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  エデン 作者:川津 流一
20.赤角の巨人
「疾ッ!」

 裂帛の掛声と共にリンの腰に佩かれた鞘から銀光が閃く。
 銀色の閃光は寸分違わずリンの目前のモンスター、アーマードゴブリンの首を両断。と思えば瞬く間に銀光が鞘に吸い込まれ、再び放たれる。
 一匹目の醜悪な頭部が地面に落ちる間にリンはさらにもう一匹のアーマードゴブリンの首を落としていた。納刀したリンの黒髪がハラリと舞う。
 素晴らしい攻撃速度。噂に聞いた通り、傍目には鞘に刀身を納めたまま首が両断されているように見えるだろう。
 『ヒテン流剣術』一の型【瞬閃】。『ヒテン流剣術』において最初に習う型であり、速度を追求した一撃らしい。反面威力に劣るそうだが、しっかり急所を狙う腕があるならば今のように全身を鎧で覆った相手だろうと必殺の一撃と成り得る。

 リンが今倒した相手は重厚な鎧を着込んだゴブリンだ。ゴブリンは序盤の敵としてダラス周辺でよく見かけられるが、ここに生息するゴブリン達はダラス周辺のそれと比べてかなり大柄になっている。相変わらず皺だらけで醜悪な顔付きをしているが、身体が大きいだけあって筋力は段違いだ。
 加えて鎧を纏った彼らは防御力が高く、上手く急所を突けなければ厄介な相手となる。
 同じくゴブリンでも、ここに生息するもう一種のワーカーゴブリンは装備してるのが粗末な服とピッケルだけなので比較的楽な相手と言えよう。

 次々とゴブリンの生首を量産するリンだが、その背後から討ちもらしたアーマードゴブリンが襲い掛かろうとした。
 とその瞬間、ガンッ! ガンッ! と金属を打ち鳴らす大音響。するとリンの周囲のゴブリン達が一斉に音の発生源……盾に槍を打ち付けたキースの方へと向き直り、殺到し始めた。

 『スパルト流槍術』二の型【ネイムオブダクション】だ。盾と槍を打ち鳴らす音で周囲のモンスターの注意を引き、強制的に攻撃対象を己へと変更させる効果があるらしい。

 勿論モンスター達のそんな隙をリンが見逃す筈が無い。地面を滑るように移動しキースへと向かう無防備なゴブリン達を片っ端から屠ってまわる。
 結局リンの周囲にいたゴブリン達はその殆どがキースの下に辿り着く前に絶命させられていた。

 一方キースはというと、チラリとリンの活躍を横目で見ただけで殺到するゴブリンには目もくれず目前の敵に集中している。ゴブリンの始末はリンに任せるつもりのようだ。
 キースの相手は巨大な岩と土の集合体、アースゴーレム。ずんぐりとした人型で動きは遅いものの、その重量を生かした攻撃と防御面での硬さには注意が必要だろう。
 銀色に輝く大きな方盾を前方に構え、その脇からは槍を突き出して分厚い穂先が鋭く敵を狙う。そのまま敵の動きを待つのかと思いきや、先に動いたのはキース。
 盾を構えたまま猛烈な勢いで突撃し、そのまま相手にぶちかます。
 『スパルト流槍術』一の型【シールドラッシュ】だ。アースゴーレムもかなりの重量だが、全身を金属の鎧で覆い、重厚な盾を持つキースも負けてはいない。その重量が威力に転化された攻撃は見事アースゴーレムの片腕を砕く。
 【シールドラッシュ】の衝撃で体勢を崩す敵に向かって、キースは槍を振るって追撃。
 大きく円を描くように槍を振り回し、存分に遠心力が乗った穂先をアースゴーレムの胴体へと叩き付けた。

 『スパルト流槍術』四の型【ムーランルージュ】。

 周囲のゴブリン数匹を引き裂きながら命中した穂先は、そのままアースゴーレムの胴体を粉砕して振り抜かれる。なんとも豪快な一撃だ。
 と、そこでキースの横手に新たなモンスターの反応を俺の【気配察知】が捉えた。

 アアアアァアァァアァァッ!!!
 おぞましい怨嗟の叫び。
 目を向ければドス黒い煙のようなものが宙に浮いており、その表面には時折苦悶の表情を浮かべる人の顔のようなものが浮かぶ。
 隣に控えていたミーナから切迫した声が響いた。

「カースエレメント!」

 その声に反応したリンとキースは即座に動き出す。キースが盾を構えて前に進み、リンはそれに隠れるように後ろへと回り込んだ。
 次いでミーナが握る杖が猛烈な勢いで宙に輝く紋章を描き出す。
 完成した紋章が飛翔し、キースの目の前で光の粒子となって飛び散るのとカースエレメントが大きく膨らむのとはほぼ同時だった。
 次の瞬間、カースエレメントの表面に大きく口を開いた人面が出現し、口腔の奥からヘドロのような何かがキースに向かって大量に噴出する。
 だがキースの構える盾が燐光を発し始め、噴き付けられたヘドロのようなものは盾を避けるようにあらぬ方向へと飛び散った。

