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  エデン 作者:川津 流一
23.襲撃前夜
 戦闘準備を整えた俺は、ミーナ達に急かされながら深夜のダラスの街を駆けていた。
 頭上には美しい三日月が輝き、日中には喧騒で溢れている街並みも今はシンと静まり返っている。時折彼方からどこかの酒場で騒ぐプレイヤーの声や楽器の演奏が聞こえてくるが、それでも深夜の静けさを打ち消す程ではない。


 ディスプレイ越しではなく、仮想現実の世界になった事で夜の闇というものは思った以上にプレイヤー達を苦しめた。人は外部情報の取得手段として視覚に大きく比重を置いている。だからこそ視覚を奪われる夜の闇に本能的に恐怖を抱く。
 ディスプレイでオンラインゲームを楽しんでいた頃は、昼間に学校や仕事があった為にむしろ夜こそ活動の主体であったことが大半だった。そしてディスプレイ越しのゲームでは、ゲーム内の昼夜の環境差がゲームプレイに支障が出るほど酷くはない。
 だが、『エデン』では違う。闇という障害で制限される戦闘能力、加えて夜には行動を活発化させ凶暴になるモンスターも多いという情報もあった。
 その為、自然と活動の主体は日中に集中するようになったのだ。
 おかげで深夜ともなれば街中でさえもプレイヤーの姿を見る事は少ない。


 そんな人通りもほぼ絶えた街並みに俺達の鎧が奏でる金属音が響く。
 ミーナ達は緊張感を漂わせながら、黙々と俺の前方を走っていた。
 彼女達の気迫に押されて言われるがまま出てきてしまったが、詳しい話は何も聞いていない。
 強盗プレイヤーのアジトが判明したとのことだが、俺達が鉱石採取へと出掛けている間に何か進展があったのだろうか。
 それにギルド連合を組んでの襲撃……ダラスに到着した日中の様子ではとてもそんな物々しい感じは受けなかった。

「俺達がダラスを離れている間に一体何があったんだ?」

 俺の前を走る二人に問い掛ける。
 俺の声にチラリと振り返った二人。一瞬お互いに顔を見合わせると、ミーナが軽く頷き俺の横に並んだ。

「説明もせずにいきなりごめんなさいね。師範代さんはラッシュ達の事を覚えているかしら?」

「……確かレオンの仲間だよな。ダラスに戻って来た時に『シルバーナイツ』が身柄を引き取っていったよね」

 俺の返答にミーナは頷く。

「そう。あの後、私達がクーパー鉱山に行っている間にうちのメンバーで尋問を行っていたのよ。その結果、いろいろと吐いたらしいわ。その中にあいつらの隠れ家の情報もあったってわけ」

 何か気分の悪くなるような事でも聞かされたのか、眉間に皺を寄せ不機嫌そうにミーナは答えた

「うちのサブマスが尋問したんだが、結構きつい仕打ちをやったみたいだぜ。あの人、強盗プレイヤーを蛇蝎の如く嫌ってるからな。ま、奴らのしてきた事を考えると擁護する気にはならねえけどな」

 先頭を行くキースが横目でこちらに視線を向けながら補足する。その横顔もいつものような豪快な笑みは鳴りを潜め、苦いものが浮かんでいた。

 レオン達と対峙したあの夜を思い出す。俺がレオンから聞き出したのはわずかな事だけだったが、それでも彼らの横暴の片鱗は覗えた。
 あの件以外でもレオン達が影で幾多の暴虐を行っていただろうことは容易に想像がつく。ミーナやキースの表情を見ればそれは正しかったようだ。

 ミーナが軽く溜息をつきながら口を開く。

「とりあえずレオン達がしてきた事は今は置いておくわ。ラッシュ達の話だとダラスの街からそう遠くない場所に隠れ家があるみたい。ラッシュ達のような裏切り者も結構いるみたいだから、情報が漏れない様に各ギルドのトップ達と信頼できるメンバーだけで秘密裏に襲撃の計画を立てていたそうよ」

