集大成のシーズンを迎えた浅田真央の変化
力みなく、今季初戦で“自己ベスト”
“真央スマイル”全開でのスタート
「私自身は得点のことはあまり気にしてません。あとで『パーソナルベストが出ました』と言われて、『そうなんだ』という感じでした。試合によって得点は違うと思うので、何とも言えないんですけど、こうして良い得点が出せたのは次につながるなと思いました」
昨シーズンは後半戦まで封印していたトリプルアクセルも今季は初戦で解禁。オーバーターンになったものの、転倒はせずになんとかこらえた。前日練習でもきれいな着氷を決めており、状態の良さをうかがわせている。「自分のベストを尽くすことが毎回の目標なので、最高のレベルで挑戦できるのは良かったかなと思います」。浅田はそう手応えを語ったが、今シーズン、ジャンプに関しては心境の変化が見られる。
「いまはジャンプをどうするかとか気にしていなくて、プログラム全体のことを考えています。失敗すれば、自分で考えたり、(佐藤信夫)先生と相談したりしますが、そこまであまり深く考えないようにしています」
浅田のトリプルアクセルに対する思いが強いのは周知の事実。もちろんファンやメディアの焦点も「浅田はトリプルアクセルを跳ぶのか」という部分に当てられることが多い。浅田もこれまでは状態が悪くともなんとかして跳ぼうともがいていた。しかし、決してこだわりがなくなったわけではないのだろうが、今季は達観した様子が感じられる。前日練習と大会当日、繰り返し強調していたのは「調子は良い時もあれば悪い時もある」という言葉。たとえ自身の演技が納得いくものではなくても、たとえトリプルアクセルを跳べなくても、落ち込まずに現役最後となるシーズンを楽しもうとしている姿勢が見て取れた。
「ジャンプについてはあまり考えない」
昨シーズンは、3月の世界選手権を除くすべての大会で優勝するなど6戦5勝。長く続いたスランプを抜け出し、2月の四大陸選手権では、2年ぶりにトリプルアクセルを国際大会で成功させた。しかし、その一方で自分の理想と現実に折り合いをつけることに苦心している様子もうかがえた。かつて跳べたトリプルアクセルや3回転−3回転がなかなか跳べない――。
昨年12月の全日本選手権。浅田は2連覇を達成しながらも、自身の演技には不満顔だった。「自分はトリプルアクセルや3回転−3回転をやっていた時期があり、それを成功させてようやく喜びを得られるので、いまは納得した感じはありません」。スケーティングの部分で評価され結果を残したとしても、浅田自身にとっての基準はやはりジャンプだったのだ。ここまでジャンプにこだわりを持つ浅田だからこそ、集大成となるシーズン初戦の前日に「(ジャンプについては)あまり深く考えないようにしている」と語ったのは意外だった。
しかし、この適度な力の抜け具合が逆に良い方向に転がるような予感もある。この日の演技ではトリプルアクセルに加え、トリプルサルコウでも片手を突くミスをしたが、そのほかのジャンプはすべて成功した。「すごく力強くて、ダイナミックさがある」というピアノ協奏曲第2番(ラフマニノフ作曲)の曲調に乗って巧みなステップとスパイラルも披露。「ジャンプをしっかり跳ばなければ」という力みも見られず、滑らかな演技でファンを魅了した。
スケートアメリカへ「次につながる試合ができた」
「今日は初戦ということで、自分の中で『できるかな、できるといいな』とかいろいろな気持ちがありました。シーズンオフに練習したことがまずまず出せたかなと思います。この試合は次につながる試合にしたかったので、それができたのはすごく良かったです」
自己ベストを上回ったからといって、ソチ五輪での結果が保証されるわけではない。課題としてきたスピンやステップではレベル4の高評価がつけられたものの、「ちょっと不安に思っていた」ジャンプでは、その自信のなさがミスにつながってしまったと反省する。それでも見せる表情はすこぶる明るい。自身にとって最後のシーズンになるからといって特別感傷的になることもなく、「いまは五輪のシーズンが始まるんだなという気持ちのほうが強いんです」と、屈託なく笑う。
ソチ五輪まであと約4カ月。ロシアの作曲家・ラフマニノフの曲で演技をし、青を基調とした衣装はタチアナ・タラソワ元コーチ(ロシア)の作だ。「体の中心からパワーがでるような衣装だと思っています」と浅田自身も気に入っている。まだ代表選手に選ばれたわけではないが、この日見せたパフォーマンスを維持できれば、ソチへの切符を得ることは難しくないだろう。早くも2週間後にはグランプリシリーズが開幕し、浅田はまずスケートアメリカに出場する。「まだ伸びしろがあると思うので、向上していきたいです」。そう語る浅田の目は、すでに次の試合に向いていた。
<了>
(文・大橋護良/スポーツナビ)