 『カイン流魔術』第三階位【フォトンエンチャント】。武器や防具に【光】属性を付与する魔術だ。

 キースがカースエレメントの攻撃を凌いでいる間にさらなる紋章をミーナが描く。
 完成した紋章は今度はリンの下へと飛翔し弾けた。
 やがてカースエレメントの攻撃が途切れると、リンがキースの影から飛び出す。
 そのままカースエレメントの目前まで駆けたリンは攻撃を開始。
 鞘から抜き放たれた刀身は燐光を帯びて文字通りの閃光と化し、空間に光の残滓を残す。
 一瞬で閃いた斬撃は四つ。

 『ヒテン流剣術』四の型【牙爪閃】。

 オオオオォォォォォ…………。
 リンの攻撃によって分断されながらも各々で小さな人面を浮かび上がらせ怨嗟の叫びをあげていたカースエレメントだったが、やがてそれも弱々しくなりついには途切れて身体らしき煙のような部位も消えた。代わりにゴロリと黒い石のような物体が地面に落ちる。
 どうやらこの石がカースエレメントの核らしく、これをカード化する事でドロップアイテムが手に入るそうだ。
 カースエレメントを倒した後も油断無く周囲を警戒するリン達。俺も【気配察知】で周囲を探るがモンスターの反応は無い。このカースエレメントで最後だったようだ。

「とりあえず難は去ったようだね」

 腰の太刀の柄頭に手を置いたまま、リンが皆に呼びかける。それに対して俺やキースが頷き、ホッとした表情を浮かべたミーナが口を開いた。

「あのカースエレメントって見た目もうちょっとどうにかならないのかしらね。急に出てくると心臓に悪いわ」

「ミーナはホラーが苦手だものね」

 クスリと微笑むリンがモンスターの遺体をカード化しながら話す。

「ダメダメ、ほんとダメ! あんなのやアンデット系は一人じゃ絶対に相手できないもの。死者の洞窟にずっと一人で篭ってた師範代さんが信じられないわ」

 二の腕をさすって怖がるミーナを見てちょっとした悪戯心が芽生えた。

「いやいや慣れてみるとあいつらも可愛いものだよ。グールなんて身体が腐ってるせいか凄く肉が柔らかくてさ。こう腕を握るとグシュリと……」

「やめて~~!! 私に想像させないで!!」

 悲鳴をあげて耳を押さえるミーナを見て皆が笑う。

「ミーナさんは本当に怖がりですね~」

 クスクスと姐さんも笑っていた。

「そういえば姐さん。ここの採掘ポイントはどうです?」

 そもそもここでこれだけのモンスターを集めてきて倒したのは、ここで採掘ポイントを姐さんが発見したからだ。
 俺達には変哲の無い岩壁にしか見えないが、【採掘】スキル持ちの姐さんの視界ではキラキラと輝いて見えるらしい。
 詳しいランク等を調べるには間近に近寄る必要があるので姐さんに任せていたのだが……。

「ここもAランクでしたよ~! こうも連続でAランク続きだと幸先良いですね~」

 ここに至るまで二つ程採掘ポイントを見つけて採掘を行ってきている。今の所どれもAランクだ。
 流石は鉱石採取のメッカと言うべきか。この分だと比較的早くにノルマを達成できそうだ。

 姐さんが鼻歌を歌いながらピッケルを軽々と振るい、かなりの勢いで岩壁を削る。傍らには鉱石らしきものがどんどん積み重ねられていた。
 姐さんがここの採掘ポイントを掘り尽くすまで、俺達はしばらく休憩だ。勿論【気配察知】には気を配りながらもそれぞれが思い思いの格好で座りくつろぐ。
 頭上には【火】属性か【光】属性を持つ魔術士なら誰でも使える【ライティング】の魔術で生成された光球が周囲を優しく照らし出していた。
 まさに廃坑といった風情で、ボロボロのレールやトロッコ等が視界の端に映る。ピッケルの動きに合わせて揺れる姐さんのポニーテールと胸当てから零れそうな双丘に目を奪われていると、ふとキースが俺に話しかけてきた。

「そろそろ師範代も戦闘に参加するか? ここでの戦い方は大体判ったと思うんだが」

 キースの言葉に慌てて姐さんから目を離し、考え込む。確かにそろそろ戦ってみたいとは思っていた。

「そうだな。大体感じは掴めたから次の戦闘からお願いするよ」

「じゃあ、師範代君は私と配置換えだね。私がミーナとスカーレットは守るから、とりあえず最初は思う存分暴れてみると良い。それに合わせて私達も動くよ。危なくなればキースが敵を引き寄せてくれるから安心して欲しい」

「私も魔術で援護するから好きに戦ってみなさいな!」

 リンとミーナが微笑みながら後押ししてくれる。
 彼女達の言葉を受けて剣の柄をぎゅっと握った。『真バルド流剣術』習得後初めての戦闘だ。何故か『真バルド流剣術』の動きが身体に染み付いている俺だが、これでどれだけ強くなったのか……。
 ジッと光球の輝きが届かぬ暗がりを見つめ、次の戦闘に思いを馳せた。

 

 姐さんが採掘ポイントを掘り尽くした為、次の採掘ポイントを探しに先へと進む。
 先頭は俺とキース。後ろにリン、ミーナ、姐さんだ。
 自動追尾する【ライティング】の光球を引き連れ、慎重に坑道を進んで行った。
 しばらくはモンスターも出現せず、シンとした坑道の静寂の中で俺達の装備が奏でる金属音だけが響く。
 常に【気配察知】の簡易レーダーに気を配っていた俺は、進む途中で進行方向にモンスターの反応が現れた事に気付いた。
 思わず立ち止まり皆に声をかける。

