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  エデン 作者:川津 流一
22.謎の少女
 魔術士の彼が立ち直り、騒ぎが収まった所でキースがレイジへと声をかけた。

「……そういえば、さっきのモンスターハウス状態にレッドホーン登場は何だったんだ? モンスターハウスはまだしもダンジョンボスがあんな場所まで釣られて来るなんて初めて見たぞ」

 キースの問い掛けにレイジは苦虫を噛んだかのように顔を歪める。

「あれか……俺達も理由はよく判らない。確かにレッドホーンとは戦っていたんだけど、倒すつもりじゃなかったからそんなにダメージだって与えていない筈なんだ。それがあんな所まで追ってくるなんて……俺達の今回の目的地はボスの広間でね、そこに群生する『ハガネタケ』って調薬材料がお目当てだったんだ」

「あぁ、そういや確か広間の隅に真っ黒なキノコが生えてたな」

 何か思い出すようなキースの返答に軽く頷きながらレイジは続けた。

「そう、その黒いキノコだ。……少なくとも往きは問題無かった。モンスターの湧きも普通だったし、特に苦戦もなくボスの広間まで行けたからな。異変は『ハガネタケ』の採取がある程度終わった頃だったか。俺達は取り巻きを片付けつつ、レッドホーンのタゲ移しをやって採取時間を稼いでいたんだ。普段なら取り巻きのリポップに気をつければ良いだけだったんだけど、何故か今回は広間の入口からモンスターが押し寄せてきてな……慌てて撤退したけど、帰り道もモンスターで溢れてたおかげであの広場に追い詰められてたってわけだよ」

 力無く語るレイジに対してキースは腕を組みながら首を傾げる。

「広場の入口からモンスターが押し寄せる? おかしいぜ。あそこの入口付近にはモンスターは湧かないはずだろう。誰かが行く途中でターゲットを貰ったまま来てしまって、それを追いかけてきたんじゃないのか?」

「いや、うちのメンツに限ってそんなヘマはしないよ、キースの兄貴。もしそうだとしてもあそこまでの数じゃない筈だ」

 レイジの返答にキースが思わずといった風体で唸った。

「そりゃそうだな。仮にも『ブラッククロス』のNo.2であるお前が率いてそんなミスするわけないか。とすると、何が原因なんだか……ダンジョンボスが奥の広間を離れるっていうのも初めて見るしな」

 キースの言う通り、通常ダンジョンボスはダンジョン最奥の広間でのみ湧き、行動範囲もその広間に限られる筈だ。いや、今まではそうと考えられてきたと言うべきか。俺達はレッドホーンがダンジョン最奥の通称ボスの広間から出てきて暴れるのを実際に目にしている。
 他のダンジョンでも起こる事象ならばプレイヤー達に広く注意を促す事が必要になるだろうし、実際にそういった事例が起きていれば既に噂になっている筈だろう。
 しかし、ソロで活動していた俺はともかくトップギルドのメンバーも今回の事象は初体験のようだ。
 となると、今回だけそれを引き起こす特別な行動を取ったか。
 特別な行動……レイジの話を聞く限りではあえて言うならば『ハガネタケ』とやらの採取か?

 その思考に辿り着いた俺が口を開こうとした所で一足早くリンが話し始めた。

「『シルバーナイツ』には調薬術士が殆どいないから私はあまり調薬術や調薬材料に詳しくないのだけど、その『ハガネタケ』の採取が原因とは考えられないのかな? 例えば採取のしすぎで鉱山の主とも言えるレッドホーンの怒りを買ったとか」

 リンも俺と同じ思考に至っていたようだ。レイジ達の反応はどうか。

「『ブラッククロス』でも調薬術取ってるメンバーは少ないからな~。魔術に効果を食われてるし、レシピの材料複雑で揃えるの大変だしって事で調薬術士ってほんと少ないよな。まあ、師範代の『バルド流剣術』には負けるだろうけどさ」

