触手のようにうねうね動かしている行為も意味不明だ。
 とにかく、私は今自らに貼り付いているであろう能面のような苦笑いを引っぱがすため、しばし考えることにした。
 この〝自称宇宙人〟をどう対処するか。
 真っ先に消去した選択肢は、『宇宙人ということを否定する』ことだ。宇宙人であることを主張する〝人間〟に対して、「それは違います」ときっぱり否定することは、人格を否定することと同じなのでよろしくない、気がする。だからといって「そうだねー宇宙人だねー、あ、私も宇宙人かも」などと抜かすのはバカにしてるみたいでおかしい。
 そこで私の脳内に「華麗にスルー」という案が浮かび上がった。
 とりあえずここはそれなりの友好を示しておいて、宇宙人に関することはスルーするのがベストではないか、と。うん、たぶんそれがいい。
 そういうわけで、「のえるちゃんって呼んでいいよね? あ、あと、私のことはゆみじゃなくてゆうみって呼んでね?」と強引に話しかけた後(のえるちゃんは何も反応しなかった)、私は8時30分から始まる始業式までクラスにいた他の友達とダベることで残りの時間を過ごすことにした。


「えーっと……」
 いまは始業式中だ。中のはずなのだが、これは、ええと、どうしたらいいんだろう……。
 体育館で行われている始業式は校歌を斉唱し終え、例のごとく『校長先生のお話』に差し掛かっている。長話以外に特徴のないうちの校長先生は今日も平常運転で、生徒らを立たせているにも関わらず、すでに話は10分くらい経過している。話の峠はすでに越えているようなので、もうすぐ終わるのは何となく分かるのだが、周りを見てみると、うんざりした顔、呆れた顔、寝ている顔があちらこちらに見えた。小学生相手にそんなに語ることもなかろうに。
 しかし、それ以上に私の注意を全面的に集めていたのは、隣にいる〝宇宙人〟だった。何を隠そう、さきほどの〝うねうね〟をとりもなおさず続けているのだ! 校歌の斉唱中も、下手したら教室から体育館へ移動するときもやっていたかもしれない。これまで「華麗にスルー」してきた私だったが、とうとう観念せざるを得なかった。
「えっと、のえるちゃん何やってんの?」
 勇気を出して、言ってみた。しかし、反応はない。聞こえなかったのかと思い、もう一度言ってみる。
「えっと、のえるちゃん――」
「黙って見てろ、集中して練成できない」
「……」
 ツッコミどころが多すぎて、どこからツッコんでいいのか分からなかった。そもそも、これはツッコんでいいのか。分からないことだらけだった。唯一分かったとすれば、それは「のえるちゃんが何を言おうとしてるのかさっぱり分からない」ということだった。
――別に、見たくて見てるわけじゃないんだけど。
――ここ集中するタイミングじゃない……
――まず練成ってなに……?
 言いたいことは山程あったが、結局全部言わずじまいになった。どれを言っても意味がないと思ったからだ。
 『お話』が終わる頃、担任の先生の「ちょ、ちょっとだけ止まっててくれないかな?」という優しい注意でのえるちゃんはようやく〝練成〟をやめたが、それから1分も経たないうちに、今度はスリープモードに入った。背筋がピンと伸びたままだったので不自然極まりなかった。
「これで、始業式を終わります」と教頭先生が言い、一年生からずらずらと体育館を出て行くのを流し目で見ながら、しばらく私はのえるちゃんの様子を観察することにした。相変わらず直立不動で眼だけが釈迦像のように閉じたままになっている。周りからはおしゃべりの雑踏が絶え間なく続いており、その音も次第に大きくなっているのだが、まるでそれが子守歌になっているかのような雰囲気すら醸し出しており、聞き耳を立てると、スースーと幸せそうな寝息を立てていて、こんなところでよくもまあ寝れるもんだということと、宇宙人でも一応呼吸しているのかということと、二重の意味で私は驚いた。もちろん、後者は未だに半信半疑だ。
