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  エデン 作者:川津 流一
25.惨劇
 つい先程まで静寂を保っていたコーウェルの森に戦闘音とプレイヤー達の悲鳴が響く。
 始まってみれば、今回の作戦は一方的な展開になっていた。


 「わああぁぁぁ!!」

 自らを鼓舞する為か、長剣を片手に雄叫びをあげて駆ける一人の剣術士。纏う装備はどれもとても高ランクアイテムには見えない品々。恐らくは中ランクプレイヤーといったところか。
 彼は駆けた勢いそのままに、必死の形相で敵……ギルド連合の先鋒『ブラッククロス』の一員たる槍術士へと長剣を振り下ろす。
 しかし、対する槍術士はキースと同類の重装タイプ。構えられた盾によって呆気なく斬撃は弾かれた。
 反動で上体が泳ぎ、がら空きの胴体を晒す剣術士。そこへ鋭く突き込まれる槍の穂先。
 ただでさえ防御の難しいタイミング、加えて己の渾身の一撃を易々と防がれ動揺する剣術士にその攻撃を防ぐ余裕はなかった。
 ドスッと鈍い音と共に槍の穂先が剣術士の鎧を貫き、腹に埋まる。

「ぎゃ!」

 奇襲だった為、恐らく痛覚遮断のブースト系アイテムを使用する暇がなかったのだろう。剣術士が激痛による悲鳴をあげた。

「い、いだいぃぃ! ちょ、まっ……っが!?」

 痛みに悶える彼だったが、その胸や喉へと追撃の矢が数本突き立ち悲鳴が途切れる。槍術士の後方から援護する弓術士達の仕業だ。
 喉を掻き毟りながら倒れる剣術士へと槍術士は油断なく止めを刺した。

 隣では盾持ち斧術士によって豪快に腕を切り飛ばされた強盗プレイヤーがもんどりうって倒れるところだった。そこへ後方の魔術士から追撃が入る。

「【フレア・ミサイル】!」

 先日、レオン達との戦いでも使われた【火】属性の上級属性である【炎】の攻撃魔術だ。
 現れた灼熱の炎球は三つ。

 ミーナ達に聞いたところによると、【フレア・ミサイル】の炎球は熟練度によって出現個数が変化するらしい。あの時ゲイスが使った時は五つの炎球が出現していた事を考えると、彼の実力が決して低いものではなかった事が判る。

 周囲を明るく照らす三つの炎球は曳光弾の如く猛烈な勢いで宙を飛び、倒れた強盗プレイヤーへと着弾。

「ぎっ!?」

 微かな悲鳴は爆音にかき消され、強盗プレイヤーは火達磨となって吹き飛んだ。
 濛々と舞い上がる煙を掻き分け、盾を壁のようにズラリと並べた重装タイプの武術系流派プレイヤー達が前進する。その後ろには弓や杖を構え前衛を援護する弓術士や魔術士達、後衛プレイヤー達の姿。
 散発的な抵抗など歯牙にもかけず押し潰すかのようなその布陣は、敵方にとっては大きなプレッシャーだろう。
 現に幾人もの強盗プレイヤー達が後退る様子が見て取れた。


「うわぁ! シマさん! スイさん!」

「ちょ、マジヤベーって! あいつら『ブラッククロス』だろ!? 他のトップギルドの連中もチラホラ見えるぞ! こんなの勝てるわけねーって!」

「逃げるぞ! ここはもう終わりだ!」

「クソッ! なんでここがバレたんだよっ!? 見張りは何やってたんだ!?」

 奥からは強盗プレイヤー達の慌てふためく声が聞こえる。あまりの戦力差に逃げ出そうとするプレイヤーも少なくないが、突然の事態に判断が追い付かずただその場で右往左往しているプレイヤーが殆どだ。
 強盗プレイヤーの大部分を中ランクプレイヤーや低ランクプレイヤーが占めているという話もこの様子を見ればよく判る。こうした大規模戦に不慣れなプレイヤーも多いのだろう。
 だが、そんな浮足立つ敵集団をトッププレイヤ―揃いのギルド連合は見逃さない。