「決行が今夜なんてタイミングなのはどうもうちのギルマスが俺達の帰還を待っていたからみたいだな」

 ミーナとキースの説明にようやく納得がいった。
 俺達がクーパー鉱山へと赴いている間にここダラスでは随分と事態が進行していたようだ。
 先日の話だと強盗プレイヤー達の隠れ家には例のクエストアイテムがある筈。だが『奪還』ではなく『襲撃』という表現を掲げている以上、トップギルド達の思惑はクエストアイテムよりも強盗プレイヤー達の征伐に重点が置かれているのだろう。

 しかし、ギルド連合による襲撃か……。

 強盗プレイヤー側もそれなりの人数を揃えて徒党を組んでいるようだし、かなり大規模な戦闘になるだろう。それもプレイヤー同士の戦い、いや……殺し合い。
 本来、ゲーマー達の理想として生まれたこの世界でモンスターを相手ではなく人を相手に戦う。限りなく現実を模倣した『エデン』で、ある意味最も現実らしい結果へと推移している現状。既にレオン達を手にかけてしまっている俺だが、それでも僅かな虚しさを感じた。



 ミーナ達に連れられて急ぐ事二十分程。俺達は巨大な屋敷が建ち並ぶ一画に辿り着いた。
 外観は基本的に周囲の風景に合った石造りの洋風の館が多いが、稀に和風の屋敷等も目に入る。
 ここは始まりの街ダラスでも特に規模の大きな建物が設置されている場所であり、そのほとんどがギルドハウスとして設定されている。ギルドハウス用の建物はこの一画だけではなく他のいくつかの区画にも設置されているが、ここはギルドハウスの中でも最上級のものが建ち並んでいる場所だ。
 最上級のギルドハウスともなればその豪華さと共に維持費も相当なレベルとなる。姐さんの店がある職人街と同様、この一画にギルドハウスを構えることは一流の証。
 つまりここは現在の『エデン』攻略における最前線、トップギルド達の本拠地だ。

 ミーナ達が進む先は、そんなギルドハウスの中でも特に巨大な屋敷。背の高い塀で周囲を囲まれ、中の様子は覗えない。
 少し歩くと門らしきものが見えてくる。屋敷に比例するように立派な門だ。篝火に似た魔道具で照らされたそこには4つの人影。
 門の両脇には分厚い全身鎧を纏い、槍を携えながら周囲を睥睨する二人の男。額の紋章を見るにNPCだ。

 店舗やギルドハウスといった特別な建物には様々な機能が設定されている。
 その中の一つにNPCを雇うというものがある。店舗の売り子や、屋敷の管理をする執事、メイドといったいくつかのバリエーションがあると聞いているが、その中でも門の前に立っているのは衛兵タイプのNPCだろう。
 その名の通り建物の警備を行うNPCで、登録されたプレイヤー以外の侵入者がいれば攻撃を行うように設定されている。プレイヤーと違ってNPCは基本的に休息を必要としないので、建物の警備や店舗内の売り子といった長時間の労働には適役だろう。

 そして、壁に寄りかかりながら門に近付く俺達を眺めるプレイヤーらしき二人組。
 その二人の胸元で主張する黒い十字架を模した紋章を見て、ここがどこのギルドの本拠地かを悟った。
 ギルド『ブラッククロス』。確かにギルド連合を組むとなれば、『エデン』最大規模のこのギルドが中核をなすのは必然だろう。
 ある程度近付いた所でミーナが彼らに声をかける。

「門番ご苦労様。師範代さんを連れてきたわ」

「お疲れっす! ジークさん達が中で待ってます!」

 『ブラッククロス』の二人組は姿勢を正すと威勢よく返答し、門を開いてくれた。
 ギギギ……と重低音を響かせて開かれた先は塀の外とは違って明るい光で満たされている。ミーナとキースは直立する二人組へと軽く手を掲げながら進み、俺も会釈をしながら後へと続いた。