 四年生の退場が指示されても全く起きる気配がなかったので、試しに、肩をトントンと叩いてみたら、何事もなかったかのように一瞬で目を覚ました。寝ぼけている様子もなかったので安心していたが、五年生の退場が指示され、少し目を離しているうちにまた〝練成〟を始めていた。その妙に滑らかな手の動きが注目を惹いているのか、単に意味不明だから注目が集まっているだけなのかは知らないが、周囲の関心を一手に引き受けているのが分かって、なぜか自分が辱めを受けているような気がした。私は教室に戻るまで終始うつむき加減だった。
 のえるちゃんは私の様子などお構いなしに、かの〝練成〟の作業を黙々と続けていた。〝練成〟中に、時々あるちょっとした段差を飛び越えたり、向かいから来る人を紙一重でかわしたりしているところを見るとどうものえるちゃんの運動神経は良さそうなのだが、それでも私は溜め息をついて、思わずにはいられなかった。
 ――いったい何なんだこの子は。



[38675] 出会い②
Name: 白山月◆441e8768 ID:8ec34bc7
Date: 2013/10/09 01:52
 教室に戻って、新しく担任になった先生がこれからのことを一通り連絡した後、クラス全員が自己紹介をすることになった。正直言うと初めて見たような顔はほとんどいないし、それはクラスの誰もが思っていることであろうから、たぶん自己紹介は必要ないのだろうが、それでも隣人の自己紹介がどうも気になるから、私はこの茶番に付き合うことにした。
 男子勢がひたすらネタを披露し、女子勢が無難に締めるのが一通り続き、私も「もう知ってる人も多いと思いますけど、よろしく」とクラス内の雰囲気に合わせ、おかしな隣人にバトンを渡す。担任の先生が「じゃあ、次、宮崎さん」と言い終わった後、のえるちゃんはすっくと立ち、予想通り、
「私は宇宙人だ」
 と一言、私に言ったときと全く同じ抑揚のない声で言った。やっぱりか。
 男子女子ともにバカ受け、担任は苦笑い。男子の中には「宮崎またそれかよー」と野次る声もあった。また、ということは去年もやっていたのだろうか。本人は恐らく本気で言っている(ように見える)が、周囲的には完全にネタ扱いだった。どちらにせよ私は一度全く同じことをついさっき聞かされた上、自己紹介ともなれば容易に想像のつく発言だったので、作り笑いをするのに必死だった。
 ……ん? 待てよ?
 もしかして朝の「私は宇宙人だ」はこの自己紹介のための練習だったのではないか? ふとそんな考えが私の頭によぎった。それなら、私の注文に反応しなかったのも頷けるし、ネタのために始業式も徹底して宇宙人のフリをしていたことも納得がいく。何よりこの考えが当たっていれば、のえるちゃんはちょっと不思議っ子だが宇宙人ではないという選択肢も浮かび上がってくる(それに何の違いがあるのかは知らない)。
 全員の自己紹介が終わり、学級委員などの委員の決定は明日に行われるから、本日の課程は全て終了となった。日直は今日はいないので、先生が起立礼をして、生徒たちは散り散りになっていく。時刻はまだ12時にもなっていなかったが、得てして始業式の日というのはこんなものだ。
 私は帰る準備をしながら、同じく帰る準備をしているのえるちゃんに思い切って尋ねてみることにした。先程の考えが正しければ、のえるちゃんはただの不思議っ子ということで決着がつく。そうなれば、授業中に彼女のおかしな行動で悩まされたりすることもないはずだ。……たぶん。
 ねえねえのえるちゃん、と予めこちらの存在を認識させた上で、私は質問をぶつける。
「さっきののえるちゃんの宇宙――」
「まぁ」
 私の質問をあっさりとさえぎり、のえるちゃんはこちらに向き直った。
 これは、もしかして当たりではないか? 予想もしてみるもんだ!