「進行方向にモンスターがいるね」

 俺の言葉に皆が頷く。どうやらそれぞれ【気配察知】で確認していたようだ。
 とそこで何か微かな音が俺の耳に入る。

 ……ァァ……ォォ……。

 耳を澄ませば入ってくるのは何者かが争う音のように聞こえる。
 【気配察知】ではまだ数匹のモンスターの反応しかないので、坑道で反響してかなり遠くから響いているようだ。

「別のパーティがこの先で戦ってるのかしら?」

 俺と同じく音が聞こえたらしいミーナが首を傾げながら呟く。

「とりあえず進んでみようか。ここはしばらく一本道だからどっちにしろ通らざるを得ないからね」

 リンの提案に俺達は頷き、先へと進む事にした。
 進むにつれて【気配察知】に反応するモンスター数が段々と増えていく。
 今まで相手にしてきたモンスターの数から考えると異常とも言える密度。
 俺達の顔も緊張を孕んだものになってきた。
 やがて【気配察知】の簡易レーダーに無数のモンスターに囲まれたプレイヤー達の反応が現れると俺達の緊張感も決定的なものになる。

「おいおい……こいつはやばくねぇか? モンスターハウス? まだボスの間でもないのにこんなこと有り得るのか?」

 キースが顔を引き攣らせて呟いた。
 リンが真剣な顔で皆に声をかける。

「これだけのモンスターに囲まれてしまうとトッププレイヤー揃いのパーティでも危険だ。可能なら加勢に行きたい。どうだろうか?」

 リンが皆の顔を見渡した。勿論そこにはリンの提案を否定する者はいない。
 リンの視線が俺と姐さんを捉える。

「師範代君とスカーレットはさっきまでと同じようにミーナの傍で後衛をお願いする。……師範代君悪いね。せっかく戦闘経験を積んで貰おうと思ってたんだけど、こんな状況じゃ援護できるかわからない。ミーナとスカーレットの事を頼むよ」

 リンの申し訳なさそうな表情に対し、笑って「気にするな」と伝える。非常事態なのだからこの判断は当然だ。
 皆の意思を確認したリンは先頭に立って走り出し、俺達もその後を追った。

 

 
 辿り着いた先はちょっとした広間になっていた。
 戦闘を行っているパーティが放ったであろう光球がいくつか天井に付近に浮かび、部屋の全容を照らし出す。
 元は鉱石の中間集積地だったのだろうか。広間に繋がるいくつもの坑道から朽ちたレールが伸びて広間に集まり、再び分かれて別の坑道へと伸びている。
 この打ち捨てられた集積地には鉱石の代わりとでもいうように無数のモンスターがひしめいていた。
 先程まで相手をしていたゴブリン達やアースゴーレムに加え、厄介なカースエレメントやサイクロプスの姿も見受けられる。
 広間の奥ではモンスター相手に苛烈な戦闘を行うパーティの姿。大剣を振るう剣術士と二本の長剣を操る剣術士を前衛にモンスターの進撃を食い止め、二人の背後からは氷塊や矢が放たれてモンスター達にダメージを与えている。
 だが流石にこれだけひしめくモンスターの圧力に押されてか、俺達が見てる間にもジリジリと壁際へと押し込まれているのが判った。
 それを見たリンが即座に声を張り上げる。

「加勢する! こちらに退路を作るから何とか突破して来て欲しい!」

 リンの声に一瞬こちらへ視線を向けた大剣使いの剣術士が大声で返答した。

「判った! 感謝する!」

 その声を聞いてふと気付く。よく見ればあの剣術士はレイジだ。返答しながらも大剣を器用に操って周囲のモンスターを叩き潰していた。その動きは流石『ブラッククロス』の精鋭と言えるだろう。
 一方こちらはミーナが紋章を紡ぎ、魔術による属性付与を受けたリンとキースが部屋に飛び込んで周囲のモンスターを次々と屠る。

「おぉぉらぁ!」

 叫び声に目を向ければ、レイジが【氷】の属性付与を受けたであろう白い凍気を放つ無骨な大剣を風車の如く振り回し、勢いを乗せた一撃を眼前のアーマードゴブリンに叩き付けていた。攻撃を喰らったアーマードゴブリンは、血反吐を吐きながら周囲のゴブリンやアースゴーレムを巻き込んで吹き飛ぶ。【氷】の属性付与を受けた攻撃による効果で倒れるモンスター達には霜が浮いていた。
 その豪快な一撃、恐らくは『アレクト流剣術』の型なのだろう。おかげで一瞬モンスターの圧力が弱まり、その隙にとレイジ達のパーティがこちらへと駆け寄ってくる。
 レイジのパーティメンバーの一人、魔術士の男が走り去りながら置き土産のように輝く紋章を宙に残しているのが見えた。
 紋章はすぐにレイジ達を追撃するモンスター達に飲まれて見えなくなったが、数秒後紋章が浮いていた付近からゴウッ! と巨大な火柱が立ち昇り周囲のモンスター達を焼き尽くす。『紋章式』の魔術士らしい大規模魔術だ。
 追撃もある程度退けたレイジ達が剣術士を先頭にモンスターの壁を突破し、間も無く俺達の下へ辿り着くという所で…………ソレは現れた。

 
 オオオオオオオオオオオォォォォォォ!!

