21.それぞれの世界
先程までの激闘が嘘の様に広間は静寂に包まれていた。
「……ふぅぅぅ」
『迅剣テュルウィンド』を振り下ろした姿勢のまま深く息を吐く。
吐息と共に全身を満たしていた熱と飢えも排出されていくようだ。長い吐息を吐き終え、闘争へと駆り立てた不可思議な飢えを失ったことで冷静になる。
さっきまでの俺は何だったのだろうか。
今まででは考えられなかった凶暴さ、それに思考の浅はかさ。初見の敵にあんな無謀な特攻をするだなんて俺らしくも無い。
ヴァリトールを討伐し、真バルド流剣術を得て己の力量に手応えを感じたからか。
これではまるで力に溺れている様だ。
…………いや、溺れているわけではなかった。寧ろあの時感じていたのは、更に力を求める貪欲さ。
事実、強敵を撃破したというのに何の感慨も沸いてこないのだ。
剣身を振るい、血糊を飛ばしながら地面に転がるレッドホーンの虚ろな視線を受ける。
――――――まだ足りない。
心の奥底で何かがそう囁いた気がした。
「師範代君!」
剣を鞘へと納めた所で背後から声をかけられる。リン達だ。
後ろへ振り返るとリン達四人がこちらへ走り寄って来ていた。
俺の目前で立ち止まるリン、ミーナ、姐さんと違い、キースはそのままの勢いで俺へと突撃し、肩を抱いて猛烈な勢いで背中を叩き始める。
「相変わらずとんでもねーな、お前は! レッドホーンとの一騎打ちなんか見てて鳥肌たったぞ!」
思わず俺の息が詰まったが、キースはそんなことを全く気にせずガハハと笑いながら肩を揺らしていた。
そんな彼を見ていると苦笑するしか出来なかった俺だが、ふと右腕に柔らかな感触を覚える。
見れば姐さんが俺の腕を抱え込んで飛び跳ねていた。
「師範代さんすごいです~!」
俺も姐さんも金属系の装備を着込んでいるのでガチャガチャと音をたてる。鎧を着ていて、姐さんの第二のトレードマークともいえるアレが見えないのがちょっと残念だ。
「しかし、師範代君が一人で倒しに行くなんて言った時は流石に驚いたよ」
「そうよ~。この前のダラスへの帰り道では結構慎重に戦うタイプだと思ってたからちょっと意外だったわね」
リンとミーナは苦笑しつつも俺を心配そうに見つめている。
確かに知識と自信があったとはいえ初見のダンジョンボスに一人で挑むのは、無謀だと心配されても仕方ないだろう。
最近大物相手の勝利続きで驕りが出てきているのだろうか。…………いや、少し違う気はする。なんともいえない焦燥感が常に付き纏っている感じなのだ。
少し前から俺の内で燻るこれが何なのか……今の俺ではわからない。
しかし、こんなことではいつか何かに足を掬われかねない。もっと慎重に考えねば。
「悪い、ちょっと調子に乗ってたな」
反省を心に刻み、俺を心配してくれた二人へと頭を下げる。
そんな俺の行動を見て二人は慌てたように口を開いた。
「い、いや! 謝る必要はないよ」
「そうよ! あのモンスターの数だもの、師範代さんがレッドホーンを抑えてくれてなかったらかなり危なかったわよ」
「でもなあ、元々パーティ戦の経験を積む為に連れてきてもらったのに結局一人で先走っちゃったわけだし……」
「いや、でもそれは……!」
お互いに頭を下げ合い、騒ぐ俺達。と、その背後から声がかけられる。
「なあ」
俺達は騒ぐのを止め、振り向いた。
そこには、何か言いたげに立ち竦むレイジ達の姿。
俺の目を見たレイジは一瞬怪訝そうに目を瞬かせたが、即座に表情を正して俺に問い掛けてくる。
「師範代……さっきのはいったい……お宅はバルド流だよな? なのにあの強さは何なんだ!? レッドホーンを一対一で圧倒できるプレイヤーなんて聞いたことがないぞ!」
レイジとそのパーティメンバー達の疑うような視線が俺へと突き刺さる。
やはりトッププレイヤーに属する者ならば気になる所だろう。
俺とて先日まで『バルド流剣術』で高ランクダンジョンボスを単独撃破と聞けば耳を疑ったはずだ。
……そう、それが一般的な初心者剣術たる『バルド流剣術』のイメージ。
だが修練を重ね、極めるにつれそのイメージから大きく逸脱するようだ。
竜種モンスターを単騎で打倒し得る身体能力。わずか二つしかない型もその身体能力で振るえば必殺の攻撃と化し、流派特性としての防御重視の動きは高位流派の攻撃も防ぎきる。