「【サイクロン・バースト】!」


 朗々と響き渡る詠唱。


 突如、敵集団のど真ん中に空気のうねりが生じた。

 周囲の強盗プレイヤー達が異常に気付いて慌てて離れようとするも、空気のうねりは瞬く間に成長して巨大な渦と化し周囲のオブジェクトをプレイヤーごと吸い込み始める。
 必死に逃げるも渦の魔の手から逃れるにはステータスが足りない強盗プレイヤー達。段々と吸い寄せられる事態に顔を真っ青にして絶望的な表情を浮かべた。

「ひぃぃぃ……ぎゃぁぁぁぁ!!」

 渦の内部では凶悪な力が吹き荒れているようだ。巻き込まれたプレイヤー達の抵抗力はお世辞にも強いとは言えず、腕や脚がねじ切られて血が舞い断末魔の悲鳴が周囲に響く。
 血を吸って赤く染まった空気の渦は、取り込んだ生贄達を存分に食い散らかした後にやがて収縮。

 直後、ボンッという大気を震わす破裂音と共に渦が弾けた。

 赤い衝撃波が周囲に吹き荒れ、それに乗って砕かれたオブジェクトが弾丸の如く飛翔する。それはかろうじて渦から逃れたプレイヤー達へと容赦なく牙を剥いた。
 彼らの防具は急いで出てきた為か、おざなりなものが多かった上に咄嗟に魔術で防壁を張れるプレイヤーもいなかったようだ。
 しばらく肉を激しく殴打する生々しい音と微かな悲鳴が爆音に混じる。

 暴風が猛威を振るった後、その場で立っているプレイヤーは皆無だった。

「……ぅぅ……ぁぁ……」

 惨劇の現場。僅かな生き残りが呻き声をあげている。
 螺旋状に地面がえぐれ、渦の発生地点はミキサーでもかけたかのように赤黒い何かがこびり付いていた。効果範囲の悉くが粉々になり、原形をとどめているものは少ない。
 魔術名から予想するに【風】属性の上級属性【嵐】の高階位魔術だろうか。

 酷くスプラッタな状態だが、ギルド連合のプレイヤー達は気にする様子もなく陣形を保ちながら前進していく。
 普段からモンスターと戦っているプレイヤーにしてみれば、今更血飛沫の一つや手足の欠片を見て動揺したりはしない。果たしてモンスターとプレイヤーを同列に見れるかどうかは難しい問題かもしれないが、少なくとも今は魔術歌【雄々しき勇者】の効果で精神も高揚しているせいか戦闘に支障はないようだ。

 敵方の生き残りは最低限の治療を受けて捕獲されていた。抵抗する力を保持している内は容赦しないが、徹底して殲滅するつもりもないらしい。
 確かまだ敵方の全貌は解明できていないはず。情報収集という観点からも、ある程度生き残りは連れて帰るのかもしれない。


「うわ、【サイクロン・バースト】か。雑魚一掃には確かに便利だけど、使った後のグロさが難点なんだよな」

 俺の側に立ったギンが苦い顔で呟く。
 【心眼】を使って逐一前線の戦況を窺っていた俺だったが、一先ず戦闘の区切りが着いたところでようやくギン達にも前線の様子が見えたようだ。

「そうだね。まあ便利というか、強い敵には効果ないからほぼ雑魚敵排除専用魔術なんだけど」

 ギンの呟きに対してパーティメンバーの魔術士の一人―――確か名前はトール―――が返す。その内容に俺は少なからず驚いた。

「あの威力で強敵には効果ないのか?」

「んあ? ああ、あれ本格的なダメ入るまでの発動遅いし渦の吸引力に勝てるステあれば簡単に逃げ出せるからな。流石に直撃喰らえば高ランクの奴でもかなり痛い目見ると思うけど、まず当たらないね」