 
 今までとは明らかに格の違う腹に響くような雄叫び。
 思わず俺達とレイジ達の動きが止まり、その叫びの発生源を見る。
 広間のちょうど反対側の坑道の暗がりから現れたのは、一匹のサイクロプス。
 だが、ただのサイクロプスではない。サイズが通常個体よりはるかに大きく、天井の比較的高いこの広間でも窮屈そうだ。その身体を覆うのは鋼を撚り合わせたかのような色と質感の筋肉。手には適当に形を整えられた巨大な岩塊を掴んで引き摺っている。
 そして頭部に生える真紅の見事な角がまるで返り血で染まったかの如く錯覚し、このモンスターの凶暴性を際立たせていた。

「なっ……レッドホーンだと!? ダンジョンボスがなんでこんな所に!?」

「まさか、こんな所まで追ってきた!? 馬鹿なっ」

 キースとレイジの呻きがその場に響く。どうやらあれがここのダンジョンボス、レッドホーンらしい。
 酷い悪食のサイクロプスが鉱山内の鉱石すら喰い荒らす内に金属成分を取り込むという変異を起こし、文字通り鋼の肉体を得たという設定だったはずだ。平均的に出現モンスターの防御力が高めのこのダンジョンのボスに相応しく鉄壁の防御を誇ると聞く。
 通常ボスはダンジョンの奥のボスの間と呼ばれる広間から自ら出て来る事はほとんど無いと言われている。だが今こうしてここまで出張ってきているのを見ると、何かイレギュラーな事態でもあったのだろうか。
 と、その時俺はある微かな声を聞いた。

「……ぁ」

 ハッと視線を向ければレイジ達の最後尾、小柄な少女が足を躓かせて転んでいるのを目にする。
 さらにその後方には一つ目の巨人、サイクロプスが三体。レイジ達はレッドホーンなるダンジョンボスに気を取られていて気付いていない。
 それを見た瞬間に俺は飛び出していた。
 走るのに邪魔な剣を鞘に戻しながらリン達の驚く顔の前を通り過ぎ、懸命に足を動かす。
 自然と【思考加速】が起動し周囲の動きが緩慢になる中で、サイクロプス達はゆっくりと棍棒を振り上げ、それを見上げる少女の呆然とした顔がはっきりと視界に映った。

 間に合わせる!

 ギリリと奥歯を噛み込んでさらに力強く脚を踏み出した俺は、なんとか棍棒が少女に辿り着く前に飛び込む事に成功する。
 だが、最早全てを受け流す時間は無い。己のステータスを信じ、サイクロプスの棍棒を受け止める為に腕を突き出した。
 棍棒と接触すると共に俺の腕へとかかる重圧。3匹ものサイクロプスと力比べをする俺の身体と『ブレイブシリーズ』の蒼い装甲がミシリと悲鳴をあげる。

「師範代!?」

 レイジの叫びが聞こえた。
 俺が棍棒に押し潰されようとしていると見えるのだろう。リンやミーナ達も焦りの表情を見せている。

 

 だが……この程度、ヴァリトールに比べれば全く話にならない。

 

 事実、棍棒は俺の腕の先でピタリと止まっていた。サイクロプス達は押し潰そうと力を込めているようだが俺にはまだまだ余力がある。押し負ける訳が無かった。
 力比べで悲鳴をあげる棍棒をガッチリと掴みながら【思考加速】を解除した俺は、未だ座り込んでいる少女へと視線を向ける。

「立てるか?」

 呆然と成行きを眺めていた少女だったが、俺の声を聞いて我に返ったようだ。慌てて立ち上がろうとするが、俺と目が合うと一瞬息を飲んで再び静止する。恐らく俺の【竜眼】を見て驚いているのだろう。
 少女の無事な様子にホッとしながらも俺はさらに声をかけた。

「大丈夫そうだな。ならあそこまで走るんだ」

 そう言ってこの光景に驚愕するレイジ達の方へ視線を投げる。俺の視線の先を見た少女は一瞬だけこちらに視線を戻して「ありがとう」と囁き、走り出した。見た目通りの可愛らしい声だ。
 少女が走り出した事を確認した俺は目の前のサイクロプス達へ向き直る。
 今、俺はきっと笑っているのだろう。少女を救えた事も喜ばしいが、ようやく己の強さを試せるのだ。
 ヴァリトールを倒し、『真バルド流剣術』を得た俺がどれ程強くなっているのか……。

 

 さぁ、始めよう。



 闘争を意識して全身に力を込める。
 鎧を内側から押し上げる筋肉の圧力を心地良く感じながら俺は反撃を開始した。

「おぉぉ!」

 叫びと共にサイクロプス達の棍棒をガントレットで弾き飛ばす。
 自由になった腕で即座に腰に差してある『迅剣テュルウィンド』の柄を握り、鞘から抜き出した。
 剣身に刻まれた複雑な模様が魔術の光を受けて神秘的な輝きを放つ。
 対する巨人達は巨大な目をギョロリと動かし、弾かれた棍棒を再び俺へと振り下ろしてきた。
 人の胴程もある巨大な棍棒は見た目からして相手に大きなプレッシャーを与える。
 だが、あまりに大振りなその一撃。
 既に【思考加速】を起動し、【見切り】を以って攻撃軌道を知る俺にはそんな安易な攻撃など通用しない。
 剣を構え防御を意識した俺に対し、システムが『真バルド流剣術』の動きをアシストする。今までならばその場で地面を踏みしめ、表示された軌道線へ重ねるように剣を振るう所。
 しかしシステムは、そして俺の身体はさらに一歩前へと俺を踏み出させる。同時に軌道線の内側を抉るように放たれる鋭い斬撃。