 門を潜った所で、屋敷の全貌が覗えた。門から真っ直ぐに伸びる道の先には巨大な建物。一見、洋風の小さな城のように見える。
 綺麗に整えられた庭には立派な噴水やベンチ等が備え付けられていて、憩いの場になっているようだ。奥の方にはちょっとした空地があり、人を模した丸太がいくつも立てられていた。訓練用の広場だろうか。
 敷地内には多くの街灯の様なものが設置され、周囲を不思議な輝きで照らしている。ダラスの街中でもよく見かける魔術【ライティング】と同等の効果を持った魔法具だ。
 おかげで敷地内は深夜にも関わらず随分と明るい。これでは侵入者がいればすぐに判ってしまう事だろう。

 俺は初めて見る最上級のギルドハウスの情景に感嘆の表情を浮かべながら歩く。そんな俺を横目で確認したミーナとキースは軽く笑っていた。ずっと険しい表情を浮かべていた二人だが、多少緊張を緩ませてくれたらしい。
 やがて建物まで辿り着いた俺達は門の扉には劣るものの十分に大きな扉を開き、中へと入った。

 扉の先は小さなホールのようになっているようだ。そして、その空間を埋める何人ものプレイヤー達。彼らの装いを見て、俺は思わず目を見開いた。

 『猫猫同盟』、『ライオンハート』、『神風』、『アヴァロン』、そして……『ブラッククロス』と『シルバーナイツ』。

 ざっと見ただけでも視界に映る彼らのほぼ全てが『エデン』におけるトップギルドのトレードマークとして有名な紋章や特徴を身に纏っていた。つまり、この場に『エデン』の頂点を構成する紛れも無いトッププレイヤー達が集結している。
 そんな彼らが扉の開閉音に反応し、一斉にこちらを向いた。

 様々な視線が俺を貫く。怪訝そうにする者、あからさまに見下す者、更には憎しみらしき感情が見える者までいる。加えてそこかしらで囁かれる呟き。

「あいつが……?」「おいおい、絶対足手まといだろ」「糞っ、リン様達に上手く取り入りやがって」

 とても好意的とは言えない視線と呟きの数々に晒され、居心地の悪さを感じた俺は僅かに身動ぎした。
 そんな状況を見たキースが苦い顔で俺へと囁く。

「悪い。まだお前の実力を信じてくれている奴が少ないんだ。少し耐えてくれ」

 『初心者剣術』の使い手としてこういった視線には慣れていた。俺は軽く笑ってキースと心配そうにこちらを見るミーナに大丈夫だと伝える。
 自分でも場違いだと感じてはいたが、こうもあからさまな対応をされると改めて実感してしまった。まあ、俺へと貼られたレッテルを考えればこの対応は当然とも言える。とはいえ、見返してやりたいとは俺は考えていないし、今回は友人としてリン達の手伝いをするつもりでの参加だ。
 それにこれだけのトッププレイヤーが参加しているのだから、新参者としては自重して行動するべきだろう。



「揃ったか」

 深いバリトンの声がホールを響かせた。
 ざわついていたホールが一瞬にして静寂に包まれ、皆の視線が一点に向かう。
 ホールの奥、周囲より一段高くなったその場所に一人の偉丈夫が立っていた。
 黒髪をオールバックにし、無精髭をを生やした顔には野生的な笑みを浮かべている。その身を包むのは恐らく竜鱗の鎧。そして脇に巨大な大剣を立て掛けていた。
 背丈の高さも相まってかなりのプレッシャーを感じる。