 ニヤリと笑ってこちらに視線を向けるレイジに対して軽く笑いながら肩を竦めてみせる。
 現在の使い手の少なさで言えば『バルド流剣術』はぶっちぎりの一番だろう。

 調薬術士が少ないというのは有名な話だ。理由は今レイジが挙げた点が主だろうか。傷を癒す回復薬等は比較的簡単に作成出来るそうだが、それでもNPCの店では低価格で購入可能な為に手間がかかるだけで採算は取れない。その上初期の作成アイテムは効果が薄いのであまり使う必要が無い。
 勿論熟練度が上がれば有用なアイテムを作成可能になり、そういったアイテムは攻略を大きく助けているのは事実だ。
 だが、そこに行き着くまでには膨大な量の材料を使って熟練度を上げる必要がある。ある程度自衛能力があって自力で材料を採取に行ったり、初期から需要が高く商売が成り立つような他の生産系流派に比べると戦闘能力も無く金も稼げない調薬術士は不遇の目に遭っていると言えるだろう。
 おかげで現在ではギルドにお抱えとして潜り込めたり、知り合いに寄生させてもらって熟練度を上げた極小数しか生き残っておらず、結果として調薬材料に関する情報はあまり出回っていない。

「そういうわけで俺らも調薬材料には全然詳しくないんだよな。ま、幸いここには『ブラッククロス』所属じゃないけど優秀な調薬術士がいるからな。『ハガネタケ』の採取について何か心当たりはあるかい? シオンさん」

レイジが問い掛ける先にいるのは先程からずっと沈黙を守り続けていた小柄な少女。名前はシオンというらしい。彼女は皆の視線が集中すると一瞬ビクリと身をすくませてうつむいた。
やがて少し困ったような表情を浮かべ言葉を漏らす。

「……何度か『ハガネタケ』の採取はしていますけど、こんな事は初めてなので私にも判りません。……でも『ハガネタケ』はモンスターが好んで食べると聞いた事がありますので、そちらの方が仰った事は有り得るかもしれません」

「へえ、あのキノコにそんな設定があったんだ」

 誰かが漏らした呟きにシオンは何故か慌てたように答えた。

「は、はい。『ハガネタケ』を使用するレシピをくれるNPCが教えてくれたんです」

 そんな彼女の言葉にレイジはしばし考え込む。

「う~ん、今まで何度かやってるのに今回だけって事は『ハガネタケ』の採取量の累計にリミットがあるのかもしれないな。……とりあえず考えられる要因としてはそんな所か。これは持ち帰って検討してみよう。……と、それは置いといてだ。今回の一件は事故なんだからシオンさんが責任を感じる必要は全くないからな?」

 レイジが諭す様にシオンへと語りかけるが、彼女は目を伏せ俯いてしまう。

「……でも、私の依頼のせいで……皆さんを大変な目に合わせてしまいました」

 嘆くシオンだったが、その眼前に突如躍り出る人影。

「あれくらいの修羅場なんて何度も潜ってきてるから問題無い! むしろシオンちゃんが今悲しい顔をしているのが問題だ! 君は笑顔の方が似合う。…………さあ、笑って?」

 そう囁きながらシオンの顎に手をかけるのは魔術士の男。確かクラさんといったか。
 シオンはいきなりの展開に驚いたのか、目をパチクリとさせた。
 そこに突っ込まれる冷静な一言。

「クラさん、寒いしとてもキモいのでやめてもらえます?」

 クラさんへ白い目を向けるのは弓術士の女性だ。黒髪ボブカットの奥から覗く視線には呆れが見て取れる。そんな彼女へとクラさんが驚愕の表情で叫んだ。

「えええぇぇ!? キモいの!? 今のってキモいの!?」

「ええ、とっても」

 間髪入れずニッコリと微笑みながら放たれる言葉にクラさんは断末魔の如く震えた。

「うっは、マイちゃんてば強烈……」

 胸を押さえながら崩れ落ちる魔術士を他のパーティメンバー達が抱えて部屋の隅へと連れて行く。

「……あのおじさん相変わらずね」

 ボソリと呟いたミーナの声に横目で見るとリンが微妙な表情で相槌を打っていた。
 あの風景は彼らのありふれた日常なのだろうか。
 レイジも束の間の惨劇に苦笑しつつも、改めて呆然としているシオンへと話しかける。