 向かう先は棍棒を持つサイクロプスの太い腕。

 先に動き出した筈のサイクロプス達の攻撃を置き去りにして俺の剣が目標に到達。空気を切り裂きながら進む俺の剣は、そのまま全く抵抗を感じさせずに腕を分断した。

 ザザンッとさらに振るわれる二度の斬撃。棍棒を握ったままの腕が三本宙に舞う。
 血しぶきが俺を汚し、巨人達は腕を失って苦悶の呻きをあげた。俺を前にして晒される決定的な隙。巨人達へと止めを刺すべく、俺はイメージ上のスイッチを押し込んだ。

 『真バルド流剣術』一の型【竜双牙】。

 攻撃意思を感知したシステムによるアシストに乗って俺の身体が剣を上段へ跳ね上げる。ギラリと一瞬輝いた剣身がぶれた。【双牙】とは一味違う力強いシステムアシスト。身に纏う蒼い装甲が振るわれる剣速に悲鳴をあげるかのように軋む。
 上段下段と高速で振るわれた俺の剣は竜の顎の如くサイクロプス達の身体を喰い破り、両断。二体の巨人が物言わぬ肉塊と化した。
 瞬く間に同胞を二体葬られたせいか、残る一体が怒りと戦意を滲ませて俺へと牙を剥く。片腕からドプリと血を滴らせ、残る腕を俺へと伸ばし、歪んだ狂相で迫る巨人はかなりの迫力だ。
 だが、俺から見ればなんとも無防備なその姿。見た目のプレッシャーに惑わされる事なく、俺はすれ違い様に突き出された腕ごと首を刈り取った。

「っ!?」

 ドウッとサイクロプスの遺体が崩れ落ちる音に紛れて、誰かの息を飲む音が聞こえる。
 【心眼】で見れば、皆一様に驚きの表情で染まっていた。俺の戦闘を何度か見た事があるリン達は驚きも一瞬ですぐに呆れにも似た笑みに変わったが、レイジ達は驚愕を顔に貼り付けたままだ。
 ……ちなみに姐さんは先程から「凄いです~」と後方で飛び跳ねている。
 レイジ達にとっては余程今の戦闘結果が意外だったのだろう。
 「……ありえない。それになんだあの眼は!?」だの「……サイクロプス三体をあんな簡単に……!?」だの呟く声が耳に入る。初心者剣術の使い手と馬鹿にされてた筈の男が高ランクダンジョンの強敵を一蹴すれば驚くのも無理は無い。
 だが、まだ驚くのは早い。

 背後から襲いかかろうとしたアーマードゴブリンへ振り向きもせずに裏拳を叩き込んだ俺は、視線を遠くモンスター達の群れの奥……特徴的な真紅の角へと定める。
 周囲にカースエレメントを従えた鉱山の主は俺の視線に気付いてニィッと鋭い牙を覗かせて笑った。

 グシャリとゴブリンの顔面が潰れる音を背後に聞きながら、俺も応えるかの如く獰猛に笑う。
 ……戦ってみて判ったが、サイクロプス程度では正直話にならない。ゴブリン共は言うまでも無い。もっと俺の強さを試す為にも、ここはあの真紅の角にお相手いただこう。

 
 ――――――果たして俺はこうまでも好戦的だったか?

 
 一瞬、脳裏を過ぎる疑問、そして鳴り響く警鐘。

 
 ――――――相手はダンジョンボス。さらに武術系流派と相性の悪い非実体系の取り巻きまで連れている。

 ――――――一人で挑むにはあまりに無謀。

 
 俺の防衛本能が単騎で挑む事の愚かさを訴えるが、もう一方で冷静に戦局を計算する俺もいた。

 
 ――――――強敵と説明されたサイクロプスでさえあの程度。カースエレメントは厄介だが、ミーナの援護を受ければ問題は無い。

 ――――――ヴァリトール戦に比べて驚く程装備のランクが上がっている。加えて、レッドホーンが規格外の巨体とはいえどもレッドドラゴンと同程度。『真バルド流剣術』を極…た俺……ば十分……事が可能。

 
 ――――――何より、この程度の相手に勝てなければ……は救えない。

 

 

 
 ――――――喰い尽くせ。敵を。恐怖を。そして経験を。……更なる力の為に!

 

 

 
 まるで呪いの如く思考の隅々へ冷たく浸透する言葉。
 同時に溢れ出る力への渇望。窒息するような激情と脳裏を己ではない何かが這い回る嫌悪感。

 …………なんだこの飢餓感は? 何故俺はこんな考えを……?