「……あの人が『ブラッククロス』のマスター、ジークさんよ」

 ミーナの説明に軽く頷く俺。
 ギルド『ブラッククロス』マスター、ジーク。『エデン』最大規模のギルドを率いる男。
 『エデン』攻略の最前線には縁が無かった為、顔を見るのは初めてだが名前は流石に知っている。こうして実際に目の当たりにすると噂に違わぬ強者の雰囲気を纏っていた。

「だとすると、脇のあれが有名な『轟剣グラムスレイブ』ってわけか」

 俺の視線が彼の顔から横へと移る。
 全長がおよそジークの身長程もある大剣。柄頭の真っ赤な宝石が特徴的で、鍔の部分は翼を広げたような形状をしている。剣身は鞘に収められている為、残念ながら見る事は出来ない。
 恐らくは『エデン』で最も有名で、プレイヤー達の羨望を集める剣。そして、それを堂々と携える真のトッププレイヤーを目にして俺の喉が自然にゴクリと鳴った。




 『エデン』で最強のプレイヤーは誰か?

 こうした質問を始まりの街ダラスでプレイヤー達に投げかければほぼ二つの名前が挙がるだろう。
 一人はギルド『シルバーナイツ』のマスターであるヤクモ。先日リン達に教えてもらったようにレア属性【雷】をスキル【思考詠唱】で操る魔術士。
 そしてもう一人が今壇上にいる男、ジークだ。強さもさることながらヤクモがその属性とスキルで有名であることに対し、ジークもまた代名詞とも言える有名な武器とアビリティを持っている。
 それがSランクユニーク武器『轟剣グラムスレイブ』とレアアビリティ【闘気】だ。
 噂によると『轟剣グラムスレイブ』の特性は攻撃範囲の拡大。攻撃時のみ剣身の周囲に幅のある不可視の攻撃判定が生まれるらしい。
 酒場や街頭等にはクエストや強力なボス、そしてユニーク武具を題材にした詩を歌うNPCの吟遊詩人が稀に現れるのだが、Sランクユニークアイテムである『轟剣グラムスレイブ』も当然題目の一つとして歌われている。

 曰く――――――轟く唸りは見えざる刃。その一振り、嵐の如く。

 加えて、その強力な特性を【闘気】が更に後押しする。レアアビリティ【闘気】の効果は攻撃範囲の延長と攻撃力の増大。
 もはやその攻撃は斬撃というよりは爆撃……と、ジークの戦いぶりを見たプレイヤー達は口を揃えて語る。敵対した者達は抵抗らしい抵抗も出来ずに防御ごと押し潰され、散らされるようだ。
 こうした強力無比な能力とカリスマを持って壇上の男はプレイヤー達のトップに君臨している。


 『轟剣グラムスレイブ』を見ていると、ジークがこちらへと意識を向けるのを感じた。入口に立つ俺を値踏みするように眺める。果たして彼の瞳には俺がどう映るのか。
 やがて、彼が一瞬ニヤリと笑った。

「ヤクモよ。ちゃんと使えるのだろうな」

 頭を振ってジークが尋ねる。その視線の先で挙がる返答の声。

「私の信頼するギルドメンバーが太鼓判を押している。問題あるまい」

 声の出所へと俺も含め、周囲の視線が動いた。この顔ぶれの中でも特に目立つ一角。各々が輝く銀を纏うプレイヤー達。彼らに守られるようにその男はいた。
 背は高いものの、ジークとは違い線の細い風体。優男かと思いきや、その顔を見れば評価は一変する。縁無しのメガネの奥から覗く鋭い視線。酷薄そうな表情。正に氷の様なという表現が実に似合う男だった。

 『雷』の男、ギルド『シルバーナイツ』のマスター、ヤクモ。

 彼の顔がゆっくりと動き、探るようにこちらへと向く。並み居るプレイヤー達の壁を潜り抜けて、その視線が俺を貫いた。
 瞬間、俺の背筋を言い様も無い悪寒が走る。と、同時に湧き上がる既視感。

 なんだ? 俺はあの眼差しを知っている……?