 俺の質問に一瞬驚いたトールだったが、素直に答えてくれる。

「そういうことか。ありがとう」

 彼に軽く礼を言うと、多少戸惑いながらも「お、おう」と返すトール。
 やはりギンの言っていた通り、ハヤト以外のメンバーはそれほど攻撃的な対応はしてこないようだ。
 先刻のギンとのやり取りで一先ず安心していたが、改めて安堵が深まる。

 それにしても今まで魔術に関して接点が無い事から情報収集を疎かにしていたが、こうして対プレイヤー戦闘の可能性もある事を考えると魔術士の戦術について早急に勉強し直す必要があると感じる。
 流派の動きから考えると魔術攻撃が俺の弱点だと常々認識してはいたものの、こうして魔術攻撃の威力をまざまざと見せつけられると危機感が募る。
 姐さんの予想では俺の新しい相棒は属性武器となると思われるので、一応魔術の属性攻撃を防ぐ手段はできるが、千差万別の魔術の数々を知ることは決して無駄ではないはず。
 この作戦が無事終わってダラスへと帰ったら、魔術について情報を集め直して頭に叩き込もう。

 俺がそんな事を考えているうちも前線のギルド連合プレイヤ―達はどんどん先に進み、敵拠点を攻略していく。
 当初危惧されていた罠や組織立った抵抗は見受けられず、拍子抜けな程あっさりと作戦は進行していた。
 しかしまだまだ敵勢力の全貌は見えておらず、恐らくいると予想された強盗プレイヤー達の頭目、もしくは支配層集団を確保するまでは油断できない。ミーナから聞いたように、攻略組のトッププレイヤ―達からクエストアイテムを奪取出来るような高ランクプレイヤー達が必ずいるのだ。
 彼らが一体どこで仕掛けてくるのか。
 今はまだ敵方の混乱に上手く乗じて、先鋒を蹴散らしただけだろう。
 問題のクエストアイテム捜索も監禁されたプレイヤー達の救出も終わっていない。
 むしろ俺達後続部隊が分散して戦闘を開始するこれから本番だと言える。

 願わくば計画通り作戦が終わればいいのだが……。

 上手くいき過ぎているせいか、俺の心の内の小さな不安は消えなかった。




 銀と黒で彩られ、中央に女神らしき彫刻が彫られた円盾が魔術の明かりを受けて燦然と輝く。円盾を前面に構えた剣術士が三人のプレイヤーと対峙していた。
 俺達のパーティの前衛であるタクヤと敵対する強盗プレイヤー達だ。

 一瞬の対峙の後、強盗プレイヤー達がタクヤへと襲い掛かる。対するタクヤも迫る攻撃に備えて円盾がユラリと揺れた。
 と、突如タクヤの構える円盾が猛烈な速度で動き横薙ぎの斬撃を防御。それも束の間、今度は大振りな切り落としの一撃へと強烈に盾を叩きつけ、敵プレイヤーの大剣を弾き飛ばす。
 豪快な動きだったにも関わらず瞬く間に円盾はタクヤの正面に構えられ、細剣による鋭い突きを受け止めた。

「クッソ! こいつかてぇ!」

 思わずといった体で強盗プレイヤーの一人が罵りの声をあげる。

 大きな円盾と長剣を装備した重装タイプの武術系流派プレイヤーであるタクヤは俺達のパーティの最前線を陣取り、円盾を自在に操って強盗プレイヤー達からの攻撃を次々と弾いていた。

 彼の流派は確か盾装備の剣術流派としては有名所の上級流派、『ヘクター流剣術』だったはず。俺の『バルド流剣術』と同じく防御主体の流派で、パーティではその防御力から現在のタクヤのように敵の注目を一手に集めるタンカー役として活躍する事が多い。