「はは、こうして馬鹿できているんだし本当に気にするなよ。終わり良ければ全て良しさ」

「……は、はい」

 困惑を隠し切れないながらもシオンは頷いた。
 そこでレイジが俺達へと視線を向ける。

「それはそうと、さっきは本当に助かった。ここにうちのメンツ全員が揃っているのもお宅らのおかげだよ。ありがとう。……しかし、ドロップ品は分配で本当にいいのか? 助けてもらったんだし、全部譲るぞ?」

 レイジの申し出に対し、リンが微笑みながら頭を振った。

「いやいや、結局私達は共闘したに過ぎないからね。公平に分配するのが筋だろう。お礼はその感謝の言葉で十分だよ。ただ、どうしてもと言うなら師範代君に多く譲ればどうかな。今回大活躍してくれたのだし」

 チラリとリンが俺へと流し目をくれ、それを受けてレイジも俺へと顔を向ける。
 リンからの提案に俺は慌てて反対の意を示した。

「え!? いや俺だって十分にドロップ品は貰っているし、レッドホーンのドロップ品だって独占させてもらったんだ。これ以上は流石に受け取れないよ」

 そうなのだ。レッドホーンを一対一で降したとは言っても、周囲でリン達が邪魔なモンスターを片付けてくれていた上に、何よりミーナの属性付与がなければ取り巻きのカースエレメントに成す術も無かった。決して俺一人だけの所業とは言えないのだ。
 それなのに皆はレッドホーンのドロップ品は俺が受け取るべきだとして、この小部屋に到着した時に始まったドロップ品の分配を進めてしまった。
 ちなみにレッドホーンからのドロップ品は装備強化宝石を数個と、オリハルコン鉱石を始めとする各種高ランク鉱石がいくつか、それにレッドホーンの固有ドロップ品である材料アイテム『真紅の角』や『悪食の瞳』、そして同じく固有ドロップ装備品の『鬼盾レッドフォートレス』だった。
 『鬼盾レッドフォートレス』は巨大な方盾だ。分厚い盾の表面には獰猛そうな鬼の似姿が刻まれ、その巨大さからくる重量感と相まってレッドホーンを目の前にした時の様な威圧感を感じる。
 ボスドロップだけあってアイテムランクはA。他のドロップ品と合わせれば結構な稼ぎと言えるだろう。
 持ったところそれ程負担は感じないので装備は可能である様だが、『バルド流剣術』には盾を扱う動作は存在しない為システムアシストの恩恵は受けられない。

 『エデン』における装備制限は必要なステータスを満たしているか否かでのみ決められている。つまり筋力等のステータスさえ満たしていれば魔術士が剣を振るう事も、剣術士が斧を持って戦う事も可能だ。
 だが各流派には対応する武具が定められており、それ以外の装備を手にしても残念ながらシステムアシストは発動しない。その為、もし流派武具以外で戦いたければ自力で戦う羽目になる。
 稀に現実世界での剣道の有段者等が剣術士以外の職で剣を使っていたりしたが、大多数は己の流派武具を素直に使用している。現実世界ではゲームのように武器を振るって敵を倒すなんて機会はまず無い。刃物といえば包丁やカッター程度しか扱った事の無いプレイヤーがほとんどである現状で、流派のシステムアシストなくしてはまともに戦えるはずもなかった。
 もっとも、経験を積みステータス的にも余裕を得たトッププレイヤーの中には手札の一つとして流派武具以外の武装を持っている者もいるようだ。