「これからコウシンがあるから、帰る」
 質問する以前の問題だった。
 のえるちゃんは私の横を通り過ぎ、スタスタと教室の外へ出て行った。さっきの行動は私の方へ向き直ったのではなく、単に教室から出るために方向転換しただけだったのか、とさりげない事実に勘づきつつ、私は肩を落とした。
 どうやら、私の煩悩は絶えないらしい。
 なぜなら、のえるちゃんが言わんとしていたそのコウシンとやらは、ブログの〝更新〟でも、〝行進〟の練習でもなく、宇宙との〝交信〟であることが火を見るより明らかだったからだ。
 私は一通りため息をついた後、仕方ないので前のクラスの友達を誘って帰ることとなった。さして新しくもない校舎から中庭に出て、花壇に咲いた色とりどりのチューリップの花を横目に、乾いたグランドに降りる。そのままグランドの真ん中を突っ切って登下校用の南門をくぐる。ゆっくりと歩きながら振り返って遠景を見ると、500~600m級の山々が北方に連なっている。四月のこの時期は山桜があちらこちらに散見されて、暗緑の中に見える薄桃色はなかなかに美しい、と、少し大人ぶってみる。
 私の学校近辺は世間的に見ればなかなかの田舎で、基本的に田んぼと畑と住宅街しかない。最近学校からの最寄り駅にコンビニができたらしいが、そもそも学校から駅まで20分以上かかる上に、なぜこんなところにコンビニを建てたのかと誰しもが思うほど、その駅は寂れていた。隣町が人口もそこそこ多い市街地でアミューズメント施設も多く、普通この一帯にいる若者はそこまで自転車で行って遊んでいるため、なおさらそのコンビニの経営者の意図がよく分からない。
 色鮮やかに映える桜をボーッと眺めていると、前のクラスメートの山口詩穂(やまぐちしほ)――しほりん――がこちらに話題を振ってきた。
「ねえ悠実、さっき話しかけてた子って誰? めっちゃ面白くない?」
「だよねー、何か始業式の時から変な動きして先生に注意されてたよね」同じく前のクラスメートの井山香織(いやまかおり)が笑いながら言う。
 はっきり言って、こっちが聞きたいくらいだった。「一体宮崎のえるは何者なんだ!?」と。だいたい、普通の人間でさえ初日に素性を聞かれても第一印象答えるのが精一杯だというのに、人間じゃないと言い張っている人間(?)をどうやって説明しろというのだ。
 とはいえ、そんなことをほかの友達にわめき散らしても仕方ないので、「うーん」と少し考えるそぶりを見せていると、香織の横にいた、今年初めて同じクラスになる木戸真衣(きどまい)がぬうっと顔を覗かせて言った。
「やっぱ、初めて見ただけじゃ分からないよねー平野さん」
「悠実でいいよ……ってか、木戸さんのえるちゃんのこと知ってるの?」
 知っていたとすれば衝撃だ。宇宙人にも友達がいたことになる。いても別に問題はないが。
 私の内なる驚きを知ってか知らずか、真衣は快晴の空を見上げながら言った。
「知ってるも何も、一年の時からずっと一緒のクラスだったからねー。最初からあんな感じだったよ。朝来たらほかの子の机にずっと立ってて、その机の子がきても、全く動かないもんだから、その子泣き出しちゃって。結局先生が来て注意されるまでずっと立ちっぱなし。しかも、立ちながら本を読んでいたんだけど、その本が何かの学術書? かなんかで、誰が見ても分からないやつ。しかも本を逆さまにして下から上に読んでるんだから、意味不明よね。あ、言い遅れちゃったけど、わたしのことも真衣って呼んでいいよ」
「それ聞いたことある! あの後職員室で話題になったって、先生が言ってた」
 しほりんは合点して声高に言う。
 真衣はうんうんと頷き、さらに続けた。
「それが、三年生の時。他にも、去年クラス全員でドッジボールをしたときに、宮崎さんずっとコートの隅で体育座りしてて、クラスで一番ドッジ強かった男の子に当てられても動かなくて、その男の子が『外野に行け!』って言っても全然反応しなくて。ああ、男の子って倉田君のことね。んで、倉田君嫌がらせに宮崎さんをずっと狙ってたんだけど、宮崎さん全部紙一重で交わしちゃって、倉田君もうカンカン。最終的に外野に行って助走つけて近距離から思いっきり投げたんだけど、宮崎さんそのボールを苦もなくキャッチしてね、そのボールを蹴って外野にいた倉田君の顔面に見事命中。倉田君、『ドッジボールやれよ!』って、そのまま泣いちゃった。って、泣かせたエピソードしかないな……」
「そ、それってもはやこの学校のガキ大将レベルだよね……」香織は苦笑いを浮かべていた。
「うわー、そんなにヤバかったんだ」しほりんも驚きを隠せない。
 何より戦慄したのは私だった。
 宇宙人どころか、ただの問題児じゃないか!