 僅かに困惑の念が生まれる…………が、すぐにどうでもよくなった。
 今はただ吐き気にも似たこの飢えを満たしたい。

 ブンッと剣を一振りして血糊を飛ばし、待ち構えるモンスター達へ一歩踏み出す。

「レッドホーンは俺が相手をする! リンとキースは周りの奴を頼む! ミーナは俺に属性付与を!」

 固まる皆を一瞥しながら声を張り上げた。
 リンと俺の視線が絡み合う。
 俺の言葉にリンの切れ長な瞳が大きく見開き何かを言おうと口を開きかけるが、俺の視線を受けて口を噤んだ。
 俺の瞳から何かを感じ取ったのか、次の瞬間には覚悟を込めた視線を俺へと返しながら大きく頷く。
 そのままモンスター達へと向き直りキース達へと声をかけた。

「レッドホーンは師範代君に任せる! 私達は露払いだ。キース、いくよ!」

「了解っ!」

 リンの言葉に力強く答えるキース。二人が己の武装を握り締める後ろではミーナが空中に大きく複雑な紋章を描いている。その脇にはいつの間に取り出したのか、大きなハンマーを構える姐さんの姿も。
 俺やリン達の行動を見て慌てたようにレイジが叫んだ。

「お、おいっ! 何馬鹿な事言ってるんだ!? ダンジョンボスを一人で相手できるわけ無いだろ! 特にあいつは尋常じゃない攻撃力と防御力だからまともに打ち合ったら即死だぞ! 最初の攻略の時に何人も盾役の奴が死んだのをお宅らは忘れたのか!?」

 レイジが放つ必死の叫びに思わず笑みを浮かべてしまう。こんな俺の事まで心配してくれるのは非常に有難い。
 確かに『エデン』の常識として考えるならばダンジョンボスに一人で挑むのは自殺行為かもしれない。だが……俺の脳裏の奥で何かが囁くのだ。

 ――――――俺は勝てる。

 と。
 果たしてそれはヴァリトールを倒した事による自信の表れなのか、それともただの俺の妄想なのか。
 ……まあ、そんなことはどうでも良い。
 獲物を前にして俺の飢えもどうしようもなく高まってきていた。
 心配するレイジには悪いが、彼には目もくれず腰のポーチから各種ブーストアイテムカードを抜き出し、具現化。次々と襲い掛かってくるゴブリン達を片手で木っ端の如く薙ぎ払いながらブーストアイテムを全て嚥下する。
 スッと冴え渡る意識、ミシミシと隆起する筋肉。
 激闘への準備を整える俺を余所に【心眼】視界にはリンがレイジへと声をかける姿が映っていた。

「レイジ、君の心配は当然の事だけど、今だけは私達を……そして師範代君を信じて欲しい。彼は君達が考えている以上に強い」

「はぁ!? いくら強いって言っても『バルド流剣術』だ……ぞ……?」

 リンの言葉に呆れるような表情を返すレイジだったが、リン達の真剣な顔を見て息を飲む。僅かに逡巡する気配を見せるもついには吹っ切ったように叫んだ。

「ああぁ! くそっ! 判ったよ! でも俺らも援護するぞ!? 良いな皆!? ……おい、師範代! 本当ならあいつは人数揃えて次々ターゲット変えさせる事で攻撃を散らして戦うんだ。馬鹿みたいな攻撃力を持ってる敵だから絶対にまともに攻撃をくらうなよ!」

 己のパーティメンバーに戦闘参加の確認をしながらもレイジが前を向く俺へとアドバイスを叫ぶ。
 それに対して俺は返答代わりに拳を突き上げた。
 血に濡れた蒼い装甲が鈍く光る。
 方針を固めた皆が武器を構えて広間にひしめくモンスター達と戦い始めた。

「でかいの一発いくわよ!」

 紋章を描き終わったらしいミーナの声が響く。彼女の目の前には巨大な紋章が燦然と輝き、ゆっくりと回転している。その輝きを反射してキラキラと瞬く杖を振り上げたミーナは、勢い良く紋章へと叩き付けた。
 一瞬膨張して輝きを増した紋章は、直後に無数の光点となって弾け飛ぶ。
 周囲に舞った光点は広間中に広がり、やがて光点同士を結ぶ光の輪を形成した。近くで浮かぶ光点をよく見てみると、まるで文字のような細かい紋章がクルクルと回転しているのが見て取れる。
 派手な魔術行使で警戒の唸りをあげるモンスター達。同時に光の輪の内側の地面がうっすらと輝きを放ち始め、輪の中にいる俺達の剣や鎧、ローブといった装備の数々が燐光を纏う。

「『カイン流魔術』第七階位【ヴァルハラ】よ! 結界魔術の一種で範囲内の味方への【光】属性付与、ステータス向上、精神系攻撃ダメージの緩和の効果があるわ。しっかり援護するから頑張って、師範代さん!」

 【ヴァルハラ】を初めて見る俺への説明なのだろう。確かに先程から装備の重みを全く感じられず、恐ろしく身が軽い。『迅剣テュルウィンド』の能力と【ヴァルハラ】の相乗効果だろうか。

「応っ!」

 一瞬だけミーナへと視線を投げ、短く返答する。
 燐光纏う剣身を携え、俺は真紅の角が待ち構える一画へと踊るように駆けた。

 
 【見切り】の起動によって俺の視界を埋め尽くす無数の赤い被攻撃軌道線。レッドホーンまでの進路に立ち塞がるモンスター達の洗礼だ。死者の洞窟を思い出させられる攻撃密度。
 だからこそあれに慣れた俺にとってはこの程度の攻撃を捌く事など造作も無い。しかも【心眼】を得ている俺には死角が存在しない。今の俺はどこから攻撃されようとも迎撃できる自信がある。
 【思考加速】を起動し極度に周囲の速度が遅くなった世界で、俺は冷静に攻撃軌道の自身への到達順序を確認。それぞれの軌道のタイムラグへと抉り込むように剣を、拳を振るった。
 俺がすれ違う度に宙へ舞うゴブリンやサイクロプス達の首や腕。他にも腹部を砕かれたアースゴーレムや顔面を陥没させたゴブリン達の遺体がゴロゴロと転がる。