 特に盾を使う予定もなかった俺は、盾を装備しているキースや他のメンバーに『鬼盾レッドフォートレス』が必要かどうかを尋ねてはいたが、皆必要ないという事なので結局俺の懐に納まっている。レオン達の装備品やリン達からのプレゼント、それに今回の稼ぎのおかげで金銭的に随分余裕は出来た為売却するかどうするかは帰還しながらゆっくり考えようと思う。

 そんなわけでこれ以上のお礼は受け取れないと遠慮する俺を見て、レイジはなんとも納得のいかないような表情を浮かべた。ほぼ初対面で部外者である俺に対してここまで配慮してくれる辺り彼の誠実さが覗える。それは彼の決定を聞いたパーティメンバーが誰も不満そうな表情を浮かべなかった事からも判った。皆彼を信頼しているのだ。
 得てして初対面や関係の浅いメンバーでパーティプレイをすればドロップ品の清算では揉め事になりがちだ。特にそれがダンジョンボスのドロップ品も含むとなれば尚更だろう。
 それなのに清算の場では揉め事どころか不満の声の一つもあがらなかった。個々人の高い能力だけではなく、この団結力。リン達も含め、流石はトッププレイヤー達が集うトップギルドのメンバーだと実感した。


「う~ん、そうかぁ。お宅らがそう言うならありがたく貰っておくよ。消耗品代も馬鹿にならないから正直助かる。…………あ、そういえば話は変わるんだが、師範代。今は元に戻ってるけどさっきの戦闘中、お宅の目がおかしなことになっていなかったか?」

 レイジの発言に皆の注目が俺に集まる。リン達はともかく、レイジのパーティメンバーは興味津々のようだ。

「そうそう! 俺も気になってたんだよ! こっちも戦ってたからチラッとしか見れなかったけど、金色に光ってて驚いた!」

「金色の瞳、まるで……昔戦ったドラゴンみたいでしたよね」

 二刀流剣術士の男が興奮しながら騒ぎ、弓術士の女性が何かを思い出すかのように呟いた。
 他のメンバーも便乗するかのように次々に騒ぎ出す。

 やはり【竜眼】は見られていたようだ。まあ、あれだけ派手な変化なので気付かれて当然とも言えるだろう。
 問題はどう説明するかだが……リンにも話した通り、これに関してはまともに説明する気は無い。多少は勘繰られて騒がれるかもしれないが、ヴァリトール撃破との関連性を感付かれて大騒ぎになるよりはずっとマシだ。
 ヴァリトールとの死闘の詳細を突っ込まれれば、俺の身に起きた不可解な現象に関して何かしらボロが出てしまう可能性がある。
 ……『エデン』の現状を考えれば、こうした不可解な出来事は皆に話して謎を探るべきかもしれない。だが、俺はどうしてもそんな気にはなれなかった。バグ利用者、チーターとして後ろ指を差されない為の自己保身か。もちろんそれを避けたいという思いが無いとは言えない。
 だが、俺の本能とも言うべきものが拒否するのだ。……この問題は俺一人で解決しなければならないと強く感じていた。

 考えをまとめた俺は、騒ぐレイジ達に対して口を開く。 

「悪いけどあれに関しては詳しく説明するつもりはないよ。これ以上俺の手札を曝け出す気はないからね」

 俺の言葉にハッとなったレイジは苦い顔で頷いた。

「確かに。『バルド流剣術』の秘密を聞いておいて更に秘密を聞かせろっていうのは虫の良過ぎる話だな。それにお宅は確かギルドにも入っていなかったよな? ギルドの保護が無い相手に手札を晒せっていうのは配慮が成ってなかった。悪い」

 そういって頭を下げるレイジ。これにはむしろ俺が慌てた。
 『バルド流剣術』の秘密といっても、伝えたのはあくまで予想でしかない不確かな情報であって知られて困るような情報は伝えていないのだ。
 反省するレイジに恐縮した俺はつい追加の情報をこぼしていた。