 己の感覚に戸惑う俺だったが、視線を外す事は出来ない。何故か段々と周囲の音が、人が、光が遠ざかってゆく。
 ……ドクリと、虚構のはずの世界でやけにはっきりと自分の鼓動が聞こえた気がした。



「師範代さん?」

 その声に俺はハッとさせられる。
 横を向けばミーナが心配そうな顔で覗き込んでいた。

「どうしたのかしら? 何だか凄く怖い顔をしてるわよ」

 思わず自分の顔を撫でる。
知らずうちに顔が強張っていたようだ。

「あ、ああ。トッププレイヤー揃いで緊張してるみたいだ」

俺の返答にミーナは目を丸くしながらクスリと笑った。

「あら、そうだったの? なんだか意外ね。クーパー鉱山じゃあんなに堂々と戦ってたからそんなに緊張するなんて思わなかったわ。まあ、師範代さんの実力も身なりも申し分ないんだから胸張って笑ってれば大丈夫よ!」

彼女のフォローに苦笑で返しながら、再び視線をあの男へと向ける。
既にこちらを見てはいなかったものの、俺の視線に気付いたのかチラリと振り返った。
今度は先程のような現象は起きない。すぐに彼が視線を外した為、視線が交差したのは一瞬だった。
 だが顔を背ける瞬間、口端を歪めながら彼が何事か呟くのを俺は目にする。果たしてそれは誰に向けて囁いたのだろうか。
 何故か酷く気になった。

「で、もう判ったかもしれないけどあの人がうちのマスター、ヤクモさんよ。周りにいるのはうちのメンバーね。リンもいるわ」

 俺の視線の先を見たのか、ミーナが説明をしてくれる。
 良く見れば確かにヤクモの傍にリンが立っていた。隣には先日会った『シルバーナイツ』サブマスターであるミラの姿も確認できた。
 リンも俺達が入ってきた事に気付いていたようで、微笑みながら小さく手を振っている。
 そんな彼女の微笑みに軽く安堵を覚えるのを感じた。思ったより自分がプレッシャーを感じていたらしい。
 先程は咄嗟にミーナに対して緊張したなどと言ってしまったが、無意識ながらもこの場の雰囲気に圧倒されていたのは事実のようだ。



「では、全員揃ったので作戦の説明を始めたいと思います」

 ジークに代わり壇上に立ったのは先日に見た顔、レイジだった。

「まずは我々、『ブラッククロス』と『シルバーナイツ』の呼びかけに応じてもらってありがとうございます。我々が得た情報によると、強盗プレイヤー達はダラスの東、コーウェルの森の奥に拠点を構えているようです。今回はそこをギルド連合で襲撃し、強盗プレイヤー達の排除を目的とします」

 コーウェルの森。確かダラスから半日程の距離で出現モンスターのランクもそれほど高くない場所だ。ただ乗合馬車のルートからは外れている上、特にうまみのある生産材料のポイントもない為にプレイヤーの往来も少ない。
 確かに隠れ住むならば良い条件の場所だが、意外とダラスから近い。プレイヤーを襲う事を考えれば最も人口の多いダラスは彼らにとって獲物の山だ。やはり利便性を考慮してダラスからは離れる事が出来なかったという事だろうか。

「今回参加してもらうメンバーを制限した上に箝口令を敷いてもらったのは、我々も含め各ギルドに相当数の内通者が潜んでいる事が判明したからです。判る範囲で既に排除しましたが、完全ではないでしょう。なので速やかに作戦を実行する必要があります」

 レイジの説明にレオン達の事が思い出される。
 ある程度予期していたが、彼らのようなプレイヤーの潜入は『シルバーナイツ』だけではなかったようだ。
 既に潜入者は排除したとの事だが、果たしてどれだけ撃ち漏らしがあるか……今この場にもいるのかもしれない。