 よりによって、新学年になってはじめに声をかけたのが学年随一と言っていいであろう問題児とは、私の不運もなかなかのものだと、落胆せずにはいられなかった。そういえば、今年のおみくじは大吉だったが、その時点で私は今年の運を使い切ったと言うことか。ああ無情。南無三。
「まあ、大変だとは思うけど、悠実、頑張ってね」
 真衣は私の左肩を叩いてそう言った。……へ?
「え、ちょっ、真衣はのえるちゃんの友達じゃないの?」
「違うに決まってんじゃない、友達どころか、喋ったこともほとんどないし。さっきの話は全部見てただけ」
「えぇ!?」
 ガッデム! 私は天を仰いだ。ああ神様、なんてことでしょう。どうやらというか、やはりというべきなのか、宇宙人に友達はいないようです。
「……いや」
 むしろ関わりたくなかったら、関わらなければいいだけの話だ。隣りといっても、二ヶ月後ぐらいには席替えもあるし。隣だからといって喋る理由はどこにもない。必要最低限のことだけ喋ればいい。もっとも、向こうが喋ってくるのかどうかは疑問だが。
 私の家は学区のかなり南の方にあるため、3人とは途中で別れた。また明日ー、と適当に手を振って、自らの帰路をぶらりと歩く。
「でも……うわー、どうしよう」
 頭にはそれしかなかった。
 私はもともとそんな問題児に積極的に関わっていこうとする物好きではないのだ。むしろ集団の女子グループ内でも隅のほうにいるのが私なのだ。目立つ気なんてさらさらない日陰者なのだ。
「……とにかく、この一、二ヶ月を何とか乗り切ろう」
 そうすれば活路は開けるはず。
 握り拳を作り、南に上る太陽を見上げながら、私はそう決心した。
 いつの間にか立ち止まっていた足を動かし、私はここから10分ほど歩いたところにある自分の家を目指し歩き出した。
 ……のもつかの間、私は再び足を止め、静止した。
 東の方角、森の入り口辺りに人影が見える。
「誰だ……?」
 私が今いる場所は学校から徒歩10分南に下った田んぼのど真ん中にいる。その東側は200mも行くと森が広がっていて、普段そこに立ち寄る人はあまりいない。私が人影が見えたのを不思議に思ったのもこれが原因だ。
 この時間に帰っているといえば、幼稚園児か? いや、それにしては大きすぎないか。それに、森に入っていくわけでもなく、立ち止まって何かをしているようだ。
 細心の注意を払いながら、私は徐々にその人影に近づいていった。目があまりよろしくない私は、もっと近くまで行かないとその人影が何者なのかを具体的に判断することができない。もっとも、目の前まで行っても全く誰か分からない可能性ももちろんあるわけだが。
 〝フシンシャ〟だったらどうしようという思いが頭をよぎった。仮にそうであった場合、周りは田んぼとあぜ道だらけで隠れる場所などないから、逃げたとしても捕まってしまうのは確実だ。あるいは、思い切って森に飛び込んで姿をくらますとか? にしてもうまくいく気はしない。
 ネガティブな思考を繰り返すうちに額に冷や汗が垂れてきたが、今更引き返すわけにも行かなかった。
 残り50m。
 そもそもなんで近づこうと思ったのだろうと、自分の動機に疑問を抱きつつも、私が歩みを止めることはなかった。
 そして残り20m辺り、私の両眼がその顔貌を捉えたとき、私は別の意味で逃げたくなった。
 絹のようなセミロングの黒髪がそよ風にたなびく中、わずかに見える横顔から伺える、小学生離れした整った顔立ち。しかしその顔からは喜怒哀楽の感情が抜け落ちたかのように表情がまるで変わらない。まるで感情を排した〝宇宙人〟。
「のえるちゃん……」
 私は5mまで来たところで足を止めた。先ほどまで話に上っていた問題児が今、目の前にいる。これが噂をすればなんとやらか、と、不意にこみ上げてくる実感が何とも腹立たしかった。
 私が名前を呼んだとき、一瞬こちらを一瞥したが、すぐにまた元の方向に向き直っていた。両の手は、私が彼女を視界に捉えたときから恐らくずっと上げたままだ。
「どうする……私」


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