「……一応、『バルド流剣術』の関連クエストで手に入るアビリティだとは言っておくよ。それ以上は秘密だ」

 そう俺が言った途端に二刀流剣術士の男が反応する。レイジを押し退けて俺の前に立った彼が騒ぎ出した。

「バルド流の!? しかもアビリティ!? そんな美味しい秘密があったのかよ! 俺今からでも『バルド流剣術』に鞍替えしようかな。なあ、そのクエストって入門してすぐに始められそう?」

 腕を組みながら悩む彼と、脇に押し退けられたレイジが「おいおい……」と呆れる様を見て思わず苦笑が浮かぶ。

「なんとも言えないけど、多分今からじゃ厳しいと思うよ。下手したら年単位でかかるんじゃないかな。俺も最……入門して相当経ってから発生したからね」

 つい最近手に入れたと言ってしまいそうになって慌てて誤魔化した。最近などと言ってしまうとヴァリトール撃破で沸いている今日、ドラゴン繋がりで勘繰られる可能性もある。

「うわぁ、そうか~。そんなにかかるのは今更ちょっと勘弁だわ」

 俺の返答に彼は唸った。他のメンバーも俺と彼とのやり取りを聞いて思案顔だ。
 もう終盤も近いという話なのにこれから長期間別の流派に身を置くのはリスクの高い話だろう。

 と、ここでレイジが俺の前へと戻ってきた。

「なあ、一ついいか。師範代はまだギルドには入っていないだろ? 『シルバーナイツ』に誘われてるなら横入りみたいで悪いんだが、良かったら『ブラッククロス』に入らないか? 正直、さっきの戦いを見ていた身からするとお宅の強さは惜しい! こんな強さが判ってすぐに勧誘だなんて浅ましい行為だとは思うが、お宅がうちに入って攻略に参加すればかなりの助けになる。お宅にとってもギルドの保護や援助が受けられるし悪い話じゃない筈だ。それにお宅の強さならすぐに幹部級の待遇が得られると思う。……どうだ、俺達と一緒に戦わないか?」

 思いのほか真剣な瞳が俺へと向けられる。彼の視線の強さに『エデン』攻略へ賭ける思いの強さを見た。
 そんなレイジの言動を見たミーナが慌てて口を挟んでくる。

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 師範代さんは……」

 レイジへ猛然と抗議し始めたミーナに対して手を挙げて制し、俺はレイジの瞳を見つめ返した。そしてゆっくりと瞼を閉じる。
 俺がギルドに入る未来を想像してみる。
 仲間と共に談笑し、そして共に戦う。
 きっと楽しいだろう。長らく一人で戦ってきたが、こうしてリン達と過ごすにつれ仲間と共に戦う楽しさも実感してきた。だが、……何故か心の奥でそれを拒絶する。それ故にレッドホーン相手では一人で戦うという選択肢を取ってしまった。
 今までの待遇から一転した手の平返しに不満を感じているのか? 確かに今まで散々馬鹿にはされてきた。だが、それは自分で選んだ道だ。違う道を選ぼうと思えばいつだって変えられたはずだ。
 だからこそ今更こんなことで不満など感じない。
 では何なのか。ギルドを拒絶し、仲間を拒絶し、一人で戦う事に拘る理由。過剰なまでに強さを求める理由。

 一瞬蘇るかつての白昼夢。『彼女』と俺の周囲を囲む無数の敵。

 敵、そう俺には倒すべき敵がいるのだ。それは絶望的で圧倒的で、……そして孤独な戦い。だからこそ俺は漠然と、だが奇妙な確信を持って感じていた。

 ――――――俺は一人で戦わなければならない。



 俺は瞼を開き、レイジへと返答した。

「……誘ってくれるのはありがたいけど、ギルドには入るつもりはないんだ。悪いが、ソロで活動するのが性にあっていてね。ただ何か手助けできる事があれば呼んでくれ、協力はするよ」