「また、奴らの拠点には生産系プレイヤーや女性プレイヤーが多数監禁されているとの情報もあります。それも踏まえての作戦の概要ですが、最も人数が多い我々『ブラッククロス』が主力として敵勢力の排除に務めます。他ギルドの皆さんは『シルバーナイツ』さんを中心として包囲網の形成及び監禁されたプレイヤーの救助をお願いします」

 レイジの説明に周囲のプレイヤー達は様々な反応を示す。
 同意するように頷く者、他のプレイヤーと相談する者。
 静まっていたホールが再びざわめいた。



 レイジが説明を終えた後、各ギルドは細かい役割の調整に入ったようだ。ホールは俺達が入った時以上の喧騒で沸いている。
 そんな中、俺はミーナとキースに連れられ『シルバーナイツ』が陣取る一角へと赴いていた。
 『シルバーナイツ』の面々から俺へと注がれる視線は冷たい。歓迎されていない事は容易に判った。
 自分でもこんな新参者が名門の中にしゃしゃり出ては良い顔されないのは当然だと思う。
 別に断っても良い話だったが、ミーナ達からの頼みであったし、話を聞くにレオン達絡みということで俺にも少なからず因縁があるようだ。
 おかげで多少の事なら我慢して協力しようという気になっていた。

 到着するとすぐにリンが俺達の前に進み出てくる。

「ミーナ、キース、ご苦労様。……そして師範代君、急なお願いで本当に申し訳ない。本来ならこの場にいるギルドメンバーで片を付けるべきなんだろうけど、内通者の件もあってレオン達が空けた穴が思ったより大きくてね。今は確実に信頼出来て、強いプレイヤーが一人でも多く必要なんだ。……力を貸してもらえないだろうか?」

 ミーナ達を労った後、リンは申し訳なさそうに俺へと頭を下げた。彼女の結った黒髪がサラリと流れる。
 途端に周囲からの重圧が増した。チラリと周囲を覗うに、俺達を取り囲む『シルバーナイツ』の面々が物凄い形相をしている。
 (こんな奴に俺達のアイドルがここまでするなんて!)と、まるで心の声が聞こえてきそうな勢いだ。
 そんな周りの状況に若干身の危険を感じながらも俺は答えを口にした。

「もちろん俺で良ければ力を貸すよ。先日の件で俺にも少なからず因縁ができたしな。それにソロプレイヤーとしてもこれで『エデン』内の治安が良くなるならば歓迎すべき話だ」

 俺の返答にほっと安堵の息を溢すリン。

「良かった。そう言ってもらえると助かるよ。ありがとう」

「私からも礼を言おう、師範代君」

 その声にリンが振り返る。
 彼女の後ろには眼鏡をかけた男が立っていた。脇にはミラも立ってこちらに微笑みかけている。
 俺達が話している内にこちらまで来たようだ。

「あ、ヤクモさん」

 リンの言葉に軽く頷いたヤクモは俺へと顔を向ける。
 先程から表情がほとんど変わっていない。冷徹にこちらを見定めるような目付きだ。そこに周囲のプレイヤー達にあるようなこちらを侮る雰囲気は全く感じられない。
 『ブラッククロス』のジークとはまた違った威圧感を感じ、俺の緊張が高まる。

「はじめまして、師範代君。君の事はリン君達から良く聞いている。……素晴らしい戦士だとね」

 ヤクモの言葉に力強く頷くリンとミーナ。合わせて強まる周囲の重圧。
 俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

「今リン君が説明してくれたようにどこまで奴らの手が我々の内部に伸びているか完全には把握できていない。確実に信頼できて、尚且つ十分な強さを持つプレイヤーの確保は急務というわけだ。今回、リン君達の強い推薦で君に協力をお願いする事を決定したわけだが」

