クローズアップ2013:「ヘイトスピーチ」賠償命令 日本、法整備に慎重 「正当な言論も萎縮」懸念
2013年10月08日
在日コリアンら特定の人種や民族を差別的な言葉でののしるヘイトスピーチ(憎悪表現)に対し、京都地裁は7日、人種差別撤廃条約が禁止する「人種差別」であるとし、民法に照らし実質的に違法であると認めた。今回の判決が、新たな法規制の議論や東京・新大久保や大阪・鶴橋などで続くヘイトスピーチデモに与える影響はあるのか。諸外国の実情と併せて探った。
在日特権を許さない市民の会(在特会)によるヘイトスピーチを事実上、人種差別と初めて認定した京都地裁判決の根拠は、国連人種差別撤廃条約だ。
外務省によると、日本は同条約に加盟しているが人種差別をあおることを違法として禁止するよう求める第4条については表現の自由に抵触しかねないとして、批准を留保している。条約加盟の176カ国のうちで留保しているのは日米など5カ国だけだ。
政府は今年1月に国連に提出した報告書で「正当な言論までも不当に萎縮させる危険を冒してまで処罰立法措置を検討しなければならないほどの差別扇動は現在ない」と回答。外務省も国会で同様の答弁を繰り返してきた。
しかし今回の判決は、在特会の行為を「ヘイトスピーチ」とは表現しなかったが、「著しく侮辱的、差別的な多数の発言を伴う」として条約が禁止する人種差別に当たると認定し、公益目的も否定した。
これに対し、菅義偉官房長官は7日の記者会見で、「差別的発言で商店等の営業や学校の授業、各種行事が妨害されているのは極めて憂慮すべきことだ」と発言する一方で新たな法規制については「政府として関心を持っていく」と指摘するにとどめ、現行法で対応していく考えを示した。
東京や大阪などで繰り返されてきたヘイトスピーチデモの抑止につながるかも不透明だ。デモに抗議するカウンターと呼ばれる抗議活動側の盛り上がりに比べ、最近は勢力が縮小傾向にあるとされているが、警視庁幹部は「在特会は過激化することで求心力を高めてきた。孤立化してもデモは続けるだろう」とみる。
別の幹部は「賠償の金額が大きいので判決はボディーブローのように効いていくとは思うが、デモの申請が都公安委員会に出れば許可を出さないということはできない」と話す。【小泉大士】
◇ドイツ、「扇動罪」で厳しく処罰
欧州各国などではヘイトスピーチを規制するための法整備が進んでいる。刑事法規(刑法)で規制しているのは、イギリスやカナダ、ドイツ、フランスなど。カナダやオーストラリアなどは人権法を別途制定し規制している。米国はヘイトスピーチ自体を禁止する法律はないが、差別発言を伴った暴力などを「ヘイトクライム(憎悪犯罪)」として厳罰化している。
なかでも、ドイツでは第二次大戦中のナチス時代に起きたホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の反省から、特定の民族出身者を中傷したり、ナチスを賛美したりする人種差別的な発言・集会が刑法の民衆扇動罪で禁じられている。独紙によると、独東部クラウシュビッツ村の前村長はインターネットで「ホロコーストを否定するのも人権のうちだ」などと表明し今月、裁判所から同罪で罰金3000ユーロ(約39万円)を言い渡された。
一方で、この法律が「反戦運動」に対して使われたケースもある。1991年の湾岸戦争に反対し、「兵士は人殺しだ」との文言を車に張り付けた反戦活動家が、兵士を侮辱したとして同罪に問われた(後に無罪)。
◇韓国、新法を検討中
また、日韓関係が悪化している韓国では従軍慰安婦や教科書問題で過激な団体の参加者が自傷行為をしたり日の丸を燃やしたりしたこともあるが、大使館幹部は「近年、在留邦人から物理的な恐怖を感じるとの報告はない」と話す。
韓国法務省によると、現行法では人種差別的発言を特別に禁ずる規定はない。同性愛者や宗教、人種の違いなどを理由とした差別を禁じる新法を検討中だが、成立のメドは立っていないという。韓国では、在特会についての関心は高く、各メディアは今回の判決内容を報じたが、目立った反応は出ていない。【ベルリン篠田航一、ソウル澤田克己】
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■ことば
◇人種差別撤廃条約
人種、民族、出身国などによる差別を一切禁止した条約。締約国に人種差別を禁じるための立法などを義務付けている。1965年の国連総会で採択され、締約国は176カ国(7日現在)。日本は95年に加盟した。日本はアイヌ、沖縄、被差別部落、在日韓国・朝鮮人、中国帰国者などが主な審査対象となっている。
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◇ヘイトスピーチデモを巡る主な出来事
2009年 4月 埼玉県蕨市で不法滞在していたフィリピン人夫妻を含む一家の国外退去を求め、長女が通学する中学校周辺などで在特会などがデモ行進
12月 京都朝鮮第一初級学校(京都市南区)が学校前の公園を不法占拠しているとして、同会などが抗議行動(後に幹部ら4人が威力業務妨害容疑などで逮捕、有罪判決が確定)
12年 8月 東京・新大久保で同会などが「お散歩」と称し、路地を練り歩きながら韓流ショップの看板を蹴飛ばすなどの嫌がらせを行う
13年 1月 上旬に新大久保であったデモ直後からK−POPファンの若者らによる批判がツイッターで広がる
2月 カウンター側の「レイシスト(人種差別主義者)をしばき隊」が路上に繰り出し、「仲良くしようぜ」などのプラカードを掲げる「プラカ隊」が登場。一方で、大阪・鶴橋のデモに参加した女子中学生が「(在日コリアンに対し)調子に乗っていたら鶴橋大虐殺を実行しますよ」と発言して話題に
3月 新大久保のデモに差別反対の横断幕を掲げる「ダンマク隊」が登場。下旬にはデモ規制などを求める署名活動も始まり、カウンター側の規模が過去最大に
5月 参院予算委で安倍晋三首相が「一部の国や民族を排除する言動があるのは極めて残念」と答弁
6月 新大久保のデモに関連し、在特会側としばき隊側の双方がもみ合い、計8人が逮捕される(このうち3人に罰金の略式命令、5人は不起訴に)
7月 日韓外相会談で尹炳世・韓国外相がデモに懸念を表明。岸田文雄外相は「法にのっとり対処する」と応じる。上旬に予定されていたデモが事実上の中止に
9月 弁護士や有識者らによる「ヘイトスピーチとレイシズムを乗り越える国際ネットワーク」が設立
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◇人種差別撤廃条約第4条を巡る各国の立場
日本 ×
米国 ×
カナダ ○
フランス △
イタリア △
豪州 △
英国 △
ドイツ ○
※○は批准。△は条文に独自解釈を加えて批准している。