 俺の視線を受けたレイジは一瞬息を呑みながらも軽く頷く。
 脇ではミーナが安心するような困ったような複雑な表情を浮かべていた。

「……そうか。それは残念だが、無理に誘うわけにもいかないからな。気が変わったら連絡してくれ。『ブラッククロス』はいつでもお宅を歓迎する」

「ありがとう。覚えておくよ」

 俺とレイジが言葉を交わす。すると先程から発言したくてうずうずしていたらしいミーナが声を張り上げた。彼女の茶髪が元気良く跳ねる。

「『シルバーナイツ』だっていつでも歓迎なんだからね!? 気心の知れた私達がいる方がきっと楽しいわよ?」

 俺の手を握りながら『シルバーナイツ』を売り込むミーナ。後方ではリン達がウンウンと頷いている。
 こうも直接的に好意を示されると何だかくすぐったい。レイジにしてもミーナにしても俺にはありがたい話だ。
 そんな彼女達に俺は苦笑しながら口を開いた。

「確かにそうかもな。まあでも、もしギルドに入る気が起きたならそれぞれの待遇を吟味して決めるよ」

 冗談めかして俺が答えると、レイジがニヤリと笑みを浮かべながら割り込んでくる。

「だったらうちだな。なんたって『エデン』最大規模のギルドだぞ? 人数も資源も金も唸るほど揃ってる。個々人の戦闘能力ならともかく『シルバーナイツ』さんには負ける気がしないね」

「ぐぐ、ちょっと待ちなさいよ! うちだって負けてないんだからね!?」

 不敵に笑うレイジへとミーナが食って掛かる。お互いの所属ギルド自慢を続ける二人の掛け合いに周りは囃したてるように騒いだ。
 そんな彼らを眺めていると、俺の傍にそっとキースが寄ってくる。何事かと顔を傾げる俺にキースは小さな声で囁いた。

「俺もお前が『シルバーナイツ』に来るのは大歓迎なんだがな。……ただ、きっと他の男連中の嫉妬が凄いからそれは覚悟しとけよ?」

「……それは勘弁だな」

「まあ、もう遅いけどな!」

 渋い顔をする俺が面白いのか、キースはガハハと大笑いしながら俺の肩を叩く。溜息の一つでもつきたいところだが、それをやれば更にキースを喜ばせるだけなので絶対にしてやらない。
 ダラスへと戻るのが少しだけ憂鬱になってしまったが、こうなってしまっては仕方が無い。なるようになれだ。

 しかし、レイジとミーナの言い合いはますますヒートアップしているようだがいつ終わるのだろうか。




「さて、そろそろ俺達は行くとするよ」

 俺が仲裁して何とか騒ぎを収めて落ち着いたところでレイジがそう言った。
 確かにもうアイテムの分配や回復も済ませ、確認すべき事も聞き終わっている。もうこれ以上ここでやる事はないだろう。
 俺やリン達はレイジの言葉に軽く頷いた。

「そうだね。私達もそろそろ行こうか。休憩は十分取れたからね」

 リンの発言を受けて俺達は立ち上がる。それと同時にレイジ達も立ち上がり、小部屋内に武器や鎧が擦れる金属音が響いた。

「俺らはもう戻るけど、お宅らはまだ篭るつもりかい?」

 レイジからの問い掛けにリンは姐さんへと視線を向ける。その意図に気付いた姐さんは腰のポーチから素材アイテムカードを取り出して確認し始めた。

「う~ん、まだちょっと量が心許無いので出来ればもう少し掘りたいですね~」

「だ、そうだ。私達はもうしばらくここに留まるよ」

 リンや姐さんの返答に頷くレイジ。

「そうか。ならここでお別れだな。レッドホーンを倒してある程度収まったとは思うが、また何か異常が起こるとも限らない。十分気を付けてくれよ。……今回は本当に助かった。何か困った事があれば言ってくれ。きっと助けになる」

「ああ、君達も帰りの道中気を付けてくれ」

 レイジの忠告にリンも真剣な顔で返す。例のモンスターハウスも、その原因は俺達の推測でしかない。レッドホーンを倒したからといって事態が終息したとは言い切れないのだ。今しばらく細心の注意を払って行動する必要があるだろう。