 一旦言葉を切ったヤクモはチラリと周囲を見渡す。

「……この場で君に言うのは不躾かもしれないが、君の実力を疑問視する声も少なくなくてね。正直この決定を納得していない者もいるだろう。私とて君の実力を実際に目にしたわけではない。……しかし、私は彼女達を強く信頼している。だからこそ君の事も信頼しよう」

 ヤクモの宣言に周囲の『シルバーナイツ』の面々が押し黙る。
 これは俺へというより周囲のメンバーへ向けての言葉だろう。
 彼の言外のメッセージに慄いたのか、一時的に俺への重圧が軽くなった。
 更にヤクモの話は続く。

「今回の作戦だが師範代君には我々の選抜部隊の一員、リン君達のパーティーメンバーとして『ブラッククロス』のメンバーと共に敵拠点への侵入、そしてプレイヤー達の救助をお願いしたい」

 そこまでヤクモが言い切ると、周囲のプレイヤー達がどよめいた。
 数人のメンバーが思わずといった体で口を挟む。

「マスター本気ですか!?」「リンさんのパーティー!?」
「無茶だ!」「参加させるにしても包囲網組でしょう!?」

 騒いでヤクモに詰め寄ろうとする彼らだったが、その目前にミラが進み出て押し留めた。

「まあまあ、皆さん落ち着いてください。リンさん達の話によると師範代さんはレオン達五人相手に戦って勝ってるんですよ? この中でそれが出来る人がどれだけいますか? 強さならば申し分ないですよ」

 うって変わって押し黙る面々だったが、その合間から一人の男が一歩前に出てくる。
 銀の鎧を身に纏い、腰の左右には二本の直剣。髪は僅かに茶色がかっていて、その顔は淡麗でまず大半の者が美形だと判断するだろう。
 彼は俺を一睨みするとミラへと向き直る。

「その話だけど、俺は甚だ疑問を感じている。リンさん達を信じないわけではないが、一人でレオン達を倒すなんて本当にありえるのか? あいつらだって『シルバーナイツ』に入団を認められる程の腕だ。マスターやあのジークさんならまだ判る。だがこんなぽっと出の、しかも初心者剣術の使い手が急にそんな芸当をやれるとは信じられない!」

 力強く断言する彼に追従するように幾人ものプレイヤーが頷いた。

「ちょっとハヤト!」

 彼―――ハヤトという名前らしい―――の物言いにミーナが憤然と食って掛かる。リンも眉根を潜めて若干不機嫌そうだ。
 だが、彼はそんな彼女達の態度にも物怖じしなかった。

「ミーナさん、あなたには悪いが、正直俺はこいつを疑ってる。……下手をすると奴らとグルになって一芝居うったんじゃないかとね」

「なっ……!?」

 その返しは予想外だったのか、絶句するミーナ。
 俺もまた、そこまで疑われているのかと僅かに驚く。
 一拍置いて我に返ったらしいミーナだったが、間も無く彼女の額に青筋が浮かんだ。

 あ、やばい。

 それを見た俺が漠然と危機感を感じ、救いを求めて思わずリン達を見ると先程より一層不機嫌なオーラを漂わせるリンの姿。キースはというと、またかとでも言いたげな困った顔で苦笑している。
 先日のクーパー鉱山行きの際にも揉めたと聞いたが、きっとこんな感じだったのだろう。彼らの顔を見てそう悟ってしまった。
 だがミーナの怒りが噴火する直前、彼らの間に冷静な声が飛んだ。

「しかし……ハヤト君。レオン君達の遺体はリン君達が確認しているし、彼らに配布していたギルドアイテムも遺品として回収している。もし仮に師範代君が彼らと繋がりがあったとして、身内同士で命を奪う程の事をするかね?」

 ヤクモの鋭い眼光に曝されてハヤトの声が詰まる。

「そ、それはそうかもしれませんけど……それでも流石に今回のような危険な任務でいきなり外部の奴をリンさん達のパーティーメンバーに加えるのは反対です! 一度は俺達を出し抜いた奴らですからどんな罠が待ってるかわからない」