リン達と出会う事で自覚してきた客観的な強さ。
初心者剣術というレッテルに隠された実態。
それはまだ良い。実は大器晩成型の流派だったなんてオチは月並みな話だ。
しかし、ヴァリトールを単独撃破できたあの現象には謎が残る。
『真バルド流剣術』などという隠し玉もあった。この流派にはまだ明らかになっていない秘密があるのか……。
まぁ、今はそんなことを考えている場合ではない。とりあえずレイジ達への説明を何とかしなければ。
結局の所、今回のレッドホーンへ単騎で挑んだのはヴァリトールを撃破していたが故の自信からくるものだ。
だが先日のダラスの喧騒を鑑みると、流石に正直にヴァリトール討伐を含めて説明するのは大騒ぎになるだろう…………無難にステータスの高さを主体に話してみるか。
方針を固めた俺が口を開こうとした所でミーナが割り込んできた。
「あなた達が驚くのはよくわかるけど、まだここはダンジョン内だしドロップアイテムも回収してないわ。とりあえずやるべきことをやってから話し合ってはどうかしら」
ミーナの提案にレイジはハッとしたように目を瞬かせる。
「あ、ああ。それもそうだ。またあんな群れに囲まれたらたまらないからな。……よし、みんな! ドロップ品を回収して一時撤退だ」
レイジがパーティメンバーに声をかけると彼らは戸惑いながらもそれに応じた。それを見届けたリンが俺の傍に寄ってきてコソリと耳元で囁く。
「師範代君どうする? 流派特性に関する秘密は価値のある情報だよ。師範代君のようなケースだと特にね。貴重な情報だという建前で追求を突っぱねる事もできるが……」
間近に迫ったリンの整った顔立ちに内心ドキリとしながらも、先程から考えていた内容を口にした。
「とりあえずステータスの事は説明するよ。俺の戦い振りは見られてしまってるから下手に隠すと余計に注目を浴びそうだ。ただ奥義に関しては流れを見てだけど、ヴァリトールの事に関しては流石に説明する気は無いな」
俺の言葉にコクリと頷くリン。
「わかった。師範代君の事情だからね。君の判断に従うよ」
と、そこでモンスターの死体を処分していたキースから声がかかる。
「お~い、師範代! いつまでいちゃついてるんだ!? 早くドロップ品集めないとまた敵が湧いちまうぞ」
「あ、あぁ、悪い! 今すぐやるよ!」
キースのからかう様な笑顔を見て、俺とリンは顔を見合わせて苦笑した。しかし、キースが言っている事ももっともな話だ。何が原因であれほどのモンスターの湧き具合になったのかは不明だが、また同じ現象が起きるとも限らない。
リンから離れた俺は手近なモンスターの死体へと向かい、ドロップアイテムを回収し始めた。
「キャパシティのほとんどをステータス上昇につぎ込んだ特化型。バルド流剣術にそんな秘密があったのか」
レイジが驚きの表情を浮かべながら呻く。
他のパーティメンバー達も似たり寄ったりの表情だ。対してリン達は気持ちはわかるとばかりに何度も頷く。
あれから広間でアイテムを回収した俺達は全員であの場を撤退し、探索中に通り過ぎたいくつかの小部屋のようなスペースの一つへと身を寄せていた。
小部屋内はミーナ達魔術士による【結界魔術】によってしっかりと保護され、さらに一つしかない出入口は俺やキース達前衛系の武術系流派の使い手達が詰めて危険に備えている。
そこで急かすレイジ達を抑えながらもようやく俺は一通りの説明を行ったのだった。
「でも、あくまでこれは私達が師範代さんの経験と状況から判断した推測でしかないからね」
俺の説明で呻くレイジ達に人差指を立てながら注意を促すようにミーナが補足する。
「実証するには別の誰かがバルド流剣術で熟練度をあげてみる必要があるか」
口元に手を当てながらレイジが呟いた。
「いや、既に他の流派でスキルを取ってキャパシティを割いている以上、師範代と同レベルまで強くなるのは無理でしょ。今更どの流派にも所属してませんなんて奴はいないだろうしな」
レイジの呟きに反論したのは、傍らに立つ二刀流の剣術士。更に他のメンバーも参戦する。
「要はステータスの高さがどれだけ戦闘力に影響するかがわかればいいんだろう? 師範代レベルまで強くなれたら僥倖だけどさ、とりあえず流派をバルド流剣術に変更してステを鍛えてみるってのも手じゃないのか?」