 まるで壁のようだったモンスターの濃密な群れを真正面から粉砕した俺はようやくレッドホーンの間近まで到達した。
 後方の壁際ではレイジのパーティメンバー達が俺の所業に目を丸くして絶句しているのが【心眼】で確認できる。
 リン達は姐さんを守りながら順調に周囲のモンスターを駆逐しているようだ。

 一瞬後方を確認していた隙をついて数体のカースエレメントが俺の眼前に迫る。俺を取り囲んだカースエレメント達は一斉に不気味な人面を体表に浮かび上がらせた。若い男や女、老人等それぞれ異なる人面だったが、共通するのはそのどれもが苦悶の表情で顔を歪ませている事。
 やがて人面達はギョロリと焦点の合わない瞳を俺へと向け、憎悪と恐怖を滲ませながら口を開いた。
 放たれるのはあのブレスか? と警戒するも口腔から搾り出されたのはゾッとするような悲鳴だった。

「ギャアアアアアアアアアアァァアアアァァァアァァァァァァァ!!」

 多重奏で吐き出される悲鳴がおぞましい不快感と共に響き、心臓を鷲掴みするような恐怖感が足下から這い上がろうとしたが、突如恐怖感が薄れる。
 【ヴァルハラ】のおかげか?
 一瞬過ぎる考え。次の瞬間、俺は本能的に喉を震わせて雄叫びをあげていた。

「おおおおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」

 未だ叫び続けていたカースエレメント達の悲鳴をかき消して俺の大音声がビリビリと空間を染める。
 恐らくは精神系攻撃を放った筈のカースエレメント達が、逆に萎縮するように煙のようなその身体を縮ませた。後方でリン達が戦うモンスター達も身体を竦ませて動きを止める。
 一拍置いて訪れた静寂の中、俺は一歩踏み出しながら剣を振り上げた。燐光纏う剣身が宙に光の軌跡を残す。
 俺の握る光刃はそのまま目まぐるしく宙を奔り、周囲のカースエレメントを両断。か細い断末魔の叫びをあげながら次々と黒い石のような物体を残して消えた。
 カツンと音を立てて転がるそれらを確認する暇もなく、俺は迎撃体勢へと移る。俺の視界を真っ赤に染める太い攻撃軌道。レッドホーンが巨大な岩塊を振りかぶり、俺へと狙いを定めていたのだ。
 重機を思わせられる巨体。周囲のサイクロプス達とは圧倒的に違う威圧感。はるか高みから俺を見下ろす単眼にはまるで無邪気な子供が虫を殺す時のような残虐な愉悦が浮かぶ。
 ゴウッと寒気のする轟音を響かせながら凄まじい速度で岩塊が迫る。体格差から来る攻撃範囲の違いと、先手を取られた事で今までのように懐に踏み込んでの迎撃は出来ない。

 まずは相手の力量を測る為にも攻撃を受け流す!

 振るわれる岩塊に対して、剣身に腕を添えながら『迅剣テュルウィンド』を斜めに掲げた。【心眼】で見れば巨大な岩塊に比べて笑ってしまうほど非力に映る俺の身体。リン達やレイジ達が戦いながらも固唾を呑んで俺の姿を見守っている。

 押し潰されるかもという恐怖と耐え切ってやるという覚悟がせめぎ合い、俺の呼吸が乱れた。しかし、視線は真っ直ぐに攻撃軌道を、迫る岩塊を見つめ全身に力を込めて激突の瞬間に備える。
 やがて岩塊と剣身とが触れ合う瞬間、俺の意識と身体に染み付いた流派の動きが受け流しを開始。途轍もない重圧が両椀に圧し掛かり、筋肉と鎧がミシリと軋むも絶妙な力加減で逸らされた岩塊が剣身を滑る。
 ガリガリと火花を散らせながら滑った岩塊は俺のすぐ脇の地面に激突。砕かれた地面から粉塵と無数の飛礫が舞い、俺の蒼い装甲を叩いた。

 攻撃を受け流した俺は即座に反撃に移ろうとするも再び表示された攻撃軌道に足を止める。
 見れば岩塊を持つ右腕とは逆の左腕を振るって殴りつけてきていた。
 これを好機と見た俺は、左腕の攻撃軌道から一歩ずれる様に踏み込みながら下段より剣身を閃かせる。
 レッドホーンの手首を切り落とすべく放たれた斬り上げだが、激突の瞬間ガキリとおよそ生物の皮膚とは思えない金属音が響いて僅かしか刃が通らない。まるで竜鱗を思い出させられる感触。鋼の肉体というのは誇張表現ではなさそうだ。
 刃が通らない事に一瞬驚いたものの、即座に力を込めて押し出して拳撃を逸らす。拳が通り過ぎる風圧が兜から覗く俺の前髪を激しく揺らした。
 連撃を凌いだ俺だったが、まだ落ち着く暇は無いらしい。
 拳撃を捌いている間にレッドホーンが岩塊を振り上げ、再び叩きつけようとしているのが目に入ったからだ。

 いいだろう。ならばお前の攻撃、その悉くを防いでやる。

 迫り来る岩塊へ剣を掲げながら俺は獰猛に笑った。

 