 ハヤトとヤクモの視線がぶつかり、一瞬場に沈黙が満ちた。
 酷い言われようの俺だったが、それほど嫌な気分にはなっていなかった。慣れているというのが一番大きな理由かもしれないが、彼がリン達を心配しての発言だと判るからだ。
 もっとも、彼の想いはいまいち彼女達に通じていないようだが。
 しかし協力をする為に来た俺のせいでギルドの和が乱れるというのは元も子もない。辞退するか後方支援を希望しようかと考えた矢先、ハヤトの口から予想外の言葉が飛び出た。

「……だからこいつは俺のパーティに入れてください」

「ほう」

 ヤクモが興味深げな声をあげ、ハヤトに話の続きを促す。俺も含め、リン達は目を丸くして驚いていた。

「こいつが本当に強くて信頼できるなら良いですよ。だけど、そうじゃなかった時のリスクが大き過ぎる! リンさん達ならそう易々とやられはしないでしょうけど、レオンの件では裏切りであわや全滅だったみたいですから心配です。リンさん達がそんなリスクを被るくらいなら、うちで引き取って試してやりますよ。うちも選抜部隊の一つですから、足手纏いだろうが裏切り者だろうがこいつ一人くらい何とかしてみせます」

 どうも彼の中では俺は足手纏いか裏切り者かが確定しているようだ。何やら気炎をあげて俺を睨む彼の周りでは鼻息荒く同意を示している男性プレイヤーが幾人か。恐らく彼のパーティメンバーなのだろう。

「ちょっと! 師範代さんはそんな……」

「良いだろう」

「え、マスター!?」「ヤクモさん!?」

 ハヤトに向かって牙を剥きかけていたミーナの言葉を遮って、ヤクモが許可を与える。
 途端にミーナとリンが驚きの声をあげた。
 そんな彼女達にヤクモの視線が向けられる。

「師範代君が報告通りの強さならば問題はあるまい。嫌疑を晴らし、強さを証明する良い機会になるだろう。……師範代君はどうだろうか?」

「俺は『シルバーナイツ』にお世話になる身ですからね。それに今回の作戦は『エデン』の全てのプレイヤーにとって重要な問題です。協力できるならどんな形でも構いませんよ」

 俺の返答に対し、表情を変えずに頷くヤクモ。

「改めて感謝する、師範代君。それでは師範代君はハヤト君の班に任せる。作戦要領をしっかり伝えておきたまえ。他は各自準備を整えるように」

 簡潔に指示を伝えたヤクモはクルリと身を翻しホールの奥へと歩み去った。他ギルドのメンバーと調整を行うのだろうか。
 周りの面々はヤクモが去るといくつものグループに別れ始め、準備を始める。
 俺もハヤトの下へ行こうとするが、突撃してきたリン達に捕まってしまった。
 先程の舌戦で不完全燃焼だったのかリンとミーナの瞳には妙な気迫が漂っている。

「師範代君……遠慮することは無い。思う存分やりなさい」

「そうよ! ハヤトなんてケチョンケチョンにやっつけちゃいなさい!」

 いや、味方なのにやっつけたらまずいだろう。
 思わずツッコミをいれたくなったが、反論するとヒートアップしそうだ。とりあえず苦笑で返すことにする。
 横目でキースを見れば、あちらも苦笑い。

「おい、師範代! 早く来い!」

 ハヤトのイラつき混じりの呼び声にまたもリンとミーナの機嫌が悪くなりそうだったが、落ち着けとばかりに彼女達の肩を叩きキースの方へと送り出す。それから俺もハヤトの下へと駆け寄った。
 傍まで来るとハヤトは露骨に舌打ちをし、ボソリと呟く。

「くそ、リンさん達はなんでこんな奴に……絶対化けの皮を剥いでやるからな」

 どうやらこの作戦、俺にとっては前途多難になりそうだ。 


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