「確かに現状、師範代が高ステータスなのはわかるがバルド流剣術が特別ステータスが上昇しやすい流派かは確証がないだろう。単にキャパシティのステータス以外での消費が最小であるというだけだ。ミーナさん達の予想はキャパシティの大部分をステータスに割り振ったらこうなるだろうという結果を考えているに過ぎない。……ステ関連の議論は昔からあるけど、結局数値的に詳細を判断できないから尻すぼみじゃないか。狙ったステを上昇させる事はおろかステが上昇してるかどうかさえ俺達にはわからないんだからな」
「結局はそこだよね~。僅かなステ上昇で大きな効果が出るなら良かったけど、そうでもないみたいだしね。さっきの話だとあの強さに至るまで三年もかけてるんでしょ? もうグランドクエストだってかなり終盤なんだから今更流派を変更して検証するのは時間の無駄な気がするなぁ」
「あぁ、そろそろラストダンジョンだって話だよな」
口々に意見をぶつけるレイジ達のパーティメンバー。しばらく聞き役に徹していた俺やリン達だったが、最後の内容に思わず俺は反応していた。
「もうそんな所まで攻略が進んでいたのか!?」
驚く俺を見て頷くレイジ。
「そうさ。って、リンさん達から聞いてないのかい?」
「いや、キーアイテムを強奪されて攻略がストップしているとは聞いていたんだけど、進み具合がどの程度なのかまでは知らなかったよ」
「あぁ、あの件か」
当時の記憶が蘇ったのか、苦々しい顔付きでレイジが呟く。
「ラストダンジョンが近いって情報も確証があるわけじゃないんだ。ちなみに『魔王』の噂は知ってるか? 次のダンジョンがその『魔王』がいるらしい場所への足掛かりになるはずだったんだよ」
「『魔王』だって……? あの噂は本当だったのか」
「いろいろなNPCに布石は打たれているらしいから気付いていた奴は多いみたいだけどな。ま、ある意味RPGの王道だろ?」
そう言いながらレイジは苦笑した。
コンシューマーでのRPGと違って、所謂多人数で参加するMMORPGでは明確な終着点が設定されていないことがほとんどだ。運営する企業としてはなるべく長くプレイヤーには遊んでもらいたいだろうから、延々とアップデートを繰り返しコンテンツを増やしていく事になる。そうした新たなコンテンツを増やしても結局は単純作業の延長ということが多く、段々と衰退していくのがMMORPGの常だったりした。
しかし『エデン』ではそうした流れを嫌ったのか、はたまたGMイベントを盛り上げる為なのかは判らないが擬似的な終着点となるグランドクエストが設定されている。
始まりの街ダラスの長から始まるこのクエスト、依頼を達成する度に新たなNPCの元へ行けと指示される連続クエストであり、その依頼内容は近くに困ったモンスターがいるから退治しろというものがほとんどだ。実質的には、依頼を受けると同時に開放される新ダンジョンのボス撃破ということになるのだけれども。
そうしたクエストの起点となるNPCも始まりの街ダラスから周囲の町へと点々と移動していき、それぞれの町での厄介事を解決するというお使いクエストのようなスタンスの為にあまりストーリー性は感じられなかった。いや、この非常事態のおかげでストーリーを楽しむ事よりも新たなダンジョンを開放してその恩恵を得る事、そしてなるべく早くダンジョンを攻略する事に比重が割かれていたと言うべきだろう。
しかし、とあるプレイヤー達がくまなくNPC達に聞き取りを行い、稀に登場する喋るボスモンスターの言動を調査した結果、グランドクエストで解決してきた各地の異変の原因らしき黒幕の存在が浮かび上がってきたのだ。
プレイヤー達は、それを便宜上『魔王』と呼んだ。
「もうすぐ『魔王』に手が届く……ってわけか。確かにラストダンジョンも近そうだな」
かつて耳にした情報を思い出しながら、俺は呟く。
それに反応したのはミーナだ。
「まあ、『魔王』を倒せばオシマイって簡単な話なら良いんだけど。あくまで定番とも言える予想でしかないから何がグランドクエストの終焉になるのかなんて判らないのよね。こんな状況になってる原因だって未だに判らないし、現実の世界の様子も判らない。おまけに強盗プレイヤーが何故かグランドクエストの邪魔するし、判らない事だらけよ」