 流石は『シルバーナイツ』の一員だけあって見事な盾捌きだった。装備や動きから見たところ敵方のプレイヤー達もそれなりの腕を持つプレイヤーだと思われるが、この人数差で全くタクヤに攻撃が通っていない。並のプレイヤーではこうも鮮やかに対処するのは難しいのではないだろうか。
 盾は無いとはいえ俺も防御主体の武術系流派の使い手として、彼の動きは非常に勉強になる。先日のリン達とのパーティ戦でも感じたが、こうしてトッププレイヤ―達の動きを間近で見る経験は非常に良い刺激になりそうだ。

 一歩も引かず、三人相手からの猛攻を凌ぐタクヤ。その隣では長剣二本を携えたハヤトが二人の強盗プレイヤーを相手取り圧倒していた。

 ハヤトはあのレオンと同じく『ガーランド流剣術』の使い手。二本の長剣による怒涛の連続攻撃が特徴だ。
 先日見たレオンの動きに勝るとも劣らないハヤトの動き。
 踊るように軽やかなステップを踏み、ハヤトが鋭い斬撃を次々と強盗プレイヤー達へと放つ。
 空間を切り裂く無数の銀光。
 相手は慌てて防御しようとするも手数と速度が全く足りていない。
 ハヤトの両腕はそれぞれが獲物を狙う蛇の如く変幻自在に動き、敵を追い詰めていく。
 強盗プレイヤー達は必死にハヤトが持つ双剣の攻撃軌道へと己の武器を振るうが、それを嘲笑うかのようにハヤトの剣は防御を掻い潜って相手の腕を、胴を、脚を斬りつけた。

「う、うわぁっ!」

 相手の焦る声が聞こえる。二人ともハヤトの剣を捌き切れず全身を朱に染めていた。
 だが相手もしぶとく、残念ながら致命傷となる決定打はくらってないようで倒れない。

「ハヤト! タクヤ!」

 俺と同じく後方組であるギンが前衛二人に向かって叫ぶ。と、同時に弓を引き絞って次々と矢を強盗プレイヤー達へと撃ち込んだ。
 強盗プレイヤー達がギンの矢によって牽制されている間にハヤトとギンは素早く後退。
 彼らと入れ替わるかのように後方の魔術士三人から魔術が放たれた。

 一人が地面で輝く紋章に杖を力強く突きたてる。
 貫かれた紋章は一瞬強く発光して消滅。その直後、強盗プレイヤー達の足元に巨大な紋章が出現した。
 ビシッと何かがひび割れるような音と共に紋章内の地面に無数の地割れが走る。
 強盗プレイヤー達が異変に気付き、慌てて紋章内から退避しようとするも既に遅かった。一歩踏み出した地面が粉々に砕けて足が深く埋没する。
 慌てていた彼らは突然の事態に反応できず次々と転倒した。必死に立ち上がろうとするが、紋章内の地面が砂地獄のように恐ろしく軟になっているようで無様に手足をバタつかせる事しかできないようだ。

 二人目、三人目の魔術士は宙に紋章を描いていた。杖先に光を灯し、空間に複雑な軌跡を残す。描き終えると同時に、当初は広げた掌程の大きさであったそれぞれの紋章は輝きながら巨大化。
 瞬く間に身の丈程の直径まで大きくなった紋章は、不気味に鳴動しながらゆっくりと回転し始める。
 まるで魔法陣のようなそれぞれの紋章の中心から光が漏れ出した。その色は目の覚めるような赤と青。
 光は刻一刻と輝きを増し、鳴動が甲高くなっていく。この魔術を初めて見る俺でも本能的に危険を感じさせられた。