 こうしてレイジ達と一言二言別れの挨拶を交わした俺達は彼らの出立を見送る。

 と、そこで小柄な少女、シオンが俺の前へとやってきた。
 フードの陰から覗く人形のように整った顔。俺を見上げるその顔には優しげな微笑が浮かんでいる。やはり、ダンジョンの入口で見たあの表情は見間違いだったのかもしれない。

「……先程は助けて頂いてありがとうございました」

 どうやらわざわざお礼を言いに来たらしい。俺は僅かに腰を屈め、微笑みを返した。

「ああ、君が無事で良かったよ」

 俺の返答を聞いてはにかむ様に微笑んだ彼女はそっと一歩俺へと近づき、俺の耳元へと口を寄せる。


「また会いましょう、師範代さん」


 その囁きを聞いて俺はゾクリと悪寒を感じた。少女の見た目らしからぬ妖艶な響きを持った声に俺は思わず彼女を見返す。
 そんな俺に対し、彼女はクスリと微笑むと身を翻しレイジ達を追って小走りに去っていった。

 呆然とする俺とは裏腹にリン達はにこやかに彼女を見送っている。
 またしても今の囁きを耳に出来たのは俺だけのようだ。何ともいえない不安、警戒心が俺の内に募る。

 彼女は一体何者だ?





 あれから、俺達はモンスターを倒しつつ鉱石の採取を続けた。一応大事を取ってボスの広間に近付かない様にダンジョンの奥へは進まず、比較的浅い階層で行動していたが心配していたモンスターハウスやその他の異常には巡り合う事はなかった。
 クーパー鉱山の麓のメリッサ村を拠点に更に数日かけて鉱石の採取を続け、一度はボスの広間付近まで足を運んでみたが、それでも異常は見当たらない。果たして俺達の予測が的中していたのかは確信が持てないが、とりあえず異常は去ったと言えるだろう。
 ちなみにレイジ達はあの後、下山してすぐにメリッサ村からも去ってしまったようで出会う事はなかった。
 そうして目一杯オリハルコン鉱石等の高級鉱石やモンスターのドロップ品を溜め込んだ俺達は、往きと同様乗合馬車に揺られて二日程、ようやくダラスへと帰ってきた。



 ちょっとした遠出をした為、久しぶりに見る始まりの街ダラスだったが出発前と何一つ変わらずプレイヤー達の喧騒で溢れていた。今日も今日とてダラスの巨大な門は多くのプレイヤー達を吐き出し、同時に多くのプレイヤー達を飲み込んでいる。
 道端に開かれた無数の露店から聞こえる客引きの叫びを耳にすると何だか不思議な安堵を覚えた。

「あ~、あれを聞くと戻ってきたなぁって感じがしますよね~」

 しみじみと零す姐さんの言葉に俺やリン達が深く頷く。やはり俺だけでなく皆も同様に思っていたらしい。

「さて、とりあえず今回の冒険はこれで終わりだね。途中ちょっとしたハプニングもあったけど、皆無事に戻って来れて良かった。師範代君も久しぶりのパーティ戦だったと言ってたけど、どうだったかな?」

 ダラスの南門を潜った後、俺達は広場の隅に陣取って反省会らしきものを開いていた。
 リンの発言に軽く頷いた俺は口を開く。

「流石に慣れてなくて皆には迷惑をかけたけど勉強になった。それに誰かとダンジョンに潜るなんて本当に久しぶりだったから楽しかったよ」

 一人で戦い続けていた俺には中々新鮮な経験だった。ギルドに入る気にはなれなかったが、偶にはこうやって誰かと共に戦うのも良い経験かもしれない。
 だが、一方でパーティを組みながらも俺一人ならばどうやって戦うかと常に考え続けてもいた。せっかくパーティを組んでくれたリン達に申し訳ないとは思うが、どうも無意識に考えてしまう。困ったものだと俺は内心密かに自嘲した。