溜息をつきながら話すミーナ。それに頷くメンバーも多い。
「……強盗プレイヤー達の行動は判る気がするな」
ふと、そう漏らしたのはレイジ達のパーティメンバーの二刀流剣術士。いつの間にか座り込んで地面を見つめる彼に視線が集まる。
「どういうこと?」
たずねるミーナへ一瞬だけ視線を向けた彼は、地面へと視線を戻し語り始めた。
「だってよ、グランドクエストをクリアしちゃったら現実に戻っちまうかもしれないだろ? そうしたらもうこの世界は終わるんだぞ。……確かにこの世界は酷い世界だよ。殴られるとマジ痛いし、血が出るし、モンスターは怖いしよ。何より制限が全部取っ払われちまったせいで、好き勝手にやってるプレイヤーが多過ぎる。今でこそダラスの周りは比較的安全だけど、昔は切り刻まれてアイテム全て奪われたプレイヤーだとか酷い目にあわされた女の子とか酷い話はたくさん聞いたさ。……でもよ、それでも現実の方が良いってお前ら本当に思ってる?」
そう言って周囲を見回す彼の視線を受けた俺を含めた皆は思わず押し黙る。
「現実に戻ったってさ、待ってるのは平凡で退屈な生活でしょ。学校行って会社行って埋没した生活を送る。それに比べてこの世界はどうだ? 面倒な勉強だってしなくていいし、うるさい親だっていない。戦ったりクエストこなせば金だって手に入る。それに現実じゃ考えられない凄い動きがこっちじゃ当たり前に出来る。危険は大きいけどさ、強ければ問題ない。強ければ何だって自由だ! それこそ人を襲うにしても何にしてもね。こんな世界でずっと暮らせるなら…………なんて考えないか?」
彼がそこまで言い切った所で沈黙が満ちた。皆にも何か思う所があるのだろう。それぞれが神妙な顔付きで考え込んでいた。
勿論俺も賛同出来るわけではないが、共感は出来る。欲望を制する法も強制力もなく、ただ強ささえあれば勝手気ままに自由に暮らせる世界。惹かれないなんて言えば嘘になる。俺だって現実に戻ればただの学生に過ぎない。喧嘩だって碌にしたことはないのだ。先日のようにリン達を救う様な真似なんて出来る筈が無い。
それが『エデン』では出来てしまう。……現実に希望を、未来を見出せない者にとっては理想郷に映るのだろうか。
そこまで考えた所で、二刀流剣術士の彼がおどけた様に声をあげた。
「ま、正直ちょっと惹かれる所もあるけど、俺は向こうに彼女残してるからこの世界で暮らす気なんて更々ないけどな」
重く淀んだ雰囲気を流すように放たれた言葉に、一瞬皆が呆気に取られたが一人猛然と反応した者がいた。レイジのパーティメンバーの魔術士だ。
「あああぁぁぁ!? リア充死ね!!」
「ちょっ! 死ねとかクラさん酷いっす!」
「うるせぇ! こちとら冴えないおっさんだぞ。戻ったって心配してくれているような彼女なんていないわ! むしろ彼女がいた事すら無いわ!」
いきなりのカミングアウトに別な意味で沈黙が満ちる小部屋。ワナワナと震える魔術士に対して弓術士の女性プレイヤーが引き攣った笑顔を浮かべながら慰めの言葉をかけた。
「だ、大丈夫だよ。きっとクラさんの事を判ってくれる人がいつか現れるよ」
「……マイちゃんやっぱり優しいなぁ。頼む! 俺の彼女になって……!」
「え、お断りします」
「ああああぁぁぁ!!!」
嘆きの叫びをあげながら崩れ落ちる魔術士のプレイヤー。
それを困った顔で見下ろす弓術士の女性プレイヤー。
誰かがボソリと呟いた。
「……容赦ねぇ……」
他のパーティメンバーが彼の介抱に努めるが、立ち直るまでにはしばらくの時が要した。
そんな騒ぎを俺やリン達は苦笑しながら眺める。
例えゲームの世界と言えども、プレイヤーを操作するのは人間だ。彼らのように人間と人間が接する以上、そこには様々な感情が生まれる。
そこでもう一度先程の話が頭をよぎった。
果たして強盗プレイヤー達の思いがどこにあるのか。もし二刀流剣術士の彼の言う通りだったならば、厄介な話になるかもしれない。それはつまり彼らは現実を切り捨て、この『エデン』をこそ自らの現実と決めたという事。リン達攻略組が現実という世界を求めて戦っているのに対し、彼らもまた己の世界を求めて戦っているのかもしれない。
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