 内側の凶暴な何かを無理やり抑え込んでいるような……。

 やがて極限に輝く紋章と鳴動音の中、突如獣の咆哮が轟く。
 そこで気付いた。あの紋章は檻なのだ。


 そして魔術は放たれる。


 光の爆発と共に紋章から飛び出したのは二体の獣。当然ただの獣ではない。片や灼熱の火炎を撒き散らす炎の虎、片や極寒の凍気を吹雪かせる氷の狼。
 火炎と凍気の化身たる二体の獣は獰猛な咆哮をあげ、地を駆けた。目標は先の魔術で未だに地面でもがく五人の強盗プレイヤー達。
 動きを封じられた憐れな生贄達へと二匹が猛烈な勢いで襲い掛かる。獣の通った跡には火柱と氷柱が次々と立ち並び、発散する熱気と冷気が混じり合って局所的な突風が吹き荒れた。

「ひっ!?」

「あぁぁ!?」

 間近に迫る死の気配に思わず悲鳴を漏らす強盗プレイヤー達。必死に逃げようと身体を動かす。
 しかし獣達に比べあまりに鈍重なその動き。二匹は容赦なく手近な獲物へと牙を突き立てた。

 その直後。獣達の身体は一気に膨張し……盛大に弾けた。

「……ぁ……っ!!」

 ゴウッと撒き散らされる爆炎と吹雪。巻き込まれた強盗プレイヤー達の絶叫も吹き荒れる火炎と凍気の乱舞にかき消されて聞こえない。
 魔術による灼熱地獄と氷結地獄の饗宴はしばらく続いた。


 ようやく炎と氷の化身達の猛威が治まった後でも、着弾地点付近ではパチパチと残り火が弾けながら無数の火の粉が舞い、また他の場所ではびっしりと分厚い霜が浮いている。
 累々と横たわる焼死体と凍死体。
 当然のように生き残りはいなかった。上級属性【炎】と【氷】の高階位魔術による同時攻撃の直撃を受けきるには相応の魔術障壁や属性付与等の準備が必須だろう。
 加えて、先刻のヤクモが使った雷竜に代表されるように何かしらの生物の姿を模する魔術攻撃はかなり階位の高い魔術だと聞く。この炎虎と氷狼ももしかしたら流派の奥義に近い魔術攻撃なのかもしれない。
 不幸な事に彼らには魔術系流派の使い手がいなかった為、こちらの属性攻撃が最大限に威力を発揮したのだ。
 改めてハヤト達のパーティの強さと練度の高さに感じ入る。
 後衛の魔術士と弓術士の護衛の為に剣を構えて警戒していた俺だったが、これまでの戦闘で俺が剣を振るう機会はなかった。
 前衛のタクヤとハヤトが見事に敵を食い止め、弓術士のギンが敵を牽制し、トール達魔術士が殲滅する。
 その連携は彼らがリアルでの友人であるという事を差し引いても見事なものだった。恐らく長い時間をかけて磨いてきたのだろう。
 何もする事がなくて剣を持ったまま棒立ちの俺をハヤトは鼻で笑ったりもしたが、正直そんな事をされても仕方がないような状況だ。これ程の連携を見せられたらハヤトが得意になるのも判る。

 ……まあ、後衛が危険に晒されず順調なのは良い事だ。

 ハヤトの自慢げな顔に苦笑で返しつつ、俺はそう心の内で呟いた。



「とりあえずこの辺は粗方片づけたか」

 一応敵全員の死亡を確認後、死体の一つをカード化して処理しつつハヤトが周りを見渡す。
 その声に他の死体を片づけていたパーティメンバー達が頷いた。
 周囲は先程までの戦闘音が嘘のように静まっているが、時折遠くから爆発音や悲鳴のようなものが聞こえる。恐らく他の救出部隊パーティの戦闘音だろう。