 幾度と無く繰り返される激突。轟音が響く度に俺とレッドホーンの周囲は暴風域の如く何もかもが吹き飛ばされていた。砕かれた地面、引き裂かれたモンスターの遺体。派手に戦う俺達には当然周囲のモンスター達が寄って来るのだが、レッドホーンはそれらにお構い無しに豪腕を振るう。
 おかげで随分周囲のモンスター密度も薄くなった。リン達の方にはまだモンスターが残っているが駆逐されるのも時間の問題だろう。レイジ達も最初こそ俺とレッドホーンの戦いを見て唖然としていたが、今は周囲のモンスターを倒すことに集中しているようだ。
 レッドホーンの猛攻を淡々と捌きながら思考する。

 ――――――最早こいつの攻撃は完全に見切った。確かに恐ろしい攻撃力だが、俺ならば問題なく捌ける。このまま防御し続けてリン達の応援を待てば楽に倒せるだろう。

 それが本来ならば取るべき選択。
 しかし、俺はその選択を良しとはしなかった。

 
 こんなことではまだ俺の飢えは満たされない。

 
 方針を決めた俺が動く。
 何度目か判らない岩塊の振り下ろし。それを見た俺はこれまでと同様に剣を掲げて受け流しの構えを取った。岩塊と『迅剣テュルウィンド』の剣身が触れ合い、岩塊が滑り始める。
 その瞬間、俺は剣身を押し出すと同時に右手を柄から離し……。

「おぉぉ!」

 渾身の力を込めて岩塊を殴りつけた。
 ズガンッと轟音を響かせ、細かい破片を撒き散らしながら岩塊が真横に吹き飛ぶ。当然それを握っていた右腕ごとレッドホーンの上体が泳いだ。
 その隙に滑るように懐へ踏み込んだ俺は『真バルド流剣術』一の型【竜双牙】を起動。
 レッドホーンの高い防御力を考慮して普段以上に力を振り絞る。燐光を纏った剣身がぶれた。
 ギリッと奥歯を噛み締めながら放たれた二筋の斬光。
 空間を奔った閃光はレッドホーンの引き伸ばされた右腕に到達し、僅かな抵抗を残して斬り飛ばす。

「――――――――――――――――――――――――――――っ!!」

 ドスンと右腕ごと岩塊が地面に落ち、血の噴水が噴き上がるのと同時にレッドホーンが悲鳴をあげた。こちらを見下ろす血走った単眼には苦痛と憎悪が燃え上がる。
 流石はダンジョンボスか、この状態でも戦意を失わず即座に左腕を振るって反撃を繰り出してくるレッドホーン。
 だが…………。

 『真バルド流剣術』一の型【竜双牙】。

 再び放たれた竜の顎が巨人の左腕を食い千切る。苦悶の叫びをあげて後ずさるレッドホーン。
 顔を汚す返り血はそのままに、俺はブンッと腕を振って剣身に付着した血糊を飛ばしながらゆっくりと進んだ。
 両腕を失ってなお敵意と憎悪を向けてくるレッドホーンは蹴りを、踏み付けを、噛み付きを繰り出してくるも、俺はその悉くを流し、弾き、裂き、迎撃する。
 後方では粗方モンスターを掃討したようで、レイジ達が呆然として俺とレッドホーンの戦いに魅入っていた。

「……う、嘘だろ? なんだあの圧倒的な強さは」

「お……おいおい、あいつの流派は初心者剣術じゃなかったのか? レッドホーンと真正面から打ち合える奴なんて聞いた事無いぞ」

 レイジ達の驚きが呟きとなって俺の耳に入る。
 俺の目の前では全身を流血で真っ赤に染めたレッドホーンが荒い息を吐いていた。お互いの攻撃範囲の僅か外で対峙する俺達。その単眼に未だ戦意の衰えは感じられない。
 油断すればすぐにでも俺を叩き潰すつもりだ。
 勿論ここまで追い詰めたといっても俺は慢心するつもりなど無い。

 最後は俺の全力で仕留める。

 全身に気を張らせた俺は、光刃を手にレッドホーンの暴風域へと踏み込んだ。

「ガアアアアァァァアァァァァ!!」

 レッドホーンも最期の力を振り絞るかの如く雄叫びをあげて突っ込んでくる。
 ドッドッドッと凄まじい勢いで突撃してくる巨体を前に、俺は脳裏のスイッチを押した。
 俺の攻撃意思を感知してシステムがアシストを開始。

「ああああぁぁぁ!」

 全身の筋肉が隆起し、蒼い装甲をミシミシと押し上げる。燐光を散らしながら剣を振り上げる俺の腕。
 まるで爆発しそうな力を溜め込んだ俺の肉体が、迫る巨体へと矛先を定めた。
 血走った単眼と俺の【竜眼】が交差する。
 力強く蹴り出される左足、そして地面を粉砕しながら踏み込まれる右足。
 頭上で掲げられた光刃が流星の如く振り下ろされた。

 『真バルド流剣術』二の型【竜烈牙】。

 俺の最強の一太刀はレッドホーンが誇る鋼の肉体を肩口から袈裟切りに真っ二つに両断。遅れてズドンッという轟音と衝撃が空気を震わせた。
 二つに分かたれたレッドホーンの肉体は鮮血を撒きながら俺の脇を通過し、地面へと倒れこむ。

 最期まで戦意を失わなかった異形のサイクロプスは、ついにその肉体の機能を停止させたのだった。


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