 そんな俺の内心を知らないリンは満足気に頷くと皆を見渡す。

「じゃあ、私達は報告も兼ねてギルドハウスへと向かうからここで解散かな?」

「そうだな。俺も一旦アイテムの整理がしたいし拠点に帰るよ。……姐さんの話だと装備の完成まで数日かかるみたいだしね」

 俺がそう答えると姐さんも頷いた。
 帰路の途中で聞いた話によると、武器防具の一式を揃える事に加えSランクという高ランクアイテムとなると製作にかなり時間がかかるらしい。

「私もお店に帰ります~。私の一世一代の作品になりそうですからね~。これから気合を入れて頑張りますよ~!」

 長旅の疲れがあるはずだが、元気良く答える姐さんには微塵もそんな気配は感じられない。むしろその瞳には燃える炎が見えた気がした。
 姐さんにとってはこれからが本番だ。果たして俺の相棒がどんな姿で俺を出迎えてくれるのか。完成までの数日が待ち遠しい。

 姐さんの熱血模様に俺やリン達は目を合わせると僅かに微笑んだ。

「良し、では解散しよう! 師範代君、近いうちにまたどこかへ一緒に行こう」

「ああ、その時はまたよろしく頼むよ」

 リンが身を翻して歩いていく。細い美しい黒髪が風に舞っていた。
 キースは俺を追い抜き様に肩を叩き、「またな、師範代!」と声をかけてリンの後を追う。ミーナに至っては「また近いうちに遊びに行くからね」とウィンクしていく始末。俺は思わず苦笑で返す。一瞬先を行くリンがピクリと反応したように見えたのは気のせいだろう。

 リン達が去った後、俺と姐さんも程なくして別れた。姐さんとしてはすぐにでも装備の製作に取り掛かりたいらしい。いつもぽやぽやしている姐さんには珍しく、きびきびとした動作で店への帰路を急いでいった。
 一人残された広場の隅でしばし旅の思い出に浸る。

 よし、俺も帰るか。

 そして、俺も久しぶりの拠点へと足を向けた。






 その夜、俺は己の拠点である宿屋『アイアンハンマー』の一部屋でアイテムカードを眺めながら持ち物の整理を行っていた。既に今回の旅で得たアイテムカードの内、売却専用のドロップ品は処分し終わっている。
 残ったアイテムを種類や用途に合わせて使いやすいように数枚に纏めるといった作業をしていると、不意にスキル【気配察知】にこちらへ高速で近付くプレイヤーの反応が現れる。
 その数は2つ。

 不審に思った俺はベッドに広げられたアイテムカードを手早く纏めて仕舞い込み、身なりを整えた。『迅剣テュルウィンド』を身に着けたところで、プレイヤーの反応は宿屋『アイアンハンマー』内へと侵入してくる。
 現在、この宿屋の利用客は俺しかいない。つまりこのプレイヤー達は俺に用事があるようだ。
 あれだけの速度で迷いなくここへ向かってくる事から俺の知り合いである可能性が高い。
 そう判断した俺は自室のドアを開け、階下へと降りていった。

 そこにいたのは激しい運動で息を乱す二人組み。昼間に別れたミーナとキースだった。
 余程急いできたのか二人とも肩を大きく上下させている。
 ただならぬ様子に目を丸くした俺は思わず声をかけた。

「キースにミーナ? そんなに慌てて一体どうしたんだ?」

 俺が現れたのに気付いたミーナが大きく深呼吸して息を整える。

「師範代さん、急な話で申し訳ないんだけど戦闘準備を整えて私達と一緒に来て欲しいの」

 その口調には緊張感が漂い、眼差しにも真剣さがこもっていた。
 思わず息を呑んだ俺は聞き返す。

「一体何が……?」

「……強盗プレイヤー達のアジトの場所が判ったのよ。これから私達はギルド連合を組んで襲撃する。師範代さんにもできたら参加して欲しいのよ」


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