 ジーク率いる『ブラッククロス』のメンバーを主力としたギルド連合が強盗プレイヤー達の大部分を蹂躙した後、俺達を含めた後続部隊が拠点の各地へと散開した。

 拠点に進入してみて判ったが、ここは予想以上に広大だった。
 当初は近くでいくつものパーティが強盗プレイヤーの残党達相手に戦っていたが、今近くにいるのは俺達ともう一つのパーティくらいだ。
 もちろん遠目には他パーティの掲げる明かりも見えるのでやろうと思えばそれほど時間もかからず合流はできるだろう。
 途中でリン達のパーティも見かけたが、いつの間にか離れてしまい安否は判らない。しかしレオン達には毒を盛られて危機に陥ったものの、まともに戦ったならば彼女たちは『シルバーナイツ』として相応しい実力を持っている。そう後れを取る事はないだろう。

 ここの拠点は森と廃墟を上手くカモフラージュに使っていた。入口付近には小屋が密集していて多数の強盗プレイヤー達がいたようだが、奥に行くにつれ点々と拠点のあちこちに小屋らしきものが点在するようになっている。
 建物と建物の間に距離を取っているのは監禁したプレイヤー達が連絡を取り合って結束しないようにする為だろうか。
 拠点奥に点在する小屋からは次々と監禁されていたプレイヤー達が救出されていた。
 あられもない格好をさせられた女性プレイヤー達やこき使われていた生産系プレイヤー達。
 彼らがどんな扱いを受けていたのかなんて一目見れば判る。
 どのプレイヤーもボロボロであり、ここでの生活がどれほど苦難であったかを物語っていた。ギルド連合に救出され、身体を魔術やアイテムで癒したとしても心に深く傷を残すプレイヤーも少なくないだろう。
 ずっとソロで安全圏で戦っていた俺には縁のなかった『エデン』の裏の世界。プレイヤーとプレイヤーがいたぶり、いたぶられ、殺し、殺される。
 噂には聞いていたが、こうして惨状を直接目にすると本当にここがゲームとして作られた仮想の世界なのかと疑問に思ってしまう。
 この生々しさはなんだ?
 たかがゲームだったはずなのに何故こんな事態になっている?
 ……果たして俺達が現実の世界へ帰れる日が来た時、本当に帰還を素直に喜べるのだろうか。


 俺達はいくつかの戦闘をこなし、さらに拠点の奥へと歩を進めていた。
 先程の戦闘によってこの付近にいる残党は片付いたようで、俺の【気配察知】でもある地点以外でプレイヤーの反応は確認できない。
 それが目の前にある朽ちた装いの小屋の中だ。
 先程の強盗プレイヤー達とはこの小屋周辺に潜んでいたのを発見して戦闘となった。恐らくこれまでの経験から中には囚われのプレイヤー達がいるものと思われるが……。
 俺達のパーティ内では恐らく一番索敵能力の高い弓術士のギンへと皆の視線が自然と集まる。
 ギンは目を閉じて索敵に集中していた。

「……確かにもう他に敵はいないみたいだな。この付近でのプレイヤー反応はそこの小屋の中だけだ」

 静かに瞼を開いたギンが周りを見渡しながら前方の小屋を指差す。
 ログハウスと言えば印象は良くなるかもしれないが、見るからにボロボロであり窓が一つも見当たらない。外界と行き来できるのは扉一つだけのようだ。

「よし、じゃあ行くぞ。いつも通り警戒は怠るなよ。外は排除したけど、中に敵がいないとは限らないからな。ライアス達はバックアップを頼む」

 ギンの言葉に頷き、パーティメンバー達へと忠告するハヤト。
 当然皆は真剣にそれを受け入れる。俺もしっかりと頷いた。
 トップギルドの一員だからといって、強盗プレイヤー達を侮りハヤトの忠告を軽んじる者は誰一人としていない。
 最も重装のタクヤを先頭にしてハヤト、俺、後衛組と続き、小屋の入口へと向かう。狭い室内では武術系流派プレイヤーが有利だ。距離が無い為に、魔術士では魔術を準備する間に攻撃をくらってしまう。
 ヤクモの持つ【思考詠唱】があればまた話は変わるだろうが……。
 ライアスと呼ばれたプレイヤーが率いるもう一つのパーティは万が一俺達がやられた時や取り逃がした時に備えて、小屋を包囲する形で配置していた。

 やがて小屋の入口であろう扉に辿り着く。
 近くには南京錠のような物が転がっていた。どうやら施錠はされていないようだ。
 油断なくしっかりと盾を構えたタクヤがドアノブを握り、脇のハヤトや俺へと目配せする。
 それに静かに答える俺達。
 ドアノブが捻られ、ゆっくりとタクヤが引いた。
 ギギギ……と立て付けの悪い音をたてながら扉が開いていき、隙間からすえたような匂いが流れてくる。
 タクヤの盾越しに中を覗くと壁際に設置された数本の蝋燭に火が灯され、ボンヤリとした明かりが室内を照らしていた。

「げっ……!?」

「クソッ……」

 先頭を行くタクヤやハヤトから微かに呻き声が聞こえる。俺も思わず顔を強張らせていた。

 そこにいたのは鎖に繋がれた幾人ものプレイヤー達。初期装備の肌着すら脱がされているようで、男女の区別なくほぼ全裸に近いボロボロの布を纏って転がされている。
 だが問題なのは服装ではない。

 蝋燭の明かりの中で浮かび上がるプレイヤー達の姿。彼ら彼女らにはいろいろと、何かが欠けていた。

 片腕や片脚のない数人のプレイヤー達。酷い者では四肢を失い、ダルマのようになって転がされているプレイヤーもいる。他にも目や口を無理やり縫い合わせられているプレイヤー、身体中に罵詈雑言を文字通り刻まれているプレイヤーも見えた。
 惨劇はこの室内で行われていたのか、蝋燭の明かりの中でも壁に飛び散った血しぶきが確認できる。
 だが、見る限り小屋の中に死体は無いようだった。
 こんな状態でも彼らが死んでいないのは無理やりアイテムや魔術で回復させているからだろう。それも悪意を持って中途半端にだ。


 正に狂気の沙汰だった。


 あらゆる制限が取り払われ、現実世界で出来る事はほぼ出来てしまう現在の『エデン』。逆に現実世界では到底不可能な事が『エデン』では出来てしまう。
 こうして誰でもアイテムや魔術を使えば重傷者の治療が簡単に出来てしまうのもその一つだ。
 見かけだけなら綺麗に治せてしまえるが故に、壊れた玩具が簡単に修理できてしまうが故に、強盗プレイヤー達の嗜虐性を助長させてしまったのだろうか。
 先日のヴァリトール山からの帰路でキースから低ランクプレイヤーが悪戯に襲われて玩具にされていると聞いたが、これほど酷い惨状だとは……。

 惨劇の被害者達の虚ろな視線が俺達に突き刺さる。本当にプレイヤーなのかと疑問に思ってしまうような澱んだ瞳。まるで死者の洞窟で襲ってくるアンデッド達のようだ。

 ……いや、少なくとも敵である俺を発見すれば殺意を剥き出しにして反応する分、奴らの方がマシかもしれない。

 早急に彼らを解放して治療を行うべきだろうが、先にやらねばならない事がある。
 まだ残党が潜んでいる可能性もあるのだ。まずは室内の索敵をしっかり行う必要がある。救出を行うのは安全を確保してからだ。

 と、そこで異質なものに気付いた。

 無気力に転がるプレイヤー達の奥。衣服とは言えないボロボロの布を纏うプレイヤーがほとんどの中で、一人だけ普通に服を着て拘束されている女性プレイヤーがいる。
 非常に小柄なその姿に、特徴的な刺繍の施されたローブ。
 怯え、青褪めた表情は隠せないながらも周囲の女性プレイヤーと違ってしっかりとした意思を持って真っ直ぐにこちらを見つめる顔に俺は見覚えがあった。
 思わず俺の口から名前がこぼれる。

「……シオンさん?」

「……師範代さん?」

 彼女も俺の姿に驚いたように大きな目を